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2009.03.31

【定点観測】2009.03.31

天気は悪くないけど、これだけ温度が低いとこっちのほうでは一向に咲こうとしない。
毎日すこ~しずつ変化している感じかな。
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とはいえ、昨日は忙しくて見に行く余裕などとてもなかったので急に変化されたら困るなぁと思っていたところだったからそれはそれでよかったのだが・・・・
満開になるのが四月になってからというのはずいぶんと久しぶりのような気がする。
といっても何週間も違うわけじゃないし、花はしっかり開き始めているし・・・
あんまり変わらないかな?

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2009.03.30

誠意ある対応は?・・・・受験拒否

どうすることが誠意ある対応なのか・・・・
この生徒が合格するだけの力があった場合、合格した場合、学校側はどうしなければならないのかを考えると必ずしも批判は出来ない気がする。

asahi.com(朝日新聞社):がんの生徒の受験拒否 長崎日大高「特別対応できない」 - 社会.

 長崎県諫早市の私立長崎日本大学高校(野上秀文校長)が今年の入試で、がんを患う中学3年生の女子生徒(15)の受験を断っていたことがわかった。生徒は治療で抵抗力が弱っており、感染症を防ぐため他の受験生とは別の部屋での受験を求めたところ、同校は「特別な対応はできない」と説明したという。

 生徒は同校で、一般入試に先駆けて1月20日に行われた特別入試の受験を希望。在籍する中学校の校長が同13日、願書を提出した後、野上校長に事情を説明した。高校側は県に相談したうえで翌14日、「個室を用意することができないので受験を差し控えてほしい」と回答。願書と受験料を返却したという。生徒は同校の受験をあきらめた。

 野上校長は朝日新聞の取材に対し、特別入試の受験者は1700人以上いたと説明し「申し訳ない気持ちはあるが、教室が足りなかった。1人の受験生のために試験監督をつける余裕もなかった。志望者全員にチャンスを与えるべきだと思うが、学校として対応できる自信がなかった」と述べた。さらに「批判もあると思うが、私たちが教育したい人、できる人を選抜したい。それが私学の独自性だ」と語った。

私学は公立ではないから、学校独自の方針があってかまわない。普通の入試であれば、そこで落とすことも可能だが、この特別入試というのはおそらく推薦入試に当たるのだろう。

成績としては合格基準に達するものをとっていたのではないかと思う。
場合によっては入試を受ける受けないの問題ではなく、入学するしないの問題だったのかもしれない。

学校側としては対応できる自信がなかったのは入試だけではないのかも。

ある意味で、こうした事を積み重ねていって、これからの時代は私学であっても特別な対応を必要とする生徒を受け入れることが要求されるようになってくるのだろうな。

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2009.03.29

VOCA展

この前佐藤美術館で見た三瀬夏之介が気になっていて、他のところでも彼の作品を見たいと思っていた。
幸いなことに上野の森美術館のVOCA展(2009年3月30日まで)に出品されるというので見に行ってきた。

このVOCA展は選考委員に推薦された40歳以下の人たちが描いた新作の中から大賞などを選ぶというものなのだが、その大賞に三瀬夏之介が選ばれたのだ。


受賞の言葉.

そのようなダイナミックな直感に苛まれながらも、ぼくにはどうすることもできないほど世界はでかい。ぼくは政治力も資本力ももたない、ただの世界の田舎の絵描きにすぎない。

ただそれでもぼくはもがきあらがう。絵の中に登場してくる巨人は破壊の限りを尽くす悪の権化かもしれないし、新しい未来を描く救世主かもしれない。あなたにはどう見える?

「今」という時代をこの絵の不穏さが象徴していることなのかもしれない。表面的には何とか平穏を装っているけれど、その裏側ではもしかしたら・・・・
と思わせる。

そしてそれは今回賞をとった作品のかなりの部分に共通していたりするのがなんだか怖い。

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【定点観測】2009.03.29

相変わらず寒くて外に出るときにはダウンを着ているし、夜は暖房を入れている・・・
桜の花も寒いらしくてお日様があってもなかなか開こうとしない。
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それでも花見をしている人たちが増えるのと同じように少しずつ花も開いてきている。

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寒いのは明日までであさってからはまた暖かくなるそうだからちゃんと咲き始めるのはそのころかな。

それでも、昨日見てきた九段の桜はもう少し花があったのになぁ・・・

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ビーチアニマル

ビーチアニマルはテオヤンセンが自分の作った者たちにつけた名前。
風の力だけで動くメカニカルな動物達ということかな。

テオ・ヤンセン展
は日比谷パティオで2009年4月12日まで

本来は砂浜の上で風が吹いてこんな風に動くということなのだけど、会場ではペットボトルにためた空気を利用して動かしていた。

自然に動くというよりは人工的に動かしているので、単に「少ない力で動く」という印象しかなかったのが残念。

ただし、実際に手で押して動かせるものもあって、大きさや重さの割りに軽く動く。
どこかピタゴラスイッチを思わせるような空気の利用法・・・

というよりもどう動くかを見てきた感じ。
風の力を実感することはなかった。

厳密に設計されて作ったのではなく、その時々に応じて(もちろんかなりしっかりした設計はされているんだろうけれど)つくられたようないかにも手作りの自動機械。

どこがどうなっていて、空気の力でどうやって動くのかを考えるのは面白かった。
たぶん作者もそういうことを考えるときは楽しいんだろうなぁ

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忙しくしていよう

このところ、くよくよと思い悩むのいやさにせっせと毎日忙しくしている∥^O^∥
気分は今にも落ち込んでいきそうだけど、毎日のようにあれやこれやとしているとその暇がないかもしれないと・・・

考えてもどうにもならないことを思い悩むよりはとりあえず目の前に他のものをぶら下げておけ・・というわけ。

実際にはふとした狭間の時間にず~ん・・・なんだけどな∥^O^∥

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2009.03.28

ロスコルーム

一週間もたってしまったのが不思議な気がするけれど、先週の土曜日に佐倉の川村記念美術館に行ってきた。

もちろんお目当ては「マーク・ロスコ」(2009年6月7日まで)
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もともと川村美術館のロスコルームはCosのお気に入りで、暗い部屋の中に7枚のロスコの赤い絵がかけられているだけなのに川村に行くと必ずそこでしばらくたたずんでしまう。

人が誰もいなければずいぶんと長い時間座り込んでいたりもする。

このロスコルームの絵はマークロスコがレストランのために描いたシーグラム壁画と呼ばれる何枚もの大きな絵のうちの一部だったのだが、今回イギリスのテート美術館とアメリカのナショナルミュージアムをまとめて展示しているのだ。

そのために前回川村記念美術館に来たときにはイギリスのテート美術館にロスコの絵が貸し出されていてロスコルームは閉鎖されていたのだ。
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この写真はそのときのもの。イギリスでのテート美術館のポスターが張り出してある。

要するに世界的規模の巡回展ということになる。

今回はただ単に絵を展示しているだけではなく、レストランシーグラムのために描いた絵だったにもかかわらず直前になって現地を訪れたロスコが「ここではだめだ」と契約をキャンセルして自分で持っていた絵
ロスコはこの絵を一箇所にまとめて、自分の絵だけの部屋が作れるところを望んでた。

それに対してテートが部屋を作ることを申し出たけれど、そこからもまた紆余曲折があってそのうちの何枚かをテートで飾ることになった。

そんな敬意のやり取りが書簡になっていたり、部屋の模型があったりしてロスコの絵に描ける想いが伝わってくるような気がした。

絵自体も普段の川村のロスコルームはグレーが基調になっていて、暗い重厚でずっしりと包まれるような安心感のある雰囲気があるのに、今回は大きな真っ白な展示室をいっぱいに使って絵がかけてあるから同じ絵なのに重厚さはあるものの明るい安心感に変わっていた。

それでも静かに静かに絵とともに過ごす時間の心地よさは変わらない。

ロスコはどっちを望んだんだろう?

今回はみんなで来たのでその後はしっかりピクニック。

菜の花の咲き乱れるアート広場で焼きたてのピザランチ。
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2009.03.26

【定点観測】2009.03.26

2日間が開いてしまったけれど、2日とも寒かったので思ったとおり変化はほとんどなかった。
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今日は2日ぶりに晴れたけれど、気温は低くて
「花見なんかやっている人なんかいるはずがない」と思ったのだが・・・・

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右のほうで車座になっている人たちが・・・
後でそばを通ったときに皆さんビールを召し上がっていた。
寒かっただろうなぁ・・・・

こっちの写真で見ると多少は開いているけれど、ほとんどの木の花はこんな感じ。
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どう見ても花が開くのは時間の問題なんだけどなぁ・・・

明日は咲くかな?


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いろいろな子ども

いつの間にか「裕福」ではないかもしれないけれど、本当には貧しくない子供達ばかりを見ている自分に気がつく。

(1)学習を習慣付け 逆境はね返す : 教育ルネサンス : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

 JR京都駅の南側が校区。一人親家庭も多く、市内でも就学援助の率が高い学校の一つだ。1週間ほど前にも、私立高に合格した生徒の母親に「父親の収入のめどが立たず、学費が半分しか用意できない」と相談され、手続きに奔走した。高校進学で府から受けられる修学資金は、半分近くが申請したクラスもある。

 公立高への出願が迫っていた1月下旬、3年生は教室で願書の下書きをした。「願書って何?」という質問に、担任が「入学を希望しますという正式な書類なんや」とまじめに返す。生徒は、ふざけているのではなく、高校受験の現実感がないようだ。

 「願書を書くときはテーブルに飲み物や食べ物を置かない」「印鑑の掃除を忘れずに」と注意は細かい。それでも、保護者の生年月日や名前、出願先の学校名などを間違える生徒が出る。

 今年の3年生78人の進路は公立高と私立高が6対4の割合だ。5対5ほどの年もある。私立が意外に多いのは、学費の負担が大きくても、中退を防ぐ家庭訪問など、面倒見がいいからだという。公立の2次募集を目指す数人には、卒業式後も特訓が続いた。

ここでの私立志向はCosなどの知っている私立を希望する子供達の姿とは大きく違う。

「中退を防ぐ家庭訪問など面倒見がいい」ということはどういうことなのか、そうやって面倒見のいいところでないと中退しかねない・・・経済的な事情以上に学力的な問題もある・・・

東京の地方では私立よりも公立のほうが学力のレベルが上と判断されるところも少なくないけれど、Cosのところなどでは公立よりも進学を考えて私立を選んだ生徒も多い。

が、この記事に出てくる「私立を選ぶ」生徒達は学力的にも厳しいものがあるのだろう。経済的にも(実際にはだからこそなんだろうけれど)学力的にも問題を抱えている子供達がたくさんいることを忘れてはならない。

たとえCosの目からは見えていなかったとしても・・・

 経済的厳しさは学力に影響する。2007年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)では、全国平均を10ポイントほど下回った。08年度は平均に近づいたが、3年生の家庭での学習時間は、1日2時間以上が3分の1いる一方、30分以下と「全くしない」で4割近くを占める。家庭で勉強する習慣づけが欠かせない。

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2009.03.24

錦絵はいかに作られたか

「錦絵はいかに作られたか」と聞いて真っ先に浮かぶ疑問は
「錦絵って何?」
以前、江戸博物館で見た「ボストン美術館展」の中で
浮世絵は最初黒一色の墨摺絵(すみずりえ)から始まり、色の付いた紅摺絵(べにずりえ)になり、多色刷りの錦絵になったとあったのだが、逆に「錦絵」といわれたときにそれは浮世絵だけに使うのだろうか?
という疑問がわいてくる。

そんな疑問を持って国立歴史博物館の「錦絵はいかに作られたか」展(2009年5月6日まで)に行ってきた。
なんてえらそうなことを書いているけれど、実際に歴博で真っ先に行ったのは「錦絵の重ね摺り体験」!

Nisikie_002_0001展示はそっちのけで2種類の多色刷りを体験。

「体験」好きなCosとその友達たちが見逃すはずもなく、時間が足りなくなるといやだから先にやることに(と提案したのはCosだが・・・)。

いやぁ難しかったです。
やることはやさしいんだけど・・・・_| ̄|●

写真のものは
「濃い青」→「薄い青」→「赤」→「黒」の順にするのだけれど、気をつけてやったつもりでもずれていたり、思うように色が出なかったり・・・

一緒に行った友達(この写真は友達がやったときのもの)とああでもない、こうでもないと大騒ぎしながら楽しい時間を過ごしてしまった∥^O^∥

2枚とも出来て多色刷りの大変さを身をもって体験したCosたちは16色も使っていたりする浮世絵が江戸時代に完成されていたことに改めて驚きをもって展示を見ることになる。

しかもこの浮世絵というのは特権階級が楽しむというものではなく、江戸の庶民(買うだけの余裕のある庶民)が絵双紙屋で買うことが出来たのだ。
そのお店の様子も錦絵として残っているのだ。

中には相撲の番付を模して「これが江戸 錦絵合わせ」なんていう番付表があったりして昔の人も楽しんでいたんだろうと思われる。

歌舞伎の役者絵、死絵(有名人が死んだときに出す。まるで今の週刊誌みたいに人気役者が死ぬと何種類もの死絵が印刷されて売りに出されるけれど、必ずしも出せば売れるとは限らなかったらしい)、見世物、開帳のお知らせ、風刺絵としての土蜘蛛、妖怪といった錦絵の種類も面白いけれど、なんといっても今回のこの展示のきっかけとなった版木が面白かった。

もともと浮世絵の版木は印刷が終わると削り取ってそこにまた新しい物を彫るからドンドン処分されて今に伝わっているものはほとんどない。

そんな版木がたくさん見つかったことが今回の展示につながったのだけど、この色ごとに彫られた版木が面白かった。

なんとなく版木は一枚で一色という気がするけれど、実際には裏表の両面に彫ってあったり、ひとつの面で2色色の指定がしてあったり、インクをつけない空刷り用の版木があったりする。

「紙に湿り気を与えておいてばれんでこすることで紙に凹凸を出す」のだそうだけど、凹凸が出ているかどうかはまるっきり分からなかった。
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この版木で行灯などの枠の部分と下帯の空摺りをしているのだという。間違えてインクが付いちゃうと変な色が入ってしまうことになる。

版木は刷り上ったものとは左右対称だから、左のほうにあるのが行灯の部分。

血の部分を印刷する版木には「ちのいろよろしく」なんて書いてあったりして、庶民のものである錦絵にもかかわらずいろいろな工夫がされているのが分かる。

この版木と出来上がった浮世絵と一つ一つ見比べてどうなっているのか考えるのはそれだけでもとても楽しい。

更にはこういった研究を応用してだろうか、版木に残された色や形から出版されなかった錦絵を再現したりしている。
Img_1754上が再現された絵で下がその版木。
実際に版木で印刷したのではないというのが面白い。

いずれは研究が進めば過去に印刷された浮世絵が刷られた当時の色で再現することも可能になるのだろうな。
江戸博物館で見たボストン美術館浮世絵名品展にあったような鮮やかな浮世絵が甦る日も近いのかもしれない。

 
 
 
 
 
 


 
 
 
 

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春を呼ぶギターとチェロ

と題したコンサートを国立科学博物館の講堂で聞いてきた。

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「東京・春・音楽祭」という上野のホールや美術館、博物館で行われる音楽祭の一環として、科学博物館でもコンサートが行われたのだ。

普段はなんとも思わないんだけど、美術館などと違って科学博物館はかさの持込が認められている(というよりは常設展にはかさたてがない)からコンサートの会場にもかさを持ち込むことになる∥^O^∥
更に(当然)演奏中の写真撮影などは禁止されるけれど、始まる前は写真がOK
(正しくは取っていても注意はされなかった)

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しかも、この写真を見ると分かるように講堂の両側は窓になっていて、(天気も悪かったけれど)カーテンが開けられて外が見えている。
つまり、演奏中にもかなりの明るさがあって、「演奏会」というよりは「サロンコンサート」の雰囲気。

別にギターが嫌いというわけじゃないけれど、クラシックのコンサートでギターというのは聞いたことがなかったので興味津々\∥^O^∥/

第一部の最初のうちこそチェロが勝っていてギターが弱い感じがしたものの時間とともにギターとチェロが一体になっていった。
ギターだけを聴いていると音が小さいとは思わないんだけど、チェロに比べるともともとの音が小さいのだ。
音の大きさから言うと
(オーケストラの伴奏すらしちゃうほどの)ピアノ>オケ>ギター
ということらしい。

合間合間におしゃべりをはさみながらのコンサートは時間とともに楽しくなっていく。

ギターというのは一人で演奏する楽器としては音の豊かさにかけるような気がいていたけれど、思っていた以上に音が豊富で面白い。
ギターの鈴木大介さんはこともなげに弾いているけれど、実際にはすごく大変なんだろうなぁ・・・

アンコールの3曲のうちの「この季節でないと演奏できない」という武満徹編曲の早春賦はいかにも日本の春という感じがした。

コンサートの休憩時間には科学博物館らしく
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にご挨拶。
休憩時間も無駄にせずに見学に走るのだ∥xx;∥☆\(--メ)

コンサートの後で時間はあまりなかったけれど、シアター360を見学して音楽と科学の一日。


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【定点観測】2009.03.23

午前中は風がかなり強かったものの暖かく桜の花はもう咲きそうだったけれど、午後からは急に冷えてきたのでたぶん桜はまだだろう。

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この写真ではよくわからないかもしれないけれど、右の奥のほうで花見をしているかのような集団。
桜のつぼみが一輪、二輪咲きかかっているのと同じ。
花が開けば開くほどこの人たちが増えてきて、満開の時にはいっぱいになる。
今度の週末あたりが最盛期だろうか。Img_1916
今つぼみはこんな感じ。
今にも開きそうなつぼみは「明日」に希望を抱いている若い人たちのようだ。

ここの桜はまだまだだけど、「さくら通り」の桜の中にはもう満開になっている桜もあって、鳥達がみつを吸いに着ていた。
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2009.03.23

【定点観測】2009.03.21

東京では開花宣言が出されたけれど、ここはまだ
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2009.03.22

絵物語・・・表れて、そして消えた

「少年ケニヤ」という本の存在は知っているけれど、おそらくCosはちゃんと読んだことがないだろうと思う。
動物は好きだけど、冒険物は好きじゃないし、単純な勧善懲悪はかなり小さいころから嫌いだったから手に取ったことはあってもほとんど読んだことがないような気がする。

(気がするだけで実際には読んでいる可能性もあるけれど・・・今回見た限りではその可能性はかなり低い)

この「少年ケニヤ」の作者の「山川惣治展」が千葉の佐倉市立美術館で2009年3月22日まで

元の市役所が美術館の入り口になっているのだが、その中に入ってみるとそこには昭和30年代の街が甦っている。
少年ケニヤの時代は日本が高度経済成長といわれるようになる豊かな時代に入る前の戦後の「これから」という感じのする時代。

まだ、少年漫画は子供達のものではなく、テレビもまだあまりないような戦前からこの時代までの少年達をとりこにした絵物語で一世を風靡した山川惣冶はその晩年を佐倉市で過ごしたそうだ。

変にひねったところのない素直な物語、幼い子どもの絵本の延長線上にある絵のある本。
子供達の中では自分で読む紙芝居だったのかもしれない。

戦後、高度経済成長が始まったころになるのだろうか、漫画に押されて
「子どもに良質な絵を」といい続けていた絵物語は次第に販路が狭まって、最後に残ったのは学年誌だったという。

その漫画は・・・・山川の描く美少年美少女の表情や目をそのまま取り入れながらどんどん発展を続けてきた。
そして今、印刷物はwebや動画に取って代わられようとしている。

紙芝居が絵物語になり漫画になり動画になっていく・・・・次はどこに進むんだろう?

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きょうはここ

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古式豊かな講堂でここちよいひとときを楽しむ予定。寝ないといいなぁ

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2009.03.21

さくらと菜の花と川村美術館に刺激されて・・・

昨日の夜は佐倉にお泊りをして、今日は川村記念美術館に行ってきた。
川村記念美術館のアート広場では菜の花が咲き誇っていて思わずこんなものを作ってしまった∥^O^∥

直線または微分方程式

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きょうはここ

きょうはここ
白鳥も朝寝

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2009.03.20

補助教材

前回の指導要領の改訂から高校生に教えていて「こんなことを教えるのか?」とあきれていた球の表面積と体積がやっと中1に戻る。

きちんと証明するのには微積が必要だし、いい加減に示すのは高校の数学の範囲ではあまりにひどいし・・・今使っている教科書はカバリエリの原理を使って説明(あくまで説明)しているけれど、前に使っていた教科書は「水につけて体積を調べると」・・・こんなの数学じゃないのに・・・


時事ドットコム:小4は教科書74ページ分=理数拡充で補助教材-文科省.

 文部科学省は19日、新学習指導要領への移行で授業が拡充される小中学校の算数・数学、理科の補助教材を公表した。現行の教科書に載っていない項目を説明しており、4月から授業で使われる。最もページ数が多い小学4年生では2教科で計74ページ程度あり、「脱ゆとり」が鮮明に表れた。  教材は教科書出版社7社が作成。小3では「二等辺三角形」「風やゴムの働き」、中1では「球の表面積と体積」「力とばねの伸び」など移行に伴って追加された項目を補っている。

小学校4年の補助教材が74ページ分。
どういう書き方をしているのかは分からないから一概に多いとは言えないけれど、教科書の薄さと内容を考えるとかなりの量になるのかもしれない。

しばらくの間は知らずに高校に入ってくる生徒達がいるわけだけど、この生徒達が大人になったときと中学で習ってきた生徒達とが大人になったときでは少し違うのかもしれないな。

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反省

もう少し手際よく物事を処理しないと書く時間がなくなり、寝る時間が遅くなる。
書きたいこともあるんだけど、明日も忙しいしなぁ・・・

充実した時間なのか、無為の時間なのか・・・・楽しい時間であることには間違いないけれど・・・
充実した時間になるといいなぁ・・・・

一説には酔っ払った時間だそうだが、さすがに昼間からは飲まないから朝から酔っ払った時間にだけはならない・・・・はず・・・だけど。

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2009.03.18

薩摩焼

最初に「薩摩焼」という文字を見てもそれが何を意味するのかがしばらく理解できなかった。
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どうもこの「薩摩」という言葉はCosの中では食べ物に結びついているようで、「さつまいも」「さつまあげ」「さつましょうちゅう」・・・

こういう知らないもの、わからないものについてはとりあえずどんなものだか見てみようというのがCosの方針。
というわけで江戸東京博物館の
薩摩焼~パリと篤姫を魅了した伝統の美~展(2009.03.22まで)へ。

Cosの周囲には陶芸をやっている人もいるけれど、Cosにはその良し悪しはまるっきり分からない。
「いい」とされているものを見ても「こんなもののどこがいいんだ?」となることのほうが多いくらいなのだ。

1867年(慶応3)の第2回パリ万国博覧会に出展された作品を中心に集めた展示ということでヨーロッパ向きの作品が多く、Cosにも見やすかったのかもしれない。

たくさんの・・・100点ぐらいあったんじゃないかと思う日本の薩摩焼全体につけられた930円ぐらいの値段と逆にフランスから送られた一点で同じような値段のつけられた壺(だったと思う)は当時の日本の立場がどんなだったのか考えさせられる。

きれいに描かれた花などの絵の上を貫入とよばれる細かなひびが入っているのがいいらしいのだけれど、Cosにはそれがどこか痛々しいようにも見えた。

この細かなひびをヨーロッパの人たちはどう見たんだろう。
だからその値段だったとかということはないんだろうか?

今回の展示で面白かったのはこのきれいな絵を描いた薩摩焼・・・白薩摩という・・ではなく,地味な色の黒薩摩のほう。

黒薩摩では釉薬に工夫をしたり、整形してから掘り込んだりして焼くことによって出来る偶然性を楽しんでいるかのようにも見える。

黒い水滴が一面についているかのような鮫肌釉瓢形徳利(さめはだゆうひょうけいとくり)とか
蛇のうろこのように網目が入っている蛇蝎釉(だかつゆう)とか
焼く前に釉薬の玉を乗せておいてそれが解けて流れるさまを楽しむ玉流しとか・・・

いかにも「つくってみました」「やってみました」という感じ・・・今に伝わっているのはきっとその中でもうまく出来たものだろうから、余計に面白いのかもしれない。

美しく美しく描いた白薩摩は殿様の焼き物。
黒く無骨な黒薩摩は庶民の焼き物とも言われているらしいけれど、どちらをとるのかといわれればやっぱり黒薩摩だろうなぁ・・・
その点では確かにCosは殿様の器じゃない∥^O^∥

展示の最後に現代の薩摩焼もあったけれど、これはこれですごくアブストラクトなものも多くて面白かった。
そのうちに現代の陶芸に焦点を当ててみてみると面白いかも。

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大麻についての意識

よく考えてみれば、自分が学生だったときにもこういう話はずいぶんと流布いていたのに、いつの間にか聞いてびっくりするようになってしまっていた。

時事ドットコム:学生の1割「周囲に薬物使用者」=大麻などで意識調査-早大.

 大麻などの違法薬物をめぐる早稲田大の意識調査で、同大の学生の1割が「周囲に所持・使用した人がいる」と回答していたことが17日、分かった。半数以上が入手は可能だとも答え、薬物問題が大学生の身近に迫っていることが分かった。

今、Cosがいるところは周囲のみんなもまじめなんだな。

今いる世界のすぐとなりにこういう世界があることを忘れないようにしなくちゃ・・・


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2009.03.17

春?

コートを着なくても寒くない一日。
外に出てふと気がつくと
こぶしの花は満開だし、もくれんのつぼみも膨らんできていた。
赤い馬酔木は満開だし、白い馬酔木も花が咲き始めている。

どこからか沈丁花の春のかおり・・・、季節は春のはず。

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2009.03.16

賞を取れる生徒を育てる?

大阪府知事が全国学力テストの結果を聞いた発言と根っこのところは一緒かも。

時事ドットコム:5科目とも上位10位に入らず=日本、国際科学五輪で.

 会長の江崎玲於奈横浜薬科大学長(ノーベル物理学賞受賞者)は「日本は1つも載っていないが、中国、韓国、台湾は載っている。これはどういうことか。われわれは反省しないといけない」と述べた。会合では、予算の増加や国内参加者の拡大、優れた中高生をシステマチックに発見・育成する仕組みなどを求める意見が出された。  科学五輪は主に高校生が参加し、昨年は最多の数学の場合で97カ国・地域の535人が参加。トップ3人ではなく、上位の一定割合に金、銀、銅メダルが配分される。大会主催者は国別順位を発表しないが、公表される個人成績に基づき日本側が集計したところ、数学が一昨年の6位から11位、物理が4位から17位、化学が31位から33位に低下。一方、生物学は17位から14位、情報は14位から11位に上昇した。

日本の成績が下がってきたことを危惧すること自体はごく普通の反応だと思うのだが、江崎玲於奈氏の発言はなんだか不安なものを感じる。

まあ、Cosなどのいる学校はそうした桧舞台に建てるような学生を育ててはいないから無縁の世界といえば無縁の世界だし、日本のトップの高校生の姿は知らないからなんともいえないはずだけど、Cosの知っている高校生達の姿からは「入賞できなくて当たり前だろうな」というのが素直な感想なのだ。

もちろん日本のトップクラスの高校生達の姿とはかけ離れた高校生の姿を毎日見ているのだろうけれど、勉強はそこそこ出来て(もちろん基準はずっと下のほうだけど)成績も悪くはないけれど、自分から学ぶことを求めて考えていくのではなく、与えられたものをこなしていく、あるいはもっと与えてくれと頼むようなたぐいの優等生の姿からは創造性は見えてこないのだ。

 何かを研究するような高校生の姿はCosのところからは見えてこない。

そういう生徒が日本のどこかには何人もいるのだろうけれど、その層の薄さがもろさを表していないだろうか。

ゲームにのめりこむ子どもはたくさんいるけれど、その子供達がゲームにのめりこむのと同じように何か創造性につながることにのめりこんでいる子どもはどこにいるんだろう?

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もうすぐ打ち上げ

延期にならずに行ってこられますように。

時事ドットコム:若田さん、「体調ばっちり」=発射台へ元気に出発-笑顔でシャトル内へ.

 オレンジ色のフライトスーツに身を包み、クルーの最後尾で出てきた若田さんは、褐色に日焼けし、精悍(せいかん)な顔つき。歓声に何度も手を上げて応えながら、「体調はばっちりです。しっかり頑張ってきます」と力強く話すと、さっそうと銀色のバンに乗り込んだ。

実況中継を見ながら・・・NASA TV

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2009.03.15

一人静かに・・・・

さすがに今日はおとなしく家で・・・
家にいるからといって一人静かに過ごせるはずもなく、細切れの休息。

朝10時には「ラ・フォル・ジュルネ」のチケットを買おうと思ったけれど、思ったとおりにつながったときには欲しかったチケットは売り切れ。

元気だったら三井寺展を見に行きたいと思ったけれど、そんな元気はとてもなく家の仕事をこなすだけで精一杯。

何も考えずに本と音楽を持って一人静かに過ごす時間が欲しいけれど、現実には時間が取れればPCに向かって・・・∥^O^∥

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2009.03.14

就学援助

今までは年度途中では認められることがなかった就学援助が本当に必要な家庭には年度途中であっても認められるようになるのだろう。

最近の経済状況の悪さ、特に派遣などの弱者に対する経済的に危機的な状況があちこちで起こっているのがよくわかる。


時事ドットコム:年度途中でも認定を=就学援助の徹底求める-学用品や給食費支給・文科省.

 経済的に苦しい家庭の小中学生に学用品や給食の費用を支給する就学援助制度で、文部科学省は、援助が必要な子供について年度途中でも対象に認定するなど、市町村教育委員会に制度の徹底を求める通知を出した。景気悪化に伴う保護者の失業などに備えた措置。

(去年の卒業式の話は別格としても)先日の卒業式に出席させない問題も記事に出ているのは一人とか二人とかだけど、学費を払わずにいる家庭は実際にはもっと多いのだろう。
「卒業式に出さない」といわれてあわてて払い込むケースのほうが圧倒的に多数だと思うし、そこまでしなければならない学校側の事情というのもあるはずだ。

上の記事と同じように何らかの形で高校生にももっと就学援助があればいいのに・・・・

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風邪を引いた一週間。

今週はとうとう一週間風邪で思うように動けなかった。

弾き始めはこの前の日曜日、母のお供で渋谷へ向かう電車の中。
それまでもちょっと風邪っぽいかなと思っていたのだが、電車の中でおかしくなっていく。鼻はぐずぐず言うし咳は出始めるし・・・
これから音楽会だというのにこれではまずいと駅の売店でマスクを購入。
しゃべるときもマスクをはずさなかったから一緒にいた人たちはいい迷惑だったに違いない∥^O^∥

最初の曲は武満徹の「鳥は星型の庭に下りる」。
効いているうちに目の前に広がるホールいっぱいに情景が広がるような、ホール全体が映像の一こまであるかのような気がしてくる。

鳥が庭に下りてきているかどうかは定かではないけれど、目の前には広々とした空間があってその空間を音楽がつかさどっている感じ。

音楽が視覚的イメージと結びつくのはCosとしてはとても珍しい。
映画音楽をたくさん作っているからかなぁ・・・

そしてエルガーのチェロ協奏曲を挟んでショスタコービッチの交響曲5番。

社会主義国家で社会主義リアリズムに基づいて人格の形成を描いた作品として当局からも賞賛されたこの作品は「強制された歓喜」という言葉でも語られている。
そういわれて聞いてみると確かに裏側では悲しみのメロディーが見え隠れしているような気もしてくるから不思議。
思わず涙・・・・とまでは行かなかったけれど・・・

などと音楽を楽しんでいる間にも風邪がドンドン悪くなる。
音楽会が終わったころには頭痛もしてきてちょっとふらふら状態。

「これはまずい」とさっさとかえって早めに寝たのだが・・・・
案の定、翌日にはマスクなしでは一歩も歩けなくなってしまった。

幸いなことに試験だったので声もあまり出さずに済んだし、高3はもう卒業したので彼らの分が減っていたこともあって早めに帰ることが出来た。
が・・・・そのあとの一日は完全にダウン。

朝起きて・・・寝て
昼おきて・・・寝て
夕方おきて・・・寝て
夜起きて・・・寝て・・・

体が重くて昼寝をしないととても持たない状態が続いていしまった。

当初の予定ではこの期間に三井寺展に行くつもりだったのだが、それどころではなくなってしまったのが悔しかった。

そして今日、雨だからサントリー美術館はすいているだろうと期待していたのに・・・午前中で終わるはずの会議が昼から始まって・・・・
しかも朝飲んだ薬が切れて会議中にげほげほごほごほ・・・∥>_<∥
言うことは言ったし出来ることはしたんだから後はあっちに判断をおまかせ・・状態かな。

家に帰り着いたときにはすっかりくたびれて出かけるどころかお昼寝・・・・

明日は三井寺展も最終日。
他の用事もあるし、それでなくても激混みと聞いているので病み上がり(まだ治ってないのだが・・・)にはあきらめるしかないなぁ・・・

来週こそ元気に遊ぼうっと。∥xx;∥☆\(--メ)


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2009.03.13

卒業させない・・その2

学費の滞納で卒業証書を渡さないということが今年はニュースになっている。

時事ドットコム:卒業証書回収、香川でも=県立高、男子生徒2人から
asahi.com(朝日新聞社):鹿児島の4私立高校も卒業証書渡さず 授業料滞納理由に - 教育
asahi.com(朝日新聞社):福井でも学費滞納で卒業証書渡さず 県立高で昨春 - 教育
時事ドットコム:卒業証書を回収=渡さないケースも-授業料滞納、私立高7校・山口.
(特定のメディアのみなのはこの2つしか調べなかったからで他意はありません)

この記事を読んで「最近の学校は・・・」と眉をひそめる向きもあるかもしれないけれど、この中には去年の事例も含まれている。いまさらながらになぜ?
という気がしないでもない。

前にも書いたけれど、教員なんていうのは子どもに甘いから何とかして卒業させたい、卒業証書を渡したいと思うのが大多数(例外も知っているけど・・)

学校の経営側にとっては授業料の不払いが増えていたりするのかもしれないけれど、「授業料を滞納しています=卒業証書を渡しません」と簡単に決めてしまっているわけではないのではないかとも思う。

気になるのは
時事ドットコム:卒業証書回収、香川でも=県立高、男子生徒2人から.

「学校からみて(2人の家庭は)支払える状況にあり、指導の一環としてやむを得なかった」としている。

ふーむ・・・何を読み取るべきか・・・

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2009.03.12

年輪から分かること

かつては年代の測定に利用できると思わなかったいろいろなものが年代測定に利用されている。

煮炊きをしたすすもそうだし、柱の年輪からわかることも少なくない。

時事ドットコム:縄文集落の盛衰明らかに=166年、柱の年輪分析-新潟.

 最新の柱から最古の伐採年までさかのぼった結果、集落が存在した166年間のうち、2つの時期に住居が集中的に建てられていたことが判明。82年間の空白期を挟み、約10年間に約10棟ずつ構築され、住人はそれぞれ最低数十人だったと推定している。

ここで使われた方法は年輪年代学 - Wikipedia.

同じ地域・時代に成長した木々であれば、刻まれた年輪パターンも類似したものとなるため、異なる樹木間でも年輪パターンを一対一で対応させることができる。年輪幅や密度など木々に共通の(平均的な)年輪パターンの変化をグラフにしたものを標準年輪曲線という。様々な時代の樹木試料について共通する部分を手がかりに年輪曲線をつなぎ合わせていくことによって標準年輪曲線を作成し,現代から過去に遡って年輪の変化パターンを得ることができる。

なのだろうと思う。

年輪の変化という事実と推測によって作られた標準年輪曲線とそれに合致すると推測できる木材とから年代を推測できるわけだ。

この方法によって調べられたものはその木材の年代よりも建物が作られた時期とはずれがあるが、これとC14年代方による測定で弥生時代が500年も早まったという歴博の展示もあった。

どこまでが事実でどこまでが推測や解釈なのかはしっかりと見定めないといけないけれど、こうやって過去の謎解きが進むとなんとなくわくわくとしてくる。

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2009.03.11

まばゆさの在処  伊庭靖子展

Cosの周囲には「写真は絵画に取って代わる」という人もいるけれど、この伊庭靖子の作品は
「絵画が写真に取って代わった」もの。

写真に撮ったものを忠実に絵画に写しているかのように見えて実際にはどこかまるっきり違うものに変化している。
01gomi01_2

チラッと見ると写真の持つ透明感がそのまま伝わってくるのにそばによって見ると絵の具の持つ不透明感に変わる不思議。

写真に撮った陶器の反射する光はそのまま残っているのに、それはよく見ると透明な光ではなく絵の具の白だったりするのがとても不思議。

以前に見た上田薫のスーパーリアリズム絵画
とも共通したリアリズムがありながら伊庭靖子の作品はその題材も関係しているのだろうけれど、どこか光に満ちた柔らかさがある。

ありふれた日常の中の一こまを切り取った写真のような絵という点では同じだが、その受け止め方が写真の研ぎ澄まされた光を更に研ぎ澄ませたかのような上田薫の作品とは似て非なるものに仕上がっている。

上田薫の絵が写真以上に距離を置いて見せているのに対して伊庭靖子は同化して見せているから、プリンの絵はちょっと見ただけではなんら異質なものを感じさせないプリンそのものだし、オレンジの絵(伊予柑系のオレンジだなぁ)はごく自然なみずみずしさを保っている。

写真を撮ったときの切り口も面白いけれど、写真から絵にするときに彼女の欲しいエッセンスだけが強調されているのだろう。

写真とは何か、絵画とは何かを考えさせてくれる美術展。

2009年3月22日まで
神奈川県立近代美術館鎌倉

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2009.03.10

海が隔てた進化の道

かつて、水は人と人との行き来を困難にした。
「箱根八里は馬でもこすが、こすにこされぬ大井川」
なんていうのはその代表だろう。
今は渡し賃を払わなくても誰でもが橋を渡って往来することが出来る。

水は人と人だけじゃなくて島と島との交流も難しくした。
ダーウィンの「種の起源」はそこからヒントを得て書かれた本。
イグアナにせよフィンチにせよ島ごとに隔離されてそれぞれの進化を遂げた。

そして水は

時事ドットコム:哺乳類、超大陸分裂で3系統に=1億2000万年前、ほぼ同時-東工大.

 哺乳(ほにゅう)類はカンガルーやカモノハシの仲間を除くと3つの系統に分類されるが、これは約1億2000万年前に地球に存在した超大陸が、ほぼ同時に3分裂したのがきっかけだったとの論文を、東京工業大の岡田典弘教授や丸山茂徳教授らが10日までにまとめた。米科学アカデミー紀要の電子版に発表される。

ここが進化の水による最初の分かれ目ということになるのだろうか。

もちろん、それ以前にも小さな隔離はあっただろうけれど、生命の歴史の中での一番大きな隔離になるんだろうな。

水によって隔てられた生命が豊富な種を作り出してきたんだけど、動物と違ってある程度まで隔離を乗り越えて世界中の人が直接つながることが可能になった今、また人のあり方が変わってくるはずだな・・・


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2009.03.09

ネット経由


web上の友達がみんな風邪をひいいているところを見ると今回の風邪はネット経由らしい
∥xx;∥☆\(--メ)

昔、写真を撮られると魂が抜かれてしまったように、
電話線でコレラが電線したように
今はネット経由なのだろう・・・

などと馬鹿なことを言ってないで寝ようっと。

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気分が落ち込むとき・・・

試験中だからか、朝からなんだか体がだるい。
今まではたいしたことがなかった花粉症も今年は症状がしっかり出るらしく鼻水が止まらない。

こういうときは気分もドンドン落ち込んでいく。
こんな仕事をしなければよかったかもしれない・・・思うように生徒は伸ばせないし、思うように教えることも出来ないし・・・
こんな仕事をしているから自由に自由なことを出来ないのだ・・・
でも何をやりたいんだろう・・・
やりたいと思うことはほとんど不可能なことばかり・・・

家にいてもやらなきゃいけないことが次から次へと時間とともにでてくる。
一人静かに過ごせないんだろうか・・

なんて鬱々としていたら体がだるいだけじゃなくて体中が痛くなってきた上にのどまで痛くなってきた・・・

ん?

何のことはないただの風邪。
というわけで風邪薬も飲んだし・・・
元気になれるといいな。

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2009.03.08

チャロー! インディア

「期待したほどよくなかった」という話を聞いていたので最初から期待せずに行った美術展。

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チャロー! インディア --インド美術の新時代--
2009年3月15日まで
森美術館

Cosが聞いたのは「どこがインドなのかよくわからなかった」といったものだったので、最初から「インド」を期待せずに行ったのがよかったのかもしれない。
確かにインドらしさを求めようとすればインパクトが小さいかもしれないけれど、「インド」を期待せずに見るとそれなりになかなか面白かった。

会場に入って最初に見るのが体一面に精子のビンディを描かれた象。
ヒンズー教の既婚の女性が額につける印であるビンディに精子を模したものなどあるとはとても思えないが・・・・
夫のある女性がおでこに精子を貼り付ける・・・実のところビンディの意味するところとは共通しているのかもしれない。

一番面白かったのはシルパ・グプタのごみに関する映像作品。
白いスクリーンに向かってたつとそのスクリーンには自分の影が映る。
映った影に一本のケーブルが延びてきてそのケーブルを伝って影のごみが落ちてきた、と思うと体にくっついてしまうのだ。

もちろん、くっついているのは影のほうだけで実際の人間についてるわけではない。
作り方としてはこの前に見てきたメディア芸術祭のOups!と同じようなテクニックを使っているわけなのだが、その表現がごみ問題あるいはインドの中のごみを扱っている人たちの問題・・・たぶんカースト制にかかわっている問題・・・に関連しているところが違っている。
たぶんこれもインド特有の視点を含んでいるんだろうな。

「インド」ということにこだわらずに見たときに一番面白かったのがN・S・ハルシャの椅子の作品。
この椅子は展示作品でもあり、監視員が座るための椅子でもあり、この椅子に座ることで観客を見る立場にある監視員達が逆に見られる対象になってしまう。

椅子の上には天上に近いところにかごがあってその下に座れば頭の上に落ちてきそうだったり、地球儀のような地球のボールがあったり、椅子の横に口のひらいたお米(インディカ米ではなかった)の入った麻袋にナイフが刺さっていたり、なにやらネットのようなものが壁にかかっていたりしてなかなか面白い。

ただ、じっと見ると必然的に監視員の人と目が合うわけで、それはそれでこっちもちょっと居心地が悪かったりもする∥^O^∥

人の座っていない監視員の椅子には自分が座ってみたくなってくる。
座ったらおこられるのかなぁ?

この展覧会で一番ショックを受けたのは最後のインタビューの映像。
内容はそんなにたいしたことがなくてどんなものを作っているかとか「あなたにとってインドとは?」といったインタビューをしているだけなのだが、なんと全員が英語で受け答えをしているのである。
芸術家ということと語学に堪能ということとの関連はそんなにあると思えない。

インドという国には26の言語があって同じインドであっても場所が違えば言葉が通じないのだとも言う。
公用語はヒンズー語だけれど英語しか離せない人もいるのだという。
インド - Wikipedia.

1991年の国勢調査によると、178,598人(調査対象者の0.021%)が英語を母語にしており、9000万人以上(同11%)が英語を第一、第二、ないし第三の言語として話すとしている。

英語でインタビューを受けそれに答えている彼らには英語圏の世界はひらかれているけれど、もしかするとインドのほかの地方の人たちの社会は彼らにとって閉ざされているところもあるのだろう。

実はこれこそがいまのインドの姿なのかもしれないと思ってみたりした。

それにしても英語を自由に使いこなすのはかなりうらやましい・・・∥^O^∥

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宿題引受会社

フランスで始まったという宿題引受会社が世論の批判を受けて中止することにしたという。
時事ドットコム:宿題引き受けサイト「やめます」=教師や父母の反発で-仏.

宿題を引き受ける有料サイトを開設したフランスの業者は7日までに、教師や父母からの強い反発を受け、サービスを閉鎖するとの声明をサイト上に発表した。

日本では・・・学校の宿題を塾でやり、塾の宿題で分からないところを学校の先生に聞き・・・・
これをやっている限り自分で解けるようにはならないと思うのだが・・・・
それでも互いに教えなきゃいいのにと思いつつつい教えてしまう。

あっ、無料奉仕だからいいのか・・・_| ̄|●

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2009.03.07

芥川沙織展

芥川沙織・・・芥川也寸志の妻。
その妻がろうけつ染めを使って描いた絵。
なんて聞くととても見てみようとは思わない。

暇をもてあました有閑マダムがろうけつ染めを使ってかわいい花かなんかの絵を上手に描いている・・・きれいでかわいいものを描いている・・・のならわざわざ見に行きたいとは思わない。

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もし、この絵を見なかったら、しかも行く場所がCosの好きな横須賀美術館でなかったら決して行こうとは思わなかっただろう。

展覧会の案内にあったこの絵、絵というものは印刷してしまうとその途端に魅力や迫力のかなりの部分を失ってしまうのにここに書かれた黄色い人の怒り、あるいは憤りが伝わってくrかのように見えた。
それはきれいでかわいいものを描くという「奥様」からはかけ離れた存在だった。

しかも、場所は観音崎公園のはずれにある横須賀美術館。
ここは美術館の存在自体がひとつのアートだし、海と山と美術館と観音崎公園とを楽しむだけでも行くだけの価値がある。
(唯一の難点はうちから遠いこと、つまりお金と時間がかかることかな)

山田-芥川-間所 沙織・・・42年という短い一生の間に3つの姓を使った沙織。
声楽の勉強をしていた芸大の在学中に芥川也寸志と結婚し、
「一軒のうちに二人の音楽家は困難」と、音楽の道を捨てて美術の世界に入っていた沙織。
子供に手がかからなくなって絵の世界で賞をとっても「也寸志の妻」としてしかみられない沙織。
この時代の彼女の「女」シリーズの絵は憤りと怒り、そして笑いの影の悲しみに満ちているような気がする。
上の絵はこの時代のもの。

そしてそれはCosたちを取り巻く環境の中でも、薄れたかのようには見えても深いところで続いているもの。

古事記をテーマにした一連のシリーズでは怒りと憤りではなく激しさが前面に出ているような気もする。
ダブル幅の長い布に染色したモノなどは知っているストーリーのようでもあり、知らないストーリーの様でもあり、そこから新しい一場面が生まれてきそうな気さえする。

やがて彼女は芥川也寸志と離婚してアメリカに単身わたる。

この時期の彼女は間所と出会ったからだろうか、作品の切られるような激しさは姿を消している。
相変わらずの激しさはあるけれど、ずいぶんと平和な感じがする。

山田沙織として生まれ、芥川沙織として有名になり、間所沙織として死んで行った
芥川沙織展
2009年3月22日まで
神奈川県横須賀美術館


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2009.03.06

丸刈りは人権侵害?

人権侵害であると決まったわけではないけれど・・・

<中学丸刈り>県弁護士会、人権侵害と廃止勧告 「伝統理由にならぬ」--鹿児島・奄美(毎日新聞) - Yahoo!ニュース.

 鹿児島県・奄美群島の公立中学校で男子生徒に頭髪の丸刈りを強制する校則は「生徒の人権侵害」だとして、同県弁護士会(松下良成会長)は6日、廃止を求める勧告書を、県教育委員会と群島の11市町村教委に送った。松下会長は「『丸刈りは奄美の伝統、文化、慣習』とする学校もあるが、人権を侵害する理由にはならない」と批判した。

丸刈りが人権侵害に当たるのかどうかはCosなどには分からないけれど、丸刈りは必ずしも生徒が好むものでないことはCosにも分かる。

が、不安なのは・・・頭髪に対する規制がすべて人権侵害と判断されたりすることもいずれはありうることかな。

今の学校は一つ一つの規則を細かく決めないと「規則になっていないことは何をやってもいい」と考えている子ども・・いや、子どもだけじゃなくて保護者も・・・が結構いる。
かつては細かく規則を作っていなくても相手の常識あるいは力ずくで規則なしである程度はきちんとさせることが出来たけれど、今はそういう時代じゃなくなってしまっているのだ。

全部が全部そうだというつもりもないし、規則などを作らなくても自分で中学生らしい、あるいは高校生らしいかどうか判断できる生徒もいないわけではない。

いや、そういう生徒のほうがCosのところなどではまだ大多数だろう。
そうでない生徒はごく一部だろうけれど・・・悪貨は良貨を駆逐するのだ・・・

この勧告、丸刈りを強制することがいいことでないことはCosにもわかるけれど、その先に待っているものを考えると怖い気がする。

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2009.03.05

赤鼻の・・・

といってもCosじゃなくて息子。

症状が出るまで医者に行こうとしないから、毎年ひどい目にあっているのにちっとも学習しないからし方がないのかもしれないけど、やっぱりかわいそうだよなぁ・・・

特に職場でもそうだったけれど、この寒い雨の降る今日のような日も花粉が多いらしくて職場でも家でも大変そうだ田。

Cosも一応微妙に花粉症はあるようなのだが、実際に困るほどじゃないので、みていて
「医者に行け」というぐらいしかしてはやらないのだが、やっぱり何とかしてやりたいと思う。

国民の3割がかかっているという花粉症・・・
くしゃみをするというのはアレルギーに対する体の防衛反応でもあるんだからこういう病気が出てくること自体、なんだか怖いかも。

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2009.03.03

なぜかえるや鳥?

トリインフルエンザも怖いけれど、自然界で見つかっているいろいろな病気がなんだか怖い。

asahi.com(朝日新聞社):カエルに新たな脅威「ラナウイルス」 国内の池で初確認 - サイエンス.

 海外でカエルなど両生類の減少の原因となっているラナウイルスに、国内に生息するウシガエルが感染して大量死していたことが、宇根有美・麻布大准教授の調査で分かった。国内の確認は初めて。国際獣疫事務局(OIE)が、報告を義務づける感染症に指定、昨年5月に世界中に注意を呼び掛けていた。人に感染する恐れはない。

かえるはつい先年「ツボカビ病」が問題になったばかり。どちらも人間の直接映ることはないという点でトリインフルエンザよりは怖くないけれど、生態系を壊してしまうという点ではもっと危ないかもしれない。

BSEもそうだけど、家畜や野生の動物が罹患する新しい伝染病が次から次へとニュースになっているような気がする。

今まではそうした病気が起こっていることに気がつかなかったのかもしれないけれど、何か自然界に異常が起こりつつあるようなきもしてなんだか怖い。

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2009.03.02

勉強時間の減少

勉強時間がいったいどれほどなのか、実はこの記事を読んでもよくわからない。

時事ドットコム:勉強時間、中韓下回る=高校生、それでも「きつい」-青少年研などの国際調査.

 日本の高校生の勉強時間は1日平均7.6時間で、中国の12.9時間、韓国の11時間より大幅に少ないことが、財団法人日本青少年研究所(東京)などの国際調査で分かった。「勉強がきつい」と答えた割合は韓国より低かったが、中国を上回った。  調査は2008年9~10月に日米中韓の4カ国で実施。各国とも中学生、高校生の計2000人前後が回答した。  日本の高校生の勉強時間の内訳は学校が5.5時間、家が1.6時間、塾などが0.5時間。11年前に行った調査と比較すると、合計で1.5時間少なかった。  中学生の勉強時間は8時間で、やはり中国の14時間、韓国の9.8時間より少なかった。米国は無回答が多く比較できなかった。  勉強がきついと答えた高校生は、韓国が最も多く81%。日本が66%、中国が61%、米国が52%だった。学校での勉強を「とてもきつい」「まあきつい」と答えた割合は、日本が77%で最高だった。

中国の14時間というのは起きている時間のほとんどを勉強に費やしていることになるが、日本以外の国の実態を知らないから、このことに関してはなんともいえない。

これに比べると日本の7.6時間はいかにも短いけれど、その内訳を見ると疑問が出てくる。

勉強時間の内訳の「学校が5.5時間」というのはいったいどういうことだろう。

学校の1時間は中学で45分、高校で50分のところが多いだろう。そうすると一日6時間授業とすると300分、つまり1日5時間勉強していることになる。
これは学校のある日のことで、(公立では学校のない)土曜日や日曜日、長期休暇のときを含めて平均を考えると半分ぐらいの時間数になるだろう。

家での1.6時間はこれも長期休暇や休みの日を除いてのことなんじゃないかと思うけれど、そこはよくわからない。
塾の0.5時間というのは生徒達を見ていると多くても一日おきに塾に行っているからこんなものだろう。

が、それにしてもこのデータは長期休暇2か月分と土日を除いた実質7か月分についてのみ調べているのである。

長期休暇と土日の過ごし方を調べないとここだけ比較してもどうかと思うのだが・・・

それにしても時間的には長くないということになるのに日本の生徒達はなぜきついと思うのだろうか?
その辺のところをきちんと知りたいと思うのだが・・・

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2009.03.01

歩き方がおかしくない?

最近の若い女性の足は本当に細くなった。
個人的な好みとしてはそれに反対しようとは思わないけれど、いずれ年齢を重ねると何らかの問題が出てくるかもしれないなぁと見ていた。

が、歳をとらなくてもなんだかおかしい。

最近歩き方のおかしい女性を見かけることはないだろうか?
いや、本当は女性に限ったことではないのだが、長いスカートをはいていたりズボンをはいていたりすると脚の動きがよく見えないから目立たないだけかもしれないのだが・・・

歩いているとき、特に階段を歩いているときの脚の動きがおかしい女の子がいると感じたことはないだろうか?

もしかしたら足が細いからそう見えるだけかもしれないけれど・・・

知人に言わせると潜水のときのようにボンベをしょって足ひれをつけて歩いているような雰囲気の歩き方だというのだが、Cosもそんな感じがしてならない。

足の先は外側に開いてひざの動きがギクシャクしているように見えるのだ。

以前はこんな歩き方をする生徒はいなかったのに最近たまに見かけるようになって来た。
足が細くなりすぎただけならばいいのだが・・・・

足の見えている女性はその異常さが分かるけれど、見えていなければ誰も気がつかないのがもっと怖いかも。

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