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2010.01.22

ウイリアム・ケントリッジ展

お正月に写真美術館で石田尚志のアブストラクトアニメーションを見てからどうしても見たかったウィリアム・ケントリッジ・・・ありがたい事に先日チケットを頂くことができた(感謝感謝m∥_ _∥m)

となると居ても立ってもいられずに早速行ってきた国立近代美術館。
P1020436

一枚一枚手で書いていったモノを重ねて作ったアニメーション。
CGが全盛の今の世の中で実際には使っているのかもしれないけれど、手で描き動かすアニメーションを二つ見たことになる。

一枚一枚を描き、それを撮影してはさらに書いていくというケントリッジの手法は一番最初のアニメーションの時代からあり、その暖かさはCGにはとても表すことができないのではないかと思えるほど。

が、ケントリッジは全体としては温かさを感じはするものの、取り上げている題材は南アフリカという国の人だからということもあるだろうけれど、政治的なにおいがする。

おそらく、一つ一つのエピソードは見る人が見れば何を揶揄しているのかがわかるのだろう。

その作品は一つ一つのコマごとに一枚の絵を書くのではなく、ひとつの絵を一こま一こまとりながら絵そのものを変化させて行く。だから、アニメーションが進むと景色れなかった前の絵のあとが残っていて、それがまた深みを添えている。

ケントリッジはどうがをつくるだけでなく、左右両側の壁のドローイングを部屋の中央に(たぶん)45度ずつの傾斜をつけた鏡で左右同時に見ることで立体的な像を作ったり、円筒型のアナモルフォーズが動く作品を作ったりして、いろいろな表現法を試してい見ている。

彼のインタビューの中にこの円筒形のアナモルフォーズの作品が写っているYoutubeはこちら

立体視をさせる作品の中には「デューラーの測定法の教則より」(from series Underweysung der Messang)というシリーズもあって、忘れえぬ人がいたり、切頂多面体があったりして動かない絵も楽しむことができた。

殆どの作品が白と黒を基調に作られていて、そこに一色赤のラインがあったり水色が水になったり・・・色自体にまでメッセージが込められているような感じすらした。

美術館側もいろいろと工夫をしていて、広い部屋に5つの作品を同時に映写しているところでは音声ガイドのようなトランシーバ(?)を貸し出して、それぞれの映像の音を聞けるようにしていた。
このガイドのおかげでひとつの部屋(かなり大きいけれど)でいくつもの作品を同時に楽しむことが出来るのだ。

ストーリーのしっかりとあるアニメーションを期待しているとあまりに抽象的な表現も多いけれど、石田尚志に比べれば当然ずっと具体的。

展示会場の入り口に「全部の映像を見ると2時間近くかかります」と書いてあったけれど、結局2時間以上見ていたことになるだろうか。
それだけの時間彼のアニメーションを見続けたら・・・・スゴクいいんだけど、お腹がちょっと一杯になったかも・・・


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コメント

会期末の前日、先週の土曜日に行ってきました。
エネルギーがありました。濃かったですね。ちょっと消化しきれないくらい。
最初の部屋と最後の部屋が特に良いと思いました。

投稿: ガーター亭亭主 | 2010.02.18 02:11

濃かったというか・・・考えれば考えるほど重くなっていったというか・・・

消しては書き、消しては書くうちに次第に黒ずんでくるのも意図したものに見えてくるし・・・
自分が歴史に対して無知なのが申し訳ないような・・・

歴史を離れるとそこには宮沢賢治の姿が見え隠れしているような気もしてきたり・・・

見えているもの以上に深い内容があった気がします。

投稿: Cos | 2010.02.18 23:31

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