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2011.06.24

日本のボタニカルアート

こどものころ、うちの近所のあっちこっちをほっつき歩いて植物を見たり、昆虫を見たりしながら一日を過ごしていたかったCosにとっては植物図鑑は家の中にいながらにして植物を観察できるうれしい本。
(その割に植物名や昆虫名を覚えていないのはどうしてだろう??)

その図鑑の絵の原画の展示ときいたら一も二もなく飛んでいくのだ。
201106
日本のボタニカルアート 太田洋愛画伯の原画を中心として
上野の科学博物館で2011年6月26日まで

「誰が描いているか」なんていうことはあんまり関心のないCosだから太田洋愛の名前も知らなかったのだが、確かにこの絵は知ってくる。

しかもつい先日ルドゥーテを見て来たところなので、このふたりの描き方の違いが面白くてならない。

Cosが知っている花も時代と場所が違うからか、Cosの持っているイメージと違った描き方をしているルドゥーテに対して、この太田洋愛の絵はものすごく親しみのある分かりやすい絵なのである。
きっとこの絵、或いはこう行った絵を見ながら育ったからだろうなぁ・・・

輪郭線を描かずに点描で細かく細かく描いたルドゥーテに対して、輪郭線をきちんと書いている太田洋愛
よくみると筆のあとも残っている。

どちらも植物の見本としての図鑑を描いているのだが、その描き方がずいぶんと違うし、受ける印象も違うけれど、ふたりとも植物に対する愛情は共通のもの。

今回は図鑑の原画だから、一つ一つの大きさが決まっている。
でも書いているうちにちょっとだけはみ出したりするとそこには「切りとらぬこと」と書き込まれていて、狭い画面の中で出来る限り見やすく大きく描こうとしていたことがわかる。

それにしても、彼はどんな植物が好きだったんだろう?
多くは花の絵だけれど、木の絵、草の絵もあって、なんとなくそうした目立たない草や木についてもとても丁寧に書かれている一方で、そこまでの心配りをしていない園芸植物もあったりする。

彼はこの植物は好きじゃなかったんだろうかとか
よっぽど好きだったんだろうなぁとか
見ていくのがとても楽しい。
(単に締切りが迫っていただけかもしれないけれどね)

「サンプル」という意味ではおそらく写真のほうが実際の姿を捉えているんだろうけれど、こうやってみていると、写真よりもこっちのほうが余計な物も入っていないしずっと分かりやすい気がする。
そう思いながらよく見てみると色の塗っていない輪郭線だけの葉っぱなどがあることにも気づく。
きっと見やすくするために色を付けなかったんだろうなぁ・・・

こどものころ、図書館で分厚い「植物図鑑」を手にとって長い時間眺めていたのを思い出した。
今は無目的に図鑑を見るような贅沢な時間の使い方はできないけれど、うちのどこかにも「野の植物」の図鑑があったはず。
ちょっと探してみよう。


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