2017.11.16

典雅と奇想・・・先の見えない時代

泉屋博古館分館で「典雅と奇想 明末清初の中国名画展」(2017年11月3日~12月10日)の内覧会に参加してきました。なお、写真は美術館より特別の許可をいただいています。

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                    静嘉堂のフライヤーの猫がこの魚を狙っているとか・・・とも


明末清初といわれる時代・・・・明王朝がが16世紀半ばから衰退し始めると同時に江南諸都市を中心として経済は大きく発展し、都市文化が爛熟していく時代なのだという・・・先の見えない時代という点では今と似ているのかもしれない。

 今回の泉屋博古館での展示にはいいものが多いのだそうだ。

 最初に目に付くのが2枚の徐渭(じょい)の「花卉雑画巻」1575年のものと、1591年のもの。この2枚が並んで展示されるのは初めてと解説をしてくださった板倉先生。

 徐渭は奥さんを殺害した罪で6年間(短いなぁ)の獄中生活を送ったという。そういう気性の激しい人が書いたとは思えないようなあっさりとした感じの絵。

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 手前にあるのが東京国立博物館所蔵のもので、釈放されてすぐの55歳ぐらいのときのもの。奥にあるのがよくは見えないけれど泉屋博古館所蔵の晩年のもの。前期展示ではCosなどにどう違うのかよく分からないけれど、前半、中半(問う居国立博物館所蔵のもののみ)、後半で展示替えをやるので、後期には療法に魚の絵が出てくるはずだから、そうすると見分けやすいかもとは、今回も解説してくださった板倉先生の言葉。

 今回の展示は展示替えがおおいどころか、中には毎日のように展示するページを変えたり、そこまで行かなくても毎週変えるものが何枚もあるのだという。そんな話を聞いて、「パスポートとか、定期券とかはないんですか?」と聞く人もいた。中国画がすごく隙だったらそうしたいかもしれないな。

 こんな風に絵は典雅(?)だけど、人物が典雅じゃない絵から始まった明末清初の中国画だけど、「奇想」になるのはこの次のⅡ明末奇想派のところ。

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 この左側の絵は米万鍾(べいばんしょう)の柱石図(根津美術館)。絖本という光沢のある生地に描かれているのだが他のと比べてその違いは見えるだろうか。

 この向こう側の絵もとても面白い。もしかしたら中国にはこんな景色があるのかもしれないとも思うけれど、この時代の人たちが想像を働かせて書いたのだとすればそれは中国風のファンタジー。

その奇想の流れは清初に入っても残っていて、正統派の王原祁(おうげんき)の「倣原四大家山水図」(ほうげんしたいかさんすいず)(京都国立博物館)などは左側の1枚目は普通の絵だけれど右に移るにつれダイナミックになってきて、最後の一枚などは「どうなっているんだろう」状態。

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 よく見てみると墨だけではなく色も入っていることに気がつく。山水画なので、華やかなという感じにはならないけれど、どこかほっとする雰囲気。


 中国画はかっちりとした雰囲気ばかりのような気がするけれど、中にはこんなほっこりする絵も。

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 今回の展示でもこの絵は人気があっていつも誰かしらがこの絵のところにいた。これは八大山人の「安晩帖」の第九図「猫児図」。この案晩帖は展示替えが多く、毎日のように違うページが展示される。この猫は11月18日と19日に展示されるはず。Cosとしては12月1日から3日まで展示される小魚図を見たいのだが・・・







 



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2017.11.09

川合玉堂展 -四季・人々・自然ー

 先日、山種美術館の「【特別展】没後60年記念 川合玉堂 -四季・人々・自然ー」 展の内覧会に行ってきました。この記事の写真は全て許可を受けて撮影したものです。

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             この写真は会場の入り口。川合玉堂作 「春風春水」(山種美術館所蔵)をパネルにしたもの。

まさにサブタイトルにある「四季・人々・自然」を描いている一枚。このパネルと実際に絵を比較するのも面白かった。こうやって写真で見るとそんなに変わらない気がするけれど、実際にはやわらかさや暖かさが違っていたような気がする。
 たぶん、表装の有無や種類によっても感じ方が違うんだろうな。

 川合玉堂は自然を描いた作品を得意としていたという。自然が大好きなCosにとっては大好きな一人。奥多摩の御岳にある「玉堂美術館」は何度かドライブしていったことがある。比較的小さな美術館なので、「堪能した」というには展示してある絵が少ないのだが、今回は山種美術館でじっくりと楽しむことができてとてもよかった。


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                     川合玉堂作「猿」 山種美術館

 玉堂は猿を好んで描いたという。写生した作品などもあるけれど、この猿の表情には猿に対するやさしさに満ちているような気がする。下の猿はがけを登り、上の猿はそれを見ているが、この表情からは見守っているかのようにも見える。向こうの山までは遠く、広々とした空間が広がっていることを感じさせる。昭和30-31年ごろの作ということだから、奥多摩だろうか、下は谷川なのかなぁなどと見えていない部分にも景色が広がってくる。

 

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                   川合玉堂 紅白梅 玉堂美術館

 

 尾形光琳の「紅白梅図屏風」(MOA美術館)をはじめとする琳派を強く意識した作品なのだそうだが、幹のたらしこみなど画風を真似ているのかもしれないけれど、この生き生きとした植物らしさ(というのかな?)は自然を愛する玉堂ならではの感じもしている。この写真では分からないけれど、シジュウカラの姿も愛らしい。この作品は山種美術館のオリジナル和菓子の「東風(こち)」にもなっている。「紅白梅」をモチーフにしたこしあんのあっさりした甘さのお菓子。

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              特別展に合せたオリジナル特製和菓子。左の奥が「東風」


左手前が千寿(せんじゅ)といってつがいの鶴のモチーフ。夫婦円満を象徴する絵だそうだけれど、中が黄緑色の柚子あんでとてもおいしかった。中央が黒砂糖風味の大島あんの里の秋。どれも絵を見終わった後、のんびりゆっくりと優雅にいただきたいお菓子たち。優雅にする時間がどこかで取れればどんなにいいか・・・

 結局のところ、時間をゆったり使うことのできないCosはせめて絵だけでもゆったりと見たいといつも思うのだけど、結局時間に追われてしまって貧しい時間の使い方に終始してしまうのだが・・・

 

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                  川合玉堂 早乙女 山種美術館

 気を取り直して、Cosが「田植え」とか「早乙女」とかといわれた瞬間に脳裏に浮かぶのはこの絵。

 年中行事の民俗学の授業の中で、旧暦の4月8日に山の神が下に下りてきて里で他の髪になる。そのときに早乙女が田植えをして・・・という話しだったときにもこの絵が脳裏に浮かんだ。

 戦争のさなかに描かれたこの絵は玉堂の戦争に対する考え方をはっきりと示している。彼は戦争中でも戦争を賛美する絵は描かず、文部省戦時特別美術展にも直接的な絵は出品しなかった。

 

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                   川合玉堂 荒海 山種美術館 

 この荒海は玉堂71歳のときの作品で文部省戦時特別美術展に出品したもの。戦争という激動の時代に何を思って描いたのだろう。

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                  川合玉堂 水声雨声 山種美術館

 静かな静かな水の音だけが聞こえてくるこの作品は同じように自然を描いたコローと共通したものがあるような気がする。玉堂はコローのような光を描いているわけではないので、それが何なのかはよく分からない。描かれている二人の農婦も口を開かずに仕事に向かっているのだろうか。

 たぶん、玉堂の自然とこの静けさが好きなんだろうな。

 

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                  川合玉堂 松上双鶴 山種美術館

 玉堂が山種美術館の創立者山﨑種二の長女の結婚祝いに贈った作品。上のほうに写真のある和菓子の千寿となった作品。松の上に2羽の鶴がいるという縁起のいい伝統的な吉祥の画題なのだそうだ。

 明治学院大学の山下祐二先生の見所の紹介の中で、川合玉堂が橋本雅邦の元で作風や画法を学んだ「白雲紅樹」(東京藝術大学大学美術館)と川合玉堂の「渓山秋趣」(山種美術館)を比較した。

 雅邦の絵は中国の絵の影響が大きいけれど、玉堂の絵になるとそこここに日本らしさが漂ってくる。

 川端龍子、川合玉堂、横山大観の3人が山崎種二が希望して行われた「松竹梅展」の話を聞くと、この前の特別展が川端龍子で、次が川合玉堂、そして次回の特別展が横山大観(2018年1月3日(水)~2月25日(日) 山種美術館)というのも納得できる気がする。残念ながら川端龍子の時にはいけなかったけれど、横山大観の時には親交と違いについてみてくるのも面白いかもしれない。




 




 

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2017.11.06

あこがれの明清絵画

静嘉堂文庫美術館(http://www.seikado.or.jp/)の2017年10月28日(土)~12月17日(日)の「あこがれの明清絵画~日本が愛した中国絵画の名品たち~」の内覧会に行ってきました。写真は全て静嘉堂文庫美術館様より許可をいただいて撮影したものです。

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 日本絵画さえよく分かってないCosだけど、若冲や応挙などの日本画を見ていると、、中国の風景が描かれていたりすることがよくある。この後で見に行った、山種美術館の河合玉堂展でも川合玉堂作「赤壁」(青梅市立美術館)も蘇軾の「赤壁賦」を主題にしているとのこと、今の日本では今の中国絵画にあこがれる人はごく少ないだろうけれど、かつては日本にとっては憧れの大陸であったことは間違いない。
 今回は静嘉堂だけでなく、泉屋博古館の「典雅と奇想」ともコラボしている(こちらも行ってきたので、後日アップする予定)。
 中国絵画ということを意識しての展覧会は見に行ったことがないような気がする(もしかしたら意識せずに「山水画」を見に行ったことはあるかも)。ただ、東博などで中国絵画を見ると、日本画よりもいいんじゃないかと思うことが何度もあったので、気にはなっていたところに、今回の展覧会「あこがれの明清絵画」があったというわけなので早速行ってきたわけだ。
 上のフライヤーの猫は沈南蘋の「老圃秋容図」。、日本の猫とはかなり違う感じがするけれど、とても生き生きとしていて見事だったのだが、せっかくの内覧会で写真撮影の許可はいただいたのに、自分でとった写真はいまひとつだったのがとても残念。
 会場ではこの絵を模本(でいいのかな?)とした谷文晁派の「沈南蘋筆老圃秋容図粉本」も展示されていて、こちらはなぜか日本の猫になっているのがとても面白かった。これは板倉先生たちが調査中に見つかったものなのだそうだ。

P1040954_2                   「虎図」を前に解説する板倉聖哲先生

 写真の中央は初公開の「虎図」16世紀前半の作で、けがきの表現が若冲などに通じるものがあるとは、今回のギャラリートークをしてくださった東京大学東洋文化研究所・情報学環教授板倉聖哲先生(写真で見上げている方)からうかがった。これは日本の虎の絵に通じるものがあるということで、じっくりと見てきた。虎の表情が・・・本当の虎ではなく、日本画のなかの虎・・・絵の中でよく知っている顔だった。
 いつかこの虎の顔と日本画の虎を比較してみたいものだ。

 面白かったのは藍瑛の「秋景山水図」と谷文晁の「藍瑛筆 秋景山水図模本」が並んで展示されていたところ。

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 模本だからもちろん模写だし、忠実に写している感じはあるのに、見比べると下部などは違っている部分もある。おそらく2枚並べないとこうした違いは見ることができないだろう。

 日本の画家たちの憧れだったというだけでなく、また見たいと思うような絵が何枚もあって、とても楽しかった。また、絖本とかきんせんといった織り方の違いで光を表現していたり、模本を描いた日本人の受け止め方で、どこを強調しているかが違っていたりした。

 残念なことに、Cosの基礎知識がなさ過ぎて分からなかった部分も多かったのだが、Takさんをナビゲーターとし、静嘉堂文庫美術館の河野元昭館長と板倉先生とのトークショーは饒舌館長と異名をとる河野館長の話がとても面白く、板倉先生が口を挟む余裕もなくしゃべり続けていてとても面白かった。(あとで、板倉先生が「河野先生にも教わっているのであまりいえない・・」と。)

 大幅に時間が伸びてしまった板倉先生のギャラリートークもCosなぞに理解できる部分は限られていたものの、中国絵画の世界が大きく広がった気がする。

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 森の中の静嘉堂文庫美術館 森を抜けていくのも楽しかった。



 



 
 

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2017.05.31

加藤アキラ--孤高のブリコルール

 5月30日、展示の最終日に行ってきたアーツ前橋の「加藤アキラ--孤高のプリコルール--」展。

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 いやぁ、前橋はうちからは遠かった。あと1時間余分にかかるなら泊まりか新幹線というところかもしれない。

 新宿から湘南新宿ライン経由で行っても1時間半かかって高崎までしか行かないので、そこから前橋までは20分。うちからだと電車が3時間半という小旅行だった。

 「いいよ」と進められたこともあるけれど、そこまでしていきたいと思ったのはこのポスターにある立体を見たいと思ったから。おそらくヘアライン仕上げ(でいいのかな?)のアルミニウムの断面に空が描かれているのを実際に見てみたいと思ったのだ。

 空を映し出す形はCosの好きなパターンのひとつ。自分のアイコンもアルミ球と銅球に空を映し出させているほどだ。これはぜひ自分の目で確かめたかった。もう少し近ければ何の躊躇もなくさっさと見に行ったのだろうけれど、さすがに前橋となると時間も交通費もちょっと覚悟しないといけないところなのだ。

 アーツ前橋は前橋の駅からは10分ほどのところにあるもともとはデパートだった建物。一回から入ったギャラリーの「ArtMeets04 田幡浩一/三宅砂織」(これもかなり面白かった)を通って、階段を下りていく構成。

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 白く塗られた壁の中で一本の梁だけがコンクリートのままで残されているのがとても印象的。下のほうに見えているのは銅で作られた「地下茎の狩」の一部(だと思う)。この会談の右手には地下がのぞける窓があって、そこから見た作品がこちらを呼んでいるかのようで、ちょっとわくわく。
 奥のほうの梁の上からにちょっとだけ見えているのは同じ作品の一部で皮でできたものが天井からぶら下がっているのだ。悪くはないけれど、こういうような作品は時々お目にかかっているから、これだけだったらCosはここまでは来なかっただろう。もちろん悪い作品ではないし、動き出してこようとするエネルギーのようなものも感じられる作品でそれなりには面白かった。



 

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 ドキッとしたのはこうした作品。これは「不詳」とあったけれど、アルミ板を磨き上げた上からたぶんワイヤブラシのようなものでヘアラインで筋目を描いたものだろうと思う。連れ合いが好きだった金属の工作みたいな感じもちょっとあって「見に来てよかった」と思えた最初の作品。

 作者の加藤アキラは自動車の整備工だったという。この仕上げの技術はそんな仕事を通じて身に着けたに違いない。知人の車やオートバイのマフラー屋さんの金属加工の話などを思い出してちょっとほのぼのした気分にもなった。

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 これは新作「天と地の間で」割り箸の上に青く塗られた板が取り付けられ、それがたくさん集まって円を作っている。一つ一つの小さな板が微妙か角度で取り付けられているのか、こちらが見る角度によって見え方も変わってくる面白さ。
この写真から左の上のほうにさっき通った階段が見えている。

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 そしてこれが今回お目当ての「Space Compression 1」。画像をクリックして大きくすると分かるかもしれないけれど、これもアルミニウムにヘアラインが入っている。

 いや、それ以前にこれは立体などではないのだ。一枚のアルミ板なのだ。いくつものアルミの箱を積み重ねてるかのように見えるのは表面の加工だけでそう見せているのだ。しかも、もしかするとこれは一枚の板を切ることなく、表面の仕上げだけでいくつもの立体を組み合わせたように見せているのだ。そして、光の反射自体は描かれたものではなく、金属が光に実際に反射している不思議があった。

 

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 もう一点すごくよかったのが天井からぶら下がっている穴の開いた球体「連環」。ブリキでできた球体の中は黒く塗られていて両側に開いた穴から向こう側を見ることができる。「本来宇宙の中にある惑星を反転し、闇を内包した球体」なのだそうだ。

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この闇を通してみる向こう側の景色はさっき見たはずなのに他の世界のような感じがしていた。奥のほうに見えているのがさっきの「天と地の間で」の一部。左上の金属はこの球体の外側のブリキ。

 最後にどうやって集めたのか、カセットコンロのボンベの底でできた「帰光」

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しかも飾られている場所が階段下。右上の窓のところにも作品の一部がある。使ったボンベなのか、単に集めただけなのか・・・使ったとしたら毎日使っているんだろうか・・・

 会場を出た前橋はとても暑かった。


「ブリコルール(器用人)とは、ありあわせの道具や材料を用いて自分の手でものを作る人のこと。フランス語のbricoler(繕う)に由来」とのこと。Cosの連れ合いもそういう人だったなぁ・・・

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2017.04.28

花*Flower*華・・・

山種美術館(クリックすると山種美術館にリンクしています)で開催中の「花*Flower*華-琳派から現代へ-」展 2017年4月22日(土) ~ 6月18日(日)の特別内覧会に行ってきました。

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             (写真はすべて内覧会で山種美術館の許可を得て撮影したものです)


ちょうど季節も春の花の季節。「自然の花」と「描かれた花」の対決だなぁなんて思いながら行ったのですが、実際には「対決」じゃなくて補完という感じでした。決して自然の花と張り合うのではなく、自然の花の中から画家が見たものを紙の上に写し取っているという感じかな。
上の写真ポスターにもなっている田能村直入の「百花」のようにぎっしりと花が描かれたものは少なくて、ほとんどが描いた人のその花に対する思いが伝わってくるようなものが多かった。

 入って最初にCosの目を引いたのが、

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                         奥村土牛「木蓮」 山種美術館

写真などにしてしまうとそのよさはどこかに消えてしまうような気もするけれど、実際に見てみると何かはわからないけれど奥村土牛の気持ちが伝わってくるような気がしてくる。

 この土牛は「醍醐」という作品で京都・醍醐寺三宝員の枝垂れ桜を描いている。これもまた、ただ桜が咲いているというよりは他のものも見えているような気がしてくる一枚。花の咲いている上側と左右が切り取られているのだ。彼は何を思って切り取ったんだろう?

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                        奥村土牛「醍醐」 山種美術館

 この桜の切り取り方は自然の中で桜を見たときには決して出てこない。絵画ならではの表現。きっと花の絵を見るというのはこういうものも味わうということなんだろうな。

 作者の気持ちというものは感じなかったけれど、鈴木其一の「四季花鳥図」には実際の季節にこだわらず、四季の花が描かれている。

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                         鈴木其一「四季花鳥図」 山種美術館

 美しい花をすべて描きたいと思ったんだろうなぁ・・・

同じようにすべて描きたいと描かれたのが田能村直入の「百花」。これは巻物になった作品で思ったよりも小さかったけれど、そこに描かれた花は一つ一つ見るのも大変なほど。これだけを見ていても楽しい。

 加山又造の「華扇屏風」は地を描き、そこに扇をちりばめてある作品。この地の部分を描くのに、銀箔を用いたり、いろいろ加工したりしていろいろな味わいを出している。Cosは扇ではなくこの地の模様ばかりを見てきてしまった(笑)

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                         酒井抱一 「月梅図」 山種美術館
 今回の写真はどれも美術館から許可をいただいてうつさせてもらったのだが、この酒井抱一の「月梅図」だけは誰でも写真を撮ることができる。Cosなどはへたくそだからなかなか思うように取れないけれど・・・

 そして第2会場は牡丹が花ざかり。それぞれに描き分けたボタンを見比べるのも楽しい。

 それから和菓子。

 

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 真ん中の「朝つゆ」は山口蓬春の「梅雨晴」のアジサイをモチーフにした一品。これが一番楽しかったかもしれない。今見てきた絵を思い出しながらお茶とお菓子をいただくひと時は山種美術館ならでは。

 5月5日のこどもの日にちなんだ期間限定のお菓子もあるとか・・・そんな休日もいいなぁ
#花展 #山種美術館









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2017.03.21

江戸ノスタルジア

 町田市立国際版画美術館で2017年3月11日~4月9日まで行われる「江戸ノスタルジア」展を見てきました。

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 明治時代に見た江戸時代への憧れ、ちょうど私たちが「大正ロマン」とかに憧れを感じるのと同じように、明治時代の人たちは西洋が入ってくる前の江戸に憧れを感じたのでしょうか。
揚州周延(ようしゅうちかのぶ)のものが多かったのですが、なかなかよかったです。

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江戸の12ヶ月のなかの8月の月見。着ている着物の模様があでやか。琴を奏で、お茶を立ててウサギの月見団子を備える。なかなか楽しそう。ウサギの団子は普通のお団子に耳をつけたのかなぁ?

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月岡芳年の「風俗三十二相」「うるささう」。どこがうるさいんだかよくわからないけれど、楽しそうではある。

この「風俗三十二相」にはなかなか楽しい絵があった。
また、江戸時代のヘアスタイル一覧みたいなシリーズがあったり、江戸時代には描くことの許されない大奥の様子を描いたものなどがあり人物画は好きではないCosにもなかなか楽しい展覧会だった。

 今回は撮影可なので、カメラを持っていくのがお勧め。

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江戸と北京― 18 世紀の都市と暮らしー

江戸東京博物館で行われている「江戸と北京-18世紀の都市と暮らし-」展(2017年02月18日(土)〜04月09日(日))を見てきました。

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まず真っ先に出迎えてくれたのが、このモンチッチ。中国でも人気のあるというモンチッチが清の時代の婚礼服を着ているのだそうだ。そう思ってみると、いつものモンチッチの顔が中国っぽいものに見えてくるから不思議だ。

 1月に見てきたポーラ美術館のトルクメンの女性の結婚衣装ともどこか重なるところもある気がするのは同じ大陸だからかな。

 今回は18世紀の江戸と北京に焦点を当てた展示。どちらの国もちょうど安定した状態で、それぞれの文化が花開いている。今回の目玉は北京と江戸のそれぞれの町の賑わいを描いた絵巻3巻。

     (展示の様子は期限が切れたので画像を削除しました)


最初に見たのは今回初公開と言う「乾隆八旬万寿慶典図巻」。乾隆の誕生日を祝った街の様子を絵巻にしたものだけど、写真でわかるようにずっと長く展示してある。もちろん見えている部分が全部と言うわけではないのがすごい。みんなが赤と白の帽子(?)をかぶり、見世物の象や同じ服装をした団体と思える人たち。何をしているのかよくわからないけれど、一人で無知を振り回している人などもいる。細かな部分をじっくりと見ているとこの時代の中に入っていくことができる感じ。写真を見てもわかるように鮮やかな色が華やかさを演出している。
 絵巻の中の興味深いものについては壁に複製が展示してあってとても見やすくなっている。一人ひとりの様子をじっくり時間をかけてみるのも楽しい。

これに対して日本はというとベルリン国立アジア美術館から11年ぶりに里帰りした「熈代勝覧」(きだいしょうらん)。江戸の賑わいが伝わってくる。

       (展示の様子は期限が切れたので画像を削除しました)

 神田今川橋から日本橋までの商家や魚河岸などの賑わいを描いたもの。いろいろな店を一件ごとに「何の店だろう?」とか、どんな売り方をしているんだろうなどと考えるのはとても楽しい。この絵巻の上側には当時の看板や持ち物などの展示があって、同じものがどこにあるのか探したりしているとあっという間に時間がたつ。

 そして、もう一巻の絵巻が康熙帝60歳の式典を描いた「万寿盛典」。

       (展示の様子は期限が切れたので画像を削除しました)


 これも中に描かれているものが上に展示されている。一番左側のサルは帽子屋さんの看板。ここに展示してある看板がこっちもとても面白い。日本と違っていろいろな民族の人が来るからか、中国語の読めなくてもわかるような気がしてくる。
 ただ、絵巻自体はちょっと細かいので単眼鏡持参がおすすめ。


 正直なところ、この3枚を見るだけでかなり時間がかかってしまうがこれ以外にも日本と中国の文化を比較した展示があれこれと。

        (展示の様子は期限が切れたので画像を削除しました)


 これはさっきモンチッチが着ていた婚礼服(やはり皆さん熱心に見ていらした)。リボンが縫い付けられ、刺繍が施されていて、とても華やか。赤い台の上にあるのが金製の爪カバー・・ネイルファッションだ!今も似たようなことをやっている気がする。向こうの方にあるのが靴。この靴は纏足をしていない足のもの。中国=纏足と思っていたCosにとってはちょっと驚きでした。

 このほかにも育児の様子を描いたもの、おもちゃを描いたもの、寺子屋(中国では「閙学童図」(学習中に騒ぐ学童))などがあって、どれも国によって違っているのに同じように見えるのが面白い。

 日本の江戸についてはここ東京江戸博物館をはじめいろいろなところで見ることができるけれど、こんな風に中国(北京)と比べてみることができるのが面白かった。

4月9日まで 東京江戸博物館で。なお、今回使用した写真は博物館から特別な許可をいただいて撮影したものです。会期終了後は削除する予定です。



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2017.03.05

熱海で観梅

 友達と早起きをして熱海に梅を見に行こうと言う話になった。ところがまだ熱海に向かってないのに電車の中の隣のおばちゃん(おばぁちゃん)のグループは「熱海は小田原で乗換え?新しくなって・・・」とか言ってるし、反対側の隣のおねぇさん(おばさん)は熱海までの乗り換え案内を見ているし・・・着く前から悪い予想。

 小田原で友達と合流するも電車の中央部分は混んでいたようだけど、14号車は立っている人はいない程度の混雑。「広いから混んでも大丈夫だよねぇ」とか「チケットを買ってから行くか、行ってから買うか」なんていう相談をしながら熱海へ。

 まずは東海バスのチケット売り場で、「入館券+バス往復」のチケットを購入。一般も学生も300円引きなのはありがたい。が、予定していたバスには乗り損ねた上に、バス停は長蛇の列。全員行き先は同じだから混んでいる予想がつく。Cosたちは一台目の臨時バスにもうちょっとのところで乗り損ねて、結局次の定時バス。

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 リニューアルしたとのことだけど、入り口を入ってのエスカレータは変わらず、ひたすら登っていく。この登っていくことで、なんとなくわくわく感が出てくる。そしてそのわくわく感を尾で迎えするのが、この万華鏡タイプの展示。

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天井に投影された万華鏡のような模様が来る人を歓迎している。
 杉本博司によってリニューアルされたMOA美術館はますますしっとりと落ち着いた美術館になっている。
2017年3月14日まで「リニューアル記念 特別名品展 + 杉本博司「海景 – ATAMI」。ということで、海が見えるロビーにも杉本博司の写真。

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彼の水平線を撮った写真。(熱海の海だったかどうか覚えてないのだが・・・)ちょうど海と向かい合わせに展示されている。
 ロビーから館内に入るとそこは真っ黒な壁で暗い室内に日本画などが展示されていて抑えられた照明にもしっくりと来る。

 もちろん今回の目的は尾形光琳の「紅白梅図屏風」での観梅。

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リニューアルされてから写真撮影OKになった(もちろん所蔵品だけだろうけど)のでCosを含めみんな写真をとりまくっている。写真にしてみるとまったくわからないけれど、無反射のすごくいいガラスが使われていて移りこみはまったくない。このガラスのおかげで光による劣化が防げているのだろうか。
 予想通り残念ながら人が多くてのんびりの独り占めして鑑賞することはできなかったけれど、都心で見るのに比べれば人はずっと少ないし、

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こんな風に両方をじっくり眺めるチャンスも多少はあったりしたのはうれしかった。さすが熱海まで来た甲斐があったなぁ。


 

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野々村仁清作国宝「色絵藤花文茶壷」藤の花が風に揺れている。このためだけの特別室が今回作られたという。真っ黒な部屋の中で茶壷だけが輝いている。この写真を撮ったときにも周りに人はいたんだけど、顔さえ入り込まなければ写真には写らない。レプリカでいいからほしいなぁ


面白かったのがこれ。

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桃山時代に描かれた「洋人奏楽図屏風」。MOA美術館には何回か着ているから見たことがあるのかもしれないけれど、異国の地に想像を膨らませている日本人画家の思いが伝わってくるような気がする。

 最後の一角は杉本博司の「「海景 – ATAMI」。

写真は撮らなかったけれど、「加速する仏」、これは杉本の三十三間堂の千仏仏をうつした「仏の海」を動画にしたもの。ゆっくりと写真が切り替わっているときには一つ一つの仏の表情を楽しめるのだが、次第に早く切り替わるようになり最後には溶け合わさってしまう。その途中で、思いもよらぬ表情が見えたりして、ちょっと怖くなったりすらした。

 熱海の海の写真は同じ場所をとっている(のだろうと思う)けれど、それぞれが違った表情をしていてとても面白かった。「水平線の二倍の距離に焦点を合わせている」ということだったけれど、それがこの複雑な表情を生んでいるのかもしれないな。

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 千葉市美でも見た「月下紅白梅図」。やはりここには須田さんの梅の花がほしかった。

続きを読む "熱海で観梅"

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2017.02.28

シャセリオー展

「シャセリオー展 19世紀フランス・ロマン主義の異才」
会期:2017年2月28日(火)から5月28日(日)
会場:国立西洋美術館

最初にポスターを見たときに、人物画は必ずしも好きではないのに、不思議な静けさに惹かれてしまった、シャセリオー展。会場に入って、絵を見た瞬間に女性が描いたんじゃないかと一瞬思ったりもしたけれど、「テオドール・シャセリオー」と言うのだから男。
 

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今回はフライヤーの裏に自画像がある以外、男性の絵の写真がほとんどないけれど、実際に会場で描かれたものを見ると、特に男性がどこか少女マンガ風な感じがするのだ。

 もしかすると、単に男性を描くときの構図がそうなっているだけなのかもしれないし、時代を考えると逆にこうした絵を見て少女マンガ家が男性をこんな風に描いたのかもしれない。不思議なことに写真などを見るよりも実際の絵のほうがそうした印象を強く感じる。たぶん、このことが彼を女性だと思ってしまった理由のひとつだろう。

 そして女性を描いたものについても、そこには今にも飛び立とうとする共通した意思のようなものが感じられる気がする。

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 このポスターにもなっているこの「カバリュス嬢の肖像」にしても、彼の絵の特徴ともいえる静かな美しさの中に強い意志が感じられないだろうか。(もしかすると、Cos自身が飛び立ちたいだけかもしれないけれど・・・)
「甘く寂しいエキゾチズムのかおり」といっているのがきっとこれだろう。全部が全部と言うわけではないけれど、女性の絵に今にも飛んで行ってしまいそうな感じがするのだ。特にその男女の対比が現れているのが、「アポロンとダフネ」。悲劇のポーズをとっているアポロンに対してダフネは足が黄に変わりつつあると言うのに、そのまま飛び上がっていくのではないかとも思える。
 また彼は時代の枠の中には納まらなかった人でもあるようだ。この「泉のほとりで眠るニンフ」はニンフと言いながら、体の下には衣服があったりネックレスがあったり、腋毛があったりと、当時の社会通念からは許容しがたいものがあったらしい。今でこそ誰も何も思わないけれど、当時はかなり問題になったらしい。すぐそばにあるクールベの「眠れる裸婦」のほうがおとなしい感じだったほど。

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 シャセリオーは37歳の若さでなくなったけれど、もし老年になるまで生きていたらどんな絵を描いていたんだろうか。あるいは絵筆を折っていたんだろうか。
 彼の「エキゾチシズム」の変化がどうなるのか、そんなことを考えながら見るのも楽しそうだ。

(なお、写真は展覧会主催者からの提供の公式写真で、Cosがとったものではありません)

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2017.01.26

映画 レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮

 映画「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮」のトークショー月特別試写会に行ってきました。

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ドキュメンタリーと言うことなので、どこがどんな風にドキュメンタリーなんだろうと楽しみだった。
 スタートはミラノの美術館でのダヴィンチ展。現在と過去を行き来しながら知っている話、知らない話が見事な映像とともに繰り広げられる。

なによりもあの大スクリーンに繰り広げられるダヴィンチの絵が広がるのは圧巻。
 ダ・ヴィンチの絵が日本に来てもじっくりと見る余裕などなく、「止まらないでください」と追い立てられるように絵の前を通過するしかない、もっとじっくり見たい部分はたくさんあるのに・・・と思う細部が大画面で見られるのはとてもうれしい。
 ストーリーよりも何よりも、一つ一つの絵を見ることに熱中していたかもしれない・・・。

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 ドキュメンタリーだからだろうか、「ラ・ベル・フェロニエール」や「白貂を抱く貴婦人」は当時の衣装そのままにモデルも登場。「白貂を抱く貴婦人」の不思議なヘアースタイルが現実のものとなって現れたのにはびっくり。あんなにぴったりとあごの下まで髪の毛を回せるものなんだろうか?と言う疑問も解決。そして、この白貂の姿勢の不思議さも、映画の後のTakさんと池上先生のトークの中で解決。また、そのときの話からラ・ベル・フェロニエールのあごの辺り、洋服の赤が映っているという斬新さについての話もあった。この部分はもう一度見に行きたいなぁ・・・というか現物を見たいよなぁ・・・

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そして、修復された「最後の晩餐」テンペラだと言うのにダ・ヴィンチは筆が遅かったこともあって、痛みがひどかったとも。拡大された映像を見て「こんなに・・・」とショックだった。たぶん、映画出なければ気づかなかった部分も多かったんじゃないだろうか。

そして、映画の後のTakさんと池上先生のトーク。

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もう何年も池上先生の話を伺うチャンスはなかったんだけど、やはり面白い。Takさんもうまく話を引き出して、さすが。メルツィとサライの話や、「サライは美男子?」なんてい話まで出てきたり、「白貂」についても実際に絵を描くときに抱いたのはほかの動物、たぶん猫、だろうなんてい話も楽しかったです。

 池上先生の話を踏まえて、もう一度見てきたい映画であることは間違いなし。

2017年1月28日(土)から銀座のシネスイッチで公開。




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