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2012.05.07

アートオブコネクティング・・・田中敦子の丸と線

東京都現代美術館で5月6日までの「田中敦子 - アート・オブ・コネクティング」。

どうもCosは初期の作品が「いい」とはあまり思えない。たくさんの蛍光灯をつないで作った電気服もそうだし、たくさんのベルが時間差で鳴り、ベルの音が遠くに離れまた戻ってくるなんていう作品は、どちらかと言うと(本人の意志にはかかわりなく)奇をてらっているような印象を受けてしまうのだ。
「こんなことをやってみました」「あんなことをやってみました」という感じだろうか。

それに比べてたくさんの丸から出ている曲線が、つながったり、バラバラだったりしながら描かれている作品は逆にとても親しみを感じる。
見た瞬間に思ったのが、数学者のマンデルブローの「自然は真っ直ぐではない」という言葉を見せているような気がしたくらいだ。

たくさんの丸と曲線が彼女自身のあり方を表しているようで、心のなかを描いているようで、はたまた世界を表しているかのようでとても面白かった。


二階の窓から一階の展示室の入口のところまで太い太いチューブ(のように見える)が下がっていて、膨らんだりしぼんだりしていた。


between here and there is better than either here or there》は、タイトルの通り
バルーンによって、2階展示室の空間を1階のエントランスに引っ張り込み、隣り合った空間であることを
視覚化している。バ ルーン状の布は区切られた空間でつくられたごくわずかな圧力差によって膨らんでいるが、
2階展示室の扉を開けることで、若干の気圧変化が生じてバルーンは音を立てて収縮する。いわばこのバルーンの
内部に存在しているのは空気という物質ではなく、田中敦子が布の作品や《作品》(ベル)で表現した「現象」
なのである。


2回の休憩室の入り口のところには壁とドアが作られていて、ドアをあけるたびに太い太いチューブ・・・半径2mぐらいあるだろうか・・・しぼむのだ。
その動きはまるで食道の動きのようにも感じられて、(現実よりもずっと大きな)クジラに飲み込まれたピノキオがクジラの胃の中で見ていた動きのようにも見えてくる。
何をもってアートとするのかというのはとても難しく、かつまたすべてはアートにつながるのだからアタリマエのことでもあるんだろうけれど、見学者の何気ない行為が作品を作っているのがとても面白く、ついつい長居をしてしまって、常設展をのんびり見る余裕がなくなってしまったのはいつものとおり。

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2012.05.05

地上の天空 故宮博物院展

 東京富士美術館は創価学会の持っている美術館で、いい絵をたくさん持っているけれど、場所がちょっと遠いので、なかなか行けない美術館の一つ。

 先日上野の等伯で見てきた故宮博物院展で気になった「地上の天空 故宮博物院展」をどうしても見たいと思っていたら、チケットを頂くことができたので一も二もなく出かけてきた。
日曜日だったこともあって場所の割には(あるいは創価学会に来た人がついでに見てたのかもしれないけれど駐車場に入ってくる車は必ずしもそうではない感じ。)人が多くてのんびり見る感じはなかったのが残念。
東博は日本の国宝や重要文化財級の一級文物ばかりで歴史的な重み、芸術的な価値の高いものが多かったけれど、こちらはきらびやかな宮廷をしのばせるようなきれいなものがいっぱい。
華やかな宮廷を思わせるようなものが多かった。

こうした華やかさにあこがれる人は多いんだろうけれど、説明文にあった故宮のしきたりの厳しさがまたとても印象的だった。
しきたりや作法を重んずることで格式が保たれている・・・それが文化を創り出しているということなのかもしれない。
普段生活している日本の現状ではしきたりや作法はどこかに消えている部分がかなりある。それが必ずしも悪いこととは思わないし、こうやって歴史は一番生活に密着した部分から変わっていくのだろうけれど、もしかしたらそうしたことも実は大切なのかもしれないと思った。

この特別展に対して、常設展は人も少なく、のんびりと楽しむことができた。
ここのコローの絵とかルノワールとかはいつみてもほっとする。
たぶん、常設のほうが時間をかけてみた気がする。見終わって外を見たら土砂降りの雨。この雨の多さ、激しさもまた、歴史の流れを感じさせるのかも。

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2012.05.04

靉嘔 再び虹のかなたに

 「虹」という一言を聞くとついひかれてしまうのは、色、色の変化に対する興味が子供のころからあったからだろうか。

 地下から三階までの吹き抜けにつりさげられたレインボーの布地、これはパリのエッフェル塔に渡された例ボーだったとか。その根元は毎週日曜日に靉嘔がその周りにおいてあるレインボーに塗り分けられたいろいろなものを展示し直すオブジェクト・マンダラ。
 どんなことを思いながら彼は並べ直しているんだろう。一組の靴の一方のみを他の靴と置き換えて裏返してみる。置き換えることによって何が変わるんだろう? Cosにはよくわからない気がするけれど・・・

そしてそのそばには暗闇の部屋。膝の位置に張り巡らされた手すりを伝って、真っ暗な中を進むのだけど、その中を歩きながら、「もしかしたら見えないだけで、壁はレインボーなのかもしれないな」と思ってみたりもした。

ちょうどこの日はアーティストトークの日でもあり、展示を見るよりも先に彼のトークを楽しんできてしまった。
虹に塗り分ける・・・12色の虹、24色の虹、48色の虹、・・・192色になるともはや色の違いを見分けるのは難しくなってくる。しかしその192色を使って書かれた詩はきれいなだけじゃなくて、思いもこもっているように見えた。他に何を話していたのか・・・・とても面白かったことは覚えているのだが、あまりに強烈な体験があったもので、ほかのことがすっ飛んでしまった。(いったのは4月1日だったし…)

 美術館の展示室で、やってはいけないことの一つに、間違いなく縄跳びは入るだろう。
靉嘔氏の作品にかけられた一本のロープ、おもむろにそれをはずすと「縄跳びをしよう」と言い出したのだ。
縄を持たせて回させ、「さぁ、入って」と。
最初は驚いていただけだった人たちも一人入り・・・順に縄跳びを始めた。が、当然のように縄跳びの縄から抜けようとした人が、絵にぶつかった。
靉嘔氏はどうということはないとにこにこしているが、真っ青になったのは美術館員。
絵の前に身を挺して、人がぶつからないように・・・・

そしてお約束のように最後に自分も飛ぼうとした靉嘔氏が縄に引っかかっておしまいに。

エプリールフールに美術館で縄跳びなんて、できすぎだけど、これは本当の話。

 そんな楽しいアーティストトークの後に彼の作品をじっくりと見た。レインボー再び。虹に塗り分けられた作品たち。Cosが好きなのは虹の色の変化かもしれない。エリアソンの作品でもやっぱり虹の色に強く惹かれたし…
そんなこんなでじっくりと見ていたら、あっという間に時間が過ぎてしまって、同時に見たいと思っていた田中敦子展までは手が回りきらなかった。
(実際にはそのおかげでチケットを頂けたのでCosにとってはとてもよかったのだが…)

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連休のはざま

今の仕事についてから、どうしてこんなに忙しいんだろうと思う。何とか「忙中閑あり」状態に持っていきたいと思っているけれど、なかなか思うようにはいかない。
せめてGWが終わったら少しは落ち着くといいなぁ・・・

かけないのは仕方がないとしても、最近見た美術展・・・蕭白ショック、田中敦子、靉嘔、富士美術館、ボストン美術館展、イ・ブル、愉ベール・ロベール・・・ほかにも見たけれど、こうやって書いてみると以前に比べるとずいぶん減っているような気もする。

仕事があることはありがたいことだけど、心の余裕がなくなっている気がするのが、ちょっとさびしい。もっと(財政的にではなく心が)豊かな生活を送りたいなぁ

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