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2009.01.06

戦前なのに斬新な・・・

お正月に見てきた写真美術館の「甦る中山岩太 モダニズムの光と影」

すごい人です。

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これが戦前?
これが写真?

写真に間違いないんだけど、その表現は写真を超えて絵画的。

1926年のスペインの町の写真なんか、どう見ても風景画。
写真であることと絵であることの違いが分からなくなってくる。


今どういう写真がはやっているのかも分からないけれど、彼の写真を最近の写真として持ってこられても古さは感じられなかったりもする。
もちろん使っている道具が違うからその結果としての写真の違いはあるけれど・・・

このチラシの写真、最初に見たときにはいいと思わなかったんだけど、会場で見たらもう忘れられないほど強烈な存在。

プリントする紙をいろいろに変えて、濃さをいろいろに変えたものが展示されていたけれど、紙の違い、濃さの違いで見え方が変わってくる。

新しくプリントされた写真は時代を超えて「今」の写真になっているのがすごい。

東京都写真美術館 > 甦る中山岩太:モダニズムの光と影.

本展では、作家の手によるオリジナル・プリントに加え「残されたガラス乾板」をもとに、銀塩印画紙によるプリントを展示。ニューヨーク時代から晩年に至るまでの主要な作品を中心に、全紙大のプリント約40点の公開や中山の制作過程を明らかにするガラス乾板、また、『光画』をはじめ、当時の写真雑誌、関係資料をあわせて約120点の作品と資料をご紹介いたします。 銀塩写真の危機が叫ばれている今日、歴史的遺産ともいうべき写真原板をいかに後世に伝えていくかという問いかけに対する一つの答えを示す場となるのではないでしょうか。

1930年第1回国際広告社進展で一等を取った「福助足袋」の広告の写真は足袋を足の裏側からとったたびのそこの部分と福助のマークをアレンジしたシンプルなものだけど、どこかくすんだ(よごれた?)足の裏の白、縁取りの黒(たぶん黒い足袋なんだろうな)の配置、
道具として写真を使ったアート・・写真であることに対するウエイトは重くはない。

さらに、モンタージュを駆使した幻想的な作品は何枚ものガラス乾板を重ねてプリントすることで写真であることを忘れさせる。

今はこういう作品は見ないような気がする。
あるいは実際には見ていても意識していないだけなのかもしれないけれど、あくまで絵画的な写真を使っての表現がされていた時代が戦前だったことを思うと不思議な気がしてくる。


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