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2011.06.30

町田チープツアー

もともとは「チープ」を目指したわけじゃないんだけど・・・・

友だちと一緒に「町田チーププチツアー」を先日やって来ました。
事の発端は町田市立博物館。
ここは交通の便は悪いし、山のてっぺんだし、無料という価格の安さを考えてもなかなか行きにくい場所にある。
というわけでツアーの実施になったのだ。

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交通の便が悪いということは原則として駐車場完備だから、町田駅に集合してそこから車で博物館へ。
ほとんど人のいない博物館でのんびり、ゆったり。
人気投票をやっていることもあって、「どれがいいか」なんていう話が始まったり、
「これは犬か?猫か?」と悩んだり・・・・

妊婦さんが「毎日歩けっていわれている」ということなので、暑さを物ともせずに近くのイタリアンレストランでご飯を食べた後は薬師池公園へ。

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薬師池の木陰は暑いけれども耐えられないほどじゃないし、
いろいろな種類の紫陽花や、万葉集の詩にちなんだ植物を集めてある万葉植物園や、菖蒲田を見ながらのんびり散歩。

あじさいは・・・かなりいろいろな種類があるけれど、まあ、あじさい園を作っているところはいくらでもあるから珍しくはない。それでも木陰に咲く紫陽花の姿と、人の少なさはココならではかもしれない。
(いや、みんなこの暑さでわざわざ野外に出てこないだけかもしれない・・・が)

さすがに日なたは暑かったけれど、万葉植物園の近くにある藁葺き屋根の古民家の中が涼しくて気持ちが良くて土間の上り口(というのかな?)に腰掛けてじっくりおしゃべり。

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家の中からは入り口と窓がまるで額絵のような感じに景色を切り取られていて、景色を見ながら涼しい家の中から外を見ているとそれだけで心地よい。

「こんなうちに住みたいねぇ」・・・・手入れが大変そう。
でも土間の涼しさはクーラーのいらない自然な涼しさ。
畳に上がることは出来ないのが残念だったけれど、きっと畳の上でごろっと横になったら気持ちがいいに違いない。

菖蒲田は・・・・あぁ・・・日なただったからちょっと火は陰っていたけれど暑かった∥^o^∥

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蓮田の大賀ハスの花はまだまだ。
妊婦さんはこの花が開く頃にはお母さんになっているんだろうか?

すっかり薬師池で時間をとってしまったので、版画美術館に着いたときにはもう4時。

後1時間しかない・・・普通なら企画展だけを見るところだけれど、
今回は常設が充実しているので、常設展だけを見ることにする。

フランスの民衆版画の素朴な木版画がとても楽しい。
が・・・今回は版画をやっている友達が一緒なのである。
横浜美術館になかった作品をいくつも含めて70点ほど展示されている長谷川潔の版画を見ながら彼の版画の凄さについて解説してくれる。

ここも人がほとんどいなくて、みんなで声をひそめながら「ああでもない」「こうでもない」「ドライポイントの線の細かさがすごい」とか「メゾチントの濃淡の凄さ」なんていう話を教えてもらった。
結局、常設だけで閉館時間までしっかり粘ってしまった∥^o^∥

で、この日かかったお金はお昼ごはんとコンビニで買った、ペットボトル入りのロックアイスだけ。
博物館は無料だし、
薬師池も無料の公園、
版画美術館は企画展は有料だけど、常設展は無料。
(今回の内容と量で無料というのは信じがたいほど)

町田の人達って恵まれてるなぁ・・・

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2011.06.28

がんばったね。はやぶさ

JAXAのとなりに、相模原市立博物館がある。
ここで映画HAYABUSAをプラネタリウムを使って、全天周映画として上映していると聞いて行ってみてきた。

この映画と同時にプラネタリウムではもう一回早い時間に「プラネタリウム はやぶさとその先へ~太陽系大航海時代」の上映があるし、展示として「はやぶさ地球帰還一周年記念企画展示 宇宙とつながる私たち」もある。
となるともう行ってこないわけに行かない∥^o^∥

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手前に映っているのが「のぞみ」の実物大模型、となりがカッシーニの模型、一番奥がボイジャーの模型、壁にかかっている三角形のものはイカロスのセイル。

ご覧のとおりの混雑で、のんびりゆったりと見て来た。

JAXAで以前見たときにも思ったことだけど、こうやってみるとなんと弱々しい感じがするんだろうと。こんなモノが宇宙を飛んでいくのは不思議な気がするけれど、宇宙では重力も風もないのでこれでいいんだと自分に言い聞かせる。

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このイカロスのセイルなんて一寸触っただけでも破れてしまいそうな感じだ。

右の黒いところに巻き取られていた羽が左側の方に伸びていって、更にひらくと壁にかかっているセイルになるのだ。
宇宙で開いて、一片が14mの羽になるわけだ。

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これがはやぶさの模型。
一番最初にJAXAで見た実物大の熱構造試験モデルが思っていたのよりも小さかったのを思い出した。

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(これは2006年7月のJAXA相模原キャンパスの一般公開の時のもの。このときはまだそんなにはやぶさは有名じゃなかった・・・有名ではあったけれど、「頑張れはやぶさ」はなかった)

そしてプラネタリウムへ。
「はやぶさのその先へ」は星空から話が始まって、JAXAの(たぶん)プロジェクトマネージャーの川口さんが出てきて話をしながらいろいろな解説をするビデオ・・・そしてはやぶさ2に向けてのプロジェクト。
もっと遠くへ・・・地面に穴をあけて地中の物質も取り出す・・・
夢が広がっていく。

今日の目的だった「HAYABUSA」までは少し時間があったので、宇宙関係の展示を見る。
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これはイトカワのサンプルを取り込むはずだった、サンプラーホーン
横にあるコンクリートの塊のようなものが、無重力状態をつくり出して、玉をぶつけることでの破壊実験に使われたブロック。真ん中に凹みがある。
こんな風にしてイトカワのサンプルを取るはずだったのだが・・・うまくたまが出てこなかったのだ。

そして、今回の目的の「HAYABUSA」。全天周映画はやっぱり迫力が違うし、星が出てくる映画にはプラネタリウムが一番向いているような気がする。
元々の映画を40分ほどに縮めてあるから、苦難の帰還については殆ど触れられていなかったのが一寸残念。

しかし、はやぶさが帰ってくるとき、みんなでオーストラリアからの中継を見ながら、うまくいくように祈り続けたのを思い出してしまった。
あの感動がよみがえってきた。

JAXA|何としても地球に帰らせたかった「はやぶさ」.

を思わず読みふけってしまった。

2011年7月29日、30日はJAXAの相模原キャンパスの特別公開。
久しぶりに行ってこようかな。

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2011.06.27

小さな美術館、博物館

このところ、小さな美術館や博物館巡りが続いている。
ちょうど今、大きな美術館でどうしても見たいと思うものが途切れていることもあるけれど、小さなところがとても居心地がいい。

人と人の間から見たり、人が途切れるのをまったりしなくても、のんびりと見ることの出来る美術館はそこで流れている時間までもが違っているような気がする。

もちろん、外に出てみるとそれなりの時間が過ぎているんだけど、中で見ているときには時計を気にすることなくただ、作品と過ごす時がそこにあるだけ。
一つ一つを大切にじっくりと見ることができる。

たぶんそれは例えば東博の常設を見るときにも共通しているのかもしれない。
でも、上野だと、「せっかくここまで来たんだ」という意識が強くて、なかなか心ゆくまで見ているなんていうことは出来ない。
上野でも美術館じゃなくてギャラリーだとやっぱり同じようにじっくり見られるんだけどなぁ・・・

一寸疲れてるのかな。

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2011.06.26

美在掌中

手の中に入ってしまうような美。
小さな焼き物たちを集めた町田市立博物館の美在掌中2011年7月3日まで

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チラシには「中国の」とあったけれど、ベトナムやタイのものもあった。

いつもここでおしゃべりをしているokiさんに「町田の博物館はいいよ。」と勧められたこともあって、今まで名前は知っていたけれど、行ったことのなかった町田市立博物館に行ってきた。

「他で有料のものが無料で見られる」と聞いたので、ちょっと気になって調べてみると、
今回の美在掌中も2009年愛知県陶磁資料館、
2010年細見美術館の「中国の小さな焼き物」(図録が同じ)
がおそらく同じ物・・・(町田で展示されていなかったものが、図録では2点あったけれど)

人の(最初は)ほとんどいない静かな博物館で、手のひらに乗りそうな小さな焼き物を見て来た。
どうやら東南アジアのものは所蔵品だそうだから巡回していないのかもしれない。

お墓に入れる副葬品として作られたもの、おもちゃとして作られたもの、大きな実用品を小さく焼いた焼き物は、優雅でどっしりとして威厳のある大きなものに比べると、繊細でどこか親しみが感じられる。

Cosはこのテーブルの上に乗っている右から二つ目の唐三彩の壺がすっかり気に入ってしまった。
大きなものの唐三彩と違って、ものすごく華奢な感じがする。
それこそ、柔らかい布に包んで、手の中で愛でたいような感じ。

一番左のものは龍の顔のついたスプーン(だと思う)
これはミニチュアじゃなくて、実際の大きさなんじゃないかと思うけれど、こんなに飾りが付いていると持ちにくいんじゃないかと心配になる。

画像はないけれど、白地鉄絵草文の同じ柄の瓶や壺が色々とあって、おままごとに使ったんだろうか・・・
犬や動物だけじゃなく、小さな小さな人形もあったりして、おままごと・・・というよりも飾って楽しんだんだろうなぁとなんだかこっちまで楽しくなる。

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予想外にいいものが多くて一つ一つ見ながらどうやって使ったんだろう、どうやって遊んだんだろうと想像していると楽しい。

(割と朝早い時間に行ったので・・・でもオープンはそれよりずっと早い午前9時)
最初はCosの貸切状態だったけれど、途中から少しずつ人が入ってくる。
ロビーも小さいし、展示室も気負ったところは何もなく、ただ展示してあるような小さな博物館だけど、入ってきた人はそれぞれに楽しんでいる。

極めつけは(帰りに車があるのを見てわかったんだけど)ディサービスで遊びに来た人達7,8人。
必ずしも美術が好きというわけではなさそうで、ロビーでたむろしたり、おしゃべりをしていたりもするけれど、展示室でも結構声がうるさかったりするけれど、お年を召した方たちが、気楽に観に来れるところがあるのはいいなぁ・・・

ここの唯一の難点は町田の駅からバスに乗って、しかもバス停からはすごい上り坂というところだろうか。
Cosは車だし、駐車場も8台分ぐらいあるから、普段なら全く問題はないのだが、歩いて来るのはちょっと大変そう。

次の展示はマイセン西洋磁器の誕生2011年7月16日~9月25日)だそうだから、みんなで来れば楽しいかな。


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カレル・ゼマン展

チェコのアニメーションといえば、条件反射のように「イジー・トルンカ」とか「ヤン・シュヴァンクマイエル」の名前が出てくるけれど、カレル・ゼマン展には「もうひとりの」と付いているので、どんなものなのか見に行きたかった。

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渋谷の松涛美術館で2011年7月24日まで。

「見たかった」のはもちろんアニメーション。
展示室ではいくつかのアニメーションとメイキングがあるけれど、やっぱり折角のチャンスだから長編を見てみたいと思っていた。

さすがに長編は一日に二本しかやらないので、時間を合わせていくことになるのはちょっと面倒。

会場についたらまだ時間があったので、展示室のぬいぐるみのアニメーション「クリスマスの夢」をみる。
これは人形を使ったアニメーションと実写を切り替えている作品。
邪険にされる人形が普段使うような可愛さとは違うけれど、何処か健気で可愛い。
クリスマスにもっときれいな素敵な人形をもらった少女が、この味のある可愛さはあるけれど、決して素敵ではない今までの人形を「ぽいっ」とほうりだす。
そこで、人形は自分をアピールしようとあれやこれやとやってみせるのだが・・・

人形の良さを満喫させてくれる作品。
白黒だし、CGを使ったものと違って洗練されているという感じはしないけれど、暖かくてほのぼのする。

「プロコウク氏 映画製作の巻」も人形劇と思ってみていると映画館の劇中劇になったりして楽しい。

この日Cosが見たのは長編の特撮映画、「悪魔の発明」
特撮と言っても絵と実写やアニメーションを組み合わせて作ってあるのだから今の映画からみれば技術的には子供だましなんだろうと思うけれど、それはそれでとても面白かった。

ただ・・・・映写しているのが二階ののロビー。
それだけなら特に問題はないけれど、クッションこそ悪くないものの、長時間座っていると結構辛いソファか丸椅子しかおいてないのだ。
最初見始めたときには観客が10人ぐらいいたと思うのだが、終わってみたらその場に残っていたのは3人だけ。
最期まで見ていたCosもすっかり疲れてしまった。
面白い映画だけにちょっと残念だった。

長編はもう一本残っているんだけど、・・・見たいけれど疲れそうだなぁ・・・

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2011.06.24

日本のボタニカルアート

こどものころ、うちの近所のあっちこっちをほっつき歩いて植物を見たり、昆虫を見たりしながら一日を過ごしていたかったCosにとっては植物図鑑は家の中にいながらにして植物を観察できるうれしい本。
(その割に植物名や昆虫名を覚えていないのはどうしてだろう??)

その図鑑の絵の原画の展示ときいたら一も二もなく飛んでいくのだ。
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日本のボタニカルアート 太田洋愛画伯の原画を中心として
上野の科学博物館で2011年6月26日まで

「誰が描いているか」なんていうことはあんまり関心のないCosだから太田洋愛の名前も知らなかったのだが、確かにこの絵は知ってくる。

しかもつい先日ルドゥーテを見て来たところなので、このふたりの描き方の違いが面白くてならない。

Cosが知っている花も時代と場所が違うからか、Cosの持っているイメージと違った描き方をしているルドゥーテに対して、この太田洋愛の絵はものすごく親しみのある分かりやすい絵なのである。
きっとこの絵、或いはこう行った絵を見ながら育ったからだろうなぁ・・・

輪郭線を描かずに点描で細かく細かく描いたルドゥーテに対して、輪郭線をきちんと書いている太田洋愛
よくみると筆のあとも残っている。

どちらも植物の見本としての図鑑を描いているのだが、その描き方がずいぶんと違うし、受ける印象も違うけれど、ふたりとも植物に対する愛情は共通のもの。

今回は図鑑の原画だから、一つ一つの大きさが決まっている。
でも書いているうちにちょっとだけはみ出したりするとそこには「切りとらぬこと」と書き込まれていて、狭い画面の中で出来る限り見やすく大きく描こうとしていたことがわかる。

それにしても、彼はどんな植物が好きだったんだろう?
多くは花の絵だけれど、木の絵、草の絵もあって、なんとなくそうした目立たない草や木についてもとても丁寧に書かれている一方で、そこまでの心配りをしていない園芸植物もあったりする。

彼はこの植物は好きじゃなかったんだろうかとか
よっぽど好きだったんだろうなぁとか
見ていくのがとても楽しい。
(単に締切りが迫っていただけかもしれないけれどね)

「サンプル」という意味ではおそらく写真のほうが実際の姿を捉えているんだろうけれど、こうやってみていると、写真よりもこっちのほうが余計な物も入っていないしずっと分かりやすい気がする。
そう思いながらよく見てみると色の塗っていない輪郭線だけの葉っぱなどがあることにも気づく。
きっと見やすくするために色を付けなかったんだろうなぁ・・・

こどものころ、図書館で分厚い「植物図鑑」を手にとって長い時間眺めていたのを思い出した。
今は無目的に図鑑を見るような贅沢な時間の使い方はできないけれど、うちのどこかにも「野の植物」の図鑑があったはず。
ちょっと探してみよう。


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2011.06.23

ピント合わせのふらっしゅ

同じことを写真でやっているのを見て、写真よりこっちのほうが作るのが簡単なので、PovRayで画像を作ったふらっしゅ。

ボールをクリックするとそこに(だいたい)ピントが合います。

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2011.06.21

山本 晶 ---一見---

最初にギャラリエアンドウのページを見たときに この絵はどこかで見たことのある絵にとても良く似ているからみたい
と思ったのだ。

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ギャラリーにおじゃました時も違う人の作品に似ていると思っていたのだが、ギャラリーでおはなしを伺っているうちにどうやらCosは2009年のDOMANIで彼の作品を見たようだ。

くっきりと描かれた線と境界のはっきりしない形とが透明感をもって描かれている。
が、実際には油絵具で描かれた油絵。
なんとなく油絵具って、どこか不透明感のある色という感じがしていたのだが、必ずしもそうではなさそう。

もしかしたら、壁も天井もそして床までもが真っ白で、LEDの真っ白な光りに照らされているから余計透明感を感じるのかもしれない。

で、その白さがあっさりとした絵の配色を生かしているのかもしれない。
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汚れ一つ無い真っ白な中に絵がふわっと浮かび上がっている感じかな?
(写真はお願いして取らせていただきました。この白い感じが伝わるかなぁ)
白だからこそこの柔らかい色使いが生きているんだろうなぁ・・・

今回の作品は小さい物・・・A5版ぐらいのもあったような気がする・・・が多くて
小さいと主張も強くないので、すっと入り込んでくる。
「絵を見る」とき追い込むんじゃなくて、「絵を愛でる」感じ。

もう少しCosにお金があったらなぁ・・・・一枚ぐらい買えたかもしれないのに・・・
値段が付いているとついついそんなことを考えてしまう。
こういう時にはお金が無いことが悔しい。
まあ、A5版でも飾る場所にも困るんだけど。

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麻溝公園でクレマチスの代わりに菖蒲・・・

先日小田急線に乗っていたら、花だよりのチラシに「麻溝公園のクレマチス」と書いてあった。
麻溝公園は母が入院している間毎日のように横を通った公園。

というわけでクレマチスを見に行ってきた。

が・・・麻溝公園では「あじさい祭り」(菖蒲じゃなくてあじさい)なんぞをやっていて、お祭りの会場の周りにはたしかにクレマチスがあるけれど、半分以上だめになっていたり、ほとんど葉っぱがなかったり・・・・8000本のクレマチスのはずなのだが、「クレマチス祭り」は五月の連休の時だったから、その後面倒をあんまり見てもらってないんだろうなぁ・・・
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まあこんな感じで他の花の方についつい目が行ってしまうのだ。

まあ、一ヶ月以上前の「まつり」に合わせて育てられたのだから、いくら花期が8月まであると言っても、一ヶ月以上も咲き誇っているわけには行かないだろうなぁ・・・

まあ、遅く来たほうが悪いんだからと気をとりなおして・・・

ちょっとがっかりして高さ38mの展望台へ。
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この展望台見た感じもちょっと可愛いし、高さも可愛いのだが、何しろここは相模原の高い建物が殆ど無いところ。
たった38mでも見晴らしはとてもいいのだ。

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周りは緑ばっかりだし・・・
(反対の方向にはいっぱい建物があるけれど・・・)
向こうに見えているのは女子美。
せっかく行ったのでしっかり美術館も観てきた。
右下にあるあしあとは「でいらぼっち」という巨人のあしあとをイメージしたのだとか。

それにしても、クレマチスはたいしたことないし、あじさいはどこででもやっている割にここは花かずが大して多くないようにも見えていまひとつ。

仕方が無いので雨も降ってきたし、道を挟んだ向かい側にある県立相模原公園へ。
ごみ焼却の熱を利用した温室がここにはあって、雨宿りにはbest・・・
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これはヒスイカズラ。他のところでは見たことがないし翡翠の色をした大きな花房をつけるのがおもしろい。

女子美に行ってからふらふらと歩いていたら見つけたのが菖蒲田。

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雨に打たれた菖蒲はちょうど今が見ごろ。
雨に打たれて花が潰れてしまったのもあるけれど、いくつかはこの雨の中でも元気に咲いている。
あじさいよりも雨がなんだか似合っている。

「つづきをよむ」には菖蒲の写真。


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2011.06.20

フランス民衆版画と長谷川潔

フランス民衆版画と長谷川潔の関連性・・・内容的には「版画」以外の共通性はないような気もするけれど、これは今の町田市立国際版画美術館の常設展なのだ。

フランス民衆版画では誰が描いたのかは分からない版画、キリスト教の宗教画から始まって、凧、きせかえ、人形劇にでも使いそうな人形の部品といった生活に根ざした版画が展示されている。

名前のある人ではなく、名もない職人が描いた宗教画はどこかユーモラスだったり、
「えっと・・・キリストよりこっちのほうがいいんじゃない?」と思えたり、宗教的な題材の中にどこかほっとさせるものがあったりする。

「十字架の道行」(ジョルジャン刻)なんてキリストだけが十字架を背負って歩いていて、そのずっと前の方を歩いている残り二人の罪人の分は丘の上にもうちゃんと立っている。
他の人がキリストを手伝っているように見えるし、キリストはどこかのほほんとした表情を浮かべているのに、鞭を振るっている役人はなんだかつらそうな顔をしていたり・・・

一枚の紙にびっしりと並べられた兵士の版画は、子供たちがこれを使って戦争ごっこをしたのだろうか?
着せ替え人形は前と後ろを貼りあわせた上からきせかえを楽しむように出来ている。
凧は・・・・どうやってこれを上げたのかわからないと会場には書いてあったけれど、もうわかったかなぁ??

ほんとうに楽しい展示だった。

それに対して長谷川潔は67点の作品が普段は企画室の一着として使われている部屋に展示してあた。

その作品も、横浜で見たのと同じ作品があったり、向こうにはなかった作品などがあったりしてCosにとってはとても充実した内容だった。
(同じ絵の版画であっても良し悪しがあるんだろうけれど、Cosには2枚並べてでももらわないとその違いはわからない)

「一樹(ニレの木)」は横浜にあったのと同じだろうか。
何の変哲もない枝が落とされた後から伸びてきた新しい枝がある一本の木、
これが彼の版画の転換点になったのではなかっただろうか。

「オランジェとぶどう」はどうだっtだろ負う。
「ラ・フォンテーヌのきつね」や竹取物語は向こうでも見たけれど、町田のほうがずっとのんびりじっくりと見ることができて嬉しい。

横浜で観てきたから、魚と花が同じ画面の中にあってもそれがとても自然な感じに見える。
それがきっと彼の生きていた世界なんだろうな。

横浜美術館の長谷川潔展はプーシキンの代わりだから、時間も十分にはなかっただろう。
町田の方は解説が少なかったり、点数も少ないけれど、いいものがいくつもあったのが嬉しい。

初日に行くと時間の余裕もあるから、何度か来れそうな気がして嬉しい。
せめて後一回は来たいなぁ

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2011.06.19

フランスの詩と版画

「フランスの詩と版画  ---ひびきあう魂の航跡」
フランスの詩が与えたインスピレーションを版画の形に表現した大勢の画家たち。
町田市立国際版画美術館で2011年6月18日~8月7日
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行く前には詩につけられた版画ということだから本の形になっているものも多いから、稀少価値としてはかなり低いのかもしれないとも思っていたのだが、版画なんだから1枚だけというのは殆ど無いだろうけれどどの程度の「稀少」七日は別としてとても面白くてすっかり満足してしまった。

「アルチュール・ランボー」の9人の美術家による版画作品はアルプ、ブラック、ユゴー、コクトー、エルンスト、ジャコメッティ、ミロ、ピカソ、ヴィヨンが参加している。

アルプは赤と黒と灰色で・・・とても素敵だけれど、どうしてランボーなのかは??
ブラックのランボーからはあこがれ、
コクトーのランボーは思いにふけり、
ユゴーのランボーは顔がちょっと少女の繊細さ。
エルンストのランボーは思索する人
ジャコメッティはランボーの彫刻がいいなぁ
ミロはミロの色が豊かで楽しそう・・・ランボーの詩集、持っていたはず
ピカソのランボーは結構写実で憂いを秘めた少年?
ヴィヨンのは写実的?(この人はよく知らない)

それぞれにどこか「ランボー」と言われればそうだなぁと思えるようなものを持っている。

ダリの「マルドロールの歌」
ビュフェの「マルドロールの歌」(ロートレアモン)
同じ本に合わせて描いた絵とはとても思えない∥^o^∥

ルオーの受難(アンドレ・シュアレス)や悪の華(ボードレール)
やっぱりCosはカラーよりもモノトーンのほうがいいような気がする

ジャン・アルプの「囲われた太陽」(ジャン・アルプ)
これはフランス語がわかればどんなにいいかと思った。

そして、山本正文の「未完の薔薇園」(ミシェル・ピュートル)
これは現代の作品。和訳が付いていてちょっとほっとした。

期待していた以上に面白くて、これでフランス語がわかればもっと面白いだろうと思ったけれど・・・・
時間がどれぐらいかかるか考えると分からなくてよかったのかもしれない∥^o^∥

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2011.06.17

青山悟の刺繍画

「工業用のミシンで刺繍した絵」とはじめて聞いたときにはとてもびっくりした青山悟の刺繍画

でも良く考えてみたら刺繍で絵を書くというのは日本に限らず世界中でずっと昔からやってきたこと。
日本の着物にも見事な刺繍を施されたものがたくさんある。
そのステッチの見事さに見とれてしまうことも少なくない。

青山悟の刺繍のどこが違うかというと、彼の作品からはステッチの見事さは感じられない。
それどころかじっとよく見ても刺繍なのかどうかすらはっきりしないのだ。

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おそらく針目を一番小さくして刺繍しているのだろう。
素材が紙でないことはすぐに分かるけれど、織りあげられたものなのか、布の上に描いたものなのか判然としないのだ。

だからこそ、「刺繍した」と聞いてびっくりもしたのだが、(たぶん)上野の森で見てからずっと気になっていたので、ミズマアートギャラリーで個展があると聞いて、見に行ってきた。

「青山悟展---芸術家は人生において6本のバラを真剣に作らなければならない」
2011年7月9日まで
市ヶ谷のミヅマアートギャラリーで。

行ってみたら本当に6枚の薔薇の絵しかないのだ。
会場は画廊だからさほど広くないとは言え、それでも部屋に入ったとたんどちらかと言えば小さめの白黒の薔薇の絵が5枚かかっているだけというのはさすがに少ない感じ。l

まあ、だからこそ一枚一枚が大切に思えるのかもしれないが・・・・

一枚一枚をのんびり見ながら針目を探したり、生地の奥行きがありそうななさそうな雰囲気を楽しんでいて、奥にカーテンがかかっている場所があることに気がついた。

中は赤い光がほのかにあるけれど、それ以外は何も見えない。
他の人がいたら間違い無くぶつかりそうな暗さ。

その赤い光のなかに赤いバラが輝いていた。
上のバラと同じバラが赤く光っているのだ。
光る白い糸で刺繍されたバラが赤い光のなかで赤く輝いているのはいい感じ。
黄色い光なら黄色く、緑の光なら緑色に光るんだろうなぁ

どんな色にも染まって輝く一輪の薔薇、
明るい太陽の光の届かない暗闇の中で。


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2011.06.16

鳳凰と獅子

鳳凰も獅子も昔の人が考えた実在しない生物。
実在しないからこそ、色々な思いを託して描いてきたんだろうなぁ・・・

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サントリー美術館の「美を結ぶ。美をひらく。」Ⅱ
不滅のシンボル 鳳凰と獅子
2011年7月24日まで

実は今回の展示は展示替えが多くて、特に伊藤若冲の樹花鳥獣図屏風は6月20日までという2週間しか展示しないので大急ぎで行ってきたんだけれど、逆にそれが正解だったみたいで、人も多くなくゆっくりと見ることができた\∥^O^∥/

会場で真っ先にで迎えてくれたのは狛犬。
と言ってもサントリー美術館だから、入口のあたりは人が多くてじっくり見られなかった。
鎌倉時代の京都高山寺の狛犬はどこかすっとぼけている感じがして面白かった。首をかしげている阿形、鼻をひくつかせている吽形
ふと昔の人たちは犬をこんな風に見ていたのかもしれないなぁと思ってみたり。

狩野探幽の鳳凰はどこかなんとなくマンガチックな感じがして可愛い。
しかも二羽の鳳凰の間には子どもがいたりして・・・
単性生殖のフェニックスとの一番大きな違いかな。
これを見ているとそこにはなにかストーリーが生まれてきそうな感じがする。
(これは6月27日まで)

その反対側には若冲の「旭日鳳凰図」。
伸びやかに緻密に描かれた鳳凰。
若冲独特の細部まで細かく描かれた見事な鳳凰。

でもやっぱり若冲は枡目描きの樹花鳥獣図屏風にはかなわない
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一見タイルの様に見える枡目描きだけれど、よくみるとそのひとつひとつにグラデーションがつけられたり、ひとつの枡目が同じ色になっているわけでもない。

そばで見ているとその枡目がはっきり見えて一瞬「タイル?」とも思うのだが、離れた位置からみるとその枡目によって立体感が感じられる。
そばで見ている時と離れてみているときの感じ方の違いの大きさにはびっくり。
どちらかと言えば絵の醸し出す雰囲気は繊細さとはちょっと違っていて、旭日鳳凰図と同じ人が描いたとは思えないほど。

しかしそのタイル部分の一つ一つを見てみると細かなところまで考えつくされていて、やはり若冲。

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これは昭和25年に焼け落ちた金閣寺でただひとつ残った鳳凰。
ちょうど修理に出していて助かったのだという。

火の中から生まれ変わったわけじゃないけれど、
焼け落ちずに救われたのはやっぱりさすが鳳凰かな。


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2011.06.15

海底彫刻

今日(2011年6月15日)、この記事の横に貼り付けてあるナショナルジオグラフィックの「今日の写真」は
海底彫刻公園 グレナダ
海底に置かれた彫刻に海草がつきなんだかちょっと怖いような感じがする彫刻。
人間の姿が顔に海草がつき、フジツボがつき・・・・
現実の人間がこんなふうになることはありえないと思うけれど、見ているだけで世界の終末を感じさせる。
「水棺」という言葉が思い出された。
水棺化した世界・・・・

行ってみたい気はしないけれど・・・

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2011.06.14

ブラックホールの巨大化

宇宙ができたとき、チリとチリとがぶつかって一つになり、それが大きな雲になり、次第に星の形を作っていく。
Cosなんかの理解の範囲を越える大きさのこの宇宙もとても見ることのできないような小ささのちりがそのスタート地点。

そして、巨大な恒星の最後がブラックホールだと言われている。
(もちろんブラックホールにならない恒星もたくさんあると考えられている)
外部との境界にあたる事象の地平面はなんとなく、この世とこの世でないところへの境目・・・
そしてその向こうにはブラックホールの中心とも言える特異点が控えている。
(特別な条件下では数学の特異点とも一致するのかなぁ??)

そしてそのブラックホールが全てを飲み込んで合体して・・・・宇宙はひとつのブラックホールになって振り出しに戻る。
子供の頃からそう信じているけれど、本当にブラックホールが合体できるのかどうかは分からないと(いうことは)知っていた。

が、


リンク: ブラックホール:銀河の中心で合体、巨大化 - 毎日jp(毎日新聞).

星とブラックホールやブラックホール同士の間にはたらく引力を高速で計算できるコンピューター「宇宙シミュレータ」を使い、10億年間で銀河の構造がどう変わるかを調べた。

 その結果、ブラックホールは初めは運動エネルギーが豊富なため銀河の中を動き回っているが、周りの星やブラックホールと引き合うことで次第にエネルギーを失い、中心に集まってくる。このうち一部は他のブラックホールからエネルギーを得て再び動き始めるが、奪われた側は次々に合体し、3億年後には10個のブラックホールのうち6個がひとかたまりになった。

あぁ・・・いずれ宇宙はひとつのブラックホールになるのかもしれない。
と改めて思った。
残念ながらその日を見ることはどんな意味でもありえないけれど。

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だらだらと

このところだらだらと忙しい。
切羽詰まってどんどん片付けていかなければならないような忙しさではなくて、どこか間延びした、でも自分の自由にはならない忙しさで一日が過ぎていく。

都心に出ていってもそのついでにちょっと美術館へ・・という余裕もなく、直行直帰。
なれない種類の結構ストレスの貯まる用ばかりで、帰ってくると気力がなくなってる。

これを乗り切れば区切りがつくんだけどなぁ・・・・

なんて思っていたら久しぶりの地震。
大きな地震は来るんだろうか??

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2011.06.12

月夜の晩にちょっと浮かれて

今日は一日こんなことをやっていた・・・思うようにならなくて頭をかかえたりしながら・・・・
しかも考えてみたら、星より月のほうが近いんだよなぁ・・・・
だけど月の向こう側を通すとなんだかつまらないのだ・・・∥>_<∥



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ゆれうごく まど

窓の向こうで動くんじゃなくてこっちがわが動いているように錯覚したかったんだけど・・・

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2011.06.11

ムットーニワールド からくりシアターII

ムットーニさんの展示があると聞けば出来る限りのことをして彼の上演会を見に行くことにしているCosは今年も八王子夢美術館での
ムットーニワールド からくりシアターII(2011年6月26日まで)
も見逃すことはできない。
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この中には何度となく、それもムットーニさんの口上付きで見たものあいくつもあるけれど、何度見てもちょっときざなムットーニさんの口上と観るものによってその評定を変えているんじゃないかと思えるほどの人形とは見飽きることはない。
(座り疲れはあるかもしれないが・・・)

コンピュータを使わずにリレーとタイマーで制御している自動機械の人形たち。
コンピュータを使わないからなのか、それともわざとなのかは分からないけれど、
流れる音楽の中に「カチッ、カチッ」とリレーの音がして人形が動きを変えるときがとてもやわらかい。
流れる音楽はノスタルジックなジャズのナンバーだったりして、それもまた暖かさを感じさせる。
彼もまた「非現実的な夢想家」のひとりであり、表現の仕方は違うのかもしれないけれど、
人が人としてもつべき暖かさを感じさせてくれる。

201106_002002今回はじめて見た作品の一つ、
「エル サラサデ メディアノーチェ」
真夜中の骸骨たちの演奏は朝を告げる鳥の声が聞こえてもやめられなくてギリギリまで演奏し続ける。
それは「骸骨」という決して愉快なものではないはずのものに、人間性を与え、私たちと同じレベルでの感性を見せてくれる。

そして、今年作られた「ウィングエレメント」のシリーズ。
これは口上がないので、ストーリーなしに楽しむ。
これを見ながらストーリーを考える人もいるんだろうけれど、Cosはなんとなく「あこがれ」を表現しているという印象を受けて憧れながら見ていた∥^o^∥

もちろん新しい作品ばかりではなくて、今までの作品でも見たことはあっても口上を聞いたことのない作品、見たような気はするけれど・・・と思う作品などがあって口上なしでも2時間20分(タイムテーブルを見る限り全部見るにはこれだけ必要)かかってしまう。

夢美術館は電車ではちょっと行きにくいところにある上に、駐車場が高いという立地条件が悪いのだが、それでも今回だけでも2回行ってそれでもまだ足りないような気がする・・・困ったものだ∥>_<∥

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2011.06.09

ジパング展

「31人の気鋭作家が切り拓く、現代日本のアートシーン」というコピーのZIPANGU展が2011年6月20日まで日本橋高島屋で。
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ジパングと名付けられたのは「日本」の現代アートだから。
日本で描かれたということだけではなく、いかにも日本的な描き方をしているものという意味だろう。
たしかに日本画の手法で描かれた現代絵画なんていうのもあるし、日本の漫画が下敷きになっているものもある。
と言っても、Cosは他の国の(個々の作家の作品は見るけれど)現代アートはまとめてみたことがないから他の国との比較はできないんだが・・・・

でも、日本独自の描き方であるかどうかは別として、「今」を描いているCosの好きな作家たちが何人も出品していた。

チラシは三瀬夏之介の「だから僕はこの一瞬を永遠のものにしてみせる」というとても大きな作品の一部。
彼の作品はとめどなく大きくなってしまったかのように大きい。
次々に想いが絵になって現れている感じかな。

佐藤美術館の個展を前に見たとき・・・小さな佐藤美術館が彼の絵で溢れかえっているかのようなイメージだったけれど、さすがにデパートでの展示は一応収まっている感じ。

鴻池朋子の「mimio-Odyssey」がまた見られたのは嬉しかったし、
束芋の「日本の小さな台所にはばかでかいゴキブリがいることに気づいたし、
一番多きな絵の池田学のサインが見つからなくてしばらく眺めていたし、
山本太郎のなんとも言えずミスマッチなところが好きだし、
渡辺香織はおりづるがなんとも悲しいし、
山口晃は相変わらず現代と過去との境目がないし、・・・・

なんといってもデパートの展示場だから作品との距離が近くて細かいところまでじっくりと見ることができるのも嬉しい。

「目の毒」であるグッズがたくさんあって、仕方が無いのでそそくさと目を背けて帰ったのが一番残念かな。
これもまた、時間が取れればもう一度行ってみたいところ。

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ルドゥーテ、美花選展

花の絵だからというわけじゃなく、草の絵でも木の絵でももともと植物が好きだから
「はっぱだぁ・・・」「種だぁ・・うわぁ~い、こんななんだぁ」とばかりに植物とみると熱中してしまうのだ∥^o^∥

「ルドゥーテ 美花選」
Bunkamuraで2011年7月3日まで
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細かく細かく描かれた花は輪郭線を用いることなく細かい点描で描かれている。
そしてその花や葉は植物学的にも正確らしい。

とりあえずCosの場合には見た瞬間に
「この葉はこんなふうについているのか」とか
「同じ葉っぱの緑でも違うんだなぁ」とかといった見方になってしまうのだ∥^o^∥
子どもの頃から野原や道端に生えている草が好きで、植物図鑑と見比べて遊んでいた子供の頃が蘇ってくる。
だから、
「この絵のここがいい」ではなくて、
「この花の色、形が整っている」になったりするのだ。

最初の予定ではこのルドゥーテ展は「ベラム」という羊皮紙に描かれた水彩画が中心になるはずだったのだ。
「版画以外の作品を見る」「近年見つかったバラ図譜のベラムに描かれた原画がたくさん日本に来るはずだったのだ。
震災によってそれが借りられなくなって急遽版画中心の展示に変わってしまったのだ。

だからチラシも刷りなおし。
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仕方のないこととは言え、やっぱりちょっと寂しい。
5枚だけあったベラムに書かれた水彩はちょうどパラフィン紙の上に描かれたような透明感とシャリとした感じがしていた。
また5日東京に来ることもあるんだろうけれど・・・

そんなルドゥーテの絵、版画は細かな点描で輪郭線がない。
まるで図鑑のように次から次へと花の絵が並ぶ。
これだけ写真の発達した今でも、図鑑はやっぱり絵で書いてあるし、写真よりもずっと見やすい。
最初のうちはまるで図鑑でも見ているような気分だったのだが、いつの間にか花の絵を楽しんでいる自分に気がついてしまった。

会場では薔薇の花の匂いがただよっている(というよりは吹き出してきている)所があって、最初は花の匂いが鼻につくんじゃないかと思ったけれど、そんなこともなく、まるで生の薔薇の花を見に来ているかのような気分にもなった。

Cosは気がつかなかったのだが、
「花柄アイテムを身につけていれば100円引き」
「向かい側のドゥ マゴではルドゥーテの世界ガーデンが出現」
なんていうのもあったらしい。

そして、Bunkamuraでは震災復興支援企画として「元気になる花の種」プロジェクトを実施している。庭の花の種を集めて被災地に送るらしい。
「被災地の皆様の目線が、足元から少し先を見られるようになったときに全国から頂いた「元気になる花の種」を贈りたいと思います」とのこと。
ルドゥーテを見に行く時には花の種も一緒に∥^o^∥
(郵送もOK)

このルドゥーテの展示でBunkamuraは12月23日まで休みに入る。
そして、残念なことに今までお世話になってきた「フレンズ」の企画も一旦中止される。
ここ何年かお世話になってきたミュージアムフレンズのチケットは値段が安くて本当にありがたかった。
願わくは改築後も何らかの形で続けられますように。

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2011.06.08

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展

「アンジェラ・アキのミニコンサート付きの特別鑑賞会」に当たったので、オープン前日の今日国立新美術館に行ってきた。
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2011年6月8日~9月5日まで

「これほどの質と規模での展覧会は、ワシントン・ナショナル・ギャラリー70年の歴史上なかったことであり、そして、これからもないであろう」というワシントン・ナショナル・ギャラリー館長のアール・A・パウエル3世の言葉が決して誇張ではないと感じさせられる内容の展覧会だった。

もちろん、Cosの目からすればすきじゃない絵はいくつもあったけれど、「これはいいなぁ」と思える絵が次から次へと出てくるのだ。
普通の展覧会だと下手をすれば「これを見に来たんだよ!!」といえる絵は2、3枚あればいいほうだし、下手するとこれしかないなら来なくても良かったかもと言いたくなる展覧会だってないわけじゃない。
一番最初の一枚がコローの「うなぎを獲る人々」。いかにもコローらしい自然の光が差し込む一枚。

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これはマネの「オペラ座の仮面舞踏会」だけど、実際の絵はこれとはずいぶん違っている。
実物は黒が光り輝いている華やかな絵なのだ。ガラス越しでなく、塗った絵の具がそのままの色と形だから、確かに黒が多い絵なんだけれど、舞踏会の華やかな感じが伝わってくるのだ。
印刷では伝わらない、ガラス越しでは伝わらない、本物だけが持っている良さが伝わってくるのだ。
今回は油絵の殆どがガラス無しに直接見ることができる。
それは絵の持っている良さ(多分良さだけじゃないんだろうけれど)がそのままに伝わってくるということなのだろう。

どの絵が良かったのかあげていけばいくらでも挙げられる。
モネの日傘の女性は陽の光と風邪がこっちにまで届きそうだし、
メアリ・カサットの子どもたちは彼女でなければ描けなかっただろうし、
ルノアールの踊り子は右から見たときと左から見た時とでは表情が違って感じられたし、
マネがリトグラフで描いたベルト・モリゾは三菱一号館美術館で見たのと同じ構図だけれど、彼女の表情はまるっきり違っていたし、
セザンヌの水彩で描いたゼラニウムからは何も描いてない余白から陽の光が感じられたし、
ロートレックのアンバサドゥールの粋な人たちはこんな紙にこんなふうに描いてあったのかと驚くし、
セザンヌのガガの父の絵はその大きさと迫力で、となりにあったアントニー・ヴァラブレーグを圧倒しているし、
スーラの点描は何メートルも離れるとそれまで知っていたのとはまるっきり違って見えたし・・・
そしてゴッホは・・・アンジェラ・アキが好きだという自画像は確かにすごかったけれど、プロヴァンスの農園も、白い薔薇もゴッホ展の時以上にいい絵だった。

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今回日本に来た83枚のうち50枚ほどが初来日だという。
どれがそうなのか、どれをCosが見たことがあるのかよくわかっていないし、同じ絵も時間と共に感じ方が変わるから前に見たときにはそんなにいいと思わなかったものもあるんだろうけれど、本当にいいものが多かった。
しかも、今日は特別鑑賞会ということで定員が500人。
500人が広い開場の中に散らばっている上に、アンジェラ・アキを見に来ただけの人も何人もいるので、そんなに人も多くなく、じっくりと、近寄ったり離れたり、椅子に座ったりしながらいろんな見方を楽しむことができたので、余計に良く見えたのかもしれない。

もう一度ぐらいは行きたいけれど、その時にはこんなにはのんびり見られないだろうなぁ・・・


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2011.06.06

山梨県立博物館

「山梨いくなら県立博物館も面白いから行ってみな」と教えてくれたのは展示の仕事をしているCosの友人。
「うん。行ってみる」とすっかりその気になったのだが、Cosの車のナビは山梨県立博物館を見つけてくれない。
なんだか似たような名前の県立博物館博物館があったので、多分そこだろうと見当をつけていくことにした。
前の日に県立美術館からの所要時間が30分ちょっとなのを確認しているし、時間的にも同じぐらいだから、ちょっと名前が違っているような気がするけれど大丈夫だろうとスタート。

で、着いたのは「山梨県立考古学博物館」・・・・・∥>_<∥
入口まで行ってみたら入館料が200円、これは昨日検索した金額と違う。
というわけで車に戻ってiPhoneで検索。

あぁぁぁぁ・・・・違ってる・・・・
住所を調べてナビに入れたら・・・「そんな住所はないよ」と。
あぁぁ・・・住所変更がされてるんだぁ・・・・

仕方が無いので電話番号で検索して近くの建物を見つけてナビに入力。
ふぅ・・・・

というわけで県立美術館から三角形の二辺を回るコースで県立博物館へ。
(時間があれば考古学博物館も面白そうだったのだが・・・)
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いかにも新しくてきれいな博物館だ。

中に入るとチケット売り場では案内の人がいて、懇切丁寧に解説してくれる。
ふだん美術館や博物館の人にこんなに丁寧にされたことがない(他でもされたことがないが・・・)から、おたおたとしてしまった∥^o^∥

おたおたついでに「ここはいつで来たんですか?」と来客数の少なさに頭を抱えていそうな相手の神経を逆なでするような質問。
「5年前にできてつい先日5周年でした」と。

・・・・Cosのカーナビはもっと古いんだなぁ・・・・
そういえば、よくナビでは道じゃない新しそうな道を走ってるもんなぁ

遠回りをしてしまったおかげで見る時間が短くなってしまったけれど、せっかく来たのだから駆け足で見ることに・・・

それが大きな間違いだった。

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企画展の「やまなしの森と人」は予想通りの面白さ
サラッと見ることができた∥xx;∥☆\(--メ)
(ひらがなで「やまなし」と聞くと、山梨県より宮沢賢治のイメージのほうが強くてこまったのは別として)

が、常設は入口に入った最初から動けなくなってしまったのだ。
入って最初は天井から太い太いロープが何本も下がっていて、ロープの一番下の先端にはなにやら明かりが点滅しているのがある。
明かりが点滅しているのをとって耳に当てるとなにやら声が聞こえるのである。
しかも、ロープごとに違うことを言っているからそれを全部気功としたらそれだけでおしまいになってしまいそう。
とりあえずいくつかをちょっとずつ聞いて、他はパス。
(縄文時代の話だったような記憶があるけれど・・・自信はない)

常設展の展示室自体は決して広くない。おそらく小学校の体育館のほうが広いだろうというほど。
ところが動線がとてもうまく出来ていることとそれぞれのコーナーにタッチパネルの解説などがあって、それをちゃんと聞こうとするととんでもなく時間がかかるのである。

ヘタをするとそれだけじゃなく、展示台の下の引き出しを開けて中に入っているものを見たりもする。

山梨は海のない県なのに大きなさかなやイルカの骨が出てきたりして昔から交易が盛んな土地だったらしい。
とか
やっぱり武田信玄だなぁ・・・
とか・・・
金山とか金鉱・・・今でもあったりしないかなぁ・・
なるべくざっと見るだけにしようとしていたのだが、途中で解説をしてくれるお兄さんに捕まりかかったり、
前を通りかかったら等身大のパネルのおねえさんに話しかけられたり、
トランクの中のものを覗き込んだり
大急ぎでろくすっぽ見てない印象があるのだがそれでも観終わったときにはかなり遅くなっていた。

結局帰りもしっかり高速の渋滞にはまって、
「こんなことなら下の道で帰ればよかったなぁ」状態・・・

ダメな博物館は予定時間よりもずっと早く見終わるけれど、面白い博物館はじっくり時間をかけてみないとダメだ。
展示の仕事をしている友達が進めてくれただけのことはある、面白い展示だった。
ただ、中身が「歴史」博物館だったけれど。
可能ならひとりでのんびり時間をかけてもう一度見たいところ。
でもちょっと遠いなぁ・・・


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山梨県立美術館

「山梨に行こう!」と思ったのは山梨県立美術館に行ってみたかったからなのだ。
「種を撒く人」とか「バルビゾン派」とか・・・・どちらも嫌いじゃないけれど、何がなんでも見たいという程ではなかったし、多分、高速道路1000円がずっとつづくなら行かなかっただろうと思う。

でも、ここも一度は行っておきたいところだから・・・

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甲府盆地は一方に富士山、他方に南アルプスがあって、山のきれいなところ。
富士山も普段観ている姿とは違って同じ山のくせになんだか細く見えるような気がする。
南アルプスの雪の残った山々は中央高速からはきれいに見えたんだけど、ここからは良く見えないのが残念。

山梨県立美術館は芸術の森の一角にある。
広い公園の一角で、遊んだついでにちょっと寄るなんていう使い方もされているみたい。

出かけた時間も遅かったし、道も混んでいたので、芸術の森やすぐそこに立っている文学館に寄れなかったのがちょっと残念。
芸術の森にはいくつかの野外作品があって、それを見て歩くだけでも面白そう。
上の写真のりんごっぽいのもそのひとつ。
あとになって、これぐらいはちゃんと見ておけばよかったなぁと反省。
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ここでは震災の影響で「モーリス・ドニー展」が中止になって急遽「ゲージュツのウラ」展をやっていた。
余震のことを考えると中止になっても仕方が無いと思うけれど、やはり寂しい物がある。
多くの美術館の企画展が中止になったり変更を余儀なくされたり・・・・
本当は日本はそれだけ大変な状態だということなのだが・・・・


もう一枚はボストン美術館にあるという「種を撒く人」。農民をあるがままの姿に描いたために賛否両論が起こったとも言う。
バルビゾンという村での芸術家達の話は去年の10月頃、府中美術館でも「バルビゾンから贈りもの~至高なる風景の輝き」をやっていたのでなんだか親しみが湧いてくる。

残念ながらCosは人物画は好きじゃないので今ひとつだったけれど、ルソーの「フォンテンブローの森のはずれ」といった風景画はなかなか楽しかった。

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そして美術館ががんばった企画展(というのには小規模だけど)「ゲージュツのウラ」
画布の裏側にも描いてある絵や一旦描いた絵の上から描いた絵といった、それこそ絵の裏側に潜む絵が出てきたり、行ったことのないところの絵をいろいろな人の絵を参考に書いている絵などが出てきて、ちょっと楽しかった。
まあ、常設の入場料だけで見られる企画だから、それなりのものだし、短い期間で美術館のスタッフが頑張ってやったのだから。

そしてこの美術館に来ているお客さん達の多くは家族連れで、人の少ない美術館の中をあれこれおしゃべりしながら見て歩いている。
人が多かったらイライラするかもしれないおしゃべりも、人が少ないとなんだか微笑ましく見えるから不思議だ。
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2011.06.05

山梨へ(釈迦堂遺跡博物館)

いくら高速が1000円だからといっても、Cosの運転技術と体力ではそう遠くにはいけない。
金沢とか、青森とか、四国とかに行きたいけれど、それだとやはり一泊でないと無理なので「気楽にふらっと」からは程遠い(し、家族がOKしないだろうな)

高速休日1000円、19日まで…国交省方針 : ニュース : @CARS : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

 国土交通省は31日、高速道路の「土日・祝日の上限1000円」の料金割引制度を6月19日(20日午前0時)で中止する方針を固めた。

 地方を中心に行ってきた高速道路の無料化実験も19日にやめる。

なんていうニュースを見たら、1000円の間に行こうと思っていた山梨がまだだったことを思い出してしまった。

けさ起きたら、真っ青な空。
「ドライブ日和だから混むだろうなぁ」と思ったものの、山梨なら近いからと他の予定を放り出していくことにした。

案の定、途中までは渋滞していて混んでいる。Cosの同じように考える人がどれほど多いか、よくわかる∥^o^∥

今日は中央高速。
じつなこの中央高速の下りのPAで気になるところがあったのだ。
「釈迦堂PA」
このPAの上のところに博物館があって、そこの駐車場には夜景を見に行ったことがあるのだ。
その時に「中央高速のPAから来ることができます」と言われていたのを思い出したのだ。
今日は道が混んで予定よりもかなり遅くなったのだが・・・・
というわけで、今日の休憩は釈迦堂PA。
一番入口に近いあたりから裏につづく階段があって、それをせっせと登ると釈迦堂遺跡博物館。
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登り切ったあたりから下を見下ろすとこんな感じ。
中央高速の向こうには笛吹市が広がっている。
夜には夜景が綺麗なんだけれど・・・・見るわけには行かないのだ。

山梨には・・・甲府盆地にはたくさんの遺跡がある
縄文の昔から暮らしやすいところだったのだろう。
釈迦堂遺跡博物館は中央高速を作る際に行った発掘調査で出てきた者を展示してある(らしい)。
特に土偶は1116個も出土していて、これは全国でも類を見ない多さらしい。

その土偶はそれぞれにバラバラにされた形で出土している。
それも一箇所ではなく何箇所かに分かれて出土しているのだと。

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パンフレットで見るとこんな感じ。
たくさんの顔が並んでいる。
縄文の人たちは何を思って作り、何を思って打ち砕きもって帰ったんだろう?
一つ一つの土偶の顔を見ていると、あっという間に時間がたってしまう・・

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2011.06.04

駒井哲郎 第二部

町田市立国際版画美術館の駒井哲郎展はその期間が第一部と第二部に分かれていて、すべての作品が入れ替わるというので、第二部も見に行ってきた。

第一部に比べると作品の質がずっと良くなっている気がする。
まあ、そうでないときた人はがっかりするだろうけれど。

この第二部はミロやアンフォルメルの影響をうけはじめた時期から本人が「輝くばかりの光が画面全体を被っている。その瑞々しさと世紀と気品には驚くばかり」と言わしめた長谷川潔のマニエル・ノワールの影響もかなり受けている。
そしてまた、
「これ、ルドンだ」と見た瞬間に思えるようなものも・・・
最後までルドンの影響は受け続けたみたいだけれど、歳と共に作品がきれいにまとまっていく。
交通事故で両足を骨折していた時期などに比べるとインパクトは弱い分、作品が楽しめる。
それは癌にかかって病室で最後までつくっていた作品にしても同じ。

面白かったのは第一部の時には時間がなくて見られなかった常設。
駒井哲郎がエッセイなどで取り上げた作家の展示。
この中にはつい先日西美で見たブリューゲルやレンブラントの同じ作品が幾つかあった。
(ルドンがなかったのが残念・・・直前の展示で出していたからなのだそうだ)
2枚並べてみると刷の違いなんかもわかるんだろうけれど、Cosの力では
「あっ、これこの間見たのと同じ」というのが精一杯のところ。
西美では周囲の人がたくさんいて落ち着いて見られなかった作品をのんびりじっくり見てくることができた。
エルンストが何枚もあったのが嬉しかったかな。

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2011.06.02

中村正義・顔の世界展

よみうりランドの近の地図に「中村正義の美術館」というのがある。
(カーナビは検索しないと出てこないかも)
一体どんな人だろうと検索をしたら、どうやら日本画家でたくさんの顔を書いた人らしい。

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実際には森の中というよりは隣近所は住宅なのだけれど、こうやって庭を見ると森の中に立っているような感じの中村正義の美術館

元々は彼の住居兼アトリエだったらしい。
個人の住宅にしては広々としたアトリエ(たしか卓球か他の球技でもできる程広いといったようなことを書いてあったのだが・・・)は窓からこの木々が見え、吹き抜けになった天井が高くて気持ちのいい空間になっている。


(駅からは遠いけれど)都心からはそんなに遠くないここで暮らしているのはうらやましい限り。
(手入れが大変だろうことには目をつぶって素直にうらやましがっていた)


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これは絵ではないけれど、こんなような感じの顔をたくさん書いている。
今回は「中村正義・顔の世界展」ということで「顔・顔・顔」の展示だった。

結核を患い、絵を描くこともままならず、さらに癌に侵されて52歳でなくなった彼の描く顔・・・

どこかペーソスがあるようななかなか面白い顔を描くし、人間ではなく仏様の顔なんかはいい感じだと思ったんだけど、いかんせん、Cosは人物画はすきじゃないのである∥xx;∥☆\(--メ)

二階の・・・多分もとは普通の部屋だったであろう展示室には人の顔ではないものもいくつもあり、そういう方がCosとしては好きだったかもしれない。

国立近代美術館には源平海戦絵巻があるそうなので、チャンスがあったら見てみたい。


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2011.06.01

PLATFORM---距離を測る---展

もう終わってしまったけれど、練馬区立美術館で2011年5月29日までだった、
PLATFORM---距離を測る---展。
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浜田涼、小林耕平、鮫島大輔の3人の作家がそれぞれ自分と世の中との距離を図っているかのような展示。
展示会場も3つにきちんと分かれていてひとりずつそれぞれ違った展示方法をとっていたりもする。
最初に見たのは鮫嶋大輔。
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この写真を見るとそんなにたいしたことはないような気もするのだが、会場ではたくさんの絵が書かれたボールが吊り下げられたり、台の上に置かれたりしていた。
そのボールには自分の周りの景色がぐるっと一周・・・上も下も一周・・・に描かれているのである。
自分自身がモノを見るときには自分が中心で自分自身がぐるっと廻ることで周囲全部を見ることができるのだが、彼のボールは自分自身がぐるっと廻ることによって、ボールの表面に描かれた景色を見ることになるのだ。
それって・・・無限遠点が球の中心にあるという至って数学的な描き方じゃないか!!
世界を手中に収めることができる(展示作品には手を触れちゃいけないのだが・・)けれど、その先に入っていくことは決してできないのだ。
手中に収めているように見えて、世界は手の届かないところにある・・・
もしかしたらこれを描いた鮫島大輔はそんなことを考えてはいないかもしれないけれど・・・・

そして、身近な現実からの距離を測っているのが浜田涼。
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写真を素材にして・・・でも決して何が映っているのかを理解することができない写真。
加工してあったり、ピントがずらしてあったり、トレーシングペーパーが上から張ってあったり・・・
そのトレーシングペーパーを外してみたくなったりもするし、
そんな写真(のように見える者)ばかり見ていると、自分が霧の中に入っているんじゃないかと錯覚し始める。
遠い現実との距離感が不安を誘う。

そして最後に小林耕平。
「明確でありながら掴みどころのない映像によって観者の試行をするりと交わす小林」とのことだけど、
多分Cosは「するりとかわされる」のが嫌なんだろうなぁ・・・
今一つ面白くなかった。

しかしそれでも三者三様の距離のとり方測り方をしている。
Cosと現実との距離はどのくらいなんだろう・・・?

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