2008.06.29

Bachは難しい・・・

先日行って来たコンサート。
プロのコンサートではなかったからかもしれないけれど、Bachの難しさが浮き彫りになっていた。

微妙な音のずれ・・・どっちが速くてどっちが遅いのか分からないほどのずれがぎりぎりのところでバランスをとっているBachらしい音の組み合わせをノイズに変えている・・・
音の出ていないホルン・・・

さすがに有名なさわりのところはきちんと弾けているのだがそうでないところが・・・・

一人一人の音を聞いているとうまいのだが・・・
だからソロになるとかなりいい。

このところ、オーケストラを聴きに行くチャンスがあったから耳が肥えてしまったのかなぁ・・・
残念

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2008.06.22

衝動買い

友達のところを見ていたら、
グスタフ・レオンハルト/ジュビリー・エディション(15CD)を買ったという話が出ていた。

基本的にオルガンやチェンバロは好きだし、この人の演奏は去年あたりに母と聞きに行った記憶があって、(レオンハルトはもうかなりの年なのに)とてもよかったのでまた聞きたかったのだ
しかもなんといってもCD15枚組みで4000円ちょっとという値段の安さ・・・・

というわけで思わず衝動買い∥^O^∥

う~ん・・・クラシックからはちょっと距離を置いておこうと思っていたのになぁ・・・・


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2008.06.12

ストラヴィンスキーみたいなモーツアルト

今日は母のお供で、オペラシティで東京フィルのコンサート。

ストラヴィンスキーの「プルチネルラ」
モーツアルトの「ピアノと木管のための五重奏曲変ホ長調K.452」
再びストラヴィンスキーの「春の祭典」

この2つのストラヴィンスキーの間に演奏されたモーツアルトがすごく面白かった。
曲は確かにモーツアルトなんだけど、その演奏はモーツアルトの曲とはとても思えないような感じ。
最初のプルチネルラとのバランスがすごくいいけれど、モーツアルトらしい流れるような感じがほとんどしない。
こういうひき方も出来るものなんだなぁ・・・

春の祭典も楽しかったし・・・・

明日が休みだともっとよかったのになぁ・・・
∥xx;∥☆\(--メ)


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2008.04.16

バッハの新しい曲

バッハの失われたと思っていた声楽曲が見つかったのだそうだ。
本物なのかどうかはCosなどにわかるすべもないけれど・・・・
asahi.com:バッハ初期の声楽曲、全編見つかる - 文化・芸能.

ドイツの作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685~1750)が作曲し、これまで一部しか知られていなかった声楽曲「主なる神我らのそばにいまさずして」の全編を筆写した楽譜が見つかった。ハレ大学が15日、発表した。

どっちかっていうとCosの好みとしてはPianoか弦がよかったんだけどなぁ・・・
あんまり人の声の歌は好きじゃない・・・・
と言いつつまたバッハのコーラスを聴きに行くんだけど・・・∥^O^∥

このニュースを見たとたんにバッハの曲に走ったのはいうまでもない・・・・

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2008.03.31

これから読む?本

基本的に本屋に行くとお財布を開かないときがすまないCosなので、なるべく行かないようにしているのだが、この前の金沢旅行で「能楽」に関心が出てきたので、
「やさしい能入門」とか
「誰にでもわかる能楽」とか
「能で退屈しないために」とか
といった本を探そうと思って本屋に行ったのだが・・・・・
買ったのはまず

ケルト神話と中世騎士物語―「他界」への旅と冒険 (中公新書)ケルト神話と中世騎士物語―「他界」への旅と冒険 (中公新書)
田中 仁彦


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まあ、ケルト神話も好きだし円卓の騎士も子どものころに熱中した本だからまあいい・・・
ケルトと言う不思議な国もCosの子どものころからあこがれていた国だし・・・・
読み終わるかどうかは疑問だけど・・・_| ̄|●

次に手に取ったのは

続きを読む "これから読む?本"

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2007.12.14

メサイア

昨日、12月13日は東京芸術劇場で例年のように「メサイア」を聞いてきた。

アマチュアのKAY合唱団の慈善公演で毎年見に行っているとメンバーの変化に驚かされることがある。
今年は去年初めて参加した人がすっかり自信を持って歌っている姿に気がついたし、何年も見てきたメンバーの方の姿が見えなかったりもしてちょっとさびしかったりもした。
プロの声楽家がソリストとして入っていて、今年はテノールがずば抜けてうまくてもっとソロがあればいいのにと思うほど。

どうやったら人間ののどからあんなに深い朗々とした声が出るんだろう?
もちろん才能と練習のたまものなのはわかっているけれど、それにしても見事な声。

本当は忙しいときでこんなところに出かける余裕はないはずなんだけど、Cosの都合でやるわけじゃないから・・・・
どこでものんびりせずにぎりぎりの時間に聴きに行って大急ぎで帰ってきたけれど、やっぱりきついのがとても残念。
せっかく都心まで出かけるんだからもっと余裕を持ちたかったのになぁ・・・

さぁ、仕事だ_| ̄|●


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2007.11.19

アレクサンダー・ガヴリリュク

いやあ、すごいピアニストでした。
1984年生まれということだから、24歳?

アレクサンダー・ガヴリリュク - Wikipedia.

ガヴリリュクの演奏は、超絶技巧が特徴であるが、その中に、技巧だけでは表現できない温かみやロマン性が現れ、彼の持つピアニズムを垣間見ることが出来る。レパートリーは広く、古典派のハイドン、ベートーヴェンから、ロマン派のブラームス、ショパン、そして地元ロシアのラフマニノフ、プロコフィエフ、スクリャービンなどを演奏する事が多い。

この若さで技術がすごいと「うまいだろ!」といわんばかりの演奏が多いのだが、彼の場合にはその技術のすごさがごく自然に見えて、豊かな曲に仕上がっているのだ。

ミューザ川崎の名曲全集32回に母と一緒に行ってきた。
今回はメンデルスゾーンを3曲やったのだが、そのうちの一曲が、ガヴリリュクのピアノによるピアノ協奏曲第2番、完全にオーケストラが飲まれてしまっていた。

まだ若いからそんなに有名じゃないかもしれないけれど、今の技術と曲想を持って経験をつむとどうなるんだろう?
今聞いても面白いけれど、これからが楽しみな一人。

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2007.10.15

名曲全集第31回

母のお供でミューザ川崎へ。

今日の予定は
指揮 ゴロー・ベルク
ヴァイオリン アリョーナ・バーエワ
管弦楽 東京交響楽団
のはずだったのがアリョーナ・バーエワがパスポートの更新の変更により取得が遅れ来日できなくなったとかで松山冴花のヴァイオリンに変わった。

今回はヴァイオリン協奏曲が入っているとはいえ、管楽器が重視されている感じがして、どの曲でもフルートの音のよさが心地よかった。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をいかにも「難しい曲です」という感じで弾いていた。なかなかこの曲を難しいくせにその難しさを感じさせないように引く人はいないなぁ・・・
なんとなく、「こんなに難しい曲が弾けるんですよ」といわんばかりの曲(弾いている人じゃなくて曲がそういう感じ)は曲としては面白いけれど、そんなに好きにはなれない。

3曲目のベートーベンの運命・・・すごく有名な曲だけど、ここ何年も聞いたことがない。
どうしてだろう?
この曲はCosが始めてスコアを見た曲でもう忘れているかと思ったのだが、実際に聞いてみると曲もしっかり覚えていた。
次にどんな音が出るかわかっていると指揮を見ているのが面白い。
いろんなことを思いながらしばし楽しいときをすごしてきた・・・・
試験問題を作らなきゃいけないのに・・・_| ̄|●

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2007.09.24

フィトキン「サーキット」

ヘンデル:組曲「水上の音楽」
フィトキン:「サーキット」2台のピアノと管弦楽のための
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

ミューザ川崎で毎月行われている「名曲全集第30回」に母のお供で行ってきた。

父と結婚する前は音楽が好きでラジオの前で正座して聞いていたという母・・・
嫌いでないことは知っていたけれど、好きだったことはつい最近知ったばかり。
結婚してみたら父はクラシックは嫌いだったことがわかって自分も聞くのをやめたという話を聞いて、
晩年母に(クラシックとは限らないけど)コンサートに連れて行かれていた父の姿を思い出した。

「名曲全集」というだけあって、知っている曲がほとんど。
最後の「悲愴」などはオーケストラも指揮者も慣れきっていてのびのびと流れるように弾いていた。
(途中で客席ではなくオーケストラの真ん中に入って聞きたいと思ったのはCosだけ?)

その中で2番目に演奏されたフィトキンの「サーキット」は作曲者も曲も聞いたことがなかった。
それもそのはず、フィトキンは1063年生まれで、この曲はこの日にピアノを弾いた二人
キャサリン・ストットと小川典子のために作曲した曲。
初演は2003年だというから知らなくても不思議はないのだ。

東京フィルハーモニー交響楽団のblogでは演奏者の小川典子さんによって

 私たちのために書かれたピアノ協奏曲、「サーキット」。フィトキン自身の言葉を借りれば「音の要素を格子のように組み合わせたもの」とのこと。キャサリンと私が最強音で弾き始める冒頭、流れるようにたゆたう中間部、怒涛のように盛り上がる後半…。オーケストラも巻き込む大スペクタクルな20分です。私達の予想を遥かに超えた素晴らしい出来あがりに、私達は狂喜しました。英国での世界初演(2003年3月)はBBCラジオで全英に流れ、会場は熱気にあふれました。

と紹介されている。

最初のほうはジャズっぽい感じ(なんとなくキースジャレットっぽい?)で、それがいつの間にかクラシックの現代音楽らしい曲になっていくようなとても楽しい曲だったけれど、この曲のよさ面白さは二人のピアノのダイナミックな演奏にあるんだろうと思う。


エネルギッシュな、大編成のオーケストラを飲み込んでしまうような演奏だった。

またチャンスがあったら、こういう曲も聴いてみたいな。

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2007.07.28

ルイゾッティの指揮

2007年7月25日に
ミューザ川崎で
ニコラ・ルイゾッティ指揮の東京交響楽団を聞いてきた。

例によって例のごとく、母のお供。
どうやら母はCosがどういうものならほいほいついてくるか分かってきたみたいだ∥^O^∥

今回は「おもしろいよ」という母の言葉のままにオーケストラの後ろ側・・つまり指揮者が正面からよく見える席で楽しんできた。

指揮というのは右手でリズムと強弱、左手で曲想を表すものだと思っていたのだが、ルイゾッティの場合には右手も含めた全身で曲想をあらわす指揮。
確かに決まったリズムで弾いている時にはリズムなんかとらなくてもきちんと合わせられるようでなければプロじゃないと思うからリズムを取る必要なんかはないだろう。
が、彼の指揮はそれにとどまらず、全身でダンスかパントマイムをしながら曲のイメージを表現していた。

最初のヴェルディの歌劇「運命の力 序曲」は短い曲だったこともあって
「えっ、こんな指揮するの?
えっ、だいじょうぶなの?」
と思っているうちに曲が終わってしまった。

2曲目はチャイコフスキーの「幻想序曲 ロミオとジュリエット」
二人の甘く激しい愛、二人の家の激しい対立、その間に挟まれた葛藤が音楽から、ルイゾッティから伝わってくる。
音楽を聴いているはずなのにその情景が目の前に浮かぶような感じ。
Cosも甘く切ない気持ちになってしまった。
ロミオとジュリエットを読んだのは小学生か中学生ぐらいのときだったけれど、そのストーリーが音楽になって指揮になって目の前に繰り広げられる感じ。

そして、プロコイエフの交響曲第5番変ロ長調・・・・
この曲は聴いたことがあるような気がする。
だけど、プロコイエフの曲でこんなに表情豊かな曲は知らなかったような気がする。

曲に対する想いをタクトに込めて・・・全身から伝わってくる。
ルイゾッティを見ていると彼の表現の通りの音楽にしたいと思うようになってくる。

「楽しい音楽の時間」・・・
ルイゾッティの楽しい解釈が演奏者にも伝わっているからなのか、
指揮を見ているからなのか分からないけれど、
音楽を楽しむ、弾いている人たちもその楽しさを伝えようとしているようにも見える。

でもきっと、彼の指揮はすごく厳しいような気がする・・・

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2007.06.27

チェンバロ・リサイタル

(たぶん)母のお供で行って来たグスタフ・レオンハルトのチェンバロ・リサイタル

このくそ忙しい時期に母のお供で夜のお出かけなんて絶対に避けたいところだが、「レオンハルト、チェンバロ」の魅力には勝てなかったというところだろうか・・・・
(行ける時にはできる限り母に付き合いたいとは思っているけどね)

古楽器をかつてあったままの演奏方法で演奏するという古楽演奏活動で有名な人らしい。

生のチェンバロを聴いたことは数えるほどしかないし、単独で演奏されているのを聴くのは初めてだと思うけれど使われている楽器も18世紀の楽器(らしかった)でその音色はやわらかいきらびやかさと枯れた深みのある音でそれまでに聞いたことのあるどのチェンバロ(そう何回も聞いたことがあるわけじゃないけど)とも音が違うようにも感じた。

今回演奏される曲はどの曲もCosでも知っているような有名なものはほとんどなくて、おそらく好きな人のための演奏会だったのだろうと思う。
それでも第一部のバッハはそれぞれの旋律がたくみに絡み合って、音がつながらないはずのチェンバロの音が微妙につながり(音をずらして弾いていた?)、複雑なハーモニーをかもし出していた。

よくある甘く熱っぽい引き方ではなく、姿勢を正してみていると感情とは無縁のところで弾いているかのようにも見えるし、曲もかっちりと仕上がっているのにその音は、甘さとはかなり違うけれど、抱擁感のある心地よい音だった。
(甘ったるい弾き方だったらどれほどうまくても今のCosには耐えられないだろうなぁ・・・)

間の休憩では本人自らが調律をしていた。そのために前から十列目までは休憩時間は外に追い出され、他の客席も静寂を要求された。第一部と第二部の音の違いがあったような気もするけれど、Cosなどの耳ではその違いを的確に捉えることはできていない気がするのが残念。

第二部はフォルクレ。
(この曲も知らなかったんだけど)フォルクレの曲は聞いたことがあると思うのだが、こんな曲だったんだろうか?
チェンバロという音の余り大きくないおとなしく弾く楽器なのに、聴いているうちにその迫力に心臓がどきどきしてきた。

まあ、もう年の人だから突き刺すような迫り来る迫力ではなかったけれど、深みのある音が「これでもか、これでもか」と畳み掛けてきた。

いやぁおもしろかった。
どうせなら、こんな年になってからではなく、子どものころにこういうところにもっとつれてきて欲しかったなぁ
そうすればCosの人生もまた違っていただろうになぁ・・・

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2007.06.24

ヨハネ受難曲

いつも行くKAY合唱団の定期公演。

まあ、受難曲だから重々しいのは当然といえば当然だが、ドイツ語ってきつく響いてくる。
それともあえてそういう歌い方をしているのかもしれないけれど、破裂音の厳しさが伝わってくる。

一緒に行った友達は知っている曲だというのだがCosは知らない・・・・あっ、マタイ受難曲は(一部だけだろうと思うけど)聞いた覚えがある・・・・

ドイツ語が分かればどんなことを歌っているのか聞いているだけで分かるのだろうけれど、解説を見ないとCosには何を歌っているのかが分からないのが残念。
大学の時にはドイツ語はどっちかというと成績がよかったのになぁ・・・
(ドイツ語の論文もいくつか読んだし・・・)

曲を聴いていると余りオブリガートの出てこない歌詞を聞き取りやすい曲になっているような気がする。
が・・・・
「フルートがきれいだなぁ」σ∥^O^∥

合唱を聞きに行ったのにね∥^_^∥

個人的な好みとしては最後に救いが欲しいな。

それにしても・・・・敬虔な気持ちになって行いを改めるはずなのに・・・・
悔い改めるどころかますます・・・∥xx;∥☆\(--メ)

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2007.06.10

ケルンコンサート

ケルン・コンサートの楽譜があると聞いて早速探してみた。

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音符がいっぱい重なっていて、なかなかきれいだ∥xx;∥☆\(--メ)
こんな曲を自由に弾きこなせたらどんなにいいだろうと思うけれど、無理_| ̄|●

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2007.06.09

ヨハネ受難曲

年に二回聞きにいっているKAY合唱団、今回はヨハネ受難曲。
(2007.06.23 17:30~ 東京芸術劇場)

毎年クリスマスにやるメサイアはいつ聞いても本当にすばらしいと思うけれど、夏の公演の曲は(合唱曲を余り知らないから)どんな風に歌うのかがとても楽しみ。

って、バッハのヨハネ受難曲って知らないかも・・・
どんな感じの曲か分からない・・・
マタイ受難曲なら知ってるんだけどなぁ

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2006.02.19

知求コンサート

母のお供(?)でサントリーホールで行われた「知求アカデミーコンサート」に行ってきた。

お供ととは言ってもCosは仕事があるから遅れて行ったし、帰りは帰りで買うものがあったので、新宿で別れたので一緒に聞いてきたというだけなのだが・・・

これは音楽だけじゃなくて、レンブラントの絵の解説とフルートの演奏のコラボレーション。

レンブラントの絵の解説には遅れていったので途中からだったけれど、今まで気がつかなかったレンブラントの光と影の扱い方がとても印象的だった。

しばらく前に見たラ・トゥールもレンブラントよりもほんのちょっと前の人だから、光と影のコントラストがはやっていた時期なのかもしれない。
一部分だけに光を当てることで、絵の印象がかなり変わる。この光と影に注目するという描き方はこの前見た原美術館のオラファー・エリアソンと共通しているものがあるのかもしれない。

そしてその光の華やかさはフルートの音色にも通じるのかもしれない。

ただ、レンブラントの解説の間は気にならなかったのだけれど、音楽になったとたんに会場にいる子ども、特に後ろの席の子どもが気になり始めた。
しーんとしてフルートとピアノの音だけが流れる会場で子どもなりに静かにして入るのだが、お菓子を静かに食べているのだ。
音が出ないように気を使いながら・・それでも時々小さな音で「かりっ」
お母さんに小声で話しかけようとする・・・
そして極めつけはぷーんと漂ってくる甘いお菓子のにおい。

静かに、甘い刺激なしに音楽を聴きたいと思うと同時に子どもだって精一杯静かにしようとしているんだし、お母さんだって音楽を楽しみたいんだということも分かっているんだけどなぁ・・・

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2005.11.13

違和感のあるブラスバンド

今日は母と一緒に「古伊万里展」をみに上野の国立博物館へいってきた(その話はまた書くつもりだだが)帰りに上野公園を通ったら、東京消防庁音楽隊のコンサートをやっていた。別にコンサートだけではなく、そのあとで消防車のはしご車に乗ったりすることも出来るらしかったけれど、一人じゃなかったのでちょっとだけ聞いてきたのだが・・・

Firepersons Brass Band
このブラスバンドを見た瞬間に「何か変、いったいどうしたのだ?」状態になってしまった。

おそらくマーチングをしていれば違和感はなかったのだろうけれど、ブラスバンドが戸外で椅子に座って演奏している・・・・それだけでは納得できない違和感を感じたのだ。

学校でブラスバンドをやったことのある人ならばその違和感が分かるかも知れない。


写真をクリックすると大きな写真が出てくる(もどるボタンで戻ってください)けれどそれを見たら分かるだろうか・・・
演奏しているのは男性ばかりなのである。
普段Cosが見慣れているブラスバンドは生徒たちのブラスバンド。ほとんどが女性でちらほらと男性がいるのが見慣れた景色。
ブラスバンドじゃなくてもオーケストラでもたくさんの女性が一緒に演奏している。

(実際にはこの中に二人だけ女性がいたのだが)男性ばかりが演奏しているのを見ること自体が珍しいのだ。多分、男子校のブラスバンドというのはちょっとこういう感じがあるのだろうけれど・・・それでも決定的な違いがある。

なんと、演奏している人の多くがかなりのオジサンなのだ。(ちなみに二人だけいた女性はどちらもまだオバサンの域には達していないと思う)
おじさんが悪いというわけではない。でも普段生徒たちを見慣れているCosにとっては感覚的に「違う」感じがしてならなかったのだ。

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