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2012.01.11

アートが創り出す新しい環境

「エル・アナツイの新作が出ている」と聞いた瞬間に矢も盾もたまらず大急ぎで見にいった都立現代美術館「アートが創り出す新しい環境展」。

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このところ「建築」関係の展示が多かったので、建築自体を見に行くんじゃなくて、「新しい環境」を見にいったかんじ。
そのくせ、「Bamboo House」・・・次から次へと継ぎ足していくことによって建築物自体がどんどん大きくなる。
実際に生活することが出来る「建築物」と言うよりは子供の頃に憧れた「秘密基地」の大人版の感じ(爆)
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しかも、会場には実物はなくて、写真のみ。
どこかで実際に作られているのを見て、中に入ってみたいな。
床も平らじゃないだろうし、結構下が見えて怖そうな気もするけれど・・・

そして、やっぱりエル・アナツイの新作ガーデン・ウォール。天井が高く広々とした空間である東京都現代美術館、それも3Fの更にその上の天窓(というのかな?)までの高い高い空間の中にかけられた彼の大きな大きな作品は今まで見た神奈川近代美術館葉山や、さいたま近代美術館でのイメージとは全く違って見えた。

前に見た2ヶ所のものが空間の中に収まり切らないスケールの大きさを感じさせたのに対して、ここではその大きさが伸びやかさに変わっているように見えた。

前に見たものが、作品の中に閉じ込められた想いが外に出てこようとしている感じだったのに、
ここではその想いがまっすぐに伸びてきている感じ。
丁度Cosたちが夢に見るアフリカの広々とした大地のように。

あるいは、荒神明香の「コンタクトレンズ」
天井から下げられた大小様々なレンズが向こう側の景色をそれぞれの位置に応じて映し出している。
こちらが動けば当然レンズに写った姿も動く、見ていると一枚のカーテンのように下げられたたくさんのレンズが立体的に配置されているかのように錯覚してくる。
向こう側に何があるかで作品の勝ちが決まってしまう感じもしたけれど、レンズ越しの世界は以前に見た、床に置かれたたくさんのガラスのボールに映し出されていた天井の景色という作品とも共通している虚像の面白さ。

あんまり「建築」という言葉にとらわれない、いろいろな作品を見ることができて、予想以上に楽しかった。

・・・・だから他のところへ行くい時間がなくなったりもしたんだけど・・・


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2012.01.09

山種コレクション展

山種美術館で、印刷したのではわからない、生のままの絵の良さを普通では気づかない話を伺って一つ一つの絵をじっくりと味わって来ました。

青い日記帳企画「ザ・ベスト・オブ・山種コレクション展」山﨑館長ギャラリートーク・・・青い日記帳のtakさんのお陰でとても有意義な楽しい時間を過ごしてくることが出来ました。

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速水御舟の研究で学位を取られた山﨑館長が最初に解説してくださったのが小林古径の「静物」輪郭線を大切にして描かれているこの作品は12世紀頃の中国の影響を受けているといった話から東博の「故宮博物館200選」の話題へ・・・う~ん・・・やっぱり清明上河図も見に行かないと・・・・
なんて、気持ちがそれていたのも束の間、次第に館長のトークに引き込まれていきます。

例えば、佐伯祐三の作品は戸外でスケッチをしたときのゴミが練りこまれているとか、
川合玉堂の早乙女の女性が微笑んでいる話・・・
奥村土牛については30代で日展に入選したしたけれども絵が売れなかったので当時の山﨑種二が買ったとか・・・

その土牛の桜の花を描いた「醍醐」については絵そのものはもちろんだけれど、さくらの花の色・・ピンクのさくらの花の色はエンジ色をしたコチニールカイガラムシの色素を綿に含ませたわた絵の具(なのだそうだがよく分からなかった・・・ワタエンジだという話もあとからコメントでいただきました。)と胡粉(これは貝殻を砕いたものをにかわと混ぜて白い色を描くらしい)を混ぜて作ったという今では使われることがないような絵の具で描かれているのだという。
今のピンクの絵の具ではこの色は出せないのだとか・・・

確かにギャラリートークが終わったあとにもう一度じっくり見なおしてみたら、他の部分は日本絵の具独特の透明感のある色使いで薄く塗ってあるような感じなのに、桜の花びらだけが・・・それもひとつの色ではなく淡いピンクではあるけれど、ほとんど白いものから桃色ぐらいのものまでいろいろな色があっただけではなく、絵の具の塗り方も、まるで、胡粉の厚みが出ているかのようないろいろな厚みがあり、中には「ぼてっとした」という表現がふさわしいような塗り方をしたピンクまでもあった。
この色の厚み、ピンクの鮮やかさは確かに印刷では見ることができないだろうなぁ・・・


或いはこの美術館で一番大きな作品である東山魁夷の「満ち来る潮」。
この作品は東山魁夷が皇居に描いたものに対して、「万人が見ることができるようなものをかいて欲しい」と依頼したとか。
そして本人の希望でしたからもライトがあてられている。
この作品には金と銀と白金の切金が施されている。その金や白金が上からと下からのライトに照らされて、絵が輝いている。
更に黒っぽい岩は黒い色ではなく、絵の具を焼いて作ったのだとか・・・そうすることによってどんな効果を狙ったものなのかはよく聞き取れなかったけれど、立体感が増していることには間違いがないだろう。

これもまた、ギャラリートークのあとでもう一度じっくり見てみると話がよくわかるし、確かに言われたようなことに気づきながら見ると作品がまた違って見える。
上からのライトと、下からのライトの光で作品がより輝いて見えるし、白金の真っ白な光は下からのライトがなければ、白ではなく金属光沢にしか見えなかったかもしれない。
或いは切金の中に黒みがかった部分がある。これは一体何だろうと思わず館長さんのところへ行って質問。
あっさり「銀です。」銀というのは貼るとすぐに黒くなってしまうのだそうだ。
だから最初からそうした効果を狙ってはるのだとか。

フライパンで焼いた絵の具は・・・確かに黒ではなかったけれど、う~~ん、どう違うのか今ひとつ分からなかった。

川端康成にいわれて描いた京洛四季(?)の作品の中の「年暮る」もよく見ると明かりが灯っていたり車があったりしているのだそうだが・・・それを思い出したのは終わってからだったのがとても残念∥>_<∥

そして速水御舟・・・紅梅白梅にも土牛と同じわた絵の具を使っているのだとか・・・彼もまた色にこだわっているのだ。
その圧巻はやっぱり「炎舞」たくさんの蛾のスケッチを色々な向きから描いたけれど、実際には正面からのものだけだし、炎のスケッチはないけれど、平安時代の仏画などから影響を受けているなどなど・・・
が、絵のバックは黒ではない、おそらく紫、と聞いてびっくりした。
暗い中の焔に向かって蛾が舞っているはずだし、どう見ても黒にしか見えないのに・・・というのが正直なところ。
第二展示室に行ってじっくりと眺めてみると、確かに黒は違うのかもしれない・・・・紫とも違う気がするけれど・・・なんて思い始めた。
これもまた、図録などの印刷にすると違いが全くでてこないのだそうだ。

他にもいろいろな話を伺って実り多き時間だったけれど、何よりも印刷では見ることのできない生の絵の持つ良さをじっくり学んできたような気がする。

絵を見に行くというのは自分では言葉にして理解できているわけではないけれど、印刷にはでてこない絵の良さを見に行っていることなのかもしれない。

今回のギャラリートークでは「色」「絵の具」にまつわる話の印象がとても強かったけれど、これはまた山﨑館長が家庭画報という雑誌でで連載をしていることと関係しているのかもしれない。
京都の絵具屋さんが画家の好みに合わせて大量に絵の具を持って行くとか、群青というのはとても高い絵の具、なんていう話も伺ってきたし・・・群青の鉱石も見てみたいなぁ・・・
家庭画報は会場にもおいてあったのでちょっとだけ見てきたけれど、もう少しじっくり読んでみたかったな・・・

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2012.01.04

フェルメールからのラブレター

Bunnkamuraで去年の暮から展示されている「フェルメールからのラブレター展」
手紙にかかわるフェルメールの絵が3点来るというのでかなり前から楽しみにしていた。
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今回来たのはこの3枚。
行ったのが夜だったこともあって、人もあまりおらずのんびりじっくり見てくることができたのはとても嬉しかった。

こうやってじっくり見てみると改めてフェルメールという人の絵はサッと見るものではなくてじっくりと向き合って対話してくるものなのだと痛感してきた。

これはフェルメールに限ったことじゃなくて、オランダ絵画にはそういった物語性が内在しているような気がする。絵を絵として楽しむだけじゃなくて、その中にあるものがたりを訪ねてみるという見方がどの絵についてもできるのだ。
それは他の国の画家たちが人物を描いた時との大きな違いかもしれない。
しかも、オランダ絵画の初期のものは人物の表情が殆ど無いように見えるので、そこからいろいろな感情も読みとかなくてはならない。
彼等は表情を描くんじゃなくて、情景を描くことに力を入れていたのかもしれないなぁ・・・

そんなことを感じてきました。

そしてもうひとつ、「手紙」のもつ意味。
この頃からようやっと個人と個人の間でのプライベートなメール(元々の意味のメールだ)が可能になったのだと言う。
ワクワクしながらあの人からの手紙を見るという気持ち・・・
あの人のことを考えながら書く手紙・・・
そして返事が帰ってくるまでに待つ長い長い時間。

今と違って(寿命は短いのに)ゆったりと時間が流れる時代であっても、待っていた返事が来るときの気持ち、返事が来るまでにはずいぶんと時間がかかってしまうので、場合によっては心変わりをしているかもしれない、そんなドキドキ感を持ちながら手紙を読む・・・

いろんなストーリーを読み解きながらじっくりと眺めた至福の時間。

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年の始の樹木葬地

激動の2011年が終わり、2012年が始まりました。
実際にはきずあとは深くえぐれたままで残っているのに、こうやって生活しているとその傷がすっかり癒えてきているかのような錯覚を覚えます。


去年は天徳寺でのんびりと時間を過ごすことが出来なかったので、この日だったら暇だと聞いていた3日に天徳寺に行ってきました。

天徳寺では去年からの震災地援助の続きとして
「ランドセルを贈ろう」という企画を立て始めています。
被災地の仮設住宅にいる子どもたち、経済的にも厳しい家庭が多く、子どもたちが欲しがるような(要するにテレビで宣伝しているような)ランドセルの購入は難しく、安いもので我慢させたり、ギリギリまで待って投げ売りの品物を買うしかなかったり・・・
それでなくても仮設住宅で暮らしていろいろなことで我慢をさせられている子どもたちに、子どもたちが一番欲しがっているようなランドセルを贈ろうという運動を始めようとしていました。

そしてまた、4月には「子どもたちにお菓子を贈ろう」
キリスト教はクリスマスにプレゼント、仏教は花の日にお菓子を。
だそうです。

樹木葬の会員にとどまらず、もちろん、天徳寺だけでなく、いろいろな形でのいろいろな人達の支援が津波で被害を受けた被災地の人達の助けになればと思います。


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辰年なので、お地蔵様のところにある手洗水からスタート。
この水で右のほうにあるお地蔵様を洗ってあげると病気が良くなるとか・・・

早春の樹木葬地、春はまだまだなような気もするけれど、チラホラと水仙が咲き始め、ひめこぶしは蕾を大きくしています。

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花桃の根元ではパンジーが花をつけて春の訪れを待っています。

今日は冬になって草がすっかり枯れているので沢に降りてぐるっと一周してきました。

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この写真は下から取ったものですが、こんなふうに杉丸太をたくさん並べた木道ができていて、靴を汚さずに散歩できるようになりました。
と言っても、表皮のの剥げた杉の木は結構滑りやすいので要注意ではありますが・・・∥^o^∥
誰もいない静かな道をのんびりと散歩しました。
いつか、こういうところに気楽に来れるような生活をしたいものです。

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散歩の途中で見つけたスズメバチの巣(?)
直径は10cmぐらいだったけれど、この写真がアップされている頃には退治されちゃっただろうなぁ・・・
スズメバチはとても危険だからなぁ・・・


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2012.01.03

年の始めも美術館

お正月に美術館に行くようになって何年になるんだろう。
去年の年末までが自分でも信じられないほどに心身ともに忙しかったので、このお正月はのんびりしたい気持ちがなかったわけじゃないんだけど・・・・

みなさんの予想通り年始からあちこちに走りまわっています∥^o^∥
正月2日の今日は東京都現代美術館常設と近代美術館常設(どっちも企画は改めて行く予定)
更に写真美術館で雅楽を聞いて、展示を見て・・・
夜は実家でのあつまりがあって・・・大忙しの一日になりました。

現代美術館の常設はピピロッティ・リストの天井ビデオ(と言うんだろうか?)をのんびり見るのが主な目的だったりするけれど、実際には白髪一雄の同心円的な赤の作品・・・この赤が良かったなぁ・・・
やモーリス・ルイスの金色と緑色・・・重なりあって染みこんでいく絵の具の調和・・・
マーク・ロスコの川村記念美術館にあるのとはあまりに雰囲気の違う「赤の中の黒」
マーク・ロスコは明るい所で見るのがいいのか、川村のように暗い中で見るのがいいのか・・・
暗い中で見ているとその中に取り込まれそうな雰囲気があって、暗さの中に溶け込んでいるようにも見えるけれど、
明るい所で見るとなんだかすごく独立した主張が強いような気がしました。

そして無料のゾーンにはクラウドスケープ。
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こうやって外から見るとただの霧の出ている箱という感じだけれど、中にはいって上まで登って下を見下ろすと、丁度山に登った時のような、飛行機に乗った時のような、雲の中にいる感じを体験できる。
ぼーっと雲の中に入って何かを想っているのにはぴったりと言いたいところだけれど、下には係員がいるし、Cosは次が控えているし・・・・
もうちょっと長居したかったかも
・・・

国立近代美術館の常設は展示替えがそれなりにあったりするので、いつ行っても面白いけれど、企画展を見てからでは意欲がそがれてしまっていて、あまり集中できない感じもするので、たまには常設だけを見に行こうと。
ここは許可を受ければ写真をとれるので・・・
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今年は辰年だからここからスタート∥^o^∥

今回は「ぬぐコレクション」ということで裸婦が多いんだけど、
ことし、いいなぁと思ったのはこれ。
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土田麦僊の「海女」
海女がヌードで泳ぐのかどうかは疑問だけど、なんともこの構図がいい。
Cosとしてはヌードだからといって特にひかれることはないんだけど、今回の展示の中ではとても気に入った作品。

もちろんいつものようにクレーやカンディンスキー・・・草間彌生・・いいものはたくさんあったけれど。

そして一日の最後は写真美術館で雅楽を聞いて展示を見て。
展示は「ストリート・ライフ」「写真の飛躍」「見えない世界の見つめ方」
この中でも「写真の飛躍」は新しい写真のあり方とでも言うのか、いろいろな見方描き方があってちょっと面白かった。
でもぜんぜん違う意味で得るものが大きかったのは「見えない世界の見つめ方」
今回写真として「これだ」と感じたものはなかったけれど、
世界地図を正しい面積のままに長方形で描いたAuthaGraph World Mapはすごい発想だと思った。
球を丸みを帯びた正四面体に写像し、それを正四面体に投影して、展開するというのだ。正四面体の辺以外の部分はほぼ正しい図形になる。
その時々に応じて必要な部分が正しい地図を考えれば良いという・・・なかなかな発想。
使い道もたくさん有りそうですごく面白かった。

また立体を記述する言葉(?)としてSuper Eyeというのが出ていた。発想としては面白いけれど、今ひとつどう考えているのか複雑すぎて「展示」としてみるのには難しかったのがちょっと残念。

年の初めの美術展。
結構忙しい時間を過ごすことになってしまったのがちょっと残念だけど、充実した貴重な時間でした。
冬休みの間にどれだけこうした時間が過ごせるのか・・・頑張ってみようかな。


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