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2011.04.29

子どもの命を守ろう

政治には関わりたくないCosだけど、子どもの命は守りたい。

福島第1原発:内閣官房参与、抗議の辞任 - 毎日jp(毎日新聞).

 小佐古氏は、学校の放射線基準を年間1ミリシーベルトとするよう主張したのに採用されなかったことを明かし、「年間20ミリシーベルト近い被ばくをする人は原子力発電所の放射線業務従事者でも極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは学問上の見地からのみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れがたい」と主張した。

原発に関しては政府の言うことや東電の言うことを信じるかどうかはそれぞれが決めればいいと思っている。
大人には情報を選択することも判断することもできるけれど、子どもにはその力も自由もない。

「あいつらは歩くことを知らない」といったのは知人の小学校の先生。
ほこりを巻きあげて走りまわる子供たち、
彼らの行動を考えれば地上1mの高さの放射線よりももっと高い放射線を浴びることは間違いない。

大人はいい、
でも子どもは・・・将来を持っている子供たちは出来る限り守っていかなきゃならないのに・・・

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フレンチ・ウィンドウ展

フレンチ・ウィンドウとは観音開きの窓のこと。
窓を開ければそこに新しい世界が広がる・・・デュシャンはその窓ガラスを黒い革で作った。
そしてその革を常に磨いておくようにといったそうだ。

そのデュシャンの名前のついた「マルセル・デュシャン賞」。その10周年を記念して森美術館でのフレンチ・ウィンドウ展
2011.8.28まで

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こういう現代美術はまるっきり気に入らないものも多いけれど、「こんな物もあるのか」と魅入られてしまうものもある。
今回は金属のボールが床に並べられている作品がつぼだった。
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この写真の一番左側にある作品。
が、これは天井まで含めてはじめて一つの作品なのである。
一つ一つのボールにはどくろが映っているが、そのどくろは一つ一つが微妙に違う。
元の姿はどんなだろうと天井を見上げるとそこにどくろはない。

計算しつくされた像・・・円筒鏡のだまし絵と同じような発想だけど、たくさんの多摩に映し出された像の一つ一つは微妙に違う。
しかもそれがどくろ・・・

虚像を作品に仕上げているのだ。
いいなぁ・・・サーダン・アフィフの「どくろ」

実際には存在しない場所をCGで描いたニコラ・ムーランのノヴォモンド71もよかった。

そしてデュシャンの黒い革のフレンチ・ウィンドウならぬフレッシュ・ウィドウに対して、窓枠もガラスもすべて透明にしたマチュー・メルシエの無題は六本木の街を見下ろす窓に向かって展示してあった。
これはデュシャンの作品がなければあんまり印象的じゃなかったかもしれないけれど・・・

今回は震災の影響でずいぶん沢山の作品が出品されなかったようだ。
今の日本の状況を考えると作品を日本に・・特に東京に・・・持ってこないという判断は批判できないけれど、やっぱり残念。


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2011.04.28

東海道新風景

「クレマチスの丘にあるヴァンジ彫刻美術館へ一緒に行く?」と友達にきかれたのはいつだっただろうか。
ちょっと調べてあったので、「4月24日に行こう」と返事をしたCos。
たぶん3月だったんじゃないかと思うけれど、そんなに前から楽しみにしていたのだ。

予定通り4月24日に沼津の手前まで二人でドライブ。

クレマチスにはちょっと早いけれど、クレマチスの丘は気持ちの良いところ。
箱根の彫刻の森美術館が正統派の彫刻の森だとしたら、こっちはヴァンジのちょっと異質な彫刻が華やかな草木の中にあるちょっと不思議な、それでいて満足できる空間。

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3時からのアーティストトークにはまだまだ時間があったけれど、どんな様子だか会場を覗いてみた。
なんとまだ山口さんは製作中だった。
現在と過去がひとつの画面に展開される彼の絵が少しずつできていく。
墨と筆を使って描かれているのにはじめて気がついたCos。

同じ部屋にはCosたちがいるのに集中して描いている(でないと間に合わないんだろうけれど)。
その作品を見るチャンスはいつもあるけれど、こうやって製作中の姿を見ることはまずないのでなんだかとてもラッキーだったような気がした。

しばらく見ていたけれど、じゃまになるといけないので真剣に制作に打ち込む山口晃のそばを離れて、Cos達は外でのんびり。

この日のCosはちょっと調子が悪くて、眼帯+お岩さん状態でさすがに疲れやすかったけれど、お散歩も楽しかったし、ビッフェ美術館も写真美術館も楽しかった。

「富士と東海道」2011.04.24~8.30
ヴァンジ彫刻庭園美術館

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山口晃と竹崎和征のふたりが「東海道」をテーマに三島に滞在して描いたという作品の展示。
アーティストトークの次官になって会場に行ってみると、さすがに山口晃の作品もちゃんと展示してあったし、いつものようにひさしが付いていたり、木が打ちつけてあったりと絵だけではなく、彼らしい会場が出来ていた。
その雰囲気はまるっきり作風の違う竹崎和征との見えないつながりがそうした造作から出てきそうな感じがしたほど。

ふたりとも種類は違うけれど、やんちゃ坊主がそのままおとなになってしまったかのような雰囲気も共通していたかもしれないなぁ。

夏(といったと思うんだけど)に3週間滞在して作品を作った竹崎さんと数日前に来て2,3日前に三島の町を案内してもらって絵を大急ぎで書いた山口さんと・・・・山口さん、シンガポールでもいま個展をやっているんだけど・・・この日が初対面だったとも言う。

いつもの山口さんのペースだったのにそれに振り回されなかったキュレーターの岡野さん(?)も山口さんに負けず劣らずすごい人かもしれないし、どこか親しみやすく、(実際にはそうではないのかもしれないけれど)少年のような竹崎さんの絵も、コンセプトを伺った後はもう一度じっくり見たいなと思わせるものがあった。

三島の街を大急ぎで見て描いた山口さんが、竹崎さんの「三島に限らず東海道をテーマにした絵・・・」といったことを口にした途端に「三島じゃなくてよかったんですか?」と訪ねていたのがとても印象的だった。

まあ、相変わらず抱腹絶倒のアーティストトーク(彼の場合は他の人が発言している間も手で笑いをとるからなぁ)でとても楽しかった。

最後の質問の時間で会場からは山口さんに「着色はしないのか」という質問が出て、これに対して「つけるものもあるかもしれない・・わからないけど」と。

この一言で、「もう一度色がついたかどうか見に来なくちゃね。」とクレマチスを自分でも育てていて、花のさかりに来たかったなぁと言い続けていた友達の目がキラッと光ったのは言うまでもない。


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シュルレアリスムのチャリティコンサート

本当は今日はフレンチ・ウィンドウ展に行くのが目的だったはずなのだが、ついふらふらと国立新美術館へ。
もちろんお目当てはシュルレアリスム展のはずだったのだが、そこで見た一枚の掲示。
「シュルレアリスム展 チャリティコンサート」・・・出演は鈴木重子とウォン・ウィンツァン・・・・
ん?ウィンツァン?

彼の名前が身近になったのは東日本大震災からなのだ。
彼のファンである友達が、「インターネットで地震で被害を受けた方たちのために毎晩ライブをやってる」と聞いて、時間のあるときには聞くようになっていたのだ。
もちろん、Cosは直接的な被害を受けたわけじゃないし、電車が止まったり、計画停電があったりという程度には不便を強いられていただけ。
それでも、ピアノの演奏はどこか澄んだピアノ。
家事をしたり、他のことをしたりしながらだけど聞いていたピアノ。
それが今日突然聞けることがわかって\∥^O^∥/

ヴォーカリストはたおやかなという言葉が似合いそうな鈴木重子さん。
静かな流れるようなピアノのウォンさんとならぴったりだったかも。

公演は2回あったのだけど、1回目は時間にかなり遅れてしまって最後の方だけ聞いてからシュルレアリスム展へ。

シュルレアリスム展は今日で二回目。
前回見てよかったものをもう一度見たい、前回ちゃんと見なかったものを今度こそみたい、ということでポイントを絞って見学。
やっぱり、マックス・エルンストとかジャン・アルプとかルネ・マグリットとか・・・
ただ、不思議に思ったのは午前中に見たフレンチ・ウィンドウ展にも出品されていたビン乾燥機がこっちにも出ていたこと。
いくらレディメードだと言ってもなんとなく変な感じ。
レディメードの商品を「芸術」と言って展示するのは芸術には違いないかもしれないけれど、Cosの趣味じゃないからどっちでもいいんだけど・・・

サラッと見てからロビーの演奏会場へ。
なるべく前の席と思ったのだが、これはちょっと失敗だったかも。
スピーカーが近くて歌っている鈴木重子さんの生の声とスピーカーの音がなんとなく違和感があるのだ。
でもピアノがしっかり見てしっかり聞けたからそれはそれでOK。

2回目の最初の曲はピアノ・ソロ。
なんとなく、どことなくイヴ・タンギーみたいな曲だった。
あとから「シュルレアリスム展を見たらアブストラクトになった」のだそうだが・・・
普段はちゃんと聞いてないから意識してなかったけれど、こういう演奏もいいなぁ

鈴木重子さんの歌も「マイ・フェバリット・シングス」がなんだかとっても嬉しかった。
もともと好きな曲ではあるし、「元気をだそう、がんばろう」という感じ
もっと静かに歌うのが彼女の持ち味なんだろうけれど、今日の気分にはこっちが良かったような気がする。

そして最後のアンコールの「ふるさと」
樹木葬で必ず歌う歌。
きっと日本人の心の歌になっているんだろうな。

ふるさとが、今までのふるさとからすっかり変わってしまった方達がいて・・・
実はこの方たちだけじゃなく、日本という国がこれから変わってしまうのかもしれない岐路にたっている今にふさわしい歌かも。

・・・あぁ・・・今日は本当は4時ぐらいには母のところに行っているつもりだったのだ・・・
でも大急ぎで会場を出たのが4時。
もちろん母は怒らないけれど、その分時間が押せ押せになってしまった∥>_<∥

ま、ウォンさんに毎晩のお礼を言えたから良しとしよう。

今夜はライブがお休みだけど、また明日のライブを楽しみに\∥^O^∥/

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2011.04.22

芸術は爆発だ---岡本太郎展

実のところCosはずっと長い間岡本太郎が好きじゃなかった。
あの太陽の塔・・・取ってつけたような太陽の塔が嫌いだったのだ。

それが変わったのは川崎の岡本太郎美術館に行った時から。

あの奇を衒ったかのようなパフォーマンスと作品の底には奇を衒っただけではなくもっとどこか本質的なものが見えることに気がついたんだろうか?

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というわけで楽しみにしていた岡本太郎展。
国立近代美術館で2011.5.8まで。

最後のほうでタモリと「「なんだこれは?」と言われないとダメ」なんて話していたけれど、その言葉の意味が以前に思ったような「なんだこれ?」と言われるようなものを作るんじゃなくて、誰がなんと言おうと、自分がいいと思ったものを作るんだという意味にも聞こえてきた。

でもやっぱりCosがいいと思ったのはあんまり人が「なんだこれ?」とは聞きそうもないものばかり。

「夜」白い服を着た少女が後ろにナイフを隠し持ち、闇の森に対峙している。森の中には誰か・・・髑髏かもしれない・・・が居る。

清楚に見える少女と髑髏にも見える森の中の不気味な人物と。
だけど本当は不気味なのはどっちなんだろう?

そして、痛ましき腕
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これは戦災で失われたものを再構築したのだという。

この他にもいいなと思う絵などはいくつもあったし、かつては嫌だと思ったものも今あらためて見てみるとその良さがわかったりもして面白かった。

そして、以前から好きだった「母の塔」(これは川崎の岡本太郎美術館に行ったときのもの)
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やっぱりいいなぁ

この他にこどもの城にある子どもの樹や座ることを拒否する椅子も楽しい。

やっぱりCosなんかの理解の範疇を超えた人だったのかも。

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2011.04.21

地理学者--フェルメール

ふと目を上げた地理学者、彼の目には何が写ったんだろう?
もしかしたら、それは彼に大きな発見をもたらしたのかもしれない。
もしかしたら、それは彼の一瞬の気の迷いだったのかもしれない。
もしかしたら、それは彼が密かに思いを寄せている人だったのかもしれない。
もしかしたら、それは彼を捕らえたひとすじの陽の光だったのかもしれない。

観る人に「なぜ?」と思わせる地理学者の表情・・・
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Bunkamura「フェルメール 地理学者とオランダ・フランドル絵画展」(2011.5.22まで)
いろいろな解釈の出来る絵は楽しい。
じっと見ながらいろんなコトを考えて・・・幸いにも余り混んでなかったので、じっくりと見てくることができて\∥^O^∥/

フェルメールが本当に好きな人は絵の中の一つ一つの部品にまで行き届くんだろうけれど、残念ながらCosはそこまでじゃないから、同じ絵を見ていても見方が浅いんだろうな。

Cosには地理学者が一生懸命仕事をしているのに何かにふっと気を取られた一瞬を捉えている、その時間の切り取り方に一番感銘を受けてきた。

フェルメールだけじゃなく、オランダ・フランドルの絵画もなかなか面白かった。
オランダではお金を持った商人たちもが絵を購入するだけの財力があったからか、肖像画でない絵が多くある。
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こんな花の絵や風景画、特に海景画がとても面白かった。

どっちももう一度見に行きたいなぁ・・・


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東京大仏

板美に行ったついでに、前回は時間が遅くて行けなかった東京大仏へ。
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と、見たとおり「大」仏というのはちょっと小さいかな。

とは言え、これだけの大きさのものを作るのは大変だったに違いない。
「道路の保証金で作った」といったようなことも書かれていたけれど、それだけでは足りなかったんじゃないかなぁ・・・

ここは乗蓮寺というのだそうだ。
歴史もあって、もともとは板橋宿にあったのだけど、道路拡張で赤塚に引っ越してきた・・・
となると檀家も少なくなったのかなぁ??

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寺の敷地にはこんな感じの藤堂家ゆかりの石像がいくつも置いてある。
ぐるっとひと回りするとそれなりに観るものがある・・・というわけ。

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こんな池もあるけれど、ここだけで「観光」というのはちょっと難しい。

Cosの印象に残ったのは
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天保飢饉供養塔に備えられた小さなお地蔵様。
「飢饉」という言葉は今の日本で使うことはないけれど、地震が起きたときの被災地では食べるものも充分ではなかったと聞いている。
東京で大きな地震が起これば「明日はわが身」なのかもしれない。
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2011.04.18

江戸民間画工の逆襲

なんで「逆襲」なんだ??
と思いながら行ってきた板橋区立美術館。
2011年5月8日まで「江戸民間画工の逆襲」という展示を無料(ここにCosは惹かれたのかも)でやっているというのだ。
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これがどうして、無料だからといって馬鹿にしてはいけない。
絵としてすごい絵があるわけではなさそうだけど、とても面白い展示だった。

まずはいってみると「お座敷でどうぞ」

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こんなふうに座布団が置いてあって、のんびりと座って屏風を見ることができるのだ。
座った途端に肩の力がすっと抜けて、豊かな気分になる。
あぐらをかいて絵の前で「ああでもない、こうでもない」
それだけでも楽しくなってくるのに、展示室に入って絵を見始めたら
「雪の日の朝」というタイトルは
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酒井抱一の「白梅雪松小禽図」につけられていた。
それどころか、
「カボチャ顔の市兵衛さん」とか
「亀の甲羅みたいな富士山ダナァ」とか
「ガオッ、おいらは虎だ」
・・・なんていう新タイトルがそれぞれの絵につけられているのだ。
もちろん本来の作品名も書いてあるけれど、新タイトルがおかしくて、静かな美術館じゃなかったら大笑いをしていたかも。

「幕府御用絵師の狩野派に対抗して、労働者層を皮切りに武士階級にまで需要を高めていき狩野派の地位奪還を計った江戸民間が弾の絵師たちを紹介」
ということで高尚な理念を表現するためでなく、例えば糊口をしのぐために書かれた絵もあるだろうし、どうやったら売れるかということを考えて書かれた絵もある。そんな絵師ではなくて画工は実際には庶民に近い存在で、絵を見た人たちはきっとこの新タイトルと同じようなことを考えたに違いない。
なんて素直に思えてしまうのだ。

なにしろ、一枚の絵にあれやこれや季節にむとんちゃくに花の絵を書いてみたり、
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これは新タイトル「食べられたバッタ」。
解説には鶏がバッタを捕まえて食べた衝撃で花びらとめしべがはらりと落ちてきたといったことを書いてあったけれど、実際に落ちてきているのは花びらとおしべだったりするんだけど・・・ま、それはそれとして・・・見ているだけで笑える。

中には「お経で描いたお坊さん」(作品名「五百羅漢図」)
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この絵をよく見ると輪郭線が漢字(これがお経なんだろうなぁ・・)で書いてあったりするのだ。
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この新タイトルをつけた人(たぶんここの学芸員さん?)とこの絵の発想とはいい勝負。

展示室内にも
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こんなふうにお客さん以外の「さくら」がいたりして・・・

本当に愉快な展示だった。
この板橋区立美術館はなかなかいいんだけど・・・駅からもかなり距離があってちょっと不便なのが玉に瑕なのだが・・・
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と。
さすが!

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2011.04.16

金澤博SOLOuta

4月9日に友達に誘われての武蔵村山で「金沢博SOLOuta」を聞いてきた。
「歌」なので、Cosは全く知らない分野。

4月9日といえばまだまだあちこちで「自粛」ムードが濃厚で地震も多くこの武蔵村山市民会館さくらホールでも開演できるかどうかかなり厳しい物があったらしい。
周囲の人達の尽力で開演にこぎつけたと言うが、何が起きるか分からない状態での準備も大変だったんだろうな。

そんなことは何も知らず、「ワンコインコンサート」・・・500円で音楽が楽しめるというのでうきうきしながら、どんな歌が出てくるかもしらず、クラシックの友達が誘ってくれたからクラシック系かなぁ・・・SOLOだからテノールかなぁ・・・なんて別な友だちと一緒に車で1時間。
今までこっちの方には殆ど来たことがなかったんだけど、思ったほど遠くなかったので、こっち方面も少し行きやすくなるかな?

内容はミュージカルの歌だったので聞きやすかったし、MCも愉快でとても楽しかった。
やっぱりミュージカルということで声楽らしい声の出し方をしていた。

これからこの武蔵村山でヴォイストレーニングの講座をやるらしい。
歌じゃなくて声の出し方のトレーニングなんだろうか??
それはそれでまた面白そうな気はするなぁ・・・

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2011.04.13

アーティストファイル2011

国立新美術館の学芸員たちのおすすめの作品を集めたアーティストファイル2011。
2011年6月6日まで

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実のところここに出てくる作品のうちCosがいいなと思うのは2つか3つ。
それどころか、例えばこのふくろうの着ぐるみ(?)のインスタレーションはすごく惹かれるものはあるんだけれど、いいのか悪いのかさっぱりわからない。
でもしばらく立ち去ることができないのだからそれなりに意味があるような気がする。
好きか嫌いかはわからないけれど・・・・

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今回一番惹かれたのは彼女、タラ・ドノヴァン。
これはマイラーテープという針のあるテープを輪にしたものを貼りつけて作っている。
ぴったり下に付いているものと少し浮いているものとでは微妙に色が違っていて、その違いがまた面白かった。

彼女のもう一つの作品はストローを無数(の訳はないけれどそう見える)に貼りつけて作っていた。
長さを変えて凹凸を作ったたくさんのストローがその切り口を見せて並んでいる。
正面に経つと、ちょうどいい位置にあるストローの中にだけ自分の影のようなものが見える。
自分が動くとその影のようなものも一緒に動いて、不思議な感じ。

ちょっと不思議な感じがしたのはインクのニジミを見せているかのような岩熊力也の作品。
どこかマーブル染めの延長線上にもあるように見えて、面白かった。

あっけに取られたのは鬼頭健吾。
広い部屋の床一面に繋ぎ合わされたスカーフが風に動いている。
なぜスカーフなんだろう??

毎年、このアーティストファイルは思いも寄らない新しい表現があったりして楽しみなのだ。
今年はタラ・ドノヴァンだったけれど、来年はどんなものが出てくるんだろう???


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2011.04.11

東博の春

相変わらずバタバタしていて(時間の使い方が下手なのもあるなぁ)のんびりと見ることが出来なかったんだけど、東博の常設に行ってきました。

まずは春の庭園開放。
ここは桜の名所でもあって、他のところとはちょっと違う桜が楽しめる。
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藁葺き屋根と桜。
この組合せは居間では見るのも難しくなってしまっている。
どうせなら掃除をしている人の衣装も、もうちょっと考えてくれるといいのになぁ・・・

この日は(この日だけに限らないと思うけれど)カラスが沢山いて、お茶を飲んだりしている人たちを遠巻きにして眺めているかのような雰囲気がある。
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中庭のそばの木からはときどき録音したカラスの鳴き声が聞こえてくるのはこのカラスたちが近寄らないようにするためだったのだろうか??

カラスも集団になると怖いからなぁ・・・

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これは先だっての地震で傾いてしまったらしい五重塔。
こうやって柱と見比べるとかしいでいるのがよくわかる。

建物の中に入ると今日の目的である花下有楽図屏風の話を聞く。
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左隻では
桃山時代に花見をして遊んでいる人たち。
竹の子族のように(と解説された)刀の鞘を持って踊っていたり、手をひらひらさせて今と同じように踊っていたり、お弁当を持ってきて花見の宴だったり・・・

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真ん中の一枚が無くなってしまった右隻。
大正時代の関東大震災の時に修理に出していて、そのまま失われてしまったのだそうだ。
奇しくも同じように、あるいはそれ以上に大きな被害の出た地震が起きてしまった。
東京では余り大きな被害はなかったけれど、美術館の多くは閉館していた。

亡くなられてしまった方達、そして今生きていらっしゃる方たちために
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あの日からちょうど一ヶ月。

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【定点観測】 満開

10日の日曜日には桜はすっかり満開。

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結構朝早い時間だったのに、早速ブルーシートがしかれていて花見の準備の真っ最中。
さすがに照明などの準備はないから、昼間のうちに楽しんで、夜は静かになるのだろう。

今は

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選挙の帰りだろうか、こうやって散歩する人の姿が目立った。

この日は都心まで出かけたのだが、都心でも、
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うまく写真には撮れなかったけれど、対岸では楽しそうに花見の宴を開いている集団もいた。
こうやってみんなで自然な形で花見が出来ればそれでいいな。


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2011.04.09

光と闇とレンブラント展

レンブラントというと人物画、それも自画像というイメージがしてならなかったのはCosだけだろうか?
そのレンブラントの版画ということで、楽しみにしていたレンブラント展
(2011年6月12日まで 国立西洋美術館 この後名古屋市美術館)

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これを見ると、相変わらずの自画像。

実際に行ってみたら必ずしも肖像画ばかりではなかったし、版画だけというわけではなかったのが嬉しかった。
版画以外ももちろんあったけれど、版画に注目して構成されていて、最近版画を見る機会の多くなったコストしてはとても楽しかった。

美術展のタイトルの「光と闇」・・・光と影ではなく闇。
光によって生じる影ではなくて、光の当たらない闇の部分にも光を当てているわけだ(?)

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(三本の木)

たしかに3本の木には光が当っている。でもその光はから当っているのであって、こちら側は闇。
光に注目を集めているように見えて、実際にはこちら側は周囲の闇に注目してしまう。
光に満ちている向こう側は希望なのか羨望なのか・・・
光の当たる向こう側に行くことができるのか、見つめているだけなのか・・・
光は願望で、闇は現実
3本の木が描かれているだけだけど、見ているといろいろなイメージが浮かんでくる。
「第1章 黒い版画」のところにある版画でパッと見ると白い部分が多くとても明るいのだけれど、じっくり見ると黒い部分が気になってしまうのだ。


Cosは今ひとつ人物画が好きではないので、人物画はちゃんと見てないし、おもしろいと思ったものもなかったんだけど、絵の中に人物が沢山出てくるけれど、聖書を題材にしたものが面白かった。
「第2章 淡い色の紙」
では普通の紙と日本から輸入された和紙との対比をしている。
普通の紙は真っ白だけど、和紙はクリーム色がかっているから淡い色。
(時間が立っているので淡い色というよりは茶色っぽい色に近いけど)
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(病人たちを癒すキリスト (百グルデン版画))

同じ版画が2枚並んで掛けられている。
一枚は普通の紙に、もう一枚は和紙に印刷された物の2枚が並べて掛けられている。
たぶん紙の色が他のものと違っているので和紙に印刷されたもの。。
なんとなく、他のものと比べても和紙のほうが柔らかな感じがするような気がする。

2枚を比較すると、最初は和紙のほうがくっきりと鮮明に出るような気もしていたんだけど、作品によっては普通紙のほうがくっきりとしているように見えたりして一概に「どっちがこう」と言い切ることができるものがあるのかどうかはよく分からなかった。

ただ、目に入った瞬間には同じものが2枚あるようなのに、にやっぱり並べてみると感じ方もちがう。

レンブラントは同じ絵でも、最初の方に印刷したものは当時貴重だった和紙を利用したりして、付加価値をつけて売ったりもしていたそうだ。
今ならさしずめ「◯◯の皆様だけへのサービスです。今回に限り、普通紙ではなく遠い日本という国で作られた和紙に印刷した特別バージョンをお分けします。この和紙というのは・・・、この素晴らしい和紙に印刷すると版画はこんなにも素晴らしくなります・・・」といったところだろうか。
やっぱり商売上手だったのかなぁ
(その割には破産もしてるけど)

同じ絵を和紙に印刷してみる、オートミール紙に印刷してみる、といったいろいろな印刷に対する試みばかりではなく同じ一枚の版画を色々と作り替えていたらしい。

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(三本の十字架)

この三本の十字架にいたっては2枚どころか何枚もの同じ絵(に見える)がある。
「ステート」ごとに少しずつ作り替えているんだそうだけど、その違いをじっくり鑑賞するのにはちょっと人が多かったのが残念。

もちろん版画だけでなく油絵もあったけれど、今回の版画の面白さに比べるとやっぱり今ひとつだったかな。

チケットを頂いて大喜びで観てきたレンブラント展、「レンブラント」+「版画」に感心はすごくあったけれど、人物画のイメージが強かったレンブラントなので、そんなことがなければ「見たい」と言い続けはするだろうけれど、やっぱり見に行かずに終わらせていたかもしれない。ありがとうございました。

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2011.04.08

地震の発光現象?

地震の発光現象というのは見たことがないので、ここで見えるもののうちどれがそうなのか、あるいは全部がそうなのかはわからないけれど、昨日(2011.04.07)の地震でTVに写ったらしい。

というはなしも出ていたのだが、どうやら本当は単なるアーク放電だったらしい。
ちょっと残念。

(この光全部がそうなのか、それとも最初の方の大きなビルの向こう側のがそうなのかは分からないけれど、なんだかこわい。)

昨夜の地震はまるで自分が板か何かの上に乗っていて、その下が揺れ動いたという感じの地震。自分の足の下が心もとない感じがしてとても不安。

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2011.04.07

シュルレアリスム展

ずっと行きたかったシュルレアリスム展。
2011年5月9日まで(たぶん・・・地震の影響で日程が変わったりしてたりするかも)国立新美術館

亡くなる人があったり、入院する人があったり、地震で閉館しちゃったりで行くチャンスをずっと逃してしまっていたのだ。
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これを見た時から行きたくてうずうず・・・∥^o^∥

イヴ・タンギーはドキッとさせるようなものもなく、(他と比較すると)そんなに派手でもないけれど、静かにじっくりとその世界に入りたくなるような作品。
実物も柔らかな気持ちで楽しく見ることができた\∥^O^∥/

もう一枚の表紙の
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これと比べるとその差が歴然とする。ルネ・マグリットももちろん大好きななのだが、これを見ていて静かにじっくりという雰囲気にはならない。こっちは見た瞬間にドキッとして「おぉ~」と受け止めながら観るような感じ。
真っすぐ立って、負けないようにしっかりと観る感じかな。
どこか研ぎ澄まされた精神と対峙しているような気がしてくる。
それはそれで、Cosにとってはのめり込むことのできる作品だから嬉しいのだが・・・

というかCosの好きな作品があっちにもこっちにもあるのだ。
マッソンもなかなかいいなぁと思ってみたり、マン・レイの作品はそんなに好きじゃなかったのに、「数学的オブジェ」なんて見ちゃうとドキドキしてくる。

ブローネルの「狼・テーブル」はオオカミの頭と尻尾の剥製を利用しているんだけど、これがまた最近アチラコチラで見かけたりするのに共通したものがあるなぁと思ってみたり、

エルンストの初期の作品はどことなく違うような感じがしてみたり・・・
とてもとても一度では満足できそうもない。

のんびりのんびり見に来たいなぁ・・・・

なんて思いながら駆け足(のつもりだったけれど、実際にはかなりのんびりだった∥^o^∥)で観てきた。
なんとか時間を作ってもう一度行きたいなぁ

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2011.04.06

都知事候補

都知事選は次の日曜日。
近くの掲示板には5人だけが掲示されている。

今日、除籍謄本を取りに行った区役所の掲示板には8人の候補がポスターを張っていて、都心はすごいなぁと思ったのだが・・・もっといるらしい・・・・

今回の選挙は選挙カーも来ないし、本当に静かな選挙。
そして今一番関心があるのは選挙よりも放射能。

東京を放射能から(基準をごまかすのではなく本当に)守ってくれる候補者が入れば・・・と思うけれど、入れたい人もいない。
でも、地震も津波も天罰なんかじゃない。

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【定点観測】11.04.06

まだもうちょっとみたいだけれど、この暖かさですこしずつ花が開き始めた。
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近くの小学校では今日が入学式。入学式に桜が咲いてないなんて・・・今までこんなことはなかったような気がする。
温暖化だと思ったのだが・・・
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ちょっと場所を移動するとちゃんと花を付けている木もあるんだけどなぁ・・・

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【定点観測】11.04.05 ちょっと開き始めた

なかなか毎日はいけそうもないけれど、4月5日。
この日は暖かかったのでちょっと花が開き始めている。

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さすがにまだ花見の人はいない。
でもしっかりつぼみは膨らんで

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今年の春は遅かったけれど、もう一息。

Cosの春は??

一応参加しておこう。
ブログネタ: 【写真ネタ】あなたの街の「桜」を撮って!参加数拍手


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2011.04.04

2011.4.03 まだ・・・

今年はあれやこれやとあるので、定点観測がなかなか難しい。
ありがたい事に今年の桜は遅れているので、なんとか一枚とることができた。

P1050594

場所によってはホンの少し開いているところもあったけれど、ここはまだまだ。

それに・・・
昨日は写真をとれたけれど、今日は写真を撮る余裕がなかった、残念。

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2011.04.03

シュールな数学の世界

時々思うことだが、Cosがシュルレアリスムが好きなのはその中に数学が見え隠れしているからかもしれない。

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これは数学の式

Gomi


を表している。シュールな世界じゃないだろうか?

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2011.04.02

美しいリトグラフの世界

4月に入って少しは時間が出来て、美術館にも行けそうになってきたけれど、午前中にうちの仕事をして、午後から母のところに行くとそれ以外どこへ行く時間の余裕も殆ど無い。

が、「町田国際版画美術館で、『美しいリトグラフの世界』が2011年4月3日まで」と聞いたら矢も盾もたまらず、片道30分、見る時間30分という強行軍で行ってきてしまった∥^o^∥
20110402_001
版面に描いた線をそのまま版画として写し取ることのできる自由さがリトグラフにはあるのだそうだ。

版画美術館ではちょうど今日リトグラフの刷りの体験があったのだが、時間の殆ど無いCosはちらっ、ちらっと観るだけで大急ぎで会場へ。

一応、「美術鑑賞」のはずだったのだが、
20110402_00202
このリチャード・バークス・ボニントンの「古きフランスのビトレスクでロマンティックな旅より」のシリーズは「美術」というよりも19世紀のパリの様子をじっくりと観察してきたような気がする。
パリの町の窓には日除けだろうか、布のようなものが下がっていたり、布団みたいなものが干してあったりと絵を見ながらおもわず、「これはなんだろう?」・・・

こういう見方はちょうど今風景写真を見て感じるのと同じ。
この部分では絵画が(今回は版画だけど)写真にとって替わられた分野なのかもしれない。

が、決して写真にとって変わることのできない分野もたくさんある。
今回よかったのは
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ドラクロワの「空をとぶメフィストフェレス」
生き生きとした羽を持った悪魔。
ゲーテのファーストの挿絵。
悪の化身なんだけどどこか憎めない。
この絵ではないけれど、同じシリーズの安息日に働かされている馬たちもいかにもその日が安息日だと理解した上で働いているのだという顔をしているのが面白かったりもした。

そして、ぱっと見た瞬間にルドンの絵だと気がついた「キリスト」
ここに画像があった)

なんでこんな表情をしているんだろうとしばらく目が離せなかった。この雰囲気がルドンの黒の世界につながっていく感じなのだろうか?

短い時間でざっと見ることしかできなかったし、版画美術館にしては人が多くて、静かにのんびりという雰囲気からはかけ離れていたけれど、見ることができてよかった。

そろそろ時間が取れるようになってきているはずなので、もうちょっとすれば絵を楽しむ時間もしっかり取れるんじゃないかな。
それまではもうちょっとの辛抱・・・だといいなぁ・・・


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2011.04.01

近況報告

このところあっちもこっちもバタバタしていて、美術展を見に行っていなかったわけでもないけれど、書けずにいました。

バタバタしていた一つは我が家が一番近しい身内になる方が亡くなったことだし、もうひとつは母が入院して無事に退院したことだけど、もうひとつ、20年間働いてきた職場をやめました。
やめるに当たっては色々とあったし言いたいこともたくさんあるけれど、それはそれとして、4月からはフリー(というとき声がいいが要するに無職)になりました。

無職になったと言っても暇なわけではなく、亡くなった方の後始末(これがかなり大変そう)や退院後のフォロー(これはあと1ヶ月ぐらいかな?)があるので忙しく暮らすことにはなりそう。
本当は仕事をしないと困ることになるのが眼に見えているんだけど、とてもとても新しい仕事の取り掛かれるような状況ではないので、今年度は無職で過ごすことになりそうな気がする。
仕事が無いのはとても不安だし、出来る仕事を探そうとは思っているけれど、今しばらくはできそうもないなぁ・・・
この機に勉強するのもいいのだけど、その暇もまだ無いのだ・・・_| ̄|●
(ふぅ、つかれた)

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