2007年7月25日に
ミューザ川崎で
ニコラ・ルイゾッティ指揮の東京交響楽団を聞いてきた。
例によって例のごとく、母のお供。
どうやら母はCosがどういうものならほいほいついてくるか分かってきたみたいだ∥^O^∥
今回は「おもしろいよ」という母の言葉のままにオーケストラの後ろ側・・つまり指揮者が正面からよく見える席で楽しんできた。
指揮というのは右手でリズムと強弱、左手で曲想を表すものだと思っていたのだが、ルイゾッティの場合には右手も含めた全身で曲想をあらわす指揮。
確かに決まったリズムで弾いている時にはリズムなんかとらなくてもきちんと合わせられるようでなければプロじゃないと思うからリズムを取る必要なんかはないだろう。
が、彼の指揮はそれにとどまらず、全身でダンスかパントマイムをしながら曲のイメージを表現していた。
最初のヴェルディの歌劇「運命の力 序曲」は短い曲だったこともあって
「えっ、こんな指揮するの?
えっ、だいじょうぶなの?」
と思っているうちに曲が終わってしまった。
2曲目はチャイコフスキーの「幻想序曲 ロミオとジュリエット」
二人の甘く激しい愛、二人の家の激しい対立、その間に挟まれた葛藤が音楽から、ルイゾッティから伝わってくる。
音楽を聴いているはずなのにその情景が目の前に浮かぶような感じ。
Cosも甘く切ない気持ちになってしまった。
ロミオとジュリエットを読んだのは小学生か中学生ぐらいのときだったけれど、そのストーリーが音楽になって指揮になって目の前に繰り広げられる感じ。
そして、プロコイエフの交響曲第5番変ロ長調・・・・
この曲は聴いたことがあるような気がする。
だけど、プロコイエフの曲でこんなに表情豊かな曲は知らなかったような気がする。
曲に対する想いをタクトに込めて・・・全身から伝わってくる。
ルイゾッティを見ていると彼の表現の通りの音楽にしたいと思うようになってくる。
「楽しい音楽の時間」・・・
ルイゾッティの楽しい解釈が演奏者にも伝わっているからなのか、
指揮を見ているからなのか分からないけれど、
音楽を楽しむ、弾いている人たちもその楽しさを伝えようとしているようにも見える。
でもきっと、彼の指揮はすごく厳しいような気がする・・・
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