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2011.05.24

花になった父

先日の樹木葬の集いの時に、父の木がつぼみ(正しくはがくが白く花びらの様に見えるので、つぼみというのは間違いだけど)だったので、そろそろ咲く頃かと行ってみてきた。

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まだちょっと「満開」というのには間があるけれど、沢山の花が咲いていた。
ただ・・・Cosの背の高さよりもずっと高いところで咲いているのがほとんどで、それを下から写真にとると白く見えない・・・∥>_<∥

よくみると上の方にもたくさん花があるのがわかるとおもうのだが・・・・

母はまだ長いドライブが出来るほど元気になってないので、この日はCosひとりだけ。
ひとりで勝手気ままに歩けるのを幸いに天徳寺の周りをあちらこちらと散歩してきてしまった。

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真夏のように暑い日、天徳寺の庭先(っていうのかな?)では輪切りにした夏みかんが干してあった。
これとヨモギとオドリコソウで入浴剤を作るのだ。
前回天徳寺に泊まったときにこれを入れたお風呂に入ってきたけれど、なかなかいい感じ。
いかにも自然に恵まれた寺ならではかもしれない。
 
 



P1060274

 
 

Cosの父がいるところは一番最初にできた場所なので、父の木も含めてみんな大きくなってしまっていて、少しずつ「林」になりつつある。
いずれは沢山の木が大きくなって、墓所なのか、
花木のたくさんある林なのか区別が付かなくなる予定。
そうなるまでにはまだまだ時間がかかるけれど、いずれ里山になる日が楽しみ。
 
 

(一応)墓参りをしてから、お散歩。
P1060304
今日は裏山の杉山の中にできた新しい道。
新しい道と言っても、今ある杉の木を倒して雑木林にしていくためにつけられた道。
まだまだ杉の木はそのままで、殆ど人が入らないから、
杉の木は植林されたものであるけれど、
自然のまま、なるがままになっている。
写真にはないけれど、木の皮が同じ高さに剥ぎ取られているのは猪だろうか?
静かな林の中にはうぐいすをはじめ(Cosの名の知らない)小鳥たちの声だけが
響いている。
 
 

P1060310
 
 

更に裏山に登る。
天徳寺の向こうには房総の低い山が連なり、あの山の向こうには海が待っている。
杉の木が5本だけ残っているけれど、その周りの茶色いところは整地したところ、
今はまだ泥の地面だけど、2年もすると緑でいっぱいになって、いつの間にか小さな雑木が増えてくるのだ。
 
P1060315

ふと見るとところどころにこんなふうに木材の杭がうちこんである。
よくみると木の名前の書いてある標識。
そのとなりに植えられているのはどれも花の咲く木の苗。
墓所だけでなくその周りの場所も花でいっぱいにしようと。
一番最初に天徳寺に来たときにそれまで持っていたお寺のイメージとはまるっきり違う
「人の行き交う花でいっぱいのお寺」という言葉が印象的だったのを思い出してしまった。

寺の池ではたくさんのカエルが日向ぼっこをしていて、人が近づくと「にゃー」とないて水の中に逃げていくし、
樹木葬地のももはしっかりと身を付けているし、
今の季節はあざみで野原がいっぱいになっていたり、
なぜか荒地に蓮華が咲いていたり・・・
ベニシジミもクロアゲハも遊びに来る・・・
そして、前回まだ手も足もなかったサンショウウオのオタマジャクシもも手足が出ていた。
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コメント

実際の様子がよく伝わってくる気がします。
樹木葬って、なんかいいですね。
一番自然に近いのかも。

投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2011.05.24 06:58

多分自然に近いというよりは自然の中に埋めちゃうというのが正しいのかも。
さっさと「全て土にかえる」を実践なのだ。
仏教でも三十三回忌で土にかえるとか、
キリスト教も人は土から生まれ土にかえると言うんじゃなかったかな。

投稿: Cos | 2011.05.24 23:44

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