LFJのバッハな日最終日(その1)の続きです。
最終日(その1)はこちらから。
午後からは今回一番楽しみにしていたベルリン古楽アカデミーの管弦楽組曲2番、4番。
何よりも古楽器での演奏・・・特にトラヴェルソ(フルートの古い形)を聞きたかったのだ。
Cosが子どものころにはバロックフルートと習ったように思うけれど、シンプルな形の横笛というのに惹かれていた時期もあったし・・・
が、場所は大会議室・・・・・音楽を聴くための、特に昔の微妙な楽器を聞くのにはあまりに適さない場所・・・ということもあったのだろうけれど、トラヴェルソの音は時としてバイオリン(じゃないかもしれないけど)の音に負けていたのがとても残念。
フルートのような朗々と響く音ではなく、音色は似ているけれど、もっと丸いような感じの音かな。
どちらかといえば壜を吹いたときに出てくるような音に似ている部分もある。
オーボエ(バロックオーボエ?)は今のオーボエよりももっと「葦」という感じがする音色かな。
もともと普通のオーボエでもそうだけど、ちょっと草笛に似たような音色。
どの楽器の音も派手なところのない音色で小さなサロンなどでみんなが楽しみながら奏でるのにふさわしいような感じ。
特に管弦楽組曲第2番は編成も小さいし、大きなところで聞く曲ではないなぁと痛感した。
そんなことを思いながら遠い過去へ想いをはせて・・・
これに比べて4番は編成も大きいし、ずっと派手。
古楽器を使っていてもこれぐらいだとホールでも十分楽しめる感じ。
こっちはその分純粋に音楽を楽しんだだけだったかも。
そして今回の最後は
ヴィヴァルディの4台のバイオリンのための協奏曲と
それに刺激して作られたバッハの4台のチェンバロ(今回はピアノ)のための協奏曲
更に管弦楽組曲第3番・・・
の予定だったけれど、4人のバイオリン奏者のうちのひとり、
ネマニャ・ラドゥロヴィッチは協奏曲に参加せずにヴィヴァルディの四季のうちの春を演奏するという。
ネマニャの四季にほれ込んでしまったCosとしてはうれしい驚きだったけれど、バイオリン協奏曲はオーケストラであるシンフォニア・ヴァルソヴィアのコンサートマスターがつとめていた。
トップはこれを最後にこの次いつ聞けるか分からないネマニャのバイオリン。
3度目ともなると彼の弾き方のうちかなりの部分を覚えていることに気がついた。
思ったとおりのところで思ったとおりの弾き方をして、同じように感激している自分。
パワフルで、情熱的で、聞いているだけでわくわくして何かを期待して待っているような感じさえしてくる。
この彼のバイオリンをこの次はいつ聞けるのだろう・・・
弾いているネマニャも本当に楽しそう。
こんなすばらしい世界を見せてくれたネマニャに感謝m∥_ _∥m
ネマニャの激しさに続いては朗々と奏でる組曲3番。
これは2番の次にCosの好きな曲
エア(G線上のアリア)の透明感は高揚してわくわくしていた気持ちを静かに敬虔な(雰囲気だけ)ものにしてくれる。
いつ聞いてもこれは祈りだなぁ・・・
4台のバイオリンのための協奏曲。
ネマニャが出てないからというわけではないけれど、これは「おおすごい」という感じにはあまりならなかった。
その前の2曲の印象が強かったからか、バイオリン自体は管弦楽団の中に普通に何台もあるからなのかはよくわからない。
決して悪かったわけではないし、これだけを聞いたらまたまるっきり違った観想だっただろうと思う。
あるいは・・・
4台のピアノが一列に並んで、4人のピアニストが開場のおしりを向けて演奏するバッハのピアノ協奏曲は見ただけで「おおすごい」となったからかもしれない∥^O^∥
ピアノ4台が同時に並ぶなんていうのを見ることも初めてだし、一緒に演奏するすごさに圧倒されたのかもしれないけれど、これは面白かった。
すっかり満たされて外に出るともうこれでコンサートはおしまい。
その後の
ルネ・マルタン(LFJアーティスティック・ディレクター)×福岡伸一(分子生物学者)
の対談をぼ~と聞きながら一日を反芻。
一日中音楽に包まれるまさに「熱狂の日」がこれで終わるんだなぁ・・・と。
音楽に満ちた人生、Cosの生きてきた道とはすっかり違ってしまっているけれど、そういう人生であっても良かったのに・・・

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