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2011.02.27

花粉かな?

今年は花粉が多いと言われている。
我が家でも花粉症くんは早速医者通い。

Cosは・・例年微妙に「かふんだろうか?」という程度のムズムズ感が2,3日あったりなかったりなのだが、昨日あたりから鼻の奥がなんとなくむずむずしている。

が、それだけじゃなくて、体中がなんだかむずがゆい。
皮膚の表面がなんとなくちりちりするようなかゆみがある。
う~~ん、皮膚は弱いからなぁ・・・そっちにアレルギー症状が出ても不思議はないんだが、人前でボリボリ体を描くわけにはいかないからなぁ

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人工血管置換術

母の手術はかなり大変らしい。太くなった動脈を人工血管に取り替える人工血管置換術だそうで、6時間程度の手術になるのだそうだ。

術後は痛みもかなりあるし、いろいろな合併症も心配しなければならない・・・・・

が、今の母は元気なのである。
接しているだけではどこにも異常がなく元気いっぱいなのである。
だからCosたちもそんなに重大なこととはなかなか感じられないし、手術が終わったらきっと「手術の前はあんなに元気だったのに」と思うことだろう。

しかも手術が成功しても、今より元気になるわけじゃない。
おそらく気をつけなければいけないことが増えて、からだも弱くなることだろう。

いつ破裂するかわからない動脈瘤、一旦破裂してしまえば死に至る(のが確実ならそれはそれで諦めがつくけど)可能性もあるし、死に至らないまでも、緊急手術をすることになって今とは比較にならないほどリスクが高くなる。

手術が出来る病院も限られているらしい。


主治医はリスクの話しながら不安と心配でいっぱいになっている母の肩をにっこり笑いながら抱いて、「大丈夫ですよ。一緒にがんばりましょう」と言ってくれて、母はいっぺんに彼のファン。

がんばれ!!

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2011.02.11

もう笑うしかない??

私事ですが・・・

ケアホームにいる義姉が多臓器不全を起こして入院しました。危篤になるかどうかはここ数日が勝負だそうですが、体力もないし難しいかもしれません。
まだ、危篤というわけではないので仕事は休んでいませんが、終わるとそのまま病院に直行する日が続いています。

【追記】2月12日に逝去しました。これからまだしばらく忙しい日々が続きます。

母は動脈瘤で手術の予定。「簡単な手術」というわけには行かないようです。
不安がっているけれど、とても今は行く余裕はなくて・・・ごめんm∥_ _∥m
Cosの仕事も激動する予定。

どっちを向いてもどうにもならないことばかりが立ちふさがっていて・・・笑うしかない・・・状態。

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2011.02.10

エル・アナツイのアフリカ

「アフリカの現代美術」という言葉に惹かれてみたいと思った「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」
神奈川県立近代美術館葉山館で2011年3月27日まで

201103_001

「アフリカの現代美術を代表するひとり」というエル・アナツイさん。
が、タイトルに「アフリカ」とつくほどにアフリカの現代美術については知られてないということなのだ。

会期が3月27日までなので、今年度の仕事が一区切りついたら行ってこようかなと思っていたのだが、
bloger招待!撮影可!!」の言葉を見た瞬間に、午前中は仕事のある土曜日なのに「行きたい!!」
本当は13時30分からのアーティストトークを聞きたかったのだが、土曜日は時間の融通が一番きかない曜日でもあり、そっちは泣く泣く断念。

入り口には大きな(とその時には思ったのだ)メタル・タペストリーがかけられていたけれど、まずは順に見ていくことにする。

最初は旧作の木彫りの作品。ここには楽しい作品が多かった。一つ一つの材料がどこから来たのかは確認しなかったけれど、これはたしか、廃材になった臼と流木を使って作った「あてどなき宿命の旅路」。
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使われなくなったものを利用して何かを作るという発想は最初から彼の中にあったのだろう。

使われなくなった物・・・次に彼が使ったのが、新聞の版。
新聞って、版を作って作るということだけは知っていたけれど、実際にどういうものを作ってるのかも知らなかったCosとしてはそっちも驚き。

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これを見ていると、かつて新聞紙は包装紙としての用途もあったのに、いつの間にかショッピングバックにとって変わられている。
使い古された新聞が、小奇麗な紙の手提げにとって替わられているなんていう風刺かなぁ・・・なんて思ってみたりもした。

そして、彼の本領発揮、メタルタペストリー
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壁にかけられた大きなタペストリーは柔らかなドレープを描いている。しかしそばに寄ってみると布ではなく、いろいろな金属の廃品で作られている。
ビデオを見た限りでは一つ一つを(たぶん)木槌で叩いて平にしたものを動線でつないで作っていた。
もちろん彼一人ではなく何人もの人の手によって作られている。
ただのゴミが大勢の人の手によって一つ一つのパーツになり、沢山のパーツが集まって柔らかな曲線を描くタペストリになるのだ。

P1050455

ピンぼけになってしまったけれど、これは「移動する大陸」に一部。
遠目にはきれいなタペストリだが、近づいてみると一つ一つのパーツが瓶のキャップ(?)をつぶしたものなのだ。いわゆるゴミ出来ている。
ゴミを使ったアート作品はなんども見たことがあるけれど、そうした作品と違って「ゴミ」であることに気づいたときの衝撃はずっと大きい。
そこにどんな意味を感じるかは見る人ひとりひとりのもの。
でも、ごみ問題に対する警鐘を感じる前に、たくさんの人の力を感じる前に、まず作品自体の持つ良さが伝わってくる。
アナツイさんの思想が何であるにせよ、その思想は全面には打ち出されていないのだ。
打ち出されてはいないけれど、そばに寄ってみたときにはいろんなことを自然に考えさせるのだ。

ある意味で金属でできたパッチワーク、材料だけじゃなくて、色々な思いのパッチワーク・・・

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これは展覧会の案内にもなっている「グリ(壁)」
海の見える窓のある葉山ならではの展示だ。
カーテンの向こうに透けて見える人や窓、そこには柔らかな空間ができている。
たくさんのリングで作られたカーテンの向こうを歩く人、こっちを見ている人、それもまた作品の一部。
逆光なのでリング一つ一つの色が見えてこないけれど、実際にはもっと華やかなカーテンなのだ。

この窓の向こうの海岸にもきっとリングが打ち捨てられているのだろう。
なんて思いながら・・・

そういう思いを一層大きくしたのがこれ。

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光り輝く金属の円盤が建物の中庭に出る出入口のスペースをふさいでいる。
これは建物の外から見ることができて、こんな感じ。

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今にも溢れ出そうな感じ。
が、でていけばゴミ・・・・
こんなに輝いていてもそばに寄って見れば輝いているばかりじゃないし、中と外を隔てているのは一枚のガラスだけ。
(あっ、美術館の中庭にはゴミは落ちてませんが・・・海岸まで行けば有るでしょう・・・たぶん・・)


レセプションで挨拶をするアナツイさん。

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仕事が終わってから会場に駆けつけなければならなかったCosにはとても無理だったアーティストトーク、その代わりにはならないけれど、彼の話を聴くことができて\∥^O^∥/。

P1050564
ちょっと遠くていくのも大変だったけれど、アナツイさんの作品を楽しんで外に出てみると葉山の海が光っていた。

彫刻家「エル・アナツイのアフリカ」はこの後、山形、埼玉に巡回するそうだ。
埼玉近美だったらあの大きな窓のある部屋に「グリ」を展示するのだろうか?
お日様の光を浴びて光る彼のタペストリーも見たいなぁ


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