2009.12.18

月光のアンフラマンス

佐倉へ行く理由の一つが川村記念美術館。
今回は「月光のアンフラマンス」というよく分からないタイトル。

本展は、20世紀以降の美術に甚大な影響を与えたフランスの美術家、マルセル・デュシャン(1887~1968)が考案した「アンフラマンス」(Inframince:直訳は「極薄」「超薄」)という造語から発想したものです。
 本展では、月光(≒アンフラマンス)に類縁する精神性を感じさせる中世から現代までの美術作品を二部構成でご紹介します

なんていうのを読むと、Cosが不安を感じる精神論にいきついてしまいそうなのがちょっと怖いけど・・・P1010669

まっさきにお出迎えしてくれた。
向こうまでずっとつづいているひしゃげたガラスのボールのようなものは

増田洋美 《 PLAY THE GLASS 》

なかなかいい味を出していた。

で、日本画があったり、ターナーがあったりしてそれはそれでとても良かったんだけど、ショックだったのはエンマ・クンツ(Emma Kunz)のドローイング。

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方眼紙の上に直線で描かれた彼女の絵はいかにも数学的な・・・いかにも幻術的な・・・

クンツはただ、この世界を知り、宇宙の法則を記すために描きました。
という発想の怖さ・・・こういう絵を描くことで宇宙の法則が描かれると考えているのだとしたらあまりに怖いけれど、描かれているものは素晴らしい。

実際に見るとこれが方眼紙の上に描かれていることに衝撃を受ける。
緻密な細かい線と線が重なりあってできる造形は形としての対称性と調和であり、Cosもまたこうした形に引き寄せられるひとりなのだ。

宇宙の法則とは思わないけれど、数学的な規則性、対称性を表現していることには間違いない。

他にももう一度見たいものも沢山あるし、なによりもこのエンマ・クンツをじっくりと見直しに行ってこないと・・・


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2009.12.10

さざんか咲いた・・

名前と聞くと「咲いた道」と必ずつながるさざんか。我が家でもほかの花がない季節に次から次へと花を開き、たくさんの鳥たちが集まってくる。
枝の中にもぐりこみ、あっちにこっちにせわしく動く回るメジロの姿なんかは見ていると飽きない。そばに行くとなかなか気がつかなくて突然Cosがいることに気がついてびっくりしたり・・・
雪の中に咲くさざんかは切なくて好きだし・・・

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我が家にあるのは赤のありふれたさざんかだけど、ここにあるのは「これもさざんか?」といいたくなるようなものばかり。

しかもそれぞれに名前がついていて・・・・これはたぶんサザンカ群「玉杯」

千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館くらしの植物苑特別企画「冬の華・サザンカ」
佐倉に行く楽しみの一つだ。

それにしても、
自生種に近いサザンカ群(上の玉杯はこれ。こんな見事な花が自生種だというのも不思議な気がするけれど・・・)
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カンツバキ群「初光」
獅子頭の実生またはその後代と考えられているカンツバキ群というのだが、どちらも種類が豊富でどっちがどっちだか見ただけではさっぱりわからない。

しかも名前が違うのに、Cosなどがみても違いがさっぱりわからなかったり・・・

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ハルサザンカ群「奥山桃の実生」・・・のひとつ。
さらにサザンカとツバキの間で自然に出来た雑種またはその後代と考えられているハルサザンカ群となると名前もついてないからもうどうにもわからない

が、生垣になっている赤いものばかりじゃなくてこんなにいろいろなものがあるのかとちょっとびっくり。

「伝統の」というのがどこなのかよくわからなかったけれど、たくさんのサザンカに囲まれてこころなごむひと時。

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これはハルサザンカ群の中でも名前のついている六歌仙
確かにちょっと椿に似たところもあるけれど静かに咲いている感じかな。
サザンカの花びらは散るけれど、椿は散らない。これはどっちなんだろう??

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サザンカ群丁子車
これに似た感じの花の椿がうちにもある。椿とサザンカはとても近い種類。
ナツツバキのほうがサザンカよりも椿からは遠いのだ。

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カンツバキ群秋月
どこが秋の月なのかはさっぱりわからないけれど、清楚で華やかな感じなんだろうか?
雅を解さないCosには難しい。

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カンツバキ群早乙女
これはいいなぁ・・・似たような感じの乙女サザンカなんていうのもあったけれど、清楚さではこっちの勝ち。

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サザンカ群有希。のぞみはあるのかなぁ

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2009.11.16

月の水

月にも水の存在が確認された。
どの程度の水があるのかはわからないわけだし、月に残っている水だけで十分かどうかは疑問だけど、「月で暮らす」のに一歩近づいた感じ。

NASA:「月に水」確認 95リットル相当飛散 - 毎日jp(毎日新聞).

米航空宇宙局(NASA)は13日、無人探査機「エルクロス」の観測で月に水が存在することを確認したと発表した。今後、水や他の物質の量と濃度、水の分布範囲の分析を進め、「太陽系の進化の過程を探りたい」としている。

 月の両極など太陽光が当たらない部分には、水が氷の形で存在する可能性が指摘されていた。これまでの観測で水のもとになる分子の存在は確認されていたが、水そのものは観測されていなかった。

 NASAは先月9日、エルクロスのロケット部分と本体を、太陽光がほとんど当たらず氷が多く存在する可能性の高いクレーター「カベウス」に高速で激突させた。

石をぶつけて壊して調べるのとなんら変わらない方法というのがなんだか不思議な気がするけれど、やっぱり破壊検査が一番わかるんだろうなぁ

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この写真は衝突後20秒後のもの。
NASAの記事の中で「月の理解への新しい章が始まった」といったようなことが書いてある。
どんな章が始まるのか、「月で暮らす」時代が来るのが楽しみ。


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2009.11.07

大地の芸術祭秋(その4) タレル光の館

今回どうしても行きたかったのがタレルの光の館。

以前金沢の夜を過ごしたタレルの部屋の良さが忘れられなくて・・・

宿泊施設にもなっていて泊まることができるのだけど、予約がいっぱいだから夜を楽しむことはできなかったのが残念。
そのうち何とか泊まれないものだろうか・・・

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この高床式(といっても一階部分があるので実際には違うのだけど)になっている光の館。

二階の四方が回廊になっていて直接自然を感じることができる。
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これはほかの部屋だけれど、温かな間接照明。
はっきりした記憶はないけれど見たのはすべて間接照明だった気がする。
キッチンは直接照明になっている部分もあったかもしれないけれど、和室はすべてこんな感じで落ち着いた雰囲気。

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宿泊客でないと使用できないトイレ。
こんな風に柔らかな光に囲まれてすごす夜はうらやましい。

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そして屋根が空いて四角く切り取られた空。
畳の上にねっころがって空を見ていると距離感も失われてどこまでも広がって伸びていくような不思議な感じ。

こうやって映像で見るとたいしたことはないけれど、部屋の中で見ていると空と一体になったような不思議な感動。
これを味わいに来たんだなぁ・・・

(新しいカメラは動画がQUICKTIMEの形式なのでそのままでは編集できずに悪戦苦闘・・・)


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2009.10.12

大地の芸術祭秋(その2)農舞台周辺

大地の芸術祭秋(その1)農舞台からの続きです。

農舞台を見終わった後は「暗くなる前に」見られるだけ見ようとせっせとうろうろ。
第一の目標はそこに見えている草間弥生なのだが、なかなかそこまで行き着けない。
何しろ農舞台を出た途端に
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里山アート遊園地・・・が待ち構えているのである。

さすがに遊園地では遊ばなかったけれど、これ以外にもジャングルジムがあったり・・・


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藤本修三の「空と地の間にて」
足が日本しかないデッキチェアは互いに支えあっているんだろうな。
二人が・・・二人がけのソファと違って微妙な見つめあいながらも近づけない距離をおかなければならないせつなさを味わいながら・・・語らう。
このほかに5人用(写真の奥のほうのデッキチェア)のもあったけれど、こっちのほうがずっとよかった。

さらに、カラフルなたくさんの板が並んでいるような「まつだい住民博物館」とか

さらには「かまぼこ型倉庫プロジェクト」
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この大きさの順にならなんだかまぼこ型の倉庫の中にはいろいろなものが展示してある。
(中身はCosの趣味じゃなかったけど・・・)

こんな調子で一つ一つ見ていくからいつまでたっても草間弥生にたどり着けない・・・∥^O^∥

とうとう、ちょっと見てみたかった郷土資料館はパスして草間弥生「花咲ける妻有」へ。

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もう少しして雪が降り始めると、この花も雪に埋もれるのだろうか。

以前直島で見たかぼちゃはこれに比べると自己主張が弱いように見えてくる。
自然の美・・・向こう側の棚田に負けないだけの存在感と自己主張を持って咲き誇っている花。

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ばったが止まるのにふさわしい。

しばらくの間あっちからこっちから楽しんでいるうちにあたりは次第に夕暮れになっていく。

くるときとは違う道から農舞台の駐車場に戻る途中には里山アート動物園が待っていた。

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Cosは最初のどこかうらぶれたアリが好きだなぁ・・・
トラの向こうにちょっとだけ見えているのは「地震計」だったと思う。

農舞台の下では遊園地の隙間滑り台とか、車にペインティングしたものとか・・・
そしてなによりも今日刈っていた稲がここに集められていた。
稲刈りをしていたおじさんとおしゃべりを楽しんで・・・
「松代の米は収量が少ないから有名じゃないけど魚沼産のコシヒカリなんかよりもずっとおいしいんだ」
「市場には流通してないけど、直接買っている人も少なくないんだ」という話を聞いて今夜のご飯が何よりも楽しみになった。

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このほかにもまだまだいろんな作品がこの近くにあったけれど、空にはこんな月も出てきて、

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反対側の澄んだ空の雲は紅く染まっていた。
東京で見るのよりもずっと澄んだ空気と豊かな自然。
アートに負けない美がここにもあった。

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なんていう感傷的な気分とは裏腹に・・・帰る道でみた
川沿いに並んでいる「帰ってきた赤ふん少年」・・・
ヤッパリCosたちの落ちはここにあるのかも・・・・


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2009.10.02

暗闇は真っ暗でなく・・・長澤英俊展展

2009年9月23日の最終日に川越市立美術館で
「長澤英俊展―オーロラの向かう所」
を見てきた。

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この長澤英俊展は川越市立美術館だけでなく、北浦和にある埼玉近代美術館でも同時開催されているので当初はそっちにも行くつもりだった。

川越のほうには作品が5点しか展示してない。
入り口の料金を払う前にひとつ展示してあって・・・・「ふ~ん」という感じ。
悪くはないけれど・・・・という記憶しか残っていないのだが、この時点ではさっさと見て次へ行こうと思っていたのだ。

最初の部屋に展示してあったのは「蜻蛉」というかなり大きな作品で重心の位置を考えることで見事にバランスしている作品。
ちょっと見るとひっくり返ってしまいそうなのだが、実際には重心の位置をきちんと考えてある。

カーテンの向こうにある次の部屋に入るには係員の人から注意を受ける。
「壁を触ってゆっくり部屋を一周してください」

何がなんだかさっぱりわからないままに真っ暗な部屋に入って壁を伝ってゆっくりと進む。
何も見えない真っ暗な中を進むのは不思議な体験。

ちょうど部屋の反対側のドアところに一本のごくごく細い光の線が見える。
そこまで進むとちょっとほっとしたけれど、それだけの光で何かが見えるわけでもなく、そのままゆっくりと部屋の中を進む。

部屋は真っ暗なままなんだけど次第に目が慣れてきてうすぼんやりとしたものが見え始める・・・・

これが「オーロラの向かう所」。
たくさんの柱のようなものが立っていることがわかるまでにもずいぶん時間がかかったし、形がぼんやりとわかってもそっちに歩いていく怖い。

光の入ってくる方向を見ると柱が立っているのがかろうじて見えるので恐る恐る部屋の中央へ。

次第に目が慣れてくると柱がたくさん立っていて、その間を何人かの人が歩いているのがわかる。
が、さっきまで真っ暗にしか感じなかった部屋だから、柱も人もモノトーンでぼんやりと見えるだけ。

光の入ってきている方向を見ると暗い柱が立ってる。光を背にしてみると白い柱が立っている。
わずかな光の中で見る柱の森。

それは宗教の色を持たない聖なる場所とでもいう感じ。
祈りをささげるわけではないけれど、暗さと平和を味わうところ・・・・

ここにはずいぶんと長い間いたのだと思う。
部屋の柱の森の中をあっちに行ったりこっちに行ったり。

これだけですっかり満足してしまった。
これ以上はもう何も見たくない感じ。

時間的には埼玉近代美術館に回ることは十分可能だったけれど、満足しきってそのまま静かに帰ってしまった。

最終日だったのに・・・・


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2009.09.26

引込線---所沢ビエンナーレ---

西武鉄道旧所沢車両工場で2009年9月23日まで開催された
「引込線--所沢ビエンナーレ美術展--」
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これはもともと「行きたいな」とは思っていたのだけれど、なんといっても場所が所沢。
今の生活圏からはかなり遠いイメージがあって今ひとつ行く元気がなかったのだが、あちらこちらで
「面白かった」
というのを聞いてむらむらと・・・最終日・・・衝動的に行ってきてしまった∥^O^∥

何しろ

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この木なのである(戸谷成雄)。
車両工場の高い天井までそびえたつ一本の木。
工場の床にどっしりと根を下ろし(おいてあるだけだけど・・・∥^O^∥ )下から見上げるとその生命力がこちらにも伝わってきそうなのだ。
自然からはかけ離れた工場の中だからこそ感じるのかもしれないけれど・・・

多分何よりもCosはこの木を見に行ったのだ。

といってもこれだけがよかったわけではなかったし、いかがなものかと思わずにいられないようなものも中にはいくつかあった。

この所沢ビエンナーレはテーマを決めずそれぞれが自分の思うような作品を作ったというのだが、ビデオ作品やCGを利用したものはあまりなく、そのせいか、ありきたりのどこにでもありそうないわゆる現代美術っぽいもの藻少なくてとても楽しかった。

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(最近はかなり少なくなっているけれど)本を読むのが好きなCosとしてはドキッとしたのがこれ。
たぶん全部読んじゃったのである。
そこに書かれている活字をいつくしんで・・・・
って後から考えてみたら本を単に切り抜いただけなら反対側のページの活字が残っていてもいいはずなのだが・・・・見ているときには気がつかなかった∥^O^∥・・・

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空を見て歩く鏡。
これを顔につけると足元に空が広がる。
つけさせてもらって歩いている人もいたけれど、ちょっと待たなければならなかったので後ろ髪を惹かれたけれどCosは我慢。

ただし、どう見ても足元が危なくて足が物にぶつかっていたりしたから、補助の人なしでは歩けないなぁ∥^O^∥

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長い布が引込線のレールと平行して天井から下がっている。
もはや使われることのないレールと糸の両端が垂れ下がっている刺繍をした長い長い布。
その向こうには天井から下がったビニールが見えている。
同じビニールで作られた人形が一緒に下がっていて風に揺れているさまは工場の中なのにどこか古い洋館を思い起こさせる。
工場の中のビニールと聞いたときにあるイメージと現実のイメージとの落差がなんとも不思議かもしれない。

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ほかにもいいものはいくつもあったのだが・・・・

所沢でこんなにいい物をやっているなんて・・・もう少しで見逃すところだったことを思うと教えてくださった皆さんに感謝m∥_ _∥m

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2009.09.20

シカン展・・・考古学者の夢

今は考古学とは無縁の世界で生きてはいても、かつて子供だったころ考古学者の世界にあこがれた人は多いだろう。
もちろんCosもその一人∥^O^∥


その夢を実現させてひとつの文化をよみがえらせたのが島田 泉博士。
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この写真はシカン黄金製トゥミの向こう側ではそうしたビデオを見る人たち。
トゥミはこうやって写真で見ると怖い感じがするけれど、実物はそれ以上にユーモラスな感じがしてあんまり怖くない。どうしてだろう?

今回は「一日ブログ記者」として2009年10月12日まで国立科学博物館で開催中の「黄金の都 シカン展」の取材、首からIDカードをさげ、腕章を巻いて・・・(当然といえば当然の)条件付ではあるけれど写真撮影までさせていただいてきた。

シカン文化はナスカ文化よりは新しく、インカ文明よりもちょっとだけ古い、日本で言えば鎌倉や平安といった時代。
もう文字を持っていた日本とは違って文字を持たず、いろいろな建造物も残っている日本と違って、日干し煉瓦の建造物はもはや形あるものは写真を見る限りでは土の山としか見えない。

その土の山であるロロ神殿のふもとに埋葬された人々を通じてシカンをよみがえらせたのだ。

大量の黄金製品が出土したことに目は向かいがちだけど、その社会構造、文化までもが浮かび上がってくるということは、子供のころにあこがれた「いいものが出てこないかなぁ」という宝探しにも似た関心からは離れて、人類の遺産の検証といった幅の広い収穫だなぁ。

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この「黄金の仮面」も黄金の仮面の豪華さだけではなく、


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こんな風にどう埋葬されていたのかを検証することで、そこに隠れている文化や社会構造が見えてくる。
一番下に埋葬された女性たち・・・
その上に首を切られ、埋葬された支配者と思われる男性の首につけられていた仮面、彼の体は首を切られ、上下を逆に埋葬されている。
地位の象徴である仮面をつけて埋葬したけれど、彼が生き返るときに体がどこにあるのかわからなくて生き返ることができないようにしたのだろうか・・・礼は尽くすけれど、もう生き返ってくるなよとでも言いたいのだろうか・・・なんて思ってみたりもする。


豪華な黄金文化というだけでなくそこで生きていた人々の社会や暮らしにまで思いをはせることができる。

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ろくろをつかわずに作られた土器、特に黒色土器の黒い輝きは見事なものがある。
当時も多彩土器よりもこっちのほうが人気があったと推測できるらしい。
帰りにミュージアムショップでよみがえった黒色土器を売っていた(写真撮ればよかったなぁ)けれどちょっと茶色がかった黒の光沢は土で作られているとは思えないほど。
同じようにしてシカン風でないものを作ったらそれはそれで面白そう。

どんなものが展示してあるのか、「きれいだなぁ」「おもしろいなぁ」だけではなく、そこからもう一歩踏み込んだ展示になっていた。

ほかにもいろんなものを見て、いろんなことを考えて・・・シカンの女性とか、他の国の人々との交流とか・・・違った視点から楽しい時間をすごさせてもらった。

かいてある知識、見ている画像だけからは浮かび上がってこない背景が見えてくるのがなんといっても現場で見る醍醐味かな。


【追記】
タイムリーにモチェ文化の仮面が見つかった。写真はこちら。(ここのが元記事。これはたぶん削除しないと思うのでこっちをリンク)

プレ・インカ文化:金箔の仮面

 ペルーのサン・ホセ・デ・モロで発見された金箔(きんぱく)の施された仮面。この地は「モチェ文化」と呼ばれるプレ・インカ文化の時代に共同墓地としての役割を担っていたとされており、近年数々の発掘品が見つかっている。この仮面は棺(ひつぎ)の正面に添えられていた。

モチェ文化はシカンと同じような地域の一つ前の文化に相当する。
会場にあった年表を見る限りペルー北海岸ではA.D.元年ぐらいからA.D.700年ぐらいまでのモチェ文化の後にA.D.800年ごろからA.D.1400年ごろまでシカン文化があったことになる。

実際の場所はモチェがシカンよりもちょっと南にあるけれど、文化としては同じ流れになりそうだ。

より大きな地図で 青がシカン赤がモチェ? を表示

この地図はシカンの地名であるランバイエケとモチェから検索したものなのでかなりいい加減。単にどの程度は慣れているのかを見るだけと思ってください。
(正確な位置はわからなかった)

ただ、会場で見た地図からはこんな感じにはなっていた。

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2009.08.24

夏の朝はあさがお

夏の恒例になっている歴博の「伝統の朝顔」。
2009年8月30日まで

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普通の朝顔とは花びらがまるっきり違うけれど、これも朝顔。
微妙な花びらの緑色がとてもきれいだった。

花も牡丹のような咲き方をしていたり、キキョウのような咲き方をしていたりでちょっと見ただけでは朝顔には見えないものも多い。

葉っぱも病気にかかっているんじゃないかとも思えるようなものもあったり、それどころか朝顔なのに下に垂れ下がってしまったり、ほとんど大きくならなかったり・・・

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これはつるではなくはがぎっしりと重なって20cmぐらいにしか伸びない「渦小人」という品種。
つぼみのつき方までも朝顔とはとても思えない。

葉っぱひとつとっても普通の朝顔とは似ても似つかないものがあって、庭に生えてきたら雑草と間違えて抜いてしまいそうなほど。

しかもこうした出物と呼ばれる変わった朝顔はいつでも現れるのではなく、劣性遺伝であるがために何本かに一本、あるいは何十本かに一本割合でしか出てこない。
それ以外は親木と呼ばれる普通の朝顔の花を咲かせるものが出てくるのだ。
そう思ってみるとどこか痛々しい感じもしたりする。

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2009.08.07

橋本関雪展・・・島根県立美術館

もともとこの美術館には行くつもりだったのだが、このチラシを見たとたん、「行く!!」
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このボルゾイを見た瞬間に会わずにはいられなくなったのが2009年8月4日。
つまり
橋本関雪展
---中国への憧れ、動物に向けるまなざし---
島根県立美術館2009年8月5日~9月14日

初日の前日。
条件反射のように前売りを買って、翌日に備えた(爆)

といっても初日の美術館に行ったのはもう夕方になってから。
ここの閉館時間、夏は遅いのだ。

会場に入ってまず釘付けになったのが「鉄拐先生(てっかいせんせい)」。
ぼろをまとい、杖をついたおじさん・・・何もかもを捨ててしまったかのような表情がいい。
彼の作品にしては珍しくあっさりと墨で描かれているのだが、Cosをとらえてはなさなかった。
「まとまりすぎるよりは破綻があろうとも生命が率直に流露したものを求める」という彼の志向を表しているのかもしれない。

「中国への憧れ」には人物の絵が多くて、基本的に人間の絵はあまり好きじゃないCosには今ひとつだったけれど、中国の風景を描いたものにはいいものがいくつもあった。
なかでも「凍雲危棧図(とううんきさんず)」などはぱっと見たときに岩山の大きさがまず目に付く。
その大きさになじんだころに画面の下のほうを見ると歩いている人たちに気がつき、岩山の壮大さが改めて見えてくる。
その壮大な山に降る雪・・・その下を進む人・・・自然の前での人間の大きさを象徴しているかのよう。

そして何より、彼の描く動物達。
自宅でも数多くの動物を飼いながら描いたという動物の絵。
いいものがたくさんあって、目移りしてしまう。

意馬心猿
Photo


辞書を引くと
Yahoo!辞書 - いば‐しんえん【意馬心猿】.

仏語。馬が奔走し猿が騒ぎたてるのを止めがたいように、煩悩・妄念などが起こって心が乱れ、抑えがたいこと。

とあるけれど、この絵は馬が心を騒がせている。 馬がどこか人間の意志とは違う意志によって心を乱しているのを木の上の猿が見ている という感じもしてくる。 実際の馬の表情はこれとはまったく違う感じがしている。

あるいは動物である鹿よりもその左側に描かれている松ノ木のほうが生き生きとした動きを持っている「双鹿図」もおもしろいし、

最初のボルゾイを描いた「唐犬図」の犬も大きな犬の持つやさしさがあふれていて暖かい。

でも、一番良かったのは「霜猿(そうえん)」

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はの落ちた木の上に座る一匹の老猿。
意馬心猿がまだ心が騒いでいるのだとしたら、この霜猿はすっかりと悟ってしまっていてどこかシニカルな表情で下界を見ている。
意地悪そうでもあり、一歩はなれたところから現世を見ているようでもあり・・・諦めと悲しみもどこかに見えるような気がしてくる。

しばらくの間この猿とにらめっこをしてきた。
Cosのことを哀れんでいるようでもあり、戒めているようでもあり、励ましているようでもあり・・・・

とあっという間に時間が過ぎてしまった。もう閉館1時間前。
これが東京であれば、時間を見つけてもう一度みたいところだが、ここは島根。

しかもこの美術館のこの日の閉館時間は
19:38なのである。
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天気がよければここから見る夕日はすばらしいのだという。
その夕日を楽しむために、閉館時間が(夏場は)日没後30分なのである。
残念なからCosが来た日は曇っていてその夕日を楽しむことは出来なかったけれど、
雲の向こうに日の落ちていく宍道湖をじっくりと楽しんでくることが出来た。

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帰るころにはもう薄暗くなっていて、夜の早い松江の街ではもうたくさんの店が閉まっていた。
(昼も夜も閉まっている店が結構あったのが気がかりだけど・・)


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