コンスタブル展 光を描く、空気が動き出す。
三菱一号館美術館で2021年2月20日~5月30日まで開催中の「コンスタブル展」のブロガー内覧会に行ってきました。人の名前を覚えることが特に苦手(だから歴史が苦手ということもあるし、仕事柄かなり困ったりもしたんだけど)なので彼の絵は何度となく見たことがあるし聞き覚えはあるけれど、名前はたぶん意識したことがなかった気がする。言い換えると、彼の絵を見るためだけに展覧会に行ったことはないということなのだ。
しかし、フライヤーを見た瞬間に「この人の絵は知ってる。絶対に見に行く」と決めた。
本当は内覧会の日には他の予定もあり、できる限り早い時間に帰らなくてはならなかったし、他の人、例えば同時期に見てきた吉田博展であれば行くのをやめていただろう。もちろん、吉田博が良くなかったわけではない。「こんな木版画の世界があるのか・・・」と驚いたし、浮世絵ではないけれど、どこか浮世絵とも同じ空気があって、それはそれは豊かな時間が過ごせたので、Cosにとっては十分な価値のある時間だったけれど、このコンスタブルの作品の多くは光が生きていて、光を受けた空気が光っている。特に今、世界中を包んでいる重くよどんだものを動かしていきそうな空気がそこにはある。
(写真はすべて特別に許可を頂いたものです)
手前はイースト・バーゴルド・ハウス 1809年の初期の作品だけれど、情景の中の空気が伝わってきている。
右が「雲の習作」この絵がフライヤーに出ているのを見て、見に行きたくなったのだが、行くだけの価値はあった。写真には描き切れない雲が命を持っているかのような雰囲気は何度見返してもよかった。(これをモチーフにしたマグカップを買ってしまったほど) 明るい雲ではないのに、なぜか明るさがあって、どことなく期待を持たせるような雲になっているのが不思議。
同じ時代にターナーがいなければ、コンスタブルの評価も変わっていたのだろうか。
確かにCos自身もターナーのほうが好きかもしれない。ターナーの描く空気も意志を持っていてとても好きだ。
この右側の「ウォータールー橋の開通式」がコンスタブルの作品、左側の「ヘレヴーツリュイスから出港するユトレヒトシティ64号」がターナーの作品。二人の描く空気の違いが感じられるだろうか。この2枚を並べて展示してあるので二人の違い、共通点などが自然にわかってくるような気がした。
そして最後の方にあったこの「虹が立つハムステッド・ヒース」
雨が上がって、空気が澄み虹が2本出ている・・・物語があるのかもしれないし、ないのかもしれないけれど、ここにもまた「これから」を感じさせる空気がある。
写真がうまく表示できない・・・このところココログの調子が今一つうまくない。
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