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2013.01.30

リヒターの魅力

本当はもっと早く書きたかったけれど、なかなかその時間が取れずにあっという間に終わってしまったリヒター展
、実際に行けたのは終了の少し前。
「WAKO WORKS OF ART」(ワコウ・ワークス・オブ・アート)で2012年12月8日~2013年1月26日まで。
こんな展示があることを知ったのが、今年になってからだったので結局1回しか行けなかったのが返す返すも残念だった。
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「New Strap Paintings and 8 Glass Panels」と銘打たれたこの展示はたくさんの細い線が左右に流れるStrapPaintingsと8枚のガラスからなる8 Glass Panelsの展示だと思っていた。

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たくさんの流れるような細い線はみていると引き込まれていく。まるで今いる世界とは別の世界に行ってしまいそうな雰囲気。でも、こういう絵は書こうと思えば書けるかもしれない、なんて思いながら斜めから見たり正面から見たりすると線が動いているように見えてくるのを楽しんでいた。

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8枚のガラスはそれぞれに違う角度に建てられているけれど、最初見たときにはどんなふうに天井の蛍光灯が映っているかも気がつかなかった。
ガラスを重ねるのは彼の好きなやり方だけど、今回に限ってはあんまりおもしろくないなぁ・・・向こう側に人が来ると面白いのかなぁ・・・なんて思っていたんだけど・・・・・

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角度によって、ガラスの向こう側にかけられた絵が反射して元の絵と重なって見てていたりするのだ。
それに気がついたらいろいろな方向から向こうの壁の絵を反射させて見て回った。
線と線が交わったり、いろいろな角度で折れ曲がっているようにみえたり・・・
最初に見た線の中に引き込まれる感じとは違って、その反射の不思議さに感動してしまった。
しっかり見ないとどれが本当の実在する絵で、どれが虚像なのかもわからなくなってくる。
さすがはリヒターとしか言いようがない。
最初は「絵」と「ガラス」の展示のように思い込んでいたけれど、これは「絵とガラス」が一体となった展示なのかもしれないなぁ・・・
でも、ガラスにはどうやっても映らないところにも絵がかけれられているんだから、必ずしもそうじゃないんじゃないかなぁ・・・
なんて最初は考えていたけれど、いつの間にかガラスの周りをうろうろうろうろ・・・
あまり時間が取れなかったんだけど時間が許す限り見続けていた。
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同じ絵と同じガラスを展示したとしても、二度と同じ様には見えないだろうと思うととても貴重な時間だった。
そして何よりも今回の展示が写真を撮ることができたのが本当にありがたかった。
いつか、どこかで同じ作品を見るチャンスがあるかもしれない。そのときに今回と比較できるのはとてもうれしい。


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2013.01.09

すたすた坊主・・・白隠展2

白隠展のブロガ―ナイトで一番かわいかったのはもちろんこれ。
(最初の記事はこちら

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すたすた坊主という名前が付いているのだが、ほとんど裸の坊さん(としか呼びようがないような気がする)が楽しそうに歩いている、それだけで愉快な気がするんだけど、それ以上に
「注連縄をつけただけの姿で寺社に代参りするといって裕福な商家に金をせびりに行く」と書かれている。
こんなひどい恰好をしてこんな楽しそうに「お寺にお参りするからお金ちょうだい」って来たら、「しょうがないなぁ」と渡してしまいそうな気がする。
渡すほうからしてもこのスタイルなら沢山は渡さなくていいだろうと、気楽に渡しそうな気もしてくる。
渡すほうも半分は飲んじゃうだろうと思いつつ…・

この「代参り」というシステムは日本だけに限らずどこの国でもありそうだけれど、こんなに簡単にお金が集まるのかどうかちょっと調べてみようと思ってぐぐってみたら・・・

なんと2001年まで「代参」が行われていた地区があったのだという。
ここでは村の人が交代でお参りに行くのでお坊さんが行くのとは違うけれど、他の人の代わりに伊勢にお参りに行くという行事がずっと行われ続けてきたのだとなんだか感慨深かった。
まあここはとても伝統を大切にしてきた村だし、伝統を守ることができたということはそれなりに余裕のある村ということなんだろうな。なんて思ってみたりもした。

村の中の(もしかしたら)寺からあぶれた一番下の坊さんがこんな風にお金をせびったのもこんな村だったのかもしれない・・・なんて思ってみたりもした。

すたすた坊主はもうひとり、
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こんなのがいるけれど、こっちはそんなに「ふざけた奴」という感じはせずに素直に仕事として周りの人の代わりにお参りに行く感じがする。

でもやっぱり白隠はふざけた坊主のほうだろうなぁ・・・
そして今回は

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こんなメビウスの輪みたいな絵もあった。
数学やさんとしては忘れちゃいけないな。


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2013.01.08

白隠ブロガ―ナイト

もちろん(かどうかは別として)白隠の名前は知っていたし、楽しそうな絵を描く人だとも思っていたし、禅宗の坊さんだということも知ってはいたけれど、こんなに奥の深いユニークな人だとは思ってなかった白隠。

その白隠展はBunkamura ザ・ミュージアムで2013年2月24日まで。
1月7日に行われたブロガ―ナイトにCosも参加させていただいた。

しかもその講演会が展示室のど真ん中、六角形をした通称だるま部屋で行われたのだ。
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これはブロガ―ナイトが終わってから元に戻した状態。こんな展示室「朱達磨」がぎょろっとした目でこっちを見ているこの空間でTakさんと監修者のお一人山下裕二先生と浅野研究所の広瀬さんのトークが1時間も行われたのだ。
四方八方(正しくは六方か?)から見られながらのトークはとても楽しかったし、ここでたくさんのエネルギーをいただいたのは必ずしも3人のお力ばかりでなく「だるまさん」のパワーもあったに違いない(渋谷のパワースポットだという話も出てきたし…)

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実際にはこんな風。話を聞くCosたちはいすじゃなくて座布団の上に座って…・(あっ、座布団の写真撮るの忘れた)。座りやすい靴を履いて行かなかったので座りにくかったけれど、床の上に座り込んで話を聞くのも白隠らしくてとてもよかった。

最初はこういう席でなければ決して聞けない「展示」についての広瀬さんのトーク。
こうした絵---それも特大だったりもするんだけど---一枚一枚をケースの中に入れて展示するというスタイル。
このスタイルをとることで絵までの距離を15cmまで近づけることができたとのこと。

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そのケース自体を並べることで壁になり、通路ができている。これも自由に空間を使えるBunkamuraならではの展示方法。

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こんな風にヤマト運輸の美術品の専門家の人たちが作業をしたのだそうだ。
ヤマト運輸だから黒猫がいて、みんながそれなりのスタイルをしている。

運ぶ車も以前は美術品の専用車であることが分かる車を使ったそうだけど今はそういうこともしていないとか、海外でこの作業をすると、向こうの人が黒猫グッズをほしがるんだとか…

なんていう話を笑いながら聞いていたらいつの間にか話は本題に。

この白隠展、他には巡回しない。
こうした絵を展示するには劣化を防ぐためにある程度期間が限られる。(Cosが聞いたことのある話は年間に1ヶ月とか4週間とかだけど、それよりは長い。いろいろな条件で変わってくるのだそうだ)
機関が限られるのであればこのBunkamuraでじっくりと見てほしい。
ということだけじゃなく、白隠の描いた絵はお寺などにあることが多く、借り出すのも容易ではない。

中には十二年前には「絶対に貸さない」と言っていた所から今回ようやっと借り出せたところや、お寺の檀家さんにあれこれと問いただされて、大変だったところなどの話もきかせていただいた。

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これはお寺で出の様子。鴨居では間に合わなくてその上から吊るしているのだ。お寺の天井は民家よりは高いんじゃないかと思うけれど、美術館ではなくてこうしたところで見るとその大きさがもっとはっきりする。
(この写真の右のほうのシャンデリア様のものが話題になったけれど、本当にシャンデリアなのかどうかはよくわからなかった)

日本各地に白隠の絵はたくさんあるんだけれど、「お礼に」と言って人にあげたことはあるけれど、お金をとったものはない(あるいはほとんどない)のだという。

「直指人心、見性成佛」(自分の心にこそほとけが宿り、それを自覚することで仏になる)という賛の入っている「朱達磨」とも呼ばれる萬壽寺の「半身達磨」は一番有名な絵なのだそうだが、ドーンとばかりに上いっぱいに描かれた顔、実際にそばに寄って見てみるとすごい迫力。
絵ばかりでなく、字についてもこうしたドカーンと書くことが多かったらしい。

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この金毘羅大権現の字も大事なのは「金毘羅だ」と言わんばかりにこの3文字が大きくなっている。

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こっちは字の大きさの落差はあまりないけれど、書いている内容が…
「南無地獄大菩薩」ってとんでもない所に「地獄」の文字が入っているのだ。


この破天荒さは描く絵の内容にも表れている。

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「鐘馗鬼味噌」
鬼をすり鉢に入れてゴリゴリと・・・手伝っている息子が「どんな味がするかなめてみたい」と・・・
う~ん・・・・発想が美少女ジューサーの会田誠と一緒なのかもしれない。破天荒なところも監修者も一緒だし。

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そして、今まで門外不出だった清梵寺の「地獄極楽変相図」。閻魔大王の周りに様々な地獄の責め苦が描かれているのだが、一つをのぞいては場面名が入る短冊形の枠だけがある。
たった一つだけはいっているところがあるが・・・・・よほど懲りたんだろうなぁ

こちらに続く


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2013.01.06

高山辰夫・奥田元宋展

生誕100周年ということで同じ年に生まれた二人の日本画家を特集していた山種美術館に行ってきた。
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どこで見たのかは覚えてない(山種で見たんだろうな)けれど、ここにも出ている「聖家族Ⅲ」が何んとなく印象に残っていて、このチラシに惹かれてふらふらと・・・・

この「聖家族Ⅲ」は群録絵の具を焼いて作ったという黒群録という絵の具で描かれていて、制作当初はモノクロだったという。たぶん、チラシの絵はその当時のものを再現しているのだと思う。

この黒群録という黒は描き方によるのかもしれないけれど、とてもやわらかい感じのする黒で人と人のやわらかい関係が伝わってくる感じ。
そして、今はモノクロではなく、周囲が淡い茶色の色で塗られているように見える。茶色が見えているのは間違いないんだけれど、茶色として塗られた色じゃなく経年変化によって色が表出したのだという。
辰砂絵具をほぼ透明に近く溶いて人物の周囲に塗ったのだ。塗られた当初は色がなかったけれど時間とともに色が出てきたのだ。
そしてそのことを本人も承知の上であったのだそうだ。

日本画に限らずどんな絵でも描かれた時のものと時間がたった時のものでは変化してくるし、中にはその変化自体を作品の一部に繰りこんでいるものもあるけれど、日本画でこんな風に変化するのは・・・たぶん・・・珍しいんだろうな。

うつりゆく心の中を託して描いたような感じもする。金の絹地に月の銀とはんこの赤以外は墨で描かれた「中秋」なんかも心の中を描いているような感じ。

これに対して奥田元宋の作品はやはり自分の心を投影しているんだけれど、その投影している相手は自然。その分心の中というよりも景色に対する思い入れみたいな感じがする。

どちらかというとこっちのほうが好みかな。少なくとも人間よりも自然のほうが好きだし。

チラシにある奥入瀬の秋もいいけれど、元宋の赤と呼ばれるほど多彩な赤で描かれた「玄溟」(何て読むんだろう??)の赤がとてもよかった。赤が好きだしねぇ・・・・
夕日に映える山紅葉かな。

「自然をしっかり観察して描くけれど、そのままではなく心に映ったものも描く」ということなので、実際の景色とは違っている部分も多いんだろうけれど、彼の目を通して見た自然をこちらもじっくりと楽しませてもらった。

この二人の作品だけじゃなく半分以上が文展、帝展、日展なんかの作品だったんだけど、やっぱり今回印象に残ったのはこの二人と第2室に展示してあった東山魁夷。
画面を斜めに仕切ってある春静はいつ見ても好きだなぁ

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2013.01.05

初詣とリニューアル

さすがに三が日が過ぎれば普段の静けさはかなり戻ってくるだろうし、等伯はみたいし・・・
というわけで早めに行ってきた上野の国立博物館。
普段の常設展のガラガラに比べるとはやり等伯の前は人が多かった。

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それでもまあこの程度には見られた程度の混雑は仕方ないかな。
でもこの絵は周囲のざわざわのないところで一人(別に一人じゃなくてもいいけど)静かに味わいたい。
ここも深々と雪が降ってきそうな感じの空なんだろうなぁ

で、このときに気がついたんだけどカメラは持っているけれどメディアが入っていなかったのだ。
なぜか普段は持っているはずの予備のメディアもなく仕方なしに内部メモリに写真を保存することにした。
というわけで20枚ぐらいしか撮れないので今回は写真が少なめなのだ。
(東洋館はまた行けばいいし)

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若冲の鶏の前も結構人がいてちょっとがっかり。
でもこの雪の中で羽を膨らませているのが何ともいえずかわいいのでしばらく睨めっこをしてきてしまった(笑)

初詣でといっても今日の目的は東洋館。リニューアルされたばかりの東洋館に行ってきた人の話を聞くとどうしても見たくなってきてしまったのだ。

(あたりまえだけど)耐震構造にしたからといって中の構造が変わるわけはないので、あのぐるぐる回りながら上がっていくステップ住宅(というのかな?)みたいな作りは一緒で一階からぐるぐる回って登っていく・・・はずだったんだけど、まず一階で引っかかってしまった。

「中国の仏像」のコーナーで

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う~ん・・・この笑っている顔・・・北魏時代の如来頭部と書いてあったと思うのだが、何とも不気味な目をして笑っていると思いませんか?
まあ、頭だけだから余計のそう思うんだろうし、光の当て方がそういう風に見えるんだろうけれど、「むふふふ」とか言いそうな感じで、たぶん話をしたら面白いだろうなぁなんて思ってしまった。
この北魏時代というのは結構面白そうな表情のものがあって去年見てきた中国王朝の至宝展のところでも最初の蜀からこの北魏あたりまでが面白かったのを思い出した。

ここで一体ずつのんびりと楽しんで進んでいくと、唐の時代の如来三尊仏龕がいくつも並んでいる。
真ん中にいる如来たちはほぼ普通なんだけれど、その周りにいる人物や動物(?)を見比べているとどんどん時間が過ぎていくのだ。
上の木の葉っぱもハート形のがあったり、いろんな形のがあって、これもまた見比べると面白い。
行ったり来たりを繰り返していてふと時計を見ると・・・このペースで見ていたら閉館時間になってもまだ2階か3回ぐらいまでしか進みそうもない。

というわけでここからはペースを速めて、2F第3室はインド・ガンダーラの彫刻・・・・・とくればひげの色男風の仏像があるわけで…・こっちのひげとあっちのひげとどっちがいいかとか、顔は色男風だけどおなかがでっぷりしているのはいただけないなぁとか思いながらここでもじっくり。
この辺の仏像は松岡美術館でいつも楽しんでいるからなじみがあるというのもあるんだろうな。

ペースを速める予定が全然早まってないことに気がついてあわてて先に進む。

エジプトのセクメト女神像と久しぶりに対面したり、ミイラに挨拶もしてきたけれど、大急ぎで先を進む。

が、第4室中国文明の始まりの最初の展示でまた足が止まってしまった。

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これ、何年前のものかを考えると・・・・
五、六千年前のデザインとはとても思えない。
こういうものを作り出す、あるいは描きだすだけの技術と美的感覚のあった人たちがいた。生きるだけで精一杯であればこうした作品は生まれてこない。

この後、今度は止まらずに急いで地上部分は一通り見てきたのだが、地下に行く時間がなくなってしまったので、次回に持ち越し。

今回はこんな風に(結果としては)中国を中心に見てきたことになる。
たぶん前回の特別展「中国王朝の至宝」の影響が大きいんだろうけれど、改めて中国という国の歴史の深さに触れることができた気がする。

あぁ~あ、これは一回で見終わるようなものじゃない。
次回はカメラのメディアも忘れずにじっくり時間をかけてみてみたいなぁ


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2013.01.04

2013写美のお正月

「お正月」「美鬱館」と言えば条件反射のように出てくるのがこの「写美」である。
展示室が3つあってそれがすべて無料になるというのは本当にありがたいのである。よくわからない展示にはわざわざお金を出して見てみようと思わないけれど、こういうチャンスがあればできる限り参加して自分によくわからない世界を垣間見てくることができる。
写真の歴史のように過去にとられた写真からの展示が一つ、現在の展示が一つ、そして未来に向けての写真ないしは映像の可能性を見せてくれる展示が一つという感じだろうか。

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北村一夫の「いつか見た風景」

しょっぱなにでてきたのが、60年安保のときの日大芸術学部のバリケードの内側の写真。
いつ機動隊が突入してくるかわからない緊張感の中にありふれた日常があるという内側からでなければ撮りえない写真。
この内側からとらえるというのが彼の写真の在り方という気がする。成田を撮った時にも農村を撮った時にもその内側からの視点で撮っている。

さいごの60歳を過ぎてからとったという(果物?の)ゆずの写真。何の変哲もない写真のように見えるけれど、これもやはり内側からの視点が見えてくるような気がするから面白い。

これを見ていたらギャラリートークが始まったので大慌てで行ってきた
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「記録は可能か」展。映像の冒険のNo.5にあたる。
社会的出来事などを記録すること、映画史の中で同記録してきたのかといった映画史あるいは映像史といった観点から記録映画などを考えるということだろうか。
今回は過去を見つめなおす、あるいは過去を振り返るときの映像という感じ。
今の冒険ではなくて、かつてあった冒険を見ている感じかな。

そして最後が「この世界と私とどこか」

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過去の自分の写真に現在の自分の写真を重ね合わせているこの大野千野の写真、ぱっと見ただけでは何の違和感もないけれど、そう聞くとじっくりと見つめてしまう。
現在と過去が一つになったという感じ。
写真を撮ることが目的ではなくて、写真という道具を使って被写体以外の何を表現するのかを考えさせられた。

そしてお正月恒例の雅楽P1130473

年々うまくなってきているような気がするのは気のせいだろうか?

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2013.01.03

メトロポリタン美術館展

2013年1月2日の二つ目は上野の都美術館のメトロポリタン美術館展
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2013年1月4日(金)まで

ここは残念ながら無料じゃなくて有料。1月4日に終わってしまうから駆け込みで…・
といっても実はこれは去年のうちに一度見に行っているので今回は本当に見たいものだけをさらっとみるだけ。

同じ時期に新国立で「リヒテンシュタイン・・・華麗なる侯爵家の秘宝」展(2012年12月24日まで)やっていて周囲の人たちの評判としてはこっちのほうがよかったんだけどCosはメトロポリタンのほうがよかったように思う。

サブタイトルの「大地、海、空—4000年の美への旅」が語るようにエジプトから近代までの自然にかかわるいろいろな作品からなっているのでテーマの切り口が他とは違っていて持ってきているものの統一性があまりにゆるいということもあるんだろうけれど、このテーマ、Cosにとっては好きなもの満載という感じでテーマを聞いただけでもうれしくなってしまう。
(リヒテンシュタインは肖像画が多かったのもあるかも)

(いつまであるかわからないけれど)メトロポリタン美術館展のオンラインギャラリーを見るとどんなものがあったかもよくわかる。
BC400ごろにあるエジプトの猫の小像はいくら見ても見あきないし、ここにはないけれど、ホルス神「ネクタネポ2世を守護するハヤブサの姿のホルス神を表す小像」のホルス神もいい。ハヤブサの足元にいる人間はいかにもハヤブサが守ってやってるぞっていう感じ。

今回の目玉でもあるフランソワ・ポンポンの「シロクマ」大理石でできているんだけれど、そのきめ細かさはやわらかい毛皮のようだし、太いあしはとても優しそう(実際は凶暴なんだけどなぁ)線で描かれた眼はどこかにこやかな感じもしてくるし、人間なんか超越した存在としてしか見ていないようにも見えてくる。
小さな像なんだけど見ているとどんどん大きくなってきて・・・・
人の邪魔にならないところからずいぶん長い間対話してきた気がする。

今回Cosがじっくり見てきたのはミレーの「麦穂の山」麦を積み上げて作った麦藁の山は今は作られないのかもしれないけれど、いろいろな人が描いている。
作業が終わって取りきれなかった麦の粒を羊たちが食べているのかもしれない、ほっとするひと時。

ルノワールの「浜辺の人物」って・・・別にこれじゃなくてもルノワール独特のほんわかとした色遣い、筆さばき。
これはまねをしているかのような作品を見ることは少なくないけれど、ここまで本和歌していることはまずない。これも写真で見るのと実物を見るのとでは作品のまろやかさがずいぶんと違うので、どうしても見たかった。

ルドンの「中国の花瓶に活けられたブーケ」・・・・去年は三菱一号館のルドンを見損ねてしまったのがいまだに悔しい。

ビアスタットの「マーセド川、ヨセミテ渓谷」写真を見るかのような作品。この作品のところじゃなかったかもしれないけれど、見に来ている人が「写真と同じじゃないか」みたいなことを言っていたけれど、確かにその通りだし、もしかしたら写真でも同じような感じのものが撮れると思う。
この時代、カメラが今のように自由なものじゃなかった時代にその美しさを伝える方法としての絵画なのかもしれないけれど、写真では決して伝わってこない何かがそこにはありそうな気がしてならない一枚。

そして外すことのできないゴッホの「糸杉」彼の心と糸杉を吹き渡るそよ風が一つになっているかのような感じ。(糸杉のほうに風が吹いているのかどうかは分からないけれどね)
いくら見ても見あきない。

イギリスでたくさん見てきたターナー。「ヴェネツィア、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会の柱廊から望む」(なんでこんなに長いタイトルなんだ…・)イギリスで見て感動して帰ってきたせいだろうか、これまで日本で見てきたターナーに比べてすごくいいような気がする。

モネの「マヌポルト(エトルタ)」は確かにモネらしい絵なんだけれど、彼の絵にしては荒々しく感じるのはどうしてだろう?

セザンヌもふわーとしていてとてもよかったし、ゴーガンのタヒチの女たちもどっしりとしていて安心感のある絵。
これ以外のものも決して悪いわけではないけれど、こんな感じで何枚かの絵をじっくり堪能。
お正月の都美術館なのでそこそこ混んでいたけれど、全部ではなく見たいものだけを見るのなら十分に楽しめた。

本家のメトロポリタン美術館もせめて1日ぐらいかけてのんびり見てきたいなぁ・・・・

(オンラインギャラリーがなくなっていた時のためにチラシから

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2013.01.02

寿ぎの「うつわ」

年の初めの最初の美術館は国立近代美術館工芸館(1月2日は無料)の
「寿ぎの『うつわ』」2013年2月11日(月)まで

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「ハレ」の場を演出するときに使われる「漆」を用いた様々な工芸。
いやぁ、見事でした。

入って最初にお出迎えしてくれたのがこれ。
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高橋悦郎の日岡月岡が手前。つややかな漆に周囲の風景が映りこんでしまっているけれど、お正月にふさわしい華やかで静かな作品。こんなのがあったら背中がピンと引き締まってしまうかも。

ふだんのCosの生活とはかけ離れた静かで重厚で華やかな作品の数々
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ここでは普段と時間の流れからして違う感じで一つ一つの作品をじっくり見てしまった。
ただ、一つ一つの器はどこかの家の中にあっても不思議はない感じで、「こういうのがあるうちってすごいよなぁ」なんて思いながら楽しんでました。

が、螺鈿のコーナーに来たらその細工の細かさと見事さに驚いてしまった。ごくごく小さい貝のかけらを形を整えて一つ一つはめ込んでありそのはめ込み方で模様を描いている・・・
ほかの国の工芸の細かさについては何も知らないので、断定的に言うことはできないけれど、この日本の技術の細かさ確かさがここに出てくるようなトップクラスの芸術だけじゃなく普段目にしているいろいろな場所でも表れているのかもしれないな…・なんていうことを考えながら楽しんできた。

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これは高橋節郎の森響(しんきょう)という作品。この写真からでは分からないけれど、2匹ほど玉虫の羽もはめ込んであって、玉虫の厨子なんていうのも思い出してしまった。
漆単体ではなく、その中に埋め込んでいくもの、漆を研ぎあげるときの研ぎ方一つで作品の表情も変わってくる。
金と漆、貝と漆、漆にいろいろなものを組み合わせることで表現の幅も広がり、技術の幅も広がったっていうことかな。

生活に密着した漆から技術の確かさを体現している漆を見終わったら、最後は人間国宝、巨匠のコーナー。P1130450

この一番手前の鉢を見たときに何となく違和感を感じた。で、作者を見ると北大路魯山人。
なぜだかわからないけれど、彼の作品を見ると違和感を感じることが多い。いいとか悪いとかじゃなく、好きとか嫌いとかでもなく単に違和感だけなのである。どうしてだろう?

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2013.01.01

同じ動きだけど

昨日と同じ動きだけれど、少し雰囲気を変えてみた。
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じっと見ているとなんだか酔いそうな気分にもなってくるのだが…・

【追記】
こっちのほうがいいような気がする
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年の初めに2013

別に新年だからって、めでたいという気はしないんだけど…
Nenga

ヘビも忙しそうだ…・(爆)


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