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2009.05.17

美の宮殿の子供達

国立新美術館で2009年6月1日までの
「ルーブル美術館展 --美の宮殿の子供達--」を見るのは2回目。

1回目はあまりに混んでいたこともあってざっとしか見なかったし、あまり感銘を受けなかったのだが、今回は池上先生のアートツアーということで、いろいろなお話を伺いながらの鑑賞。

やっぱり、話を聞いてから見るのと何も聞かずに見るのとでは受け取り方がまったく違う。

「子ども」にテーマを絞っての展示は絵画だけでなく彫刻なども多いし、ミイラなどの考古学的なモノまで展示してある幅の広さは「ルーブル美術館」というよりは「ルーブル博物館」としての価値の大きさを示している。

たぶんCosは一度目に見たとき、博物館は博物館で好きなのに自分が期待していた美術館のイメージと違っていたことに戸惑いを感じていたのかもしれない。

ただ単にその場にあるものを見るだけでなく、その裏側にあるものを見ていくと一つ一つの作品がまったく違った顔を見せてくる。
せっかくいろいろと教えていただいても基本的に勉強不足のCosにとっては豚に真珠なのかもしれないけど、豚にだって真珠のきれいさが分かる程度にはいろいろなことを理解して楽しむことが出来た。

子どもの図像としてよく見られるのはまず墓碑彫刻。
かつて女性が出産のときに死んでしまうのは男性が戦争で死ぬのと同じように英雄的な行為だったのだそうだ。だからこそ、墓碑にはそれをたたえる絵が描かれていたのだろう。
墓碑彫刻に女性が乳を与えているものがあればそれはなくなった母親であり、母乳を大地に含ませるのは豊饒を意味する行為なのだという。
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そして、こうした作品が後の授乳の聖母の姿にとつながっていく。
さらに、この授乳の姿はカトリックの改革によって禁止されていくことになるのがそれまでは聖母マリアの姿として描かれていた。
そのころまでは胸を出すこと、授乳することがタブーではなかったのだし、それが時代とともにタブーになっていく。

今と違って子どもの死が当たり前のように多かった時代にあってもルーブル唯一の子どものミイラや、書記になれるほど頭がよかったとでもいいたげなパピルスを持たせた墓碑彫刻、いろいろなおもちゃ・・・

ただ単に「きれいなものを見る」というのではなく、時代とともにその社会が子どもをどうとらえてみてきたのかに注目すると「きれいだなぁ」という表面的な鑑賞ではなく、子どもに対するあるいは子どもを通じてのものの見方を踏まえた上で見ていくと一つ一つの作品が
「あっ、いいかも」ではなく
その構図、動作、意味が見えてきてとても面白い
(のでちゃんと見ようとするといくら時間があっても足りないかも)

それにしてもあれだけ面白い話をたくさん伺ってきたのに、分からない単語がたくさんあるのが悔しい。
調べればいいのだが・・・う~む・・・∥>_<∥

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コメント

Giottoの時の池上先生ツアーですね!すごいチャンスですね。←歓喜&(^.^)&羨望bud

投稿: 草 | 2009.05.18 11:18

ただ、「馬の耳に念仏」になっているような気もしますが・・・
あぁ~あ、勉強しないといけないんだけど・・・・

投稿: Cos | 2009.05.18 21:18

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