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2009.05.31

いつも手元にこすもすこす

Cosは手の届くところにおいてください・・・・・
あなたのblogにもこすもすこすを・・・・
List Cos!! by BlogPeople

ちょっとBlogPeopleをいじって遊んでみた。
ちゃんと使えばかなり便利なのにここ数年(∥^O^∥)放置しっぱなしだったのだ・・・
まだなんか変なコードが入ってるけど、とりあえず最近の状況に少しあわせてみた。

それにしてもどう考えてもCosのところなんて手元においておくほどのところじゃないよなぁ・・・
もう少しテーマの統一があると本当はいいんだけど、そんなことをしようとすると書かなくなっちゃうのだ・・・
結局なんでもいいから書いているのが一番コンスタントに続けられるからまぁいいか。

【追記】ふと思った。
こんな記事を書いたらスパムが多いかもしれない・・・
受け付けないからいいんだけど、削除しないと・・・∥^O^∥

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ヤナーチェク音楽祭のネマニャ

2009年5月29日チェコのヤナーチェク音楽祭にネマニャ君がゲスト出演したようです。
5月29日の記事にいろいろと書いてあるのだが・・・・なんといってもチェコ語なのだ。

チェコ語の記事の下に彼の写真もあって演奏が終わって指揮者と握手しているときの満ち足りた表情が彼の真髄だなぁ・・・
こういう表情の出てくるような演奏を聞きたい。

記事の内容を英語に翻訳するとこうなるらしい。

Smart Link Corporationというところの翻訳ソフトによれば

The star guest at the evening was the excellent violinist Nemanja Serbian Radulović, which was in 2005 at Cannes International discovery of elected and became the rising star years 2006/2007. In Ostrava played a Concerto for Violin and Orchestra in D Major Johannes Brahms. It is the solo part is to date touchstone of technical excellence and above all expression. "Meetings with the Janacek Philharmonic Orchestra was very nice and its a fantastic accompaniment. On stage I felt completely relaxed. Amazing harmony is created not only during the concert, but on the tests, which usually does not. The atmosphere was extremely friendly, "said osmadvacetiletý violinist." With Nemanja is known and we work a longer period of time when up to two years ago, Moravian Autumn festival in Brno. It sits very virtuoso concerts. Surreal plays with energy, so that sometimes seems to break down hall. It is strong, great music, and especially not without charisma, which is its huge foreign currency. On the other hand, it's very humble and hardworking musician, "said Director of the Agency Ars concert / concert Brno and at the same time member of the European Festivals Association Zdenka tile. It is an excellent Janacek May Festival, which runs like. A Ostrava? "This city and people love it, Ostrava is simply a matter of my heart," she said.

なのだそうだ。

チェコ語から日本語に翻訳したらさっぱり意味のわからない文章になったので、英語に翻訳してみた。
意味の取れないところもあるけれど、なんとなく意味がわかるかな。

それにしてもこの翻訳ページの言語数はすごい。
なんでも翻訳できちゃうような気がする・・・
ありがたい存在だm∥_ _∥m


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水墨画の輝き

始まったときから見たかった出光美術館の「水墨画の輝き」(2009年5月31日まで)
およそ1ヵ月しかやらないこともあるし、5月はなんだかんだと忙しくて見に行く余裕がなかったこともあるけれど、あっという間に会期末になってしまった。

人物よりも自然・・・風景や動物や(戸外の)植物のほうが好きなので、これはどうしても見逃せなかったのだ。

時間に余裕がなかったのでまっすぐ行ってまっすぐ帰ってきたのだが、予想以上に時間がかかって帰ってきてからも大忙し∥^O^∥

でも幸いなことに混雑もそれほどひどくなく、見たいものを落ち着いてじっくり見ることが出来たのはとてもうれしかった。

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色を拒否して白と黒と灰色だけで色彩豊かな世界を表現する水墨画、色がないのに色を感じさせる不思議さが好きなのだ。

会場に入って最初にあったのが雪舟の破墨山水図
輪郭を無理に際立たせることなく墨でさっさと書いてしまったかのような絵。
深い緑と水の青さが見えてくる。
人がいるのかも知れずいないのかも知れず・・・いてもいなくてもかかわりなく静かに山はある。
こういう景色が好き。

「元信」の印のある花鳥図屏風 時に写実的に描き、時に抽象的に描かれている植物。
写実的に描かれたタンポポが古さをまったく感じさせない。
どこかのカットに使われても不思議のないくらい・・・
(でもあれは西洋タンポポじゃないことだけはまちがいない・・・と思う)
そうかと思うと一面に生えている草の葉はあっさりと抽象化してあったりもする。
タンポポが好きだったのかなぁ・・・

そして上の絵にもなっている長谷川等伯の竹虎図屏風
凛々しく勇ましく描かれる虎の求愛の図なのだという。
(上には描かれていないけれど)雄の虎は毛並みもなんだか乱れていて、雌の前で下手に出て求愛している。そして雌の虎は見てのとおりなのである。
そこにはあれだけ強い虎にして求愛の時にはどこか気弱になるのかとちょっと面白い。
そしてこの雌の表情・・・・いいなぁ・・・

が、同じ虎でも俵屋宗達の龍虎図の虎はまるでドラえもん∥^O^∥
下から虎を見上げている龍をどこかきょとんとした表情で見ている。
見上げている龍の表情は虎の単純化された表現に比べると細かく、憂いを秘めた表情が見えている。

他にも尾形光琳の蹴鞠布袋図も面白かったし、
長谷川等伯の竹鶴図屏風に描かれた竹が面白かったし、
雪舟の赤衣達磨図の達磨の表情の面白さと眼光の鋭さ、
鈴木基一の雑画に描かれた植物のきれいさ、
仙厓の狗子画賛の犬のかわいさと尻尾までの線の面白さ、
それ以外のも面白いものがたくさんあって、なかなか見飽きなかったのだが
「閉館時間」と追い出されてしまった∥^O^∥

時間的にちょっと無理があったので「堪能する」ところまでは行かなかったけれど、
その前日に見た山、メゾチントなどを思い出しながらの楽しいひと時を過ごしてきた\∥^O^∥/

でももっと早く行けばよかったなぁ・・・

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2009.05.30

ザポハウス展

5月の末は見たいもの、見たかったもの、見ないと終わっちゃうものが目白押しなのに、このところしばらく忙しくて出かけられなかった・・・_| ̄|●

やっと少し時間が取れたので昨日も仕事が終わってから大急ぎで写真展を見てから大急ぎで神保町へ。

子どものころから慣れ親しんだ文房堂のギャラリーでのザボハウスのグループ展を見に行ったのだ。
(もし、今日2009年5月30日に時間があればぜひおすすめ!)
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第17回 ザボハウス展
日時 2009年5月25日(月)~30日(土)
am 11:00~pm 6:30
最終日 pm 5;00まで

Cosが聞いていたのは「版画教室のグループ展」ということでなんとなくカルチャーセンターのようなところで習っている人たちの作品が展示してあるのだろうと思い込んで30分もかからずに見終わるだろうと・・・・

これが甘かった・・・・

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第一に一言で「版画」と言われればなんとなく黒一色と思い込んでいたのだが、会場は色であふれていた。
(床が斜めなのはCosが傾いていたからなのだが・・・まっすぐに撮った写真がなかったのだ∥>_<∥ )

しかも、確かに版画教室なのだが、版画というのは技法であって教室に通ってくるのは他の方法で絵を描き続けてきている人だったり、プロのイラストレーターだったりするわけで、通い始めて1年にもならない人でも他の方法では作品を作り続けて何度となく個展をやっていたりするのだ。

Cosなんかは版画の技術なんかさっぱり分からないから技術的なことではなく、描かれたものしか理解できないのでますますそのすごさにびっくり。

版画の方法としては銅版画とリトグラフがメインらしいけれど、木口木版もあったし油絵などもあって展示作品の種類も豊富。

銅版画はどこまで腐食させるかで版画の表現がまるっきり変わってしまったり、一枚の版木にどう色を乗せるのかでも雰囲気がまるっきり変わったりしている。

中にはCosの好きなメゾチントで作った豆本(豆本もCosが好きなのだが)・・・23000円が高いか安いかは人によって違うだろうけれど、Cosが買っても飾るでもなく箱に入れてしまったままだろうし、しまっておくためのものにそれだけの余裕はない貧しいCosにとっては買えない金額なのだが・・・はすばらしかった。
あるいは単純化したものの上に版画の複雑さを重ね合わせた作品もお金が自由に使えるのならぜひ欲しかったし・・・
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会場では日本画をやっていらした方とお話をして意気投合したりして・・・あっという間に閉館時間∥^O^∥
楽しい時間はあっという間に過ぎるのだ。

あわてて夜間開館の出光美術館に行こうと思ったのだが・・・・


大急ぎで御茶ノ水へ出て有楽町から出光美術館に着いたのは7時5分。

「夜間開館」というから8時までかと思ったらここは7時で終了_| ̄|●
そうと知っていたら上野に行くなりなんなりしたのに、この時間からでは今から行っても入場できない可能性もある。
う~ん、ちゃんと調べておけばよかったと反省。

今日の移動はいつも「大急ぎ」だったけれど、見ている時間は絶対に急がないから・・・・まっいいか。

が、出光・・・行きたいなぁ
行くなら今日の午後・・・雨だけど混んでるだろうなぁ∥>_<∥


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シャコンヌ

雪の山の写真を見ながらネマニャ・ラドゥロビッチのシャコンヌを聞く。
この曲には深い森が似合うと思っていたけれど、雪の山も良く合っていて深く感動。
切なさとあこがれ・・・・
出来ればもう少し写真が大きいほうがいいかも・・・包み込まれるぐらいのサイズが欲しいな。
そしてもっと人が少なければもっといいのに・・・

誰もいない山の中で雪を見ながら・・あるいは森を見ながら聞く・・・・

続きを読む "シャコンヌ"

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2009.05.29

メイド・イン・カッシーナ展・・・技術と芸術と

技術を意味するギリシャ語の「テクネー」はまた、芸術をも意味していたとも言われる。
かつて、技術は芸術と不可分の存在だったけれど、ある時期から分離して肥大化して自然に対立して言ったのだという。

その中で芸術と技術が密接な関係を保ちつつ成長してきたカッシーナの家具。

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家具をデザインすることが家具職人の仕事ではなく、人間工学を考えたたとえば建築家によるデザインによって、力学的な構造を最大限に生かしたものを作ることが出来る。
家具の分野(他の分野でもそうだろうけれど)芸術的な表現は技術的な裏づけがあってこそ表現が可能になるのだ。


上の写真の椅子はSUPERLEGGERA

ちょっと見ただけでは何の変哲もないごく普通のシンプルな椅子。
その椅子の中にはたくさんの技術が隠されている。この椅子の足はルーローの三角形をちょっと細長くしたような感じの断面を持っている。
断面が円である足から、強度を奪うことなく削っていった結果なのだという。
そして横木は深くまで入っているほぞで組んであり、ほとんど先端は反対側に出そうなほどなのだそうだ。
座面は当を編んで作ってあり、こうした軽量化の努力でごく軽い椅子が出来たのだという。

曲げ木を使った円形の椅子BARREL
見たところは面白いデザインというだけだけど、その裏には強度を出すため、きれいな円弧を描かせるための技術が隠されている。
他の工場で作られたとき、この曲げ木はもっと太い。少しずつ1ステップごとに本来の形に仕上げて行く途中でもステップごとにしっかりとまげて形を整えていくのだという。


一枚のフエルトでベースを作り、足元の部分は樹脂でしっかりと固めて強度を出し、上のほうの部分は柔らかく変形が可能で座る人に合わせて変形する。


楽しかったのはタングラムのテーブル。普通のタングラムと同じように組み替えていろいろな形のテーブルとして使うことが出来る。

こうした技術によって裏付けられた芸術は他の分野でも再び技術と芸術の融合が進んできている。
新しい形の芸術派コンピュータなしには形作ることが出来ないものも少なくない。
昔とは違った新しい形での芸術と技術の融合はまた、家具の分野でも新しいものを可能にするのだろうな。

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2009.05.28

ルオーの祈り 絵画と版画

学生のころ「ルオー」という喫茶店があった。
今はもうないのかもしれないけれど、店の真ん中には大きなテーブルがあって、勉強をしたりあれこれ話し合ったりするのにとてもいい店だった。

店の中にはルオーの絵が飾ってあって、学生だったCosはそれがあんまり好きじゃなかった。

大人になってからもルオーの作品のあの色使いやタッチがどうしても好きになれなかった。

が、今回町田の国際版画美術館の「ルオーの祈り 絵画と版画」で見た版画は今までの印象をまったく変えてしまった。
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版画だけでなく絵も見ているうちに今までの印象とはずいぶんと違って見えてきた。

敬虔なカトリック教徒だというルオーの作品はその派手さの裏側に暖かさが流れているのが見て取れるし、彼の版画は色のない分純粋に色に惑わされることなく楽しむことが出来た。

おそらくルオーの色使いというのも好きな人にはたまらないのだろうけれど、Cosにはこの色のないルオーがとても新鮮だった。

あまり他では意識してルオーの版画を見たことがなかったから、もう一度見ておきたい気もする・・・


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2009.05.27

悪いことだとは思わなかった

これは殺人事件の公判での発言だから記事になっているけれど、同じせりふをどれほど多く、いろいろな場面で聞いたことか・・・

時事ドットコム:殺人「悪いと思わなかった」=ホーム突き落とし公判で少年-岡山地裁.

少年は被告人質問で、殺人について「悪いことだと思わなかった」と述べた。  少年は、検察官の「殺す相手は誰でも良かったのか」「被害者に対し悪いとは思わなかったか」などの質問に、いずれも小さくうなずき「はい」と答えた。「被害者に家族があるとは考えなかったか」との問いにも「考えられなかった」と述べた。

もちろん、昔から言い逃れの方便としてこういう表現をすることはあったけれど、そのときには本人は悪いことだとは知っているけれど、あえて言ってみるという感じがあったけれど、時として丸っきりの悪意なくそういうことを言うときがある。

世の中がだんだんそうなってきたような感じがしてなんだか怖い。

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高速1000円の弊害

個人として高速が1000円になるのはとてもありがたいけれど、後のことまで良く考えてみると手放しで喜んでばかりはいられない。

asahi.com(朝日新聞社):九州バス協「高速千円拡大しないで」 渋滞禍・利用減 - ビジネス・経済.

 九州バス協会(83事業者)の竹島和幸会長(西日本鉄道社長)が26日、高速道路割引の拡充に反対する要望書を国土交通省に提出したことを明らかにした。高速バス利用者が激減したうえ、渋滞に巻き込まれて所要時間が2倍以上かかる便まで現れ、運行に支障が出ているためという。政権の目玉政策に対し、首相の地元で反旗が翻った。

この高速料金が続いている間はどこのバス会社も渋滞と利用客の減少で経営は厳しくならざるを得ない。
実際にはバス会社だけじゃなくてJRもかなりの痛手を受けている。
この危機を乗り越えられなかったとしたら・・・長距離バスの路線は結果として減少してしまうだろう。そうなったときに一番ダメージが大きいのはゆとりのない人たちなんだろうなぁ・・・


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2009.05.26

新型インフルエンザを知る

新型インフルエンザに対してはいろいろな情報が錯綜している。新聞を読んでいても、見えてこない部分も少なくないので、憶測だけで判断しているところがある。

その中でこの記事は新型インフルエンザの性質と今後についてしっかり述べられていてとてもいい。

WHOアドバイザーが語る新型インフルエンザ対策で今すべきこと - ライフ - 日経トレンディネット.

 インフルエンザの被害は、「どのくらい感染が広がりやすいか」と「どのくらい重い症状がでるか」という2つのファクターを掛け合わせて決まる。今回の新型インフルエンザは弱毒性だといわれているが、感染力は高い。また割合は低くても一定の割合で重症化する例があり、しかも重症化すると治療が非常に困難だ。

 いたずらに恐怖心をあおるのはよくないが、「軽症だからかかっても大丈夫」とみんなが油断すれば、リスクが高い人を中心に、相当数の死者が出る可能性がある。若い世代に重症化する人が多いことも、社会的にはインパクトが大きいだろう。

この記事の先のほうを読んでいて、日本ではまだ始まったばかりで重症者がまだ表に出てきてない、あるいはまだ現れていないだけということが納得できた。

今、重症者がいないことがたいした病気ではないということの表れなのではなく、まだ感染がそこまで深く浸透していないということだけという可能性が高い事もわかった。

新聞などでは感染者の人数が落ち着いてきているというけれど、それをどこまで信じていいのか・・・
遺伝子検査もかかり始めの一日目には陰性と出ることもあるというし、それ以前に検査を誰にしているのかを考えると表に出てきていないだけの可能性も十分に高い。

関西の例を見なくても学校に入れば年齢的にかかりやすい年齢であること、人がたくさん一箇所にまとめられていることからいっぺん広がっても不思議ではない。

軽症で自分では気がつかなかったり、医療機関で見つけなかった人が一人学校の中に入り込めば一挙に広がりかねない。

病気としては普通のインフルエンザとはそう変わらないから闇雲に恐れる必要はないけれど、重症にならないように、あるいはなっても、早めに手を打つことが大切なんだろうな。

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2009.05.25

ついてない日々・・・・

このところどうにもついてない日々が続いている。

もちろん、その底流であるどうにもならない問題はCosにはもうどうにもならないし、いずれはどんな形であれ時間が解決してくれるかも知れないからそれは我慢しているしかないだろうけれど・・・・

父が亡くなって5年。
一人残された母のところにはなるべく行くようにしているけれど、多くても週に2回どまり。
その母にとって困った問題が起きてしまった。
実際にはどうしようもないほど困ったわけではないし、悩んでも仕方がないのだが、母にしてみれば重大な問題。
そんな話をしていると、いずれもうしばらくするとCosが母の面倒を真剣に見なくてはいけない日が近づいてきているのが実感として感じられる。

やっと自由が少しずつで得られるようになってきたと思った矢先に次は母の面倒を見なくてはならなくなる・・・
そうなると何も出来なくなるから、せめて今のうちに知的財産をせっせと溜め込まないと・・・・(物理的な財産はどうやってもぎりぎりしかないからなぁ・・・)

なんてすっかり落ち込んで帰ってきた昨日。
それでもビデオをセットして今夜を楽しみにしていたのだが・・・

なんと取れてない_| ̄|●
う~ん・・・・
ネマニャ君のバイオリンだけを楽しみにしていたのに・・・・

ま、人生なんてこんなものさ。

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わずかな変異

わずかな変異・・・・人間がそのわずかな変異に翻弄される。

時事ドットコム:1回か数回の変異で人に流行=豚に長年潜む?-ゲノム解析でCDCなど.

 新型インフルエンザが最近、豚から人の間で流行する事態を招いた遺伝子の変異は、1回で起きたか、非常に似た株同士の間で複数回起きた可能性が高いことが分かった。米疾病対策センター(CDC)などの国際研究チームが23日までに、メキシコや米国で多数の感染者から採取されたウイルス株の全遺伝情報(ゲノム)を解析し、米科学誌サイエンス電子版に発表した。  解析結果によると、北米や欧州・アジアの鳥、豚、人のウイルスから遺伝子が複雑に再構成された新型は、世界のどこかの豚の集団で流行し続けていたが、豚インフルエンザの監視が甘いために見過ごされてきた可能性がある。新型各株の遺伝子は99.9%が一致したため、わずかな変異によって人の間で流行するようになったという。

ほんのちょっとの違いで右往左往する人間達。
傍から見ていたら「こんなことぐらいで・・・」としか思わないようなごくわずかな変異。

インフルエンザに限らずたとえば平均気温のわずかな変異、降水量のわずかな変異、オゾンのわずかな変異、それがどれほど大きな影響を人間に及ぼすかを見ると人間がいかに小さな弱い存在なのかがよくわかる。

どれほどえらそうに科学技術を誇っていてもほんのちょっとの変化が、人間に壊滅的な打撃を与えかねない。

どれほど危うい均衡の上に人間という存在があるのか・・・・・

その均衡の淵にあってさえ、もっとずっと小さな違いの中で逡巡し右往左往しているCosがいたりする。

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2009.05.24

過酷な救急センター

こんなニュースを読むと救急車の受け入れ先が見つからないのも当然だろうし、救命救急センターが減っていっても不思議はない気がしてくる。

救急センター:「今夜で7連泊」…過酷な泊まり勤務の実態 - 毎日jp(毎日新聞).

 全国の救命救急センターの多くで、医師が労働基準法からかけ離れた過酷な泊まり勤務を強いられている。「宿直」扱いで泊まり勤務を行う地方と都市部の病院で、厳しい実態を目の当たりにした。

「人手がない中、なんとかやってきたが、心が折れそうだ」と、東日本の地方病院の救命救急センター長はつぶやいた。

救急科病棟で、高齢の男性入院患者の容体が悪化した。肋骨(ろっこつ)を折り、自力呼吸が危うくなっていた。担当医(28)は「気になって離れられない」と、この日で7連泊目。教授は「熱意だけで続けられる仕事じゃない。ただ、そういう働き方を戦力として数えているのが現状」と語った。

このほかにつきに7回の宿直があるなんていう話も書いてあった。
宿直というのは仕事をしていることとは違うと思うのだが、実際には宿直という名目で夜勤を繰り返しているのだ。
そういう仕事に自分はつきたいだろうか?

エリートかどうかは別として難しい大学入試を経てあれだけ勉強してなった先が心身をすり減らす仕事。
仕事に対する情熱だけが支えになっているのかもしれない。
少なくとももらっている給料に対して割が合う仕事とはとても思えない。

みんながそう思えば思うほど、勤務が大変な医者のなり手が減り、救急車が受け入れ拒否され・・・・
なんだろうなぁ


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DVDに録画できない∥;_;∥

うちにはBSが録画できるビデオデッキは1台だけ(って、全部あわせても2台なんだが・・・)
で、明日の午前10時にネマニャ君のバイオリンがあるからそれを録画しようと思ったら・・・
なんとBSが録画できるのはVHSにしか録画できないことに気がついた・・・
(もう一台のはBSが入らないしVHSが入らない)

仕方がないのでVHSで録画することにしたけれど、うちで見られるテレビは一台だけ・・・
え~~~ん・・・・

VHSをDVDに焼いてくれるところってどっかあるのかなぁ・・・・

それ以前に無事に録画できるといいが・・・・
(普段テレビを見ないとこういう目にあう)

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白の空間 金氏徹平

「おもちゃ箱がアートに変わるとき」というサブタイトルも付いた金氏徹平の「溶け出す都市、空白の森
横浜美術館で2009年5月27日まで

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これは始まったときから気にはなっていたのだが、なかなか行くチャンスがなくて「もういけないんじゃないか」とも思っていたけれど、何とか会期末に滑り込んでくることが出来た。

Cosはおもちゃ箱をひっくり返したようなガチャガチャしたものは基本的に好きじゃないんだけど、彼の作品は敬遠したくなるようなガチャガチャさの中にどうしてもひきつけられていく何かがある。

最初の部屋ではおもちゃ箱から出てきたようなガチャガチャしたものに真っ白な樹脂がかけられて流れ落ちそうになっている。
それはまるで冬の雪の中のガチャガチャさのようにも見える。
ガチャガチャとした乱雑さが真っ白な雪がかかることによって静かな景色に一変しているような・・・
雪は・・・真っ白な樹脂は・・・今にも滴り落ちそうな流れをそのままに固めている。


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そしてこれは「TOWER」という(巨大なスクリーンに投影されている)アニメーション。
TOWERのなかから出たものはそれぞれにそれぞれのリズムで逆転して戻っていく。
そこには何かストーリーがあるのかも知れずないのかも知れず・・・
ただぼうぜんと眺め続けていたような気がする。

一つ一つのパーツに分けて動画を作成して重ね合わせているのかな。
前の部屋では白によって何もかもがすっかり変わって見えていたけれど、ここでは万物流転・・・

その入り口においてあったコーヒーのしみから出来たさまざまなもの。
面白いし、考え付きもしないんだけど、なんとなく白の空間からはちょっと外れているかも。

そして最後の部屋では
子どものおもちゃのバケツから普通のバケツから、風呂オケのような大きな入れ物、果てはタイムカプセルまでありとあらゆる「ものをためるため」のプラスチック製品の中にやはりここでも真っ白な石膏を流し込んである。
部屋が大きいから部屋いっぱいにはなってないけれど、ものすごい量のバケツたち。
そこにためられた白い液体は最初の部屋でかけられていた白を全部集めてきたようなかんじだろうか?

一つ一つの部品は決してCosが好きなものではない。
でもそれが集まって白にまとめられた瞬間に、白い空間になったとたんにCosにとっては居心地のいい場所になっているのかも。


横浜美術館は常設もとてもすき。
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Cosの好きな一枚。
(好きな絵は他にもあるんだけどガラスに反射していまいちだったので省略)
置いてある椅子に座ってみるとこんな風に斜めになっちゃうんだけど、絵を眺めながら
いろんなことを思いながらのんびりと時を過ごす・・・・

人の少ない常設でこその至福の時間・・・

ふと気がついて時計を見ると・・・
あわてて帰るCosだった・・・_| ̄|●


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2009.05.23

風評被害

あたかも命にかかわる危険な、そばによるだけでも危ない言わんばかりだった水際作戦。

同じ飛行機のそばの座席に座っていた人たちが隔離されている姿を誰もが知っているからこうした反応が出ても当然だろう。

asahi.com(朝日新聞社):関西大倉中高、乗車拒否される職員も - 教育.

職員が同校までタクシーを利用しようとした際に乗車を拒否されたり、感染していない生徒の家族が病院の診察予約をキャンセルされたりする風評被害の報告があるといい、大船教頭は「関西大倉にかかわるというだけで行動が制限されている。世間の皆さんは温かい目でみてほしい」と訴えた。

学校に「同じ電車に乗ったかもしれないじゃないか」と苦情を言う人、
「病院へ行きます」といわれて色めきたつ周囲、

「いずれはここでも患者が出るんだろうけれど、最初の一人にはなりたくないよね」
最初の一人はスケープゴート。

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地中も高温化

今日のニュースで甲府の予想最高気温は31度といっていた。
東京も28度でかなり暑くなりそうだ。

今年の夏もやっぱり暑くなるんだろうか。

asahi.com(朝日新聞社):東京都心、地中も高温化 ヒートアイランドが影響か - サイエンス.

 その結果、千代田区や新宿区などの東京都心部は、地下約80メートルを境に、地表に近づくほど温度が高くなっていた。都西部や埼玉県南部でも、地下約60メートルを境に地中温度が上昇していた。地中温度はふつう、地表近くが最も低く、深くなるほど高くなるが、都心部は逆転現象が起きていた。

 季節的な温度変化の影響を受けない深さ40メートル地点で、本来想定される地中温度と観測結果を比べると、上昇幅は千代田区周辺が2度と最も大きかった。次いで新宿、板橋区が1.5度、目黒区が1度、杉並区以西が0.5度だった。大阪や名古屋、仙台、新潟などの平野部と比べても東京の上昇幅は突出していた。

 また、91年の調査結果がある三鷹市や練馬区で変化を調べると、最近とくに高温化が進む傾向が見られた。

地上の気温と違って、地中の温度は天候の影響を受けにくい。
そこの温度が上がっているということはそう簡単に温度が下がることはないということなんだろう。

一日の気温の差と違って長い時間・・・たとえば年間の平均気温の差がたった1℃でも実際の生活に対する影響は大きい。

おそらく地中についても同じだろう。
たった2℃ではなく2℃も高くなっているのだということが何につながるのか、考えると怖い気がする。

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2009.05.22

317人

317人という人数は実際には決して多くはないけれど、今の日本人に耐性のないインフルエンザであり、普通のインフルエンザよりも致死率が高いのだそうだ。

が、水際作戦で何が何でも日本には入れたくないというほど危険で、最近の東京の高校生の感染に関する話題を見ていると学校に
「同じ電車に乗ったかもしれない」と苦情を言ってくる人もいるくらい危険なもののように感じている人も少なくない。


時事ドットコム:東京で3人目感染=帰国女性接触9人の健康確認-新型インフル.

 東京都は22日、新たに三鷹市在住の20代男性の新型インフルエンザ感染が確認されたと発表した。都内での感染確認は3人目。国内の感染確認は7都府県で317人となった。

いずれは何人目の感染者などというのがニュースにならなくなるほど増えるのだろう。

職場でもいずれは入ってくるのだろうし、誰もが
「自分が感染源になるのだけは避けたいねぇ」
と思っているだけなのかもしれない。

それにしても、生徒のマスク、かわいいのがたくさんある∥^O^∥

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憂さ晴らし

やっと採点が終わって答案を返し終わってから成績をつけるまでの狭間の時間にほっと一息。

久しぶりにカタカタとキーボードをたたいていたら指先が痛くなってしまった∥^O^∥
鍛えないとなぁ・・・∥xx;∥☆\(--メ)

切羽詰った仕事が終わってとりあえず(今日は)やらなきゃならない仕事がない・・・となると・・・・遊びに行きたいなぁ・・・

深紅の薔薇を見て帰りに酒屋で一杯引っ掛けて帰るととか、
延々と電車に乗って千葉まで蜘蛛を見てくるとか、
マスクをして上野に行って人ごみの中で豚インフルの恐怖と戦ってくるとか・・・

が、うちでやらなきゃならないことが待っているし、心はともかく身の疲れと睡眠不足は何とかしないと・・・

ま、世の中そんなものかも・・・(鬱)

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2009.05.21

新緑の季節

朝、職場に行く途中の森の緑があまりにきれいでそのまま森の中にいきたくなってしまった。

こんな仕事なんかしてないで自由にあちらこちらにいけたらなぁ・・・
生きているうちに何もかも放り出してきれいなものを見にいろいろなところに行きたいなぁ
自然はもちろん、まだ見たことのないたくさんのきれいなものを世界中に・・・
あっ、そのためにはせめて英語が出来ないと行動の自由がないなぁ・・・
なんて事を考えながら行きたくないのを我慢しつつ職場へ。

職場では数少ない好意を抱いている人(そういう人は何でこんなに少ないんだろう)に後ろから挨拶したら無視されちゃった(聞こえなかっただけだろうけど)し、
ちょっと気分が鬱になって・・・
知らない生徒達の中に入って仕事をしながらも窓から見える緑についつい思いを馳せる・・・
「こんなことしてないで、こんなに天気がいいのにあの緑の中にいけないなんて・・・
もう、こんな仕事やめてどこかへいってしまいたいなぁ・・・」

あぁあ・・・Cosの2番目に嫌いな仕事は試験監督なのだ。
試験監督が終わればその後に待っているものは一番嫌いな採点と成績処理・・・
ますます気分は落ち込んで現実逃避に走りたくなるが、気晴らしをする時間さえない_| ̄|●

ええい!!何もかも放り出してどこかへ行ってしまいたい!!!

あっ、その前に採点だ_| ̄|●

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2009.05.20

笑い事じゃなくなってきた

まさかこっちを直撃するとは思わなかった。

時事ドットコム:東京で初の感染確認=八王子の女子高生-19日に米国から帰国・新型インフル.

幸いなことに帰国してから学校には行ってないから一緒に帰ってきた人以外はあまり心配しなくていいのかもしれない。

でも・・・近いからなぁ・・・

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2009.05.19

期待

夜になってからくしゃみが出る・・・
もしかしたら、もしかして・・・・
いや、それ以前に職場でくしゃみをしたら間違いなくみんなが白い目で見る。
うまくすれば・・・「人前に出ないように」と管理職がいってくれたりしないかなぁ・・・


あれ?
くしゃみが止まっちゃった・・・・∥xx;∥☆\(--メ)

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対処の遅れる国

「水際作戦」の時にはあれほど自信を持っていたのにこの様変わりはいったいなに?

時事ドットコム:守勢強いられる厚労省=自治体の判断追認-新型インフル.

 新型インフルエンザの感染者が急増する中、舛添要一厚生労働相は今週中に対策を見直す方針を示している。検討課題の一つに挙げたのは、軽症者の自宅療養。しかし、病床不足に陥った神戸市は既に踏み切っており、国が自治体の判断を追認した形だ。ウイルスの感染力を前に、厚労省が守勢に回るケースが出始めている。

以前から日本に入ってきたときにどうするのかという対応についてはあちこちで懸念の声を見てきた。
有症者発見率は0.02%といわれているサーモグラフィーによる検疫を大々的に宣伝しての水際作戦もあっけなく崩れ
そのころから懸念されていた発熱外来、病床の問題は何の解決も見ないままに現在の「軽症者は自宅で静養」といった何歩も後退した対応をせざるを得ない現状。
熱が出ても診察を断られても仕方がないとでもいいたげな現状・・・


時事ドットコム:大阪・兵庫の休校4043校=新たに33人、感染者163人に.

男児は家族が帰国した8日に発症し、現在は快方に向かっている。家族は一時体調を崩していたが、医療機関は受診しておらず、現在は回復しているという。

この家族の方の「体調を崩していた」とのインフルエンザとの関係はどうなんだろう?
子どもさんが発症しているということだからいまさらウイルスが出てもその関連は分からない。

なぜあんなに「水際作戦」とか「検疫体制」とかを大々的に宣伝して他に応援を求めたりまでしていたんだろう?
それで防げると本当に思っていたとしたらかなりのものだし、その裏で日本に入ったときの準備がちゃんと出来ていたわけでないところを見るとそうせざるを得ない理由が何かあったような気がする。

食い止めることが出来ないとわかっていても「水際で阻止」といい続けなければならなかった理由はなんだろう?


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2009.05.18

椿姫とレクイエム

どうやら6月は日を置かずして椿姫とレクイエムを続けて聴くことになりそうだ。

ブラームスのレクイエムは年に2回聴きに行っているKAY(恵泉、青山 YMCA)合唱団の定期演奏会。

0002

この前のLFJで聞いたバッハのミサ曲ロ短調は声の質までそろえてあるというそれは見事なコーラスだったし、コーラスというものの奥の深さを感じさせたられたけれど、50年以上の歴史のあるコーラスはそれはそれなりに楽しめばいいんじゃないかと思う。

その2日前には椿姫を聞く・・・・内容的には椿姫がしんじゃってからレクイエムを聴くのであっているような気もするけれど・・・・

恋愛物は避けて通っているCosとしては椿姫は危険領域なのだが、幸いなことにイタリア語は分からないから字幕があっても大丈夫かな∥xx;∥☆\(--メ)

心情的には今はレクイエムのほうがふさわしい気分だし・・・・_| ̄|●

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2009.05.17

美の宮殿の子供達

国立新美術館で2009年6月1日までの
「ルーブル美術館展 --美の宮殿の子供達--」を見るのは2回目。

1回目はあまりに混んでいたこともあってざっとしか見なかったし、あまり感銘を受けなかったのだが、今回は池上先生のアートツアーということで、いろいろなお話を伺いながらの鑑賞。

やっぱり、話を聞いてから見るのと何も聞かずに見るのとでは受け取り方がまったく違う。

「子ども」にテーマを絞っての展示は絵画だけでなく彫刻なども多いし、ミイラなどの考古学的なモノまで展示してある幅の広さは「ルーブル美術館」というよりは「ルーブル博物館」としての価値の大きさを示している。

たぶんCosは一度目に見たとき、博物館は博物館で好きなのに自分が期待していた美術館のイメージと違っていたことに戸惑いを感じていたのかもしれない。

ただ単にその場にあるものを見るだけでなく、その裏側にあるものを見ていくと一つ一つの作品がまったく違った顔を見せてくる。
せっかくいろいろと教えていただいても基本的に勉強不足のCosにとっては豚に真珠なのかもしれないけど、豚にだって真珠のきれいさが分かる程度にはいろいろなことを理解して楽しむことが出来た。

子どもの図像としてよく見られるのはまず墓碑彫刻。
かつて女性が出産のときに死んでしまうのは男性が戦争で死ぬのと同じように英雄的な行為だったのだそうだ。だからこそ、墓碑にはそれをたたえる絵が描かれていたのだろう。
墓碑彫刻に女性が乳を与えているものがあればそれはなくなった母親であり、母乳を大地に含ませるのは豊饒を意味する行為なのだという。
01gomi01
そして、こうした作品が後の授乳の聖母の姿にとつながっていく。
さらに、この授乳の姿はカトリックの改革によって禁止されていくことになるのがそれまでは聖母マリアの姿として描かれていた。
そのころまでは胸を出すこと、授乳することがタブーではなかったのだし、それが時代とともにタブーになっていく。

今と違って子どもの死が当たり前のように多かった時代にあってもルーブル唯一の子どものミイラや、書記になれるほど頭がよかったとでもいいたげなパピルスを持たせた墓碑彫刻、いろいろなおもちゃ・・・

ただ単に「きれいなものを見る」というのではなく、時代とともにその社会が子どもをどうとらえてみてきたのかに注目すると「きれいだなぁ」という表面的な鑑賞ではなく、子どもに対するあるいは子どもを通じてのものの見方を踏まえた上で見ていくと一つ一つの作品が
「あっ、いいかも」ではなく
その構図、動作、意味が見えてきてとても面白い
(のでちゃんと見ようとするといくら時間があっても足りないかも)

それにしてもあれだけ面白い話をたくさん伺ってきたのに、分からない単語がたくさんあるのが悔しい。
調べればいいのだが・・・う~む・・・∥>_<∥

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学校も休校になるし、美術館は臨時休館になるし、神戸は大変だ

民間施設にも休業要請=イベントなども中止-感染者発生の3市で・大阪府.

 また、遺伝子検査(PCR)で陽性反応が出ても症状が軽い場合は、外出を自粛してもらい、タミフルを服用するなどして自宅療養させる方針を決定。同府内の指定医療機関の感染症病棟の病床数が78床しかなく、今後感染者が増えた場合に収容し切れなくなる恐れがあるための措置。肺炎を併発するなど、重症化した場合は入院させる。

結局のところ本当に大変になったら対応しきれないということなのだ。
それは以前から医療関係者が懸念してたとおりになってきたというだけのこと。
あれだけ大騒ぎをして「水際で防止する」といっていたのにそれが出来ないとなるとどんどん後退していくのがなんだかなぁ・・・

次は「実はたいしたことがない病気である」(そのとおりなんだけど、検疫をしていたころはそんなことを言ったりはしなかったのだ)「かかっても早々死ぬわけではないから大丈夫」という方向に持っていくんだろうなぁ

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時間の問題だった

遅かれ早かれ国内感染が起こらずに済むわけはなかったのだし、これが自然の成り行きだろう。

時事ドットコム:国内感染、高校生8人に=神戸2校で、大阪でも濃厚-拡大の恐れ・厚労省.

同省は関西地方で人から人にうつる集団感染が始まったとの見方を強め、調査を急いでいる。

ただ、これで子供達が他の学校と試合をしたり、人と人の交流が妨げられることになりかねないのが残念だ。
もちろん、全国規模の大会などで感染したらあっという間に全国に広まってしまうわけだけど・・・

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2009.05.15

都会の心配

国立新美術館の入り口にあったもの。

Img_2447

Cosなんかは住んでいるところが田舎だから実感として分からないけれど都心では真剣に心配されているのだ。
「水際で阻止」などといっているのはお役所だけなのかも・・・
マスクを備蓄したり、タミフルの用意が出来ていたり・・・なんていうこともあるんだろうなぁ

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高い感染率

これが多少なりとも信憑性があるのだとしたら日本だけが無傷で済むはずはないのに・・

時事ドットコム:指定記事.

英インペリアル・カレッジのニール・ファーガソン教授は、新型インフルエンザについて、「感染者数が今後6カ月のうちに世界人口の約3分の1に達するかもしれない」と警告した。13日付の英大衆紙サンなどが伝えた。

あくまで「かもしれない」だからそうならない可能性はかなり高い。
が、この1/100であったとしても日本が無事だとはとても思えないのだが・・・

「日本に入れないこと」ではなく「入った後どうするのか」をもっと考えるほうがいい・・・と思ったのだが出来ることなんて一人一人が気をつける以外にないということにふと気がついた。

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2009.05.14

だって数学だもん

大体タイトルがいけないのだ
「+/-」・・・・「近くと身体感覚の限界領域を探求する」・・・だと。

東京都現代美術館で2009年6月21日まで
作曲家でアーチストである池田亮司
う~ん電子音楽分野の第一人者とも書いてあるのだが、Cosは彼を知らないのだ。

大きく分けて今回の展示は二つ。
数字やデータを暗い部屋で作品にした「光=視覚」に関する映像作品と
「音=聴覚」に関する音響作品と・・・

何かのデータをいろいろな方法で分析して何種類もの映像にして見せている作品。
空間的だったりプログラムみたいだったり・・・
何をしているのかは分からないけれど、どこか引き込まれていく。

細かな細かなたくさんの数字が意味するものが何かはわからないけれど、昔ながらのカメラのフィルムに隙間なく埋め尽くされた数字。
フィルムの長さだけの一本の線の中に目で見ただけでは何が書かれているのか分からないような数字が並ぶ。
まるで、数字に埋め尽くされた人間の生活を象徴しているかのように。

そして音のインスタレーションは真っ白な部屋。
靴を脱いで入った真っ白な部屋の中には音が聞こえている。決して心地よい音ではなくちょっといらいらしそうな音。
が、場所によって聞こえ方がまるっきり違う。
あちこちさ迷い歩きながら音を探す。
他のところでは聞こえないような音が聞こえてみたり・・・場所によって音が大きくなったり小さくなったり・・・
それはちょっと不思議な感覚。

音を楽しむんじゃなくて音の聞こえ方を楽しむのだ。
これはなかなか面白い体験だった。
出来ればどこかにまるっきり飲むオンのポイントを見つけたかったのだが・・・うまくいかなかった。
きっとあるに違いない。

普段はこういうものはほとんど買わないんだけど、今回だけは特別
Img_2444
だって数学なんだもん

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2009.05.13

生きるか死ぬかの問題

「うどんと蕎麦とどっちが好き?」と聞かれても蕎麦は下手をすると死を意味するのに・・・
そんなことは聞かないで欲しい。




コネタマ参加中: “うどん”と“そば”、好きなのはどっち?

麺類は基本的に好きだけど蕎麦アレルギーが1回ごとにひどくなっていく現状では好きも嫌いもない・・・

子どものころは蕎麦ぼうろが食べられた。
蕎麦屋でうどんなら大丈夫だった。

蕎麦ぼうろの味は覚えている。
でももう二度と食べられない。

かつて、神田の藪蕎麦であの歴史を感じさせるお店の雰囲気を味わいながらうどんを食べることが出来た。
でも、前回蕎麦屋で天丼を食べて出てからは蕎麦屋にも入っていない。

食べることで確実に死ねるなら、それはそれでいいかもしれないけど・・・・

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2009.05.12

チャイコフスキーの日

先日母と一緒に音楽会に行ってきた。

アンドレイ・コロベイニコフ(Andrei Korobeinikov)のpianoによるチャイコフスキーのピアノ協奏曲と東京フィルハーモニー交響楽団のチャイコフスキーの交響曲5番.

ピアノコンチェルトはさすがのCosでも知っている有名な曲だし、楽しみにしていた。
出だしの最初の和音がジャンプするのが子どものころ好きだったなぁ∥^O^∥
なんて思いながら・・・・
このコロベイニコフという人のピアノはなかなかいい感じ。ちょっと元気があってかっちりと弾くわけではないけれど、のびのびと雄大さもどこか感じさせるような弾き方。

このコロベイニコフという人はピアノだけじゃなくて17歳で法科大学を卒業して司法試験にも合格するような才能もあって、音楽にもそうした見識の広さが出ているのかもしれない(といってもそれを感じたわけじゃないけど・・・・)

が、不思議なことにどこかオーケストラとしっくりきていない。
この間LFJで密度の濃い演奏を聴いてきたからかもしれないけれど、コロベイニコフの弾き方とオーケストラの弾き方が違っている感じがする。
普段のこのオーケストラの元気のいい弾き方からするともっとしっくりきていてもいいはずなんだけど・・・

決してリズムがあってないとか何かがずれているとかじゃないんだけど、どこか違う感じ。

考えてみるとオーケストラとあわせるというのはとても難しいことなのかもしれない。
今まで考えたこともなかったけれど、だれが曲想を決めるんだろう?

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2009.05.11

魔女になりたいおんな達

50年後の自分の姿を想像してもらってその写真を集めた、やなぎみわの「マイ・グランドマザーズ
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50年後の自分がどうなっていたいのか、インタビューを通じて写真の形で実現していく。
そこには体の自由が聞かなくなるとか病気を持つようになるとかといった負の部分はほとんどなくて、形はさまざまだけど、みんながそれなりに充実した元気な生活(眠ったままというのもあったけど)を送っている。

そこにいるのはグランマではなく、各種多様な魔女達。
大きなパネルに引き伸ばされた魔女達が集まって不思議な世界を作り上げている。

「写真」としての良し悪しは分からないけれど、テーマはとても面白かった。

おんな達(実際には女たちに限らないんだろうけど)は魔女にあこがれる・・

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結果を要求される公立の中高一貫

結果を要求されれば、最初からいいのをとるのが最短。

asahi.com(朝日新聞社):難関化する公立中高一貫校、検証へ 文科省 - 社会.

 全国に広がる公立の中高一貫校をめぐり、文部科学省は入学選抜のあり方などについて今月にも議論を始めることを決めた。「難関化して小学校の勉強では合格できないところがあり、公教育として問題だ」との批判を受けたものだ。

何もないところから結果を出すのは不可能だし、他の学校と同じレベルの生徒しか集まらなかったらそれなりの結果しか出ない。

理想を言えば普通の生徒を集めて結果を出すことなんだろうけれど、「それなりの結果」ではなく「さすが」と言わせるような結果を出そうとすれば元が良くなければどうにもならない。

私立のように難しい計算を解くような問題ではないものの、文章や図表などを読み解く高い考察力を求め、私立入試並みの対策が必要なところが多くなっている。小学校などの現場には「私立に対抗して成績がよい子どもを早く確保しようとしている」という指摘が上がっている。

そういう子どもを集めようと苦労している公立の姿が見えてくる。
「今」は力がなくてもいい、伸ばせる生徒が欲しい・・・それはどこの学校でもそう思っているだろうけれど、ある一定以下のレベルになると集まってくる生徒もそれなりの生徒。
意欲があればいいけれど現実には難しいだろうなぁ・・

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2009.05.10

午後は音楽会

今日は午後から母と一緒に音楽会。
先日のLFJはあれやこれやと忙しそうだったので母とは一緒に行かなかったのだけど、母と一緒に行く音楽会もいつも楽しみ。

「結婚してから『月に一度は音楽会に行きたい』といってみたんだけど、あの人はクラシックが嫌いだったし、音楽をやりたいと思ってもその余裕もなかったし・・歳をとった今こうやって毎月のようにいけるなんて考えてもみなかった」
という母。

子どものころから母とは話が合わず、いまだに話をしようとしても話すことなどすぐになくなってしまい、沈黙の時間が続いたりもする。
同じようにクラシックが好きといっても母の好きな音楽とCosの好きな音楽とではかなり違っているし、
「きょうはよかったねぇ」
ぐらいの会話なら出来るけれど、ちょっと踏み込むと母とは感じ方があまりに違っていることを痛感する。
子どものころならそれだけでもう口をきかなくなったことだろう・・・
さすがに大人になった今はつまらなくても人の話を聞いて相槌を打つぐらいのことは出来るようになったから何とか間は持っているけれど∥^O^∥

母とは話が合わないといいつつ、自然を楽しんだり音楽を楽しんだりは一緒に出来るのだからそのことに感謝しよう。

・・・・今日は母の日・・・

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10日間の停留

今のところ水際で食い止めているということになっている新型のインフルエンザ、
これからもどんどんいろいろな国からの飛行機に乗ってやってくることだろう。

検疫体制も対象となる国がこれ以上増えれば手が回りきらなくなるし、一人でも感染者あるいはその疑いのある人が出れば、周囲にいた人も停留などの処置がとられる。

時事ドットコム:停留、10日間個室内に=感染拡大防止が目的-厚労省・新型インフル.

成田空港内の宿泊施設から空港近くのホテルに移動した。感染拡大を防ぐため、潜伏期間が過ぎる18日までの10日間、施設に留め置く「停留」とされる。

今回の3人目の感染者(最初に見つかったうちの一人)は機内でのチェックはでは分からなかったけれど、他の感染者の同行者だったことからわかったのだ。
時事ドットコム:指定記事.

 生徒は乗り継ぎの国内線に向かう途中で、検疫官の判断が感染の拡大を防いだ形だ。  厚生労働省によると、この生徒は機内検疫のサーモグラフィー(体表面温度測定装置)で異常は見つからなかった。

こんなことでいつまで水際で阻止できると思っているのだろうか。同行者がいなければ国内線を乗り継いで帰宅していた可能性もあるのに・・・

新型インフルエンザ自体はそんなに怖い病気ではない。
感染者が一人旅なら間違いなく機内でのチェックで分からなければそのまま帰宅するだろうから現実問題として国内に入ってくるのは時間の問題だろう。

その後どうするのか
今のニュースの状態では国内がパニックになりかねないような気がするのだが・・・・

子どもがかかりやすいということや感染率の高さから学校は休校にして・・・となるんだろうなぁ

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2009.05.09

顔じゃなかった・・・

連休明けはめちゃくちゃ忙しいんだけど、明日は10日、午前中は行くところがあって、午後はコンサート・・・
というわけで早々に仕事を切り上げて電車に乗って出かけてきた。

電車の中では音楽を聴きながら・・・明日のコンサートの予習と、新しいCDをMP3に落とした物を聞いていたのだが、聞いているうちに山の森の中にある谷間の上にいるような気がしてきた。
目を閉じているとまるで、目の前には谷があって向こう岸の山の緑が鮮やかに輝いている・・・その中を流れるバイオリンの音・・・・

目を開くとそこにはいつもの電車の中から見た景色が広がっているだけなのに、どこかとても新鮮な感じ。
まるで映画の1シーンを見ているみたい・・・

「あぁ、ネマニャだ・・・」
聞いていたのはこれ。

Nemanja Radulovic plays Bach, Miletic, Paganini & Ysaye
Nemanja Radulovic plays Bach, Miletic, Paganini & YsayeJohann Sebastian Bach Miroslav Miletic Niccolo Paganini


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結構難しい曲が多くてテクニックを見せ付けるような感じさえある選曲なのに、聞いていると脳裏に浮かんでくるのは曲の難しさとはまったく別なさわやかな景色。
この曲を聴きながら彼の弾いている姿は思い浮かんでこない。

彼の容姿に惚れたのではないことがわかってちょっとほっとしたりして・・・∥^O^∥
が、もしかしたら彼のバイオリンに惚れるほうが重症かもしれない。

そしてもっと困ったことに・・・職員室でふと気を抜くと頭の中に四季が鳴り響いている・・・彼の演奏で・・・
(幸いなことに途中から彼がどう弾いたか思い出せないので途中でストップするけど・・・)

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連休明け

連休はすっかり遊んでしまったこともあるけれど、連休明けはやっぱりきつい。
仕事をしてもしても終わらない・・・(連休に向けて宿題をいっぱい出す先生が悪いのだが・・・)
宿題の山を片付けて、試験問題を考えて・・・・・
あぁ~あ・・・・

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2009.05.07

狂気のバッハの日の残したもの

ラ・フォルネ・ジャパンのフォルネには狂気という意味もあるのだそうだ。
確かにその言葉にふさわしい音楽漬けの日々だった。
そして形として残ったものは
Img_2437
このお弁当についていたバッハキューピーといろいろな写真とNemanja Radulovic君のサインだけかな。

形の上では狂気の沙汰は終わって普通の日常が帰ってくるはずなんだけど、なかなか頭の中はそうは行かない。
頭の中では音楽が鳴り響き(ヴィヴァルディの四季が多いのは言うまでもないが・・・)身の回りに音楽のないことがどうにも物足りない。

一日中音楽に囲まれた生活というのは子どものころにはあったかもしれないけれど、大人になってからは記憶にない・・・たぶん・・・

国際フォーラムのあの人ごみにはとても耐えられないけれど、音楽に囲まれた生活というのがこんなにも心地よいものだとは知らなかったかも。

それにしても時として頭の中に流れてくる四季の出だし・・・その後どう続くのか、覚えているようで覚えていないのが悔しい。
もちろん他の人がどう弾いているのかはある程度知っているけれど、彼の弾き方がどうだったのかは3回も聞いたのにちゃんと覚えてない。
もう一度聞きたいなぁ・・・

そして古楽アカデミーの演奏もまたチャンスがあったら聴いてみたい。
もっとじっくりと一つ一つの楽器の音を味わいながら・・・

LFJ、来年はショパンなのだそうだ。
Pianoはもともと好きだからきっと行くんだろうな。
でも、あの混雑はとても耐えられない・・・・狂気に陥らなければ・・・・


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バッハな日最終日(その2)

LFJのバッハな日最終日(その1)の続きです。

最終日(その1)こちらから。

午後からは今回一番楽しみにしていたベルリン古楽アカデミーの管弦楽組曲2番、4番。

バッハ:管弦楽組曲
バッハ:管弦楽組曲ベルリン古楽アカデミー バッハ


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何よりも古楽器での演奏・・・特にトラヴェルソ(フルートの古い形)を聞きたかったのだ。
Cosが子どものころにはバロックフルートと習ったように思うけれど、シンプルな形の横笛というのに惹かれていた時期もあったし・・・

が、場所は大会議室・・・・・音楽を聴くための、特に昔の微妙な楽器を聞くのにはあまりに適さない場所・・・ということもあったのだろうけれど、トラヴェルソの音は時としてバイオリン(じゃないかもしれないけど)の音に負けていたのがとても残念。

フルートのような朗々と響く音ではなく、音色は似ているけれど、もっと丸いような感じの音かな。
どちらかといえば壜を吹いたときに出てくるような音に似ている部分もある。

オーボエ(バロックオーボエ?)は今のオーボエよりももっと「葦」という感じがする音色かな。
もともと普通のオーボエでもそうだけど、ちょっと草笛に似たような音色。

どの楽器の音も派手なところのない音色で小さなサロンなどでみんなが楽しみながら奏でるのにふさわしいような感じ。
特に管弦楽組曲第2番は編成も小さいし、大きなところで聞く曲ではないなぁと痛感した。
そんなことを思いながら遠い過去へ想いをはせて・・・

これに比べて4番は編成も大きいし、ずっと派手。
古楽器を使っていてもこれぐらいだとホールでも十分楽しめる感じ。
こっちはその分純粋に音楽を楽しんだだけだったかも。

そして今回の最後は
ヴィヴァルディの4台のバイオリンのための協奏曲と
それに刺激して作られたバッハの4台のチェンバロ(今回はピアノ)のための協奏曲
更に管弦楽組曲第3番・・・
の予定だったけれど、4人のバイオリン奏者のうちのひとり、
ネマニャ・ラドゥロヴィッチは協奏曲に参加せずにヴィヴァルディの四季のうちの春を演奏するという。

ネマニャの四季にほれ込んでしまったCosとしてはうれしい驚きだったけれど、バイオリン協奏曲はオーケストラであるシンフォニア・ヴァルソヴィアのコンサートマスターがつとめていた。

トップはこれを最後にこの次いつ聞けるか分からないネマニャのバイオリン。
3度目ともなると彼の弾き方のうちかなりの部分を覚えていることに気がついた。
思ったとおりのところで思ったとおりの弾き方をして、同じように感激している自分。
パワフルで、情熱的で、聞いているだけでわくわくして何かを期待して待っているような感じさえしてくる。
この彼のバイオリンをこの次はいつ聞けるのだろう・・・
弾いているネマニャも本当に楽しそう。
こんなすばらしい世界を見せてくれたネマニャに感謝m∥_ _∥m

ネマニャの激しさに続いては朗々と奏でる組曲3番。
これは2番の次にCosの好きな曲
エア(G線上のアリア)の透明感は高揚してわくわくしていた気持ちを静かに敬虔な(雰囲気だけ)ものにしてくれる。
いつ聞いてもこれは祈りだなぁ・・・

4台のバイオリンのための協奏曲。
ネマニャが出てないからというわけではないけれど、これは「おおすごい」という感じにはあまりならなかった。
その前の2曲の印象が強かったからか、バイオリン自体は管弦楽団の中に普通に何台もあるからなのかはよくわからない。
決して悪かったわけではないし、これだけを聞いたらまたまるっきり違った観想だっただろうと思う。
あるいは・・・

4台のピアノが一列に並んで、4人のピアニストが開場のおしりを向けて演奏するバッハのピアノ協奏曲は見ただけで「おおすごい」となったからかもしれない∥^O^∥
ピアノ4台が同時に並ぶなんていうのを見ることも初めてだし、一緒に演奏するすごさに圧倒されたのかもしれないけれど、これは面白かった。

すっかり満たされて外に出るともうこれでコンサートはおしまい。
その後の
ルネ・マルタン(LFJアーティスティック・ディレクター)×福岡伸一(分子生物学者)
の対談をぼ~と聞きながら一日を反芻。

一日中音楽に包まれるまさに「熱狂の日」がこれで終わるんだなぁ・・・と。

音楽に満ちた人生、Cosの生きてきた道とはすっかり違ってしまっているけれど、そういう人生であっても良かったのに・・・
Img_2426

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2009.05.06

バッハな日最終日

バッハな日の2日目は自主的にお休み。
なんといってもそこまでの体力にはまったく自信がないし、試験問題をつくらなきゃならないし(ってまだ手付かずだけど。。。)
うちの事もやらないとまずいだろうし・・・(って、結局ほとんどやってないけど)

というわけで最終日は朝から・・・\∥^O^∥/
Img_2399
最初は小曾根さんのjazzの即興演奏。
なんと一番前の左端の席。
Img_2396


目の前に階段があって、ここからすぐにでも舞台に上れるのだ。

というわけで指を見ながらの小曽根真のバッハ・・・

Jazz風にアレンジした・・・最初は・・・・
あれ?知ってる。
なんとインベンションをアレンジした曲だったりして・・・∥^O^∥
やっぱりJazzPianoは楽しい。
Cosの好きなキース・ジャレットもクラシックを出しているし(バッハだっけ?)・・・
相性がいいのだ。

コンサートの途中で客席にいた
ピアノの児玉麻里さん、児玉桃さんとトロンボーンの中川英二郎を舞台に呼び出してそこで打ち合わせをした上での即興演奏。
でも・・・ふつうトロンボーンを持って音楽会に来るか?
3人で一台のピアノに向かい、本当に楽しそうに演奏していた。
トロンボーンは「あれ、どうしようかな?」なんていう場面もあったけれど、それはそれで楽しそうに\∥^O^∥/

楽しい時間を堪能してから無料のミュージックキオスクへ。
Img_2404
だるま堂さんへ。
パーカッションと歌の二人組みでなかなか楽しかった。

更に講演会のチケットを手に入れてから(だるま堂よりこっちが先だったかも?)
地下のリューベック広場でテレム・カルテットの無料公演
Img_2423
手前にいた通訳役の男の子がなかなか面白かったのだが、それはさておき
昨日の有料のプログラムの一部を無料でやっているので、どの曲も聴いた覚えがあるものばかり。
でも昨日よりもリラックスしてやっていたかもしれないなぁ・・・

講演会の時間が押してきたので、まだ終わっていないのが心残りだったけれど、講演会場へ。
「バッハの時代のヒットチャート」と題して、1781年から1981年まで200年間の演奏記録から見る時代の変化と演奏される曲の変化についての講演。

200年前には今までに作られたものを振り返って演奏するのではなく、毎回新しい曲を作っては演奏していたこと、バッハは200年前には余りたいしたことがなかったこと、Hasseという聴いたことのない人の作品(ご当地作曲家だったらしい)がかなり演奏されていたことなどなど・・・
話自体はかなり面白かったし、音楽だけではなく、音楽にまつわるこういう話を聞くのもそれはそれでとても楽しかった。

(つづく)

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ネマニャのコンチェルト

ブログパーツがちゃんとできるかどうかのテスト

重いかもしれないので、続きを読むからどうぞ

続きを読む "ネマニャのコンチェルト"

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怖い伝染性の強さ

いまのところ、インフルエンザとしては怖いものではないけれど、その伝染性の高さが怖いということになる。

時事ドットコム:発熱で都内の診察拒否92件=新型インフルに過剰反応?-都まとめ

いずれ、当たり前の病気のひとつになるのか、水際で阻止しきれるのか・・・

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2009.05.05

バッハな日の終わり

今日は朝から夜までLFJ・・・
音楽に浸った一日だった。
パンドラの箱を開けたような気もしないでもない。
手の届かない世界が手の届かないままでそばによってきたような・・・

いろいろな古楽器の音も聞いてきたし、
ネマニャ君の四季もまた聞いてうっとりしてきたし、
疲れたけれど楽しい一日だった。

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2009.05.04

次の日

昨日一日バッハ三昧(ってヴィヴァルディのほうが印象が強いけど)だったので、今日は音楽がないのがとてもさびしい。
それでなくても家にいるとろくなことは考えないし・・・・

仕方がないので、一日中CDをかけっ放し・・・

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バッハ三昧1日目(その2)

(2009年5月3日LFJ1日目の続きです)

斬新で情熱的なCosをすっかりとりこにした四季の後は他のどんな曲を聴いても物足りなく感じそうな気がしたけれど、幸いなことにしばらく時間があった。

国際フォーラムの人が余りにすごいので、Cosは周辺のお散歩。
まあ、この日はどこへ行っても人がたくさんいたけれど、お散歩で移動している間は人の波はなかっただけましかな。

まず最初に行ったところは新東京ビルの管弦楽アンサンブル。
きちんと調べなかったからかもしれないけれど、場所がよくわからなかったので着いたときにはもうかなりの人で、演奏している人たちの姿はほとんど見えない。
結局どんな人たちが演奏していたのか分かったのは終わった後∥^O^∥

知らない人のために楽器の紹介(フルート、クラリネット、ファゴット、ホルン)があって曲の演奏。
曲名は覚えてなくても知っている曲ばかりだったので楽しく聴いてきた。

その後は丸ビルに移動してバイオリンとピアノ。
ここも混んでいたのでエスカレーターで上がって上から聞いてきた。

さすがに丸ビルで演奏するだけあって、腕はかなりいい。
ここには小さなパイプオルガンもあって、おすすめ。4日はお休みの日にしたので、5日に時間が取れたらまた行きたい。

Img_2393


更にそのまま上に上がって、「のだめ カンタービレ♪ワールドへ」
ここだけは写真が取れるので人の入れ替えのチャンスをねらって撮ってきた。
中はただだということを考えれば面白かった。
簡単にのだめのストーリーを復習してみたり、
のだめの部屋のふだんよりこぎれいになったところが再現してあったり・・
(鍋の煮物はちゃんと再現してあったり、プリごろ太が全巻あったりで笑えたが・・・)
原画が展示してあったり、
取材した場所の紹介があったり・・・・

これだけ回ったらさすがに疲れてきて一休みして18;45からのミサ曲ロ短調に備える。
LFJは1時間以内の短いプログラムが多いけれど、さすがにこれは15分の休憩を挟んではいても2時間以上の長丁場なのだ。

バッハ;ロ短調ミサ曲、マニフィカト【SHM-CD仕様】
バッハ;ロ短調ミサ曲、マニフィカト【SHM-CD仕様】コルボ(ミシェル) バッハ ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル


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ミシェル・コルボの指揮するローザンヌ声楽・器楽アンサンブルはきっちりと歌い上げていていかにも円熟の味。
奇をてらったり派手なところはないけれど、じっくりと聞き込むことが出来る。

合唱団が普段見ているような日本のものと構成がかなり違う。
どう見ても男性のほうが圧倒的に多いのだ。
ソプラノ1、ソプラノ2、アルト、テノール、バリトンに分かれているはずなのだが、アルト側の女性の中には何人かの男性が混じっているのだ(どのパートをうたっているのかは分からなかったけれど)
なんとなく男性のほうが声量があるから人数も少なくていいような気がするのにどうしてだろう?

この長い曲の休憩時間に席を立たなかったのは敗因。
すっかり腰が痛くなってしまった。
次回は気をつけよう。


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バッハ三昧1日目(その1)

まあ、本当に好きな人ならもっとたくさん聞くのだろうけれど、Cosにしてみれば一日中、バッハから離れることなく生活したという感じかな。

今日の最大の楽しみは前夜祭で聞いたネマニャ・ラドゥロヴィチの四季の演奏。
一緒にいた友達は「若くていい男」と喜んでいたけれど、Cosはあまり若い男性には惹かれないので、Cosが引かれたのはやっぱり彼の演奏・・・だと信じたい。
まあ、セルビア人のかっこよさは否定できないけれど・・・∥xx;∥☆\(--メ)

Cosの聞く最初のコンサートであるテレム・カルテットに向かう最中、なんとネマニャ・ラドゥロヴィチに会ってしまった。
つたない英語を駆使してサインをねだり写真を撮り・・・\∥^O^∥/
その後は当然のように一日中うきうき・・・∥xx;∥☆\(--メ)

Terem Quartet: Classical
Terem Quartet: ClassicalNikolai Pavlovich Budashkin Mikhail Glinka Vincent Monti


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ロシアの民族楽器を使って、自分達なりのBachに編曲しての演奏。 原曲は知っているし、どんな曲だったか思い出せるけれど、すっかり替わってしまったもの、原曲の雰囲気を残しながら彼らなりの味付けをしているものなどどの曲もとても楽しかった。

楽器の中でもバスーバラライカはやっぱりすごい∥^O^∥
曲名は忘れてしまったけれど、バスーバラライカがメロディを奏でていた曲は特に圧巻だった。
もともとはクラシックのコントラバス奏者だったらしい。


そして、今日の一番の楽しみのネマニャ・ラドゥロヴィチの四季。
情熱的な若さのあふれる演奏で、おとといも(途中までだけど)聞いたのに、やっぱり新鮮さを感じる。
今日は演奏の様子が舞台の両端のスクリーンに映し出されるから、彼が弾いているとドンドン弓の糸(と読んでいいのかな?馬の尻尾だということは知っているけど)がきれていくのがよくわかる。
弓を弦に弾ませるようにして音の鋭さを出しているから、きれやすいのだろう。
糸があんなに減っても大丈夫なものだというのにはちょっとびっくり。
それにしても毎回のように張り替えているんだろうなぁ・・・
曲の解釈自体は彼がやっているのではないかもしれないけれど、四季があんなに激しい情熱的な極だったと走らなかった。
この激しさにCosはあこがれているのかも。

Mendelssohn: Violin Concertos
Mendelssohn: Violin Concertos
これはメンデルスゾーン。
彼の激しさが少しは出ているんだろうか?
なかなか入手できないらしい。

Nemanja Radulovic plays Bach, Miletic, Paganini & Ysaye
Nemanja Radulovic plays Bach, Miletic, Paganini & YsayeJohann Sebastian Bach Miroslav Miletic Niccolo Paganini


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こっちはちょっと古いけれど、手には入りやすいらしい。 でも彼の年齢(23歳)を考えると今の彼とはかなり違うだろうなぁ・・・

いやぁ、本当に楽しかった。
当分、彼以外のバイオリンは聞きたくない感じ・・・・
彼の動画は「続きを読む」からどうぞ

(その2へ)

続きを読む "バッハ三昧1日目(その1)"

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2009.05.03

誰がどう教えるかが大事

当たり前といえば当たり前の結果だけれど、文科省や現場の意識が高い環境で結果が出ていないということがどういうことなのか、ちょっと考えればすぐに分かること。

asahi.com(朝日新聞社):導入進む「習熟度別少人数授業」 きめ細かな指導探る - 教育.

 部分実施も含めると、小学校の85%、中学校でも74%(07年度)で導入されている「習熟度別少人数授業」。昔ながらの一斉授業ではなく、きめ細かく対応するために子どもの理解度でグループ分けして教えるやり方だが、導入しさえすれば効果が出るというわけではないことが、文部科学省の調査から浮かび上がった。

導入された習熟度別。
結果を出すことを要求しない学校がどこにあるだろうか。
それにもかかわらず明らかな違いが出ていないことのほうがずっと問題だ。


 小学校では、習熟度別の子どもの方が、そうでない子どもより正答率が1ポイント以上高い問題が14問中5問あった。中学校では20問中4問だった。だが、差は最大でも3ポイントで、受けていない子の方が正答率が1ポイント以上高い問題も小学校では3問あった。単純に見える計算問題でも、習熟度別の効果の表れはまちまちだ。

子どもの理解度でグループ分けをしたときと単純に人数だけでグループ分けをしたときとの差は調べられていない。
つまりこのポイントが高いという結果さえも習熟度別かどうかということによるものなのか、人数を少なくすることによるきめ細かな指導によるものなのかは判断できない。

 加藤幸次・上智大名誉教授(学校教育)は「学級崩壊などが起こるなか、一斉授業だけで対応するのは無理で、個に応じた教育が必要だ」と言う。

この言葉の中にはどこにも「習熟度別」という言葉はない。
「個に応じた教育」というのは出来具合で子どもを輪切りにすることと同じではない。

教える側から見れば粒がそろっているほうが教えやすいということはあるし、教えやすければ効果も大きいはず・・・ということはあるのかもしれないが・・・

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2009.05.02

ヴィヴァルディってこんなだっけ?

いよいよバッハ尽くしの前哨戦でLFJに行ってきました。
もう30分早く職場を出るつもりだったのに、大人と子どもが来てCosを引き止めたので、会場に着いたのは30分前。

第一部は過去のLFJを振り返ってということで・・・・まあ、「そうでしか」という内容。

が、
第二部
出演者:ジャン=ジャック・カントロフ指揮/シンフォニア・ヴァルソヴィア
ネマニャ・ラドゥロヴィチ(ヴァイオリン)、パヴェル・シュポルツル(ヴァイオリン)
曲目:ヴィヴァルディ;四季 作品8より「春」、「夏」(ネマニャ・ラドゥロヴィチ(ヴァイオリン))
J.S.バッハ;ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV1042(パヴェル・シュポルツル(ヴァイオリン))
はとてもよかった。
特に四季のネマニャ・ラドゥロヴィッチのバイオリンは今まで知っている四季とはとても同じ曲とは思えないほどの演奏。

もちろん楽譜は楽譜どおりなんだろうけれど、情熱的などこか現代のにおいのする四季・・・
うちに帰ってきて手元にあったCDを聞き比べているけれど、あんなに生き生きしていない。

その後で弾いた青いバイオリンのパヴェル・シュポルツルの演奏もきっちりとしたオーソドックスな演奏で第一部とはもちろん比較にならないほどいい演奏だったのだけど、影が薄くなってしまった。

ラドゥロヴィッチのバイオリンをもう一度聴いてみたい。

音楽会が終わったあとは「なんでも380円」というさんぱちバーでワインと
「コスモス」というカクテル。
ピーチとなんだっけ・・・?
まあまあおいしかったけれど、名前が違ったら飲まなかっただろうな。

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2009.05.01

天徳寺2009春のつどい

今回はみどりの日の水曜日に春の集いが行われた。

Cosたちはいつものように前の日から泊り込み・・・
夜遅く、外に出てみると東京で見るのより心なしか大きく見える星。
空が広いので、周りの山のシルエットがまるでプラネタリウムにいるようにも思える。

Img_2329そして朝、杉を切り倒してすっかり見通しの良くなった裏山に登る。
標高90mぐらい。
気分はハイキング。

朝もやの天徳寺の向こうには水の入った田んぼが見えて、なんだかすがすがしい感じ。手前の切り倒した杉はこれからいろいろなことに使われるのだろう。

でも、のんびりと出来たのはここまで。

この後準備が始まると大忙し。

「檀家さんのところの鍾乳石が見られるから皆さんをお誘いしてもいいですね。」という住職の一言で「お散歩コース」の設定。

まず文章を作って印刷して皆さんに渡せるようにする。
個人のお宅に伺うので、人数の把握もしておいたほうがいいし、電車の方たちのためのタクシーもそれに合わせてきてもらうようにしなくちゃならないし・・・

というわけでばたばたとしていたらあっという間に開始の時間。
Img_2366
本当は最初から会場に詰めていなければならなかったのだが・・・・
受付にいながら「千の風になって」の歌声が聞こえてくるのに気がついた。

あわてて受付を頼んで会場で「ふるさと」を歌う。

住職の
「コンビニのレジの横にある募金箱に募金をするのも亡くなった方に対する功徳です。
それも多額ではなく、ほんの10円、5円を。
額が大きいと一軒のコンビニで募金をしても後が続かないけれど、小額であればコンビニに行く度に功徳を積むことが出来る」
というお話のあとみんなで般若心経
に続いて焼香。

大急ぎで焼香を済ませて本堂でまた打ち合わせ。
人数の把握が出来て、タクシーの手配が済んだので奥に行ってお昼ご飯(食べる場所がなかったのだ)。
ここでやっとお手伝いに来ている檀家さんとおしゃべり\∥^O^∥/
Cosは食事の支度を手伝わないのでなかなかおしゃべりをするチャンスがないのだ∥>_<∥

食事をしていたら・・・「鍾乳洞に未知案何をする人が必要」とのことで手を上げる。

大急ぎで食事を済ませてとなりのうちへ。
地続きだから確かにとなりなのだが、歩いていくと10分ぐらいかかる∥^O^∥
Img_2387
この土地の昔ながらの庄屋さんのお宅で、この近所では一番立派な長屋門なのだそうだ。
ここをくぐっていくときちんと整備されたきれいな前庭と本宅。
この裏に鍾乳石はあるのだ。

明治の初め、灌漑用水にするために岩を掘って作ったトンネルのため池。
その水を年に一度抜くのだが数年前に中がどうなっているのか見たら鍾乳石が出来ていたとのこと。
ストロー状の鍾乳石は石灰岩のないこの地方では非常に珍しいものだそうだ。

Img_2375

中はこんな感じ。
普段はもちろん真っ暗だけど、この時期には電気を引いて証明をつけてくださるだけでなく、いろいろな説明もしてくださるありがたい檀家さん。

トンネルの入り口にはこんな東京サンショウウオの卵もあった。
Img_2377
一緒にいらした方たちの多くは気づかなかったそうで、次回はぜひ。

ちょっと時間が余ってしまったけれど、電車で帰られる方のタクシーを見送って寺へ・・・
無事に今日の会が終わった。

とほっとしていたら、帰りのアクアラインが混んでいて運転の得意じゃないCosは∥>_<∥


Img_2313

朝、父のそばに咲いていたアザミ。

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