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2008.12.09

おん ゆあ ぼでぃ

私の体、そしてあなたの体、同じようでもあり、異なっているようでもあり・・・

東京都写真美術館 > 日本の新進作家展vol.7「オン・ユア・ボディ」.東京都写真美術館で2008年12月7日まで(終了間際に行ってきました)

〈身体〉にまつわる問題は、仮想的空間が強まる現代にあって、逆にますます現代人を捉えて放さないテーマです。

言われなければ気がつかずに通り過ぎてしまいそうな澤田知子のセルフポートレート。
ミスコンテストに出場している大勢の女性はすべて澤田知子自身なのだけど、下手をするとそのことに気づかずに済ませてしまいそう。

自己と他者の区別がつきにくくなっている時代なのかもしれない。
(今に限ったことではないかもしれないけれど・・・)

志賀理江子は写真を加工しておどろおどろ下雰囲気を出しているのだし、そのシュールさの趣味は悪くないと思うのだけれど、Cosが期待するものとはちょっと違っているようにも感じるけれどなかなか面白かった。

いいなぁと思ったのは横溝 静のビデオ作品。
部屋の隣り合った2面の壁に一方ではピアノを弾く年老いた女性。その隣の壁では彼女から見えている、あるいは普段見ている景色。

特に窓の外の景色は動いていないようでいて、風が吹くと木の葉がゆれて自然な感じ。

次から次へとピアノを弾く人や場所が変わる。

ピアノを聴きながら外の景色を眺めている雰囲気?

その引き方を見ていると、「この人はどんな風にピアノとかかわって人生を送ってきたのだろう」と知りたくもなる。
美術館の中でここだけは静かな時間が流れる感じでよかった。

高橋ジュンコはひとり都市のなかに超然として立つ女性、そしてその周りの光景だけがどんどん動いていくという映像。
前に見た部屋の3つか4つの壁に世界の各地へ行ってただひたすらたっているのを映し出しているビデオ作品と共通のものを感じるけれど、どこか違う感じ・・・

以前見た作品には迫力があったけれど、これはずっとおとなしい感じ。

「オン ユア ボディ」・・・からだにまつわる問題
体というよりは自己と他者や時間とのかかわりが映し出されていたような感じかな。


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コメント

そうでしたね 前評判より そんなにジェンダーを問題にしていなくて。塩崎由美子さんの光の造形が好きでしたが、
“あ、展覧会の主題より、また自分の見たいものを見ちゃっている…”ことに気付きました。

グループ展の場合、ベクトルはきっと多様で良いのでしょうね。

投稿: 草 | 2008.12.09 16:48

「見たいものを見る」のがやっぱりベストじゃないかな。

テーマがぴんとこない場合だってあるし・・・

投稿: Cos | 2008.12.11 00:29

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