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2009.02.14

妙心寺展・・・禅の心

本当はトラ(龍虎図屏風[りゅうこずびょうぶ])が見たかったのだが、見に行こうと思っていた日にはいつも他の予定が入ってしまって、結局見にいけたのは後期の展示になってからなのがちょっと残念。

妙心寺展
2009年3月1日まで東京国立博物館で
Img_1426


会期末になると間違いなく非常識なほど混むので時間がちょっと遅かったけれど、前期に見損ねたことだし、「何が何でも決めた日に行こう!」ということに。

しかもこの日は「禅トーク」があるというのでそれも聞いてみたかったのだ。

若手の僧侶が妙心派と展覧会の案内をするという禅トークは円光寺の副住職による「松樹千年の翠」と題した話。
妙心寺の境内にある松は1年中緑であり寺のあり方を象徴するいつも代わらない不変の存在
が、その松も変わらないように見えて実はその葉は毎年入れ替わりをしている、変わりつつ変わらない存在。
変わっていくこと新しいものを今の世の中は求めているが実際に人の心が求めているものは変わらないものの存在ではないか
この変わりつつ変わらないのが禅の本質。
展覧会のどの宝物も何百年も前の姿のまま今に伝わっている。
変わらないものがこの世にはあり、それを心に持ち続けたい

といったような話を聞いてから展覧会へ。

時間が遅かったせいか、出て行く人は多いけれど入っていく人は少ない\∥^O^∥/

しかも展示は書がかなりあるから、文字の読めないCosとしては見ずにに先へ進むことが出来る
∥xx;∥☆\(--メ)

しかもしかもCosはあまり人物画は好きじゃないので、それもざっと見ただけで通り過ぎることが出来る
(これはもったいない気もするけれど・・・)

真っ先に目を引いたのは「瑠璃天蓋」15~16世紀に中国で作られたものだという。
(当時のものとしては)華やかなガラスのビーズで作られている。
お寺の本堂に天井から下がっているきらびやかな天蓋(こんなもの)の元になっているものだろうか。
妙心寺が出来た650年前にはこれが下がっていたのだろうか。
今はやりのビーズ細工となんらかわることなく一つ一つのビーズに糸を通して編み上げてあるのがなんだか不思議。
編み上げた模様の中には漢字もあるのだが、たぶん中国の漢字だろう、Cosにはよくわからないけれど「智圣」とか「伝篆」とか書いてあるような気がする・・・・(気がするだけでこんな単語は知らないから本当は違うんだろうな)

思わずニヤニヤ笑ってしまう瓢鮎図[ひょうねんず]つるつるしたひょうたんでなまずを捕まえることが出来るかという足利義持の問いを描いたもの。
31人の僧の答えも書いてあるらしいけれど、文字の読めないCosには何が書いてあるのか分からない。
リンク先ではよくわからないけれど、ひょうたんを持っているのではなく、これから沈めようとするかのように上から押さえている手、よくは見えないけれど、どこか困ったように見える人(?)、ひょうたんとなまずと川と同じような曲線を描いていて、その脇の竹も「え~と・・・」といわんばかりにたわんでいるのが面白い。

そして、アメリカのメトロポリタン美術館から里帰りしている老梅図、
すごい迫力で襖からはみ出す枝、狭い襖を上に、横に、伸びていこうとしている。
「老」という文字はあるけれど、この梅には真正面から向き合うことが要求されているような感じ。

白隠の特大達磨像も迫力があった。
「おっさんやるなぁ」という感じかな∥xx;∥☆\(--メ)

そして後期の呼び物である花卉図屏風[かきずびょうぶ]
植物の持つ伸びやかさと(老梅とは違った意味の)おとなしい勢いが大きな画面から伝わってくる。
華やかですがすがしい感じ。

いつの間にか閉館時間も近づいていた。
見るものはそんなに多くなかったはずなのに・・・・

人があまり多くなく、ちょっと待てばどれもこれもじっくり見ることが出来たのがとてもうれしかった。

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