2009.12.10

さざんか咲いた・・

名前と聞くと「咲いた道」と必ずつながるさざんか。我が家でもほかの花がない季節に次から次へと花を開き、たくさんの鳥たちが集まってくる。
枝の中にもぐりこみ、あっちにこっちにせわしく動く回るメジロの姿なんかは見ていると飽きない。そばに行くとなかなか気がつかなくて突然Cosがいることに気がついてびっくりしたり・・・
雪の中に咲くさざんかは切なくて好きだし・・・

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我が家にあるのは赤のありふれたさざんかだけど、ここにあるのは「これもさざんか?」といいたくなるようなものばかり。

しかもそれぞれに名前がついていて・・・・これはたぶんサザンカ群「玉杯」

千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館くらしの植物苑特別企画「冬の華・サザンカ」
佐倉に行く楽しみの一つだ。

それにしても、
自生種に近いサザンカ群(上の玉杯はこれ。こんな見事な花が自生種だというのも不思議な気がするけれど・・・)
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カンツバキ群「初光」
獅子頭の実生またはその後代と考えられているカンツバキ群というのだが、どちらも種類が豊富でどっちがどっちだか見ただけではさっぱりわからない。

しかも名前が違うのに、Cosなどがみても違いがさっぱりわからなかったり・・・

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ハルサザンカ群「奥山桃の実生」・・・のひとつ。
さらにサザンカとツバキの間で自然に出来た雑種またはその後代と考えられているハルサザンカ群となると名前もついてないからもうどうにもわからない

が、生垣になっている赤いものばかりじゃなくてこんなにいろいろなものがあるのかとちょっとびっくり。

「伝統の」というのがどこなのかよくわからなかったけれど、たくさんのサザンカに囲まれてこころなごむひと時。

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これはハルサザンカ群の中でも名前のついている六歌仙
確かにちょっと椿に似たところもあるけれど静かに咲いている感じかな。
サザンカの花びらは散るけれど、椿は散らない。これはどっちなんだろう??

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サザンカ群丁子車
これに似た感じの花の椿がうちにもある。椿とサザンカはとても近い種類。
ナツツバキのほうがサザンカよりも椿からは遠いのだ。

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カンツバキ群秋月
どこが秋の月なのかはさっぱりわからないけれど、清楚で華やかな感じなんだろうか?
雅を解さないCosには難しい。

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カンツバキ群早乙女
これはいいなぁ・・・似たような感じの乙女サザンカなんていうのもあったけれど、清楚さではこっちの勝ち。

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サザンカ群有希。のぞみはあるのかなぁ

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2009.09.20

シカン展・・・考古学者の夢

今は考古学とは無縁の世界で生きてはいても、かつて子供だったころ考古学者の世界にあこがれた人は多いだろう。
もちろんCosもその一人∥^O^∥


その夢を実現させてひとつの文化をよみがえらせたのが島田 泉博士。
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この写真はシカン黄金製トゥミの向こう側ではそうしたビデオを見る人たち。
トゥミはこうやって写真で見ると怖い感じがするけれど、実物はそれ以上にユーモラスな感じがしてあんまり怖くない。どうしてだろう?

今回は「一日ブログ記者」として2009年10月12日まで国立科学博物館で開催中の「黄金の都 シカン展」の取材、首からIDカードをさげ、腕章を巻いて・・・(当然といえば当然の)条件付ではあるけれど写真撮影までさせていただいてきた。

シカン文化はナスカ文化よりは新しく、インカ文明よりもちょっとだけ古い、日本で言えば鎌倉や平安といった時代。
もう文字を持っていた日本とは違って文字を持たず、いろいろな建造物も残っている日本と違って、日干し煉瓦の建造物はもはや形あるものは写真を見る限りでは土の山としか見えない。

その土の山であるロロ神殿のふもとに埋葬された人々を通じてシカンをよみがえらせたのだ。

大量の黄金製品が出土したことに目は向かいがちだけど、その社会構造、文化までもが浮かび上がってくるということは、子供のころにあこがれた「いいものが出てこないかなぁ」という宝探しにも似た関心からは離れて、人類の遺産の検証といった幅の広い収穫だなぁ。

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この「黄金の仮面」も黄金の仮面の豪華さだけではなく、


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こんな風にどう埋葬されていたのかを検証することで、そこに隠れている文化や社会構造が見えてくる。
一番下に埋葬された女性たち・・・
その上に首を切られ、埋葬された支配者と思われる男性の首につけられていた仮面、彼の体は首を切られ、上下を逆に埋葬されている。
地位の象徴である仮面をつけて埋葬したけれど、彼が生き返るときに体がどこにあるのかわからなくて生き返ることができないようにしたのだろうか・・・礼は尽くすけれど、もう生き返ってくるなよとでも言いたいのだろうか・・・なんて思ってみたりもする。


豪華な黄金文化というだけでなくそこで生きていた人々の社会や暮らしにまで思いをはせることができる。

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ろくろをつかわずに作られた土器、特に黒色土器の黒い輝きは見事なものがある。
当時も多彩土器よりもこっちのほうが人気があったと推測できるらしい。
帰りにミュージアムショップでよみがえった黒色土器を売っていた(写真撮ればよかったなぁ)けれどちょっと茶色がかった黒の光沢は土で作られているとは思えないほど。
同じようにしてシカン風でないものを作ったらそれはそれで面白そう。

どんなものが展示してあるのか、「きれいだなぁ」「おもしろいなぁ」だけではなく、そこからもう一歩踏み込んだ展示になっていた。

ほかにもいろんなものを見て、いろんなことを考えて・・・シカンの女性とか、他の国の人々との交流とか・・・違った視点から楽しい時間をすごさせてもらった。

かいてある知識、見ている画像だけからは浮かび上がってこない背景が見えてくるのがなんといっても現場で見る醍醐味かな。


【追記】
タイムリーにモチェ文化の仮面が見つかった。写真はこちら。(ここのが元記事。これはたぶん削除しないと思うのでこっちをリンク)

プレ・インカ文化:金箔の仮面

 ペルーのサン・ホセ・デ・モロで発見された金箔(きんぱく)の施された仮面。この地は「モチェ文化」と呼ばれるプレ・インカ文化の時代に共同墓地としての役割を担っていたとされており、近年数々の発掘品が見つかっている。この仮面は棺(ひつぎ)の正面に添えられていた。

モチェ文化はシカンと同じような地域の一つ前の文化に相当する。
会場にあった年表を見る限りペルー北海岸ではA.D.元年ぐらいからA.D.700年ぐらいまでのモチェ文化の後にA.D.800年ごろからA.D.1400年ごろまでシカン文化があったことになる。

実際の場所はモチェがシカンよりもちょっと南にあるけれど、文化としては同じ流れになりそうだ。

より大きな地図で 青がシカン赤がモチェ? を表示

この地図はシカンの地名であるランバイエケとモチェから検索したものなのでかなりいい加減。単にどの程度は慣れているのかを見るだけと思ってください。
(正確な位置はわからなかった)

ただ、会場で見た地図からはこんな感じにはなっていた。

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2009.04.12

少女漫画でルーブルを!

アートテラーとに~さんのアートエンターテインメントイベントに行ってきた。
今、上野と六本木でやっている二つのルーブル展を少女漫画から解き明かそうというもの。
バロックとロココ二つの流派をそれぞれ70年代と80年代の少女漫画になぞらえて解説。

なんとなく敷居の高いように感じられる美術を日常の高さまで引き摺り下ろして解説をするのでその切り口がとても面白いのだ。

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ホワイトボードに次から次に絵を張りながら解説していくとに~さん

またきっとどこかでやるのかもしれないので、内容についてはここに書かないけれど、先日見てきた西洋美術館の17世紀のルーブル展の中なら何枚かを取り出して少女漫画との共通点を解説。

教科書っぽいまじめな解説はなかなか好きにはなれないCosだけど、こういう解説なら何度聞いても楽しいかも。

こうした普通と違う切り口で美術を解説していくのは1から作らなくてはならないから大変だろうと思う。
また、まだまだ荒削りのところもあったりして何度か繰り返すうちにより洗練されたものになっていくんだろうと思うけれど、その分親しみやすいイベントになっていた。

もっと派手にアピールしていればもっと人もたくさん集まっていいんじゃないかと思うのだけど、ちょっと人数が少なかったなぁ・・・

こうした新しい試みが軌道に乗るまでは大変なんだろうけれど、とに~さんにはがんばって欲しいなぁ・・・・

欲を言えば有名な美術展だけでなく、マイナーでいいからもっと身近な・・・同じ西洋美術館でも常設展などなら、アートテラーの後実際に見ながら少し話をするなんていうこともあってもいいんじゃないかなぁ
なんて思ってみたり。


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2009.04.04

グローバルではなくローカルを目指すシウマイ

「崎陽軒」と聞いてどれぐらいの人がなんのことだか分かるのだろうか?

東京の片隅にいるCosにとっては聞いたとたんにその味までもがよみがえってくるとてもメジャーなシュウマイやさん。
どこのデパートでも売っているし、その辺のちょっと大きな駅の売店でも売っているシュウマイなのだが、どうやら決してメジャーな商品ではないらしい。

数年前に来たことのある崎陽軒の横浜工場に知り合いの人たちと一緒に行ってきた。
(土曜日にこんなことが出来るのは長期休暇のときぐらいで・・・学期中はまず無理∥>_<∥ )

もともと駅弁用に作ったシュウマイだから「さめてもおいしい」を売り物にしている上に、保存料や着色料は使っていないから日持ち・・・・日持ちどころか時間持ちしない・・・つまり、工場からある一定の時間以内に配達できるところでしか販売できない。
どれぐらいの時間かというと常温で17時間
いかに早く配達するかが問題になってくる。

というわけで横浜工場は「第三京浜道路 港北I.Cより横浜環状北線を新横浜方向に30秒」と書いてあるほど港北インターに近いところにある。

が、
「神奈川県に100店舗」という解説を聞いて普段見慣れているCosはちょっとびっくり。
どこのデパートへ行っても、近くのJRのちょっと大きな駅の中の売店にもおいてあるからCosなどには
「どこにでもある崎陽軒のシュウマイ」と思い込んでいたのだけれど、これはCosが住んでいるところがどちらかといえば横浜に近いということなのだろう。

「グローバルな企業を目指す」のではなく「ローカルな横浜名物のシ・ウマイ」を作り続けるのだという企業の精神がこういうところにも表れているということか。
(創業者の社長は駄洒落の好きな社長でもあったらしい・・・)

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これは崎陽軒がこだわりをもって作っている醤油入れの「ひょうちゃん」
アンクルトリスの柳原良平が作ったものもあったりして、集めると楽しい・・・はず
(でも集めようと思ったことはないσ∥^O^∥ )

工場見学の最後は

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この出来立てのシュウマイが買ってきたものに比べてとてもおいしいのだ。
どこが違うのかといえば、出来てからの時間が違うだけのはずなのだがたったそれだけのことでこれほど味が違っているのも驚き。

ここでなければこの味は楽しめないのかもしれない。

といいつつも売店でしっかり「崎陽軒のシ・ウマイ」を買って帰ったのはいうまでもない。

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2008.12.18

玉虫厨子

国立科学博物館で「平成玉虫厨子」とその映画を見てきた。

asahi.com(朝日新聞社):「平成の玉虫厨子」国立科学博物館で公開 - 社会.

 東京・上野の国立科学博物館で13日朝、飛鳥時代の玉虫厨子(たまむしのずし)を現代の職人たちが再現した「平成の玉虫厨子」の組み立て作業が行われた。日本のモノづくりの原点を感じてもらおうと開かれる企画展示「蘇(よみがえ)る技と美 玉虫厨子」(13~21日)で公開される。制作を追ったドキュメンタリー映画の上映に合わせた展示。東日本での一般公開は初めて。

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虫好きのCosであるからかつて「法隆寺展」でみた玉虫厨子に玉虫の羽なんてほとんどなくて、がっかりした記憶があるのは当然と言えば当然だろう。(たぶんそのときに残っていた一枚を見た記憶も残っている気がする)

玉虫の羽を一面に貼り付けたらどんなになるだろう・・・

その夢をかなえたのが飛騨高山の中田金太。
高山の資産家が資材をなげうって、飛鳥時代に作られた玉虫厨子を復元したものを法隆寺に奉納し、同時に新たに平成の玉虫厨子を作らせたのだ。

その「平成の玉虫厨子」が国立科学博物館に来ているのだ(2008年12月21日まで)
そしてその制作のドキュメンタリー映画「蘇る玉虫厨子」を日本館の講堂で見てきたのだ。

(この日本館の講堂も「昔の博物館建築」と言う感じのつくりでとても面白かったのだが・・・)

なぜ東博ではなくて科博なのか、
作られたものを鑑賞するだけではなく、それにこめられた職人達の技の展示でもあるのだ。

今日見た映画はこの玉虫厨子を復元するに当たって、宮大工、蒔絵師、彫師、塗師と言った職人がそれぞれに工夫し、かつての技術者とこの厨子を通じて心を通わせながら制作したドキュメンタリー。

宮大工は屋根のカーブに苦労し、
蒔絵師は今は消えてしまっている絵の復元に苦労し、
彫師は屋根のかわらの表現に苦労し、
塗師は玉虫をどうやってつけるのかに苦労し・・・
そんな職人達の物語。

劣化してしまっていてもう見えなくなってしまった絵をじっと見つめることで見えてくる線を丹念にたどり、
どうしても分からないところは他の部分との調和を考えながら描いていたり
屋根の瓦を彫った上から漆を塗るときには線の細さ深さが塗り師にとって不可能にしか見えなかったり、
飛鳥時代と違って、思うようにつけられない玉虫の羽は2mmの短冊状にして貼り付けていくことになったり。

さらに平成の玉虫厨子では絵柄の中にも使われているのだが、そこでは2mm角に切ったものが使われている。
実物を見てもきったものを集めてあるとはとても見えないほどの細工の細かさ。
飾り金具の下にある羽はよく見えなかったりもするけれど、拡大してみてみると金具の中で羽が光っている。
よく見えない部分、人々が見ない部分までも丁寧に作られている。

現在の職人の持つ技術を集めた美術作品が出来上がったのだ。

映画を見なければきっと「きれいだなぁ」で終わってしまったのだろうけれど、映画の後で見た厨子からは職人達の心意気が伝わってきた。

そして宮大工の言った「飛鳥時代の玉虫厨子には遊びがあるけれど、これはあまりにきっちり出来てしまっている」という言葉が耳に残って離れない。

それにしても・・・今回、この厨子に使った残りの玉虫の羽で携帯ストラップとペンダントを作ったと言うのだが、携帯ストラップが3300円、ペンダントが5500円・・・・欲しかったなぁ
ちょっと手が出なかったのが残念・・・_| ̄|●


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2008.12.15

大多喜城分館

千葉県立中央博物館大多喜分館と言うのが本来の名前の大多喜城。
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お城の天守閣を再建して博物館にしてある。

 本館は、城郭様式の建物で、「房総の城と城下町」をテーマに房総を中心とした中世から近世にかけての城郭やこれに関する武器・武具・調度・文書及びこれらを取り巻く人々の生活資料等を展示しています。
と言うことで中は一応こうした資料が展示してある。

「こんなものがありました」
「あんなものを使っていました」
とならべてある。

さすがにお城だけあって農業に関しての展示はなかったように思うけれど・・・

「どこそこになになにがありました」と言われるとどうも「ああそうですか」で終わりになってしまう気がする。
「へえ~、」と言う驚きや面白さがなかったのが残念。

今回は「武の美」と言うことでかぶとや鎧、馬に使う馬具や刀などの企画展が12月7日まで行われていたのを見に行ったのだが、これはそれなりに面白かった。

かぶとにつけた飾りは目立つためのものだったとかどんな飾りがあったとか・・・そういうところに視点を置いての展示はなかなかよかった。

今のイメージではちっとも強そうに見えないけれど「うさぎ」なんていうのもあって昔の人のものの見方が新鮮に見えたりもした。

常設展でもそういう視点があると面白いのになぁ・・・・


が、4階は一種の展望台になっていて山の上の一番高いところに立っている天守閣から四方八方を見ることが出来て面白かった。

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続きを読む "大多喜城分館"

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2008.11.24

[染]と[織]の肖像

佐倉での楽しみの一つに歴博がある。
派手な展示はないし、企画展にしてもお金のかかっているように見える展示はまずないのだが、じっくりと研究された成果が展示されていて歴史の苦手なCosにとってもおもしろい。

今回は「[染]と[織]の肖像
今のようにどこも痛んでいないけれど、着なくなったからといって衣服を処分できるようになったのは歴史を振り返ってみるとごく最近のこと。

衣服に仕立てられた布は穴が開けば継ぎ、刺し子をし、ぼろぼろになればオムツになったり(たぶん)雑巾になったりして使いつぶされたから、かつて人々がどんなものを着ていたのか分かるような形のものはほとんどない。

そこで、寺に奉納された打敷によって研究すると言うことになるのだが・・・

この奉納される打敷ってなんだろう?
と言う話題になった。
裏に戒名が書いてあったりして、お寺に奉納するもの・・・
普通はどんなイメージを持つんだろうか?

Cosたちの場合には「もしかしたら死んだ人の下に引いた布かもしれない」という話になってきた。
あわてて、たずねてみるとお供物などを乗せる台に引くテーブルクロスのようなものだそうだ。
そう聞いてちょっとほっとしてみて回る。

着物の柄もおそらく流行があったのだろう。
かつては「織」-「刺繍」-「染」の順で高級とされていた時代があったり、赤いリボンで縁取った 幢幡裳(どうばんも)に作り変えられてみたり・・・

この幢幡裳(コピペでないと絶対にかけない・・・)・・・いかにも布が貴重だった時代に手をかけて作り変えているのがよくわかる。

元の布よりいっそう華やかに飾られている。

元になる知識があまりになかったからなのか、時代に寄っての違い、どんな風に変化していったのかはよくわからなかったけれど、今ともずいぶんと違うような気もする。

これを着ていた人たち、作り変えて奉納した人たち・・・布が貴重だった時代の着物の価値は今とは大きく違っていたに違いない。

そんなことを思いながら結局のところいろいろな柄を楽しんできただけかもしれない・・・Cosの場合_| ̄|●

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2008.08.20

旅の楽しみ

といってもCosが旅をしてきたという話ではない。
(もちろん、旅はしたい!! 一人かあるいは・・・でも基本的に人に合わせるのが嫌いだから誰でもいいわけじゃない・・・)

2008年8月31日まで国立歴史博物館で「旅-江戸の旅から鉄道旅行へ-」を見てきたのだ。
徒歩旅行である江戸の旅も公務である参勤交代はせっせと歩いたけれど、追い狭い理に代表される物見遊山のたびは道中も(たいへんなんだろうけれど)あっちへ行ったりこっちへ行ったり、その土地土地のおいしいものを食べたり・・・

なんというタイトルの本多か忘れてしまったのが悔しいけれど、江戸時代の旅行案内の中には各地の名産品・・・もちろん食べ物・・・が次から次へと紹介されている本があった。

旅行へいってその土地のおいしいものを食べようとするのは今も昔も代わりがないのかもしれない。
旅のガイドブックに食べ物やさんが満載されているのは日本のひとつの文化なのかもしれない・・・

当時の旅行者の小遣い帳も展示されていて、一泊がおよそ48文、お昼ごはんが一人12文ぐらい、難所の川の渡し賃が40文・・・なんて書いてあって、この金額でいったい何をどう食べたんだろうかとか、どんなところに泊まったんだろうかとか金額と品目を見ているだけでも楽しくなってくる。

雨が降ったから同じところに泊まっていたり・・・
(実際にはのんきではなかったんだろうけど)のんびりと旅行を楽しんでいるように思えてきてとてもうらやましかった。

「東海道・中山道・甲州街道図屏風」には3本の道が同時に描かれていて、今の地名と見比べると面白かった。
中には「やぶ」なんていう記載もあって、旅行をした人が難儀したんだろうなぁ
なんて思わされるものもあった。

明治時代になって全国に鉄道が走るようになると、今と余り変わらないような時刻表があったり、名所案内、温泉案内のガイドブックを田山花袋が書いていたりして、当時と今とでは実はそんなに変わっていないのかもしれないと思ってみたりもした。

旅行・・・移動のための旅行ではなく、旅行を楽しむための旅行もいいなぁ・・
ざんねんながらCosには各地の名産品を食べるのは怖いものがあるけれど・・・

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2008.08.10

のうがく鑑賞会

アート系の友達が、金沢へ行ったときから熱中し始めて、怠け者のCosと違って本を買い込んでしっかり事前学習までして今日という日になったのだが・・・

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「のうがく」といっても「農学」ではなく「能楽」なのだ・・・
どう考えてもCosにはハイレベルすぎるのだが、「夏休み親子のための」というサブタイトルも着いていることだし、子供向けのやさしい演目だから何とかなるかと一緒に千駄ヶ谷の国立能楽堂へ。

最初にお話があって、能楽の舞台のかたちについてのはなしなどがあって面白かった。
舞台の前のほうが下がっているとか、
下の写真にある橋掛かりの3本の松は舞台に近いほうから高い順に並んでいるとか・・・

しかも椅子の前の席の背には「字幕」用のディスプレイがあって舞台で何をしゃべっているのか(うたっているのか)が一目瞭然だったりする。
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この写真の四角いところにその字幕が出てくるのだ。
「英語」「日本語」「子ども」向けのものがあって、省略は多いけれど、子供用のものは内容が一番分かりやすかった(爆)

狂言は
今日の町ではうだつが上がらないので東に下ろうとしているやぶ医者のところに、間違えて空から落ちて腰を痛めたかみなりが藪医者に治療をしてもらうという「神鳴」
「ぴっかりぴっかり」とか「ぐわらり、ぐわらり」といった擬音がとても面白かった。
擬音を楽しむというのがずいぶんと昔からあるんだと感心してみたり、
普通は敬語でよぶときには「雷様」となるのに狂言の中では「お神鳴」とは言うのに「さま」をつけないのがとても不思議だったりした。

能は
「小鍛冶」
稲荷明神の助けを借りて刀を打つという刀鍛冶の話。
一つ一つの動きがすべて様式化されているかのようにも見える舞台。
今回は男性役ばかりだから華やかな衣装はなかったけれど、稲荷明神の衣装の見事さ
謡の人たちだけではなくて、太鼓や鼓の人たちの掛け声もまた音楽の一部になっている面白さを堪能してきた・・・
といえるといいのだが、実際には動きがなくなると・・・・まぶたが重くなってくる。
後ろの席からはいびきが聞こえてくるし・・・

というものの、やはり実物は面白いので、次は大人向けのを見ようということになった(Cosも反対はしなかったのだ・・・)

ちょっと眠くなって落ちちゃった面々は次回はどこまで起きていられるかが勝負どころになりそうだ
∥xx;∥☆\(--メ)
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2008.06.22

美術館で数学談義!

今日から多摩美術大学美術館で新しい展示が始まるのでついふらふらと美術館に吸い寄せられたCos。
絵画のコスモロジー」2008年7月20日まで

さすがに雨の日だけあって美術館の中にはほとんど人もいない。

橋本倫・黒須信雄・小山利枝子の三人の絵。
あいまいさを許さずに
かっちりと書き込まれた鮮やかな色彩の橋本倫、
雲のような波間のような羊の原毛のようなでも立体感にあふれる黒須信雄、
4m×3mぐらいはありそうな大きなキャンバスいっぱいの「光--誕生」はその大きさと迫力に圧倒された。

会場の奥へ行くと、小山利枝子の描いたたくさんの花のスケッチ、この花のエッセンスを取り出してそのイメージを画面に描き出したのだということがよくわかるような作品も何点かかけられていた。

さらに奥には橋本倫の展示資料がガラスケースの中にあったのだが・・・・そこで見たものは・・・若き日の橋本の数学のノート。
微分して曲線の性質を調べてグラフを描いている。
今だったら、このレベルのグラフはMathematicaを使わなくてもGRAPESを使えばあっさり描けてしまう・・・
かつてはCosもこうやって悪戦苦闘してグラフを描いたりしていたのだ∥^O^∥
そんなことを思ったり、式を確認したりしていたら・・・
「関心がおありですか?」
と声をかけられた。

いろいろとはなしをしてみると数学に対する造詣がとても深い方・・・
代数幾何学(おそらく楕円関数論的なほうじゃないかな?)に詳しい方らしい。
数学の話、絵を描く人と数学の話、アーベルの書いた論文の話、ポアンカレ予想を解決した論文の話・・・Cosには太刀打ちできない・・・∥>_<∥

写真やCGでは決して描き得ない「絵」の感性の話・・・・

数学をやっていた人たちが美術の世界に入っていく話(逆は余りなさそうだけど)や関数模型を撮った杉本博司・・・

多摩美術大学では数学の授業もあるのだとか・・・曲線や曲面の持つ、数学の持つ美しさを考える可能性を秘めているんだろうなぁ・・・どんな勉強をしているのだろう?


よもや美術館で数学の話をすることがあるなんて思いもしなかっただけにとても新鮮で楽しいひと時だった。

またどこかでお目にかかれると面白いけれど、どうかな?

ただ・・・時間がなくなってしまって十分に絵を見てこれなかったのが心残りかな。
ま、近いうちにもう一度行って来よう。


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