« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008.12.31

年越し蕎麦

今年もあと1時間。

あちこちから「年越し蕎麦」の声が聞こえる。

いいなぁ・・・一度ぐらいCosも食べてみたい。

Cosが結婚して間もないころ、義理の両親に連れられて神田の藪蕎麦に連れて行ってもらったことがある。
そのころはまだ少しなら平気だったから、他のみんなの楽しむ蕎麦と一緒にCosはうどんを食べていた。
(めちゃくちゃ怖かったけど・・・∥^O^∥ )

「いちま~~い、にま~~い」とか独特の掛け声が店の中に響く。
きっとあの声も歴史のあるものなのだろうな。
もう一度聞いてみたい気がするけれど、もうCosには入れない店なんだろう。

蕎麦アレルギーは治療の方法もないし、よくなることはないといわれている。
それどころか一回発症するごとにどんどん耐性が低くなってきている。

いつか間違えて食べちゃったら・・・・

でも一度ぐらい食べてみたいんだよなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地上の花

これも会期末ぎりぎりでみてきた写真展。
このところ写真ばかりになっているし年初めにはまた写真の予定なので、どうしようかとも思ったのだが、ポートレートが面白いと聞いたのでちょっといってみることにしたのだ。

01gomi02


「蜷川美香展---地上の花、天上の色---」
オペラシティアートギャラリーで2008年12月28日まで。

最初に入る部屋は「花」大き目のパネルの写真がいっぱい並んでいるのだが、今ひとつぴんとこない。
見ているときにはどこがぴんと来ないのか分からなかったけれど後になってみるとCosが花に求めているものと彼女が花に求めているものがずれていると言うことなんだろうなと思った。

この展覧会は部屋から部屋へ移動するときにはカーテンを開けて進むようになっている。
カーテンを開けるとこそには前の部屋とまったく違った世界が広がっている。

最初のうちは「う~ん」状態だったけれど、カーテンをくぐった向こうが暗い部屋で正面の巨大なスクリーンを泳ぐ赤と白が目に入った瞬間に見方が変わってしまった。
「金魚」としてではなく赤と白(と黒)の世界としてみるとすごくいいのである。


そして彼女のポートレート・・・
とられることになれている人たちの写真を撮ったとき、その写真が個性を語り始める・・・と言う感じだろうか。
Cosは芸能人の名前なんかは知らないから、見たことがあってもそれが誰だかさっぱり分からない。
それでも一人一人が生き生きとしているのだ。

そしてきわめつけが「造花」
ちょっと見ると普通の花となんら変わらないように見えているのにじっくり見ると一つ一つの花が造花であることを主張してくる。
自然の花であっても不思議はないような場所で決して枯れることなく、でもおそらくこのままでいるわけではなく、飾られて理寿命は結構短いのかもしれないと思わせる。

そして最後の壁面にびっしりと貼り付けられたポートレートたち。
そんなに混んでいたわけではないけれど、誰しもがじっくり見たいと思うポートレートだからか、ここだけは列が出来ていて、しかもその列がゆっくりゆっくりとしか動かないのだ。

さすがにここは時間切れで途中でギブアップしてしまったけれど、もっとすいていてじっくり見ることが出来たら面白かったかもしれない。

like a peach―蜷川実花写真集like a peach―蜷川実花写真集
蜷川 実花

講談社 2002-05
売り上げランキング : 151924

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
さくらん写真集さくらん写真集
蜷川 実花

講談社 2007-02
売り上げランキング : 163499

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.30

暴力の攻撃

力に任せて他者を殺したり傷つけたりする・・・

武力、いや力任せの暴力・・・・

時事ドットコム:暴力応酬、収拾見えず=イスラエル軍の攻撃4日目-ガザ.

イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザでのイスラム原理主義組織ハマス掃討作戦は、30日で4日目を迎えた。ハマスもロケット弾による応酬を続け、国際社会に懸念が強まっているものの、事態収拾への道筋は依然見えない。死者もこれまでにパレスチナ側約360人、イスラエル側4人に上っている。  現地からの報道によると、イスラエル軍は同日未明、ガザに対し大規模な空爆を行い、少なくとも10人が死亡、40人が負傷した。空爆は主にガザ市内の施設を標的とし、ハニヤ氏らハマス幹部の事務所や、軍・治安機関の施設が集中的に狙われたもようだ。

(中略)

 オルメルト・イスラエル首相は30日、現在行われているガザ空爆について「閣議承認された幾つかの(作戦)段階の第一段階」と語ったほか、ビルナイ国防次官も「何週間もの行動を準備した」と述べ、作戦が長期間継続することを示唆した。

第一段階でしかないのだ。

現在ガザ地区に住んでいるのはパレスチナ難民およびその子孫であり、ガザ地区はイスラエルによって封鎖されている。

ガザ地区 - Wikipediaによれば、

3月6日、アムネスティ・インターナショナル英国支部など、英国8団体[8]によれば、人口150万のうち80%が食料援助に依存。2006年の63%より悪化し、失業率は40%に達するなど、人道状況が1967年の占領開始後で最悪になったとする報告書を発表した。

目には目を歯には歯を・・・暴力では何も解決しない。
そして暴力に対して力のない弱いものが一番苦しめられる・・・

まあ、彼らにはそれぞれに大義名分があってのことだから人を苦しめたいからと言うのに比べればましなのかもしれないけど・・・

| | コメント (5) | トラックバック (1)

丸紅コレクション

損保ジャパン東郷青児美術館で2008年12月28日までの丸紅コレクションに会期末ぎりぎりに行ってきた。

さすがに年末になるとごみつくり(大掃除と言うほどじゃなくてひたすらごみをまとめてるだけ・・・)が忙しくてなかなかのんびりパソコンに向かう余裕がない・・・今日もないのだがこっそりと座って・・・∥^O^∥

会場に入ると最初に展示してあるのは江戸時代の着物。先日佐倉の歴博でみた打敷となって現在まで伝わっているものと違って(当然時代も違うし)きれいな着物のままの形で保存されているから、すごくきれいな感じがする。

江戸時代、身分によって着ることの出来る着物が違っていて
武家の打ちかけには教養の高さを表す源氏物語や脳のモチーフがあったり(御所解)
町人の葉地味な地色にすそだけに模様を入れる褄(つま)(江戸褄)
が展示してあった。
思わずどういう風に作ってあるのかじっくりと眺めてしまったのは歴博の影響だろう∥^O^∥

能装束には金糸の刺繍と金が塗ったものの両方が一枚の着物に入っていたりしてそれはそれで面白かった。

0019

このちらしにあるサンドロ・ボッティチェリの「美しきシモネッタ」 1480-85年頃
を見るのがひとつの目的だったけれど、実はあんまりいいとは思わなかった。
なんとなくもっと深みのある絵を期待していたのだが・・・う~ん残念。

逆にまるっきり期待していなかったのにとてもよかったのがブラマンクの冬景色と言う一枚。
ブラマンクの作品は3点出ているのだけれど、他の二つはCosの趣味からはかなりかけ離れていたけれど、この冬景色はとてもよかった。

季節柄なのか、Cosがこういう寒々とした風景がすきなのか・・・・
ブラマンクは好きじゃないけれど、こういう絵をかいているのならもっと見たいかも。

そういえば、いいなと思った加山又造の絵も冬山だった∥^O^∥
ちょっと見ただけでは気がつかないけど、手前の雪は白で山の雪は銀と金でかいているから山がぐっと存在を主張しているようにも見えた。

来年は六本木で加山又造展があるからちょっと楽しみ。

・・・さてと、もうちょっとごみを作っておこうかな・・・_| ̄|●

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.28

さよなら新宿コマ

52年前の今日、新宿コマ劇場が生まれたのだと言う。

Img_0925

一番最初に行ったのは小学生のときで子供向けの何かだったんじゃないかと思うけれど、記憶には定かではない。
当時は「新宿」なんていったこともなかったからすごいところに来たと思ったのだけは覚えている。

高校生になっても「歌舞伎は怖い」といわれていた(親じゃなくて周りの人たちにだけど)のでコマ劇場にもちょっと怖いところにある劇場と言うイメージがあったりするのにやっているのはごく普通の有名な演劇だったりして、周囲の景色との違和感が不思議だった。

今日はコマ劇場のシアターアプルで例年年末にやっている加藤登紀子のほろ酔いコンサート。
もちろん母のお供。

父が存命中も父が出かけるのを嫌がるようになってから大体Cosがお供をしてきたこのコンサートも来年からは場所を変えることになる。

加藤登紀子のコンサートも今年のテーマは「1968-2008」。
彼女の40年間の軌跡をまとめた曲を集めていた。
シアターアプルでも25年間毎年、年の終わりにはたる酒が振舞われる「ほろ酔いコンサート」続けてきたのだ。

観客の中には毎年欠かさずに最初からこのコンサートに来ている人もいたりする。
観客も加藤登紀子と一緒に歳をとってきているのだ。
後ろから見ると灰色や白い髪の毛の人が半分以上いる。
そういう人たちがロックのリズムに乗って(さすがにおとなしく)踊ったりするのだ。

この人たちも、コマ劇場と一緒に年を重ねてきた人たち。
これでまたひとつの時代が終わるんだろうな。

コマ劇場では12月31日までコマ東宝(だったかな?)で日替わりで名作を500円で見せる感謝デーを設定している。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

所詮テレビ

もちろんきちんと裏をとって作っている番組もあるのだろうけれど、

「道路は穴が開いても放置」は取材不足…TBS、田原市に謝罪 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

 TBSが昼の情報番組「ピンポン!」の中で、トヨタ自動車の不振の影響で大幅な税収減が見込まれる愛知県田原市を「道路は穴が開いても放置」などと報道したことについて、田原市が抗議していたことが、27日分かった。 Click here to find out more!

 抗議を受け、TBSは電話で謝罪した。

謝罪をしただけ一歩前進しているのだろうけれど、推測でものを言っている番組だと言うこと。
視聴率を上げるためには同じニュースを取り上げても「えっ、ほんと?」と思わせることが出来る番組なら視聴率は上がるだろう。
その最たるものが「コメンテータ」と呼ばれる人たちの存在だろう。
実際には自分の意見を言っているだけだから、彼らの発言に裏づけは取っていない。
それぞれが勝手に自分の思うことをいうのに裏を取らないのはCosも一緒だけど、それがあたかも事実であるかのように歩き出してしまうのがテレビの怖さ。

それを理解してテレビを見ていればいいけれど・・・・

活字になったこと、テレビでやったことはすべて真実と思い込む人たちは少なくない。

新聞に書いてあることがすべて真実だと思い込んでいる人たちはもっと多い。
もしかしたら、真実の一部だけを書いているために読んでいる人に特定の方向の思い込みを与えているかもしれないのに・・・

心しないと・・・

あっ、もちろんCosのところなんかまるっきり裏づけは取ってません。
(取れるはずもないし・・・∥^O^∥ )

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.27

石田徹也

2007年に佐倉市立美術館で見た「さびしさに向き合って」に何点か出品されていた石田徹也。
会社組織や学校に対する批判が前面に出ている作品だったこともあって、強いインパクトを受けチャンスがあればもっと作品を見たいと思い続けていた。

Img_0924

その石田徹也の展覧会が練馬区立美術館で行われると聞いて「絶対に行くぞ」と思ったのはかなり前のこと。
が、2008年12月28日までの会期なのにようやっと重い腰を上げたのは12月26日∥^O^∥


ニチバンの工場の跡地に建てられたという練馬区立美術館。
マンションの一室ではないけれど、美術館にしてはかなり無機的なつくり。
区立美術館だから仕方がないのかもしれないけれど、もうちょっといい雰囲気にならないのかなぁ・・・
残念。


01gomi04


見たくてたまらなかったのに、行くのが遅くなったのはもちろんひとつにはちょっと行きにくいところだからというのもあるけれど、彼の作品の重さが怖かった・・・

なんだかんだ言ってみたところで会社組織や学校のなかでCosも批判される側に加担していることに違いはないわけだし、

共感を覚えても反対の立場から行動するしかなかったりするわけで・・・・

更にはどうにもならない行き場のない閉塞感はCosにも共通していたりするから余計重かったし、見ることによってどこまで追い込まれるのかが不安だったりもした。

このチラシで言えばCosは吊り輪につかまって回っている人であり、真ん中で回している人であり、それを見ている人であり・・・と言う感じ。

そうでなくとも精神的にはもうずっと楽な状態じゃないから、そこに何が来るのか・・・


年代順に彼の作品を見ていくとこの作品を書いていたころは社会に対する閉塞感を表現していたような感じがするけれど、まだそんなに追い詰められた感じはしない。

これが次第に年とともに追い詰められていく感じがする。
社会全体といった概念に対してではなく、彼自身が周囲から切り離されていく感じ。

そうなってくると自分自身と重ね合わせることではなく、彼の孤立感、焦燥感を外側から見ることが出来て、かえってこっちは楽になる。

楽になるといってもその重さは変わらないけれど、自分とかかわりのあることではないから自分から離れたところで受け止めることが出来るのだ。

おそらくその分、きつかったんだろうな。きつかっただろうけれど、Cosが追い詰められることなく余裕を持って作品を見ることが出来た。

絵をかくために同棲していた彼女と別れ、大学を出てからも就職はせずに絵をかくためにアルバイトを続けていた彼。

認められはしてもなかなかその絵は売れない。

そりゃそうだろう。インパクトのあるいい絵だと思ってもこれを飾るのは勇気が必要だ。どう見ても普通の金持ちが買いそうな絵には見えない。

13年間、絵をかき続けて最後には踏切事故でなくなった彼。
踏切事故としかかいてないけれど、どんな踏切事故だったのか・・・・

石田徹也遺作集石田徹也遺作集
石田 徹也

求龍堂 2006-05
売り上げランキング : 19058

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

01gomi01

美術の窓 2008年 11月号 [雑誌]

生活の友社 2008-10-20
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


| | コメント (0) | トラックバック (0)

4件はしご

はしごとってもアルコールじゃなくて美術展。

2008年12月28日までの
練馬区立美術館
損保ジャパン東郷青児美術館
オペラシティーアートギャラリー

おまけでまだ当分やってるんだけど
ICC

の4件を回ってきたのだ。
全部種類が違うからどれも重なることなくしっかりと見ることが出来た(除くICC)

実のところ練馬区立美術館の石田徹也展はやりきれない気持ちになるんじゃないかと心配していたのだが、同じ閉塞感と言っても種類が違ったので見終わったときには展示の重さにもかかわらずちょっとほっとしたし、

丸紅コレクションは予想外のものがよかったのがうれしかった。

このところ写真が続いていたし、来年の年初めにも友達と写真を見る予定(別に一緒に見るわけじゃなくて同じ日に同じところに行くだけだが・・・)もあるからちょっと食傷気味だったのだが、自然の花よりも造花、一井の人たちよりもタレントの写真がよかったのが面白かった。

ICCは体験型でそれなりに面白かったけれど、まだ見方が不十分だな。
もう一度は行かないと・・・

疲れた・・・

(一つ一つの感想はもうちょっとちゃんと書く予定・・・・予定だけだったりして・・・)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.26

まだあった襖クラブ

Cosが学生のころ「東大生のアルバイト」と言う話題があったときに知った東大の襖クラブ。

asahi.com(朝日新聞社):東京大「襖クラブ」 苦学生の技、半世紀伝承 - 究める - 大学 - 教育.

 日本家屋で部屋や押し入れを仕切る「ふすま」。その出張張り替えを請け負うサークルが、東京大学にある。かなり珍しいサークルだが、歴史は50年以上。戦後、大学が「苦学生の生活費稼ぎに」とつくったのが始まりらしい。

(中略)

 初代の部員が、大学近くの表具師に弟子入りして学んだ技を、代々受け継いできた。毎年数人の新入生が入り、「一人前」になれるのは、だいたい1年後という。

学校が作ったクラブだったとは驚いたけれど、50年以上前なら東大でも苦学生が多かったんだろうなぁ・・・

Cosが学生のころでさえ、塾や家庭教師をすれば金銭的にはかなり潤ったのだからいまさらわざわざ襖の張替えでアルバイトしなくても十分だろう。

それにしてもCosも入門してやり方を教えてもらいたかったなぁ・・・って、その前に東大に入らないとだめか・・・_| ̄|●

| | コメント (0) | トラックバック (0)

また複素数平面・・・

同じ記事の引用だけど・・・・

特集:高校・新学習指導要領案 学力向上「じっくり」 義務教育内容を復習 - 毎日jp(毎日新聞).

 データ活用力向上のため、新たに必修となる「数学1」の中に統計に関する内容を盛り込む。「数学1」と「数学A」では、知識や技能を活用する力を育成するため新たに「課題学習」を位置づける。あるデータの分析結果を使った討論などを想定している。

 指導内容では「複素数の図表示」(数学3)、「ド・モアブルの定理」(同)などが復活する。

このデータ分析は数Aの確率とは独立になっている。つまり、確率と統計の連携はやらないということ?

データ分析は数学Iで確率は数学Aだから学校によっては確率を学ばないままだったり、データ分析(これは統計とは違うの?)をやってから確率をやるなんていうこともありうるわけだ。

数Aの中には整数の性質が入っていて、今までの不備が解消されると同時に、入試ではますます整数問題が難しくなるんだろうなぁ・・・

極めつけが数学IIIの複素数平面とド・モアブルの定理。
別にやっちゃいけないとかやることに問題がるとは思わないけれど、これが入ると同時に行列と一次変換が消えた。

行列と一次変換の考え方は考え方自体も大切だし次元に関しても拡張性が高いけれど、複素数平面は考え方としてはここでストップしてしまって、拡張性はない。
(もちろん内容的には拡張性はあるけれど、概念的に拡張されることはない)
前回あれだけ評判の悪かったものを復活させるのはどうしてなんだろう?

なぜ復活するのかはまったく分からない。

複素数平面は複素数平面でしかないけれど、行列の考え方は空間にも拡張できるし、そうした図形的な取り扱いだけじゃなく線形代数学につながっていくのになぁ

何が不満なんだろう?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.25

泡立ち草

父が亡くなってからは夕方時間があると母のところに行くようにしていたので散歩をする時間がほとんど取れなかったが、昨日はクリスマスイブ。

夕方からの母がいる時間帯にはこっちが忙しいので、久しぶりにぽっかりあいた時間(実際には家でやらなきゃいけないことは山のようにあるんだけど)に郵便局まで行くついでに散歩。

Img_0915

つい最近まで黄色い花をたくさん咲かせていたセイタカアワダチソウがこんな風にあわ立っていた。

昨日見たのは「せいたか」と言うのにはあまりに背が低かったけれど、これは種子発芽を抑制するというアレロパシー物質によって自分自身が大きくなれなくなってしまったためらしい。

背が低いからこそ、Cosにもみえたのだが・・・
なんとなく普段見た「雑草」という感じと違って見方によっては白いクリスマスツリーと言う感じもなきにしにあらず∥^O^∥

実際に通りかかったときにはもう日が落ち始めていてもっと白い(と言うよりは灰色っぽい白)ように見えていたのだけど、写真にするとあんまり「泡」っぽい感じがしないかも。

この綿毛、すぐに落ちてしまうそうで観賞用にはむかないらしい。
ちょっと残念。

01gomi01_2(花のほうの写真は草花写真館より)

今まで知っている黄色い花はこんな感じで、あんまり「あわ立つ」というイメージではなかったけれど、この綿毛を見たら納得できてしまった。

明治末期に持ち込まれた帰化植物であるこの黄色い花からは蜜がたくさん取れるのだと・・・・「セイタカアワダチソウの蜂蜜」・・・どんな味かな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.24

卒業を厳しく

「卒業を厳しく」と聞いてもそうだろうなとしか思わないのは自分がそういう学校だったからかもしれないし、大学生が高い学費を払いながら遊んでいるのを見るともったいない気がしてならないからかもしれない。

時事ドットコム:大学卒業を厳しく=学部教育で答申-中教審.

 中央教育審議会は24日の総会で、大学の学部教育で卒業を厳格化することなどを求めた答申を決定した。

今は選びさえしなければどこかの大学に入れる時代になってきている。
まあ、入れる大学はそれなりの大学しかないだろうけれど・・・

そこで4年間遊んで卒業していく・・・そっちのほうがよほどおかしい。

4年間遊ぶんだったら大学じゃなくて託児所でいい。
学問に触れる場ではなく、大人になるためのさまざまな経験をつむところ・・・
とでも位置づけをしておけばそれでいい。

どうせ、「卒業が大変だ」と言う評判がたてば、集まる学生の数も減るだろうから、大学側としても早々厳しくすることも出来ないだろうし・・・

そういえば、今の高校だって勉強をするところと言うよりは託児所になっている部分が多かったりして・・・
∥^O^∥

| | コメント (2) | トラックバック (0)

数独も数学の授業で?

数学基礎をやらないのと同じように数学活用もCosが教えることはないけれど、「お楽しみ」で使っている数独が「数学活用」の授業で扱うのだそうだ。

数独は数字こそ使っているけれど、数学とは無縁の論理思考だけだと思うのだが・・・
どこが数学なんだろう?

実際には数学の力はつかないけれど、論理的な思考を要求するからとてもいいと思ってはいるけれど、クロスワードパズルと同じレベルだと思うのだがなぁ・・・

(クロスワードパズルのほうが国語力を要求するからいいかも)


特集:高校・新学習指導要領案 学力向上「じっくり」 義務教育内容を復習 - 毎日jp(毎日新聞).

 ■数学

 「数学基礎」を発展させる形で「数学活用」を新設する。数学への興味や関心を高めるのが狙い。イベント会場の来訪者の移動をシミュレーションするなど、身近な事象についてグラフや表を用いた考察を重視。「数独」のようなパズルやゲームを通して、数学の楽しさも伝える。

 データ活用力向上のため、新たに必修となる「数学1」の中に統計に関する内容を盛り込む。「数学1」と「数学A」では、知識や技能を活用する力を育成するため新たに「課題学習」を位置づける。あるデータの分析結果を使った討論などを想定している。

 指導内容では「複素数の図表示」(数学3)、「ド・モアブルの定理」(同)などが復活する。

データ活用力向上・・・・指導できるのかなぁ
「課題学習」・・・・できないだろうなぁ
年齢だけじゃなくこういうことが出来る若い教員もいないような気がするけれど・・・

複素数が数IIIに入るということは理系必修と言うこと。
それはそれで面白いけれど・・・

新しい学習指導要領 「生きる力」-文部科学省はこちら。PDFばかりなのでみにくいけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.23

クレーの音楽

「クレーの詩・クレーの音楽」Part II
ブリジストン美術館で。

「詩」となっているけれど、実際にはクレーの手紙などを朗読したので、クレーがどんな詩を書いたのかは分からなかった。

Part I は谷川俊太郎が来て詩を朗読したのだが、残念なことにCosが気がついたときには満員になっていたのだ。
谷川俊太郎も好きなのに・・・_| ̄|●

クレーは好きだけど、その人となりについてはまったく関心がなかったから彼がセミプロ級のバイオリニストだなんていうことは知らなかったけれど、そう聞くと彼の絵を思い浮かべて「そうだろうなぁ」

Cosなんぞにクレーの絵から音楽を読み取ることなんか出来るはずもないけれど、なんだかすっきりと収まるところに収まるものがあったという感じかな。

お話と朗読 新藤信
アンフィニ・サロンオーケストラ (バイオリン2台とピアノ)

すごくうまいと言うわけではなかったけれど、距離の近さと人数の少なさが楽しかった。

クレーが奥さんのピアノと二人で合奏を楽しんだ・・・あるいはあちこちで演奏をした・・・その楽しさが分かるような・・・・

筆まめなクレーはバイオリンを弾き、絵をかき、オーケストラで弾き(パブロ・カザルスともやったことがあるんだそうだ)、二人で音を合わせ・・・
うらやましいな。

それにしても、モーツアルトのトルコ行進曲って名曲なのだろうか?
のだめでもやってたし・・・・
う~ん・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ご冗談でしょう? 文科省

英語の力を落としたいとしか思えない・・・

時事ドットコム:英語で授業、単語500増=脱ゆとり踏襲、理数前倒し-高校新指導要領案・文科省.

小中学校の「脱ゆとり」を踏襲し、英語は単語数を500増の1800語とし、教員が英語で指導するよう定める。数学・理科の内容拡充は1年前倒しして12年度から実施する。高校の全面改定は10年ぶりで、意見募集を経て来年3月までに告示する。  卒業単位は現行と同じ74以上。授業は標準の週30コマを超えて行えることを明示する。

英語が母国語でない教員が英語で、英語をよくわかってない生徒に厳密な文章や言い回しの意味がどれぐらい伝えられると思っているんだろう?

今の授業の内容を英語で話して生徒に伝わると思っているのだろうか?
文章の解釈を英語でどの程度生徒に伝えられると思っているんだろう?

英語の苦手な生徒は・・・・授業にならないだろうなぁ・・・・
先生の英語を聞いているよりも参考書かなんかで勉強したほうがよほど点数も取れるだろうし、そうなれば授業は間違いなくあれるだろうな。

しかも卒業に要する単位は今と同じ74単位。
まあ、項1だけで数学がなくなるのは今と同じ。数学の価値はそんなものなんだろう・・・

ますます生徒の質が二極化しそうだな。

そういえば、以前授業を全部英語でやる小学校が話題になっていたけれど、あの学校はどうなったんだろう?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

創造への道程

どちらかと言うと「どうしても見たい」というタイプの絵ではなかったのに、会期末になってどうしても見に行かずにいられなかった
「アンドリュー・ワイエス --創造への道程--」
Bunkamuraで2008年12月23日まで

01gomi01_3
この「火打石」、たった一つの岩を描いただけなのにその歴史の重み、自然の孤独が見えてくるような気がするし、岩が向き合っている静けさ、厳しさが伝わってくる気がする。

「火打石」と言うタイトルがついているけれど、実際にはワイエスが岩の黒い色が火打石のようだと思ったことからそう呼んでいたということらしい。
岩の手前にはムール貝やかにやうにのからなどが転がっている。

人間からは孤高を保っているように見えても完全に離れることができないと言わんばかりだ。

具体的な何かを連想すると言うことはないけれど、これからいろいろなものに立ち向かっていかなければならない決意のようなものが感じられはしないだろうか。

そして、カニング・ロックスの厳しい表情・・・・
見ているだけでつらくなってくる・・・・
こちらを向いてないがゆえに厳しさが増しているような・・・

今回はどの絵を見ても喜びではなくて、さびしさと厳しさに満ちていたような気がする。

ワイエスの絵は必ずしもそうではなかったような気もするのだが・・・・どうなんだろう?

見終わった後、何よりも自然の中に入っていきたくなった。
人ごみの渋谷ではなく、木のたくさんある森の中で静かな時間を過ごしたくなった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.21

ガニメデのいないいないばぁ・・・

木星の影からそっと顔をのぞかせるガニメデ。
01gomi03

このblogの右下にある「きょうのNASA」の写真。
2007年4月の写真らしいけれど、なんとなく楽しい。

ガニメデは太陽系で一番大きい衛星で直径5000km。
決して小さくはないのに木星と比べるとピンポン玉のようにも見える。
ゼウスに仕える美少年ガニュメデスから取られた名前だという。

この世にはCosの生きている世界とは違う
こんな世界もあるんだなぁと改めて思ってみたりする・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

わくわくしながら読む日本史

Cosは歴史が好きではないのだが・・・
(こんなことをいうとまた背後から「まだそんなことを言っている」と怒られる声が聞こえる気がするが・・・)
好きではないがゆえに逆に面白いなら読んでみようという気がしてくる。

と言うわけで本屋で見かけて立ち読みをしたら面白そうなので買った本がこれ。

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)網野 善彦

筑摩書房 2005-07-06
売り上げランキング : 1855

おすすめ平均 star
star目から鱗の歴史講義
star面白く思索の糧になるが、批判的に読むことも必要
star日本の、特に中世の歴史への見方が深まる一冊

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

基本的に歴史に対する素養が欠けているからということもあるだろうけれど、小学校から習った歴史の姿が変わってしまう。
どう変わるのか、どうして変わるのかが知りたくてわくわくしながら読みふけってしまった。

上の「おすすめ」のなかに「批判的に読むことも必要」ともあるから、必ずしも定説になっているわけではないことが分かるけれど、面白いのだ。

まあ、同じデータを使っても出てくる結論や仮定はひとそれぞれで、その辺が理系・・・特に数学とは違うところなのだが、事実と仮定をしっかり区別できるかき方がしてあればそれでいい。
(仮定に対して断定をしているようなものはいらいらするから読みたくないし・・・)

同じ歴史でもこういうアプローチがしてあると面白いのになぁ・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008.12.20

さすが若冲

陸の王者象と海の王者鯨の対決?
さすが若冲という絵が見つかった。

中日新聞:若冲の大作 北陸で発見 最晩年の『象鯨図屏風』:北陸発:北陸中日新聞から(CHUNICHI Web).

 江戸時代半ばに活躍した日本画家伊藤若冲(じゃくちゅう)の「象鯨図屏風(ぞうくじらずびょうぶ)」が、北陸地方の旧家から見つかった。若冲を代表する最晩年の大作とみられるが、これまで存在は研究者にも知られておらず、貴重な新発見となりそうだ。 

リンク先のページの写真が一番いいのでここにリンク。
こういうやんちゃな絵がCosは好きだったりする∥^O^∥

来年はMIHO MUSEUMかなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メイク・ア・ウィシュ

我が家には適齢期の子どもはいないけれど、クリスマスは子どもの夢。

夢をかなえるのがサンタクロースなのだが、夢をかなえることが出来るのはサンタクロースだけじゃない。

時事ドットコム:難病克服、夢の米ディズニーランドに=富山の13歳少年出発-成田.

 難病を克服した中学生の夢が、クリスマスを前にかなう。「米国のディズニーランドに行きたい」。血液疾患で骨髄移植を受けた富山県黒部市の中学1年千代想君(13)が20日夕、成田空港発のアメリカン航空機で米国に向け出発した。

(中略)

 千代君は治療で神奈川県の病院に来た際、東京ディズニーランドに行ってからディズニーランドが好きに。米大リーグマリナーズのイチロー選手のファンで米国にあこがれていたこともあり、米国のディズニーランドに行くのが夢だった。渡米は、難病の子供たちの願いをかなえる活動をしているボランティア団体「メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン」が企画した。

子どもらしい子ども時代を送ることが難しい難病の子供達。
病気と闘いながらいろいろな制限を受けながら、場合によっては生活のすべてが病院の中だったりする。

そんな病気と戦っている子供達の夢をかなえようとするのがメイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン

アメリカのディズニーランドに行くといった派手な行動はニュースになるけれど、もっと地味なニュースにはならないような小さな子どもの夢もかなえている。

このメイク・ア・ウィシュはアメリカのアリゾナに住んでいたクリスと言う少年がなくなる5日前に名誉警察官となったことに端を発している。

日本でも

江ノ電:早世の少年に運転士「辞令」 没後10年夢かなう - 毎日jp(毎日新聞).

 朋(とも)君、天国で思いっきり走ってください--。江ノ島電鉄(神奈川県藤沢市)は22日、「運転士になりたい」という夢を持ちながら10年前、難病で亡くなった少年(当時16歳)に運転士の辞令を発令する。

もうすぐクリスマス。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山口薫展

どこで見たのかはもう覚えていないけれど、一枚の絵が印象に残っていた山口薫

独りの時間―山口薫詩画集 (求龍堂・画文集シリーズ)
(これは画集の表紙。amazonにリンクしています)
この絵の女性と椿を口にくわえた追い詰められた狂気と・・・・
彼女にはこうせざるを得ない必然があったのだ。

この必然を見たいがために行ったのかも知れない・・・
(人物画はあまり好きじゃないんだけど・・・)

山口薫展 -都市と田園のはざまで-
世田谷美術館 2008年12月23日まで

これは戦争中の作品だったから緊迫感があるのかもしれない。
その緊張感に共感を覚えるから好きなのかな。

彼の作品で好きなのはこの時代の具象から抽象へと移っていくあたりと
なくなる直前の死を意識した平和に満ちたファンタジーのような世界かな。
向こうで待っているのはこんな世界かもしれない・・
01gomi02

おぼろ月に輪舞する子供達


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.19

梅酒の梅

子どものころ、毎年のように母は梅酒をつけていた。

今だったら許されないんだろうけれど、子どものCosはその梅を食べるのが大好きで、2,3個も食べると真っ赤になっていた・・・

大人になってからはCosはもちろん母も梅酒はつけないから食べるチャンスもなかったんだけど先日スーパーで見つけて衝動買い。

(実際にはいくらでも通販があるので本当に欲しかったら買えばいいのだが・・・)

いやぁ、
懐かしく甘くさっぱりした梅の味。
食事の支度をしながらついつい5,6個も口に運んで・・・・

「大丈夫?なんか顔が赤いよ」
・・・・_| ̄|●

Cosはアルコールに対する耐性が低いのだ∥>_<∥

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.18

玉虫厨子

国立科学博物館で「平成玉虫厨子」とその映画を見てきた。

asahi.com(朝日新聞社):「平成の玉虫厨子」国立科学博物館で公開 - 社会.

 東京・上野の国立科学博物館で13日朝、飛鳥時代の玉虫厨子(たまむしのずし)を現代の職人たちが再現した「平成の玉虫厨子」の組み立て作業が行われた。日本のモノづくりの原点を感じてもらおうと開かれる企画展示「蘇(よみがえ)る技と美 玉虫厨子」(13~21日)で公開される。制作を追ったドキュメンタリー映画の上映に合わせた展示。東日本での一般公開は初めて。

01gomi01


虫好きのCosであるからかつて「法隆寺展」でみた玉虫厨子に玉虫の羽なんてほとんどなくて、がっかりした記憶があるのは当然と言えば当然だろう。(たぶんそのときに残っていた一枚を見た記憶も残っている気がする)

玉虫の羽を一面に貼り付けたらどんなになるだろう・・・

その夢をかなえたのが飛騨高山の中田金太。
高山の資産家が資材をなげうって、飛鳥時代に作られた玉虫厨子を復元したものを法隆寺に奉納し、同時に新たに平成の玉虫厨子を作らせたのだ。

その「平成の玉虫厨子」が国立科学博物館に来ているのだ(2008年12月21日まで)
そしてその制作のドキュメンタリー映画「蘇る玉虫厨子」を日本館の講堂で見てきたのだ。

(この日本館の講堂も「昔の博物館建築」と言う感じのつくりでとても面白かったのだが・・・)

なぜ東博ではなくて科博なのか、
作られたものを鑑賞するだけではなく、それにこめられた職人達の技の展示でもあるのだ。

今日見た映画はこの玉虫厨子を復元するに当たって、宮大工、蒔絵師、彫師、塗師と言った職人がそれぞれに工夫し、かつての技術者とこの厨子を通じて心を通わせながら制作したドキュメンタリー。

宮大工は屋根のカーブに苦労し、
蒔絵師は今は消えてしまっている絵の復元に苦労し、
彫師は屋根のかわらの表現に苦労し、
塗師は玉虫をどうやってつけるのかに苦労し・・・
そんな職人達の物語。

劣化してしまっていてもう見えなくなってしまった絵をじっと見つめることで見えてくる線を丹念にたどり、
どうしても分からないところは他の部分との調和を考えながら描いていたり
屋根の瓦を彫った上から漆を塗るときには線の細さ深さが塗り師にとって不可能にしか見えなかったり、
飛鳥時代と違って、思うようにつけられない玉虫の羽は2mmの短冊状にして貼り付けていくことになったり。

さらに平成の玉虫厨子では絵柄の中にも使われているのだが、そこでは2mm角に切ったものが使われている。
実物を見てもきったものを集めてあるとはとても見えないほどの細工の細かさ。
飾り金具の下にある羽はよく見えなかったりもするけれど、拡大してみてみると金具の中で羽が光っている。
よく見えない部分、人々が見ない部分までも丁寧に作られている。

現在の職人の持つ技術を集めた美術作品が出来上がったのだ。

映画を見なければきっと「きれいだなぁ」で終わってしまったのだろうけれど、映画の後で見た厨子からは職人達の心意気が伝わってきた。

そして宮大工の言った「飛鳥時代の玉虫厨子には遊びがあるけれど、これはあまりにきっちり出来てしまっている」という言葉が耳に残って離れない。

それにしても・・・今回、この厨子に使った残りの玉虫の羽で携帯ストラップとペンダントを作ったと言うのだが、携帯ストラップが3300円、ペンダントが5500円・・・・欲しかったなぁ
ちょっと手が出なかったのが残念・・・_| ̄|●


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.17

からすうりの明かり

暗い林にからすうりが下がっているとそこだからほのかな赤い光が出ているようにも見える。
そんなからすうりの明かりを買ってきた。
Img_0849
植物の実などをランプにした金井一郎の「植物ランプ」
2008年12月21日までアスクエア神田ギャラリー

LEDのライトを使うことで温度が上がらないランプ。
からすうりだけじゃなく、ほおずきやハスの実や、いろいろな植物で作られたランプたちが暖かく光っている。

からすうりの明かりは宮沢賢治に出てきたのだろうか。
それともCosが勝手に描いているイメージなんだろうか。

夜、暗い森の中でからすうりの明かりがいつくしむように照らしている。
その明かりに惹かれて森の中へ入っていく・・・
そんな情景が思い浮かんで、

真っ暗な中でこのランプの光の中で音楽を聴きながら過ごす時間を夢見て買ってきてしまった。
少し飲みながら大切な人のことを考えながら・・・・

Img_2541

今年はあまり時間が取れなかったので、これは以前撮った写真。
こんな風に暖かくやわらかく・・・
Img_2537

せつない夜向けの植物ランプ


| | コメント (0) | トラックバック (1)

沖縄・プリズム・・・・写真だ・・・

このところどうも写真づいている・・・・
写真はCosには難しくてよくわからない部分が多い。
素材のよさと技術のよさ、両方があいまってひとつの作品を作るのだろうけれど、その辺がよくわからない。
(まあ、自分の撮った写真の下手さ加減ぐらいは分かっているけれど・・・それだって実は分かってないのかも)
それにもかかわらずまた写真を見てきてしまった・・・ような気がする

沖縄・プリズム 1872-2008
国立近代美術館で2008年12月21日まで

かつては琉球国であり、戦後は長い間アメリカ軍の占領下にあった沖縄・・・・

これまでの「沖縄」展の多くが琉球王朝期の工芸を回顧するものであったのとは異なり、近代という時代のうねりの中で、この地から誕生した、そして現在生成しつつある造形芸術を検証する初めての試みです。表現する主体として、沖縄出身の作家と本土から沖縄に向かった作家を織り交ぜながら、「外からの視点」と「内側の視点」の違いを意識しつつ、個々の作家の想像力の軌跡を辿ります。

この外側からの視点と内側からの視点の違いを見たいと思っていってきたのだが、果たしてCosにその視点の違いが分かったんだろうか・・・

確かに写真にはその違いがはっきり表れているものもある。

頭にかごを載せたおばあさんが颯爽と石垣のある道を歩いていく岡本太郎の写真は外から「沖縄」という目で物事を見て取った写真(岡本太郎 《竹富島》 1959年)。
(もちろんタイトルがなければCosにはそれが分からないだろうけれど、「どこだろう?」と言う疑問が生まれる)

それに対して平良孝七のパイヌカジはどう見ても身内の人が撮った写真。
同じように沖縄の文化にかかわる写真を撮っていてもその写真の視点が対象となっている人やものに同化している。 
リンク先にある少女の写真はあまり「沖縄」を意識させないけれど、他の写真の中には中からでなければ取れないと思えるようなものもあった。

こうやって見ると写真と言うのはとった人の視点が分かりやすいのかもしれない。

もちろん、絵も異文化としての沖縄を描いたものはそれなりに分かる。
そうでないものは・・・・う~ん、どれがそうなのか?・・・わかるよう縄からないような・・・

が、問題は陶芸。
國吉清尚の作品がたくさん展示されていたけれど作品だけを見て外なのか内なのか・・・・
おそらく解説を聞かないとCosには判断がつかない。

沖縄と言う地は同じ日本の中でもちょっと違った場所という感じがしていたのだけれど、実はそんなに違わないのかもしれない。

沖縄と言うことを離れて面白かったのは山城知佳子や照屋勇賢かな。
オフィーリアのように水に没する写真を撮った山城千賀子、
不思議な作家としか言いようのない照屋勇賢・・・彼の作品はもっと見てみたい気がしたけれど、そのうち出会えるかなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.16

メサイア

今年も試験が終わったらメサイア。

毎年のように12月の初旬に聞きにいくメサイア。
すごく好きな曲というわけではないし、声楽はあまり好きではないけれど、アドベントカレンダーとこのメサイアで年の瀬と言うよりは「クリスマスだなぁ」と実感する。

(華やかなイルミネーションを見てもあんまり感じないんだけど・・・)

毎年のように同じ曲を聴くというのはある意味で音の常設展だなぁ・・・
子どものための降誕劇の大人バージョンに当たるんだろうか・・・
なんて思いながらいつの間にか覚えたメロディーを母と楽しんできた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.15

信じられない

Cosの経験とは相容れない結果だ。

時事ドットコム:「自尊心傷つけない」=習熟度別指導で分析-08年度学力テスト・文科省.

 分析では、アンケート調査のデータを利用。学校ごとに小学6年の算数、中学3年の数学で習熟度別指導を行った時間数と、子供が「自分にはよいところがある」「失敗を恐れないで挑戦している」などと回答した割合との関係を調べた。  その結果、習熟度別指導の多寡では、自尊感情にからむ回答状況に明確な差が出なかった。成績が上位、下位だった子供に限って分析しても関係は見られなかった。

学年を通じてではなく、講習で一番下のクラスを持ったことがあるけれど、とてもこんな風に思える状態ではなかった。
もちろん、もともと意欲の低いグループなのだが、まったくやる気がなくなって、二言目には「俺達は出来ないクラスだから」(大意)

効果があるのは一番上のクラスだけと言う印象なのだが・・・・かなりこの結果とは違っているなぁ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

大多喜城分館

千葉県立中央博物館大多喜分館と言うのが本来の名前の大多喜城。
Img_0805
お城の天守閣を再建して博物館にしてある。

 本館は、城郭様式の建物で、「房総の城と城下町」をテーマに房総を中心とした中世から近世にかけての城郭やこれに関する武器・武具・調度・文書及びこれらを取り巻く人々の生活資料等を展示しています。
と言うことで中は一応こうした資料が展示してある。

「こんなものがありました」
「あんなものを使っていました」
とならべてある。

さすがにお城だけあって農業に関しての展示はなかったように思うけれど・・・

「どこそこになになにがありました」と言われるとどうも「ああそうですか」で終わりになってしまう気がする。
「へえ~、」と言う驚きや面白さがなかったのが残念。

今回は「武の美」と言うことでかぶとや鎧、馬に使う馬具や刀などの企画展が12月7日まで行われていたのを見に行ったのだが、これはそれなりに面白かった。

かぶとにつけた飾りは目立つためのものだったとかどんな飾りがあったとか・・・そういうところに視点を置いての展示はなかなかよかった。

今のイメージではちっとも強そうに見えないけれど「うさぎ」なんていうのもあって昔の人のものの見方が新鮮に見えたりもした。

常設展でもそういう視点があると面白いのになぁ・・・・


が、4階は一種の展望台になっていて山の上の一番高いところに立っている天守閣から四方八方を見ることが出来て面白かった。

Img_0810
Img_0816

続きを読む "大多喜城分館"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.14

自学自習

数学に限っていえば、今の教科書は生徒が自分で読んでもわからない生徒が多い(Cosのところだけかもしれないが・・・)。

だから「予習を中心」にさせようと思っても出来ないことがほとんど。
もちろん、他の学校では可能なのかもしれないけれど・・・

時事ドットコム:教科書のページ数倍増を=2次報告で提言へ-教育再生懇.

 報告案は、ゆとり教育からの路線転換を目指した新学習指導要領が実施されるのに併せ、質・量両面で教科書を格段に充実させるよう求めた。教室で授業を受けながら使うことを前提に作られた今の教科書を、1人で読んでも分かる自学自習に適した丁寧な記述に改め、練習問題や文章量を増やすことなどを打ち出した。

ここに出てきているのは国語と理科なんだけど、数学も自学自習が出来るようにしてくれないかなぁ・・・

あっ、そうすると文章が今の10倍ぐらいになって生徒は読む気力を失いかねない気もするが・・・・

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008.12.13

「変」でいい

今年の世相を表す漢字が「変」なのだという。

時事ドットコム:今年の漢字は「変」=オバマ氏当選、経済変動…-「変革への願望」と清水寺貫主.

 1年の世相を漢字1文字で表す2008年「今年の漢字」が12日、「変」に決まり、京都市東山区の清水寺で森清範貫主(かんす)が揮毫(きごう)した。

世の中が変になっているのか、太平の世に変化の兆しが現れ始めているのか・・・・

変化の兆しだとすると世の中の変化に対応していくのは大変かもしれないけれど、それはそれでいいのかもしれない。

「変」
子どものころから「変な子だ」と言われ、変人扱いされて生きてきたCosにとってはなんだかなじみのある言葉。

あまりに周りから遊離しそうなときには周りにあわせることもあるけれど、
変でもいい、自分らしく自分に正直に生きていきたいなぁ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

会えた!!

まさか今日会えるなんて思っても見なかった。
もしそうだと知っていたらもう少し考えたのに・・・・

会えたと言っても面と向かって話をしたり、何か特別なことがあったわけじゃなくただ単に顔を見て、仕事をしているのを見て、他の人と話をしているのを聞いただけ。

それでも会えただけでうれしい・・・・


今日は採点日だったので職場でちょっとだけ仕事をしてさっさと引き上げて他のところに行くつもりだったのだけど、他の人の分を手伝っていたら予定より遅くなってしまった。

結果的にはそれがよかったことになる。

そのおかげで会うことが出来たのだから・・・

職場を出てからも時間は十分あったので、世田谷美術館へ。

山口薫(誠ではないのだ)展をちょうどやっているのだが、(たぶん)彼の作品で印象に残っていたものがあったので、それ(あるいはそんな感じの絵)を見たかったのだ。

で、世田谷美術館の中に入ってみると
「PCPPPはこちら⇒」と書いた張り紙が地下の制作室のほうをさして貼ってある。

よく見ると
「フライデー・ヨコオ 横尾忠則~週末の労働的公開制作」・・・
12月5日、12日、19日、26日
10:30~16:30

と言うわけでほんのちょっとだけだけど横尾忠則があれやこれややっているのを見て、質疑応答を聞いて・・・

本人を直接見たのは初めてだったし、あの多才さとは裏腹に直接会っても近寄りがたい気難しい人物というイメージはなかったのが逆に不思議な気がした。

また時間が取れたらもうちょっと早い時間にどんな風に描くのか見てみたい。

今日はほんのちょっとの時間のずれで思ってもいなかった幸運に出会えた感じでとてもうれしかった。


| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008.12.12

5年目突入

2003年12月、「blogができる」ときいて期末試験前の忙しいときに飛びついて出来たのがこの「こすもす」。

今年も忙しくしているうちにいつの間にか5周年を突破してしまっていた。

使いにくい部分がないわけではないので、何度かはココログをやめて自分のサイトにblogを作ろうかと思ったこともあるけれど、結局今日まで来てしまった。

テーマもなく、何でもかんでもかき散らかしてきた5年間・・・実際にはその前から日記のような形では書いていたのでたぶん10年ぐらいは続けているんだろうなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【樹木葬】初冬の天徳寺(2008.12)

12月にはいってあわただしい日々が続いているけれど、今年最後の天徳寺。
Img_0683


今年に入ってから裏の杉山の伐採が始まって、来るたびごとにその景色を変えている。

ちょうどいい写真がなかったけれど、この写真は第一樹木葬地から撮ったもので向こう側の杉林がすっかり伐採されて整地されている。
全部が樹木葬地になるわけではないけれど、この一部が樹木葬地になるのだ。

今のところまだ山の中に埋骨する許可は得られず、墓地としての認可をとらなくてはならないので整地しておく必要があるのだろう。

個人的にはこんな風に整地されてしまった姿よりも、雑木林になりつつあるところを見たい気がするけれど、あわてずゆっくりたゆまずに里山に還していくのがここのやり方。

Img_0785

この日は抜けるような青空ですっかり葉を落とした木々が来春に向けてせっせと新芽作りに励んでいるような感じ。

最初の年に花をつけて以来花のなかった父の木にも花芽がついていて来年の花を約束してくれている。
父の木は「よくここまで伸びたものだ」と思うほどの勢いでどんどん大きくなっていたけれど、やっとその気になったらしい。

自己顕示欲の強かった父らしい育ち方だ(爆)

花の芽が父からのメッセージのようにも感じられて不思議な気分。

来年に期待しよう・・・・

Img_0793
お寺に戻ると、なによりうれしいことに弱ってはきているものの墓守ネコのランちゃんも日向ぼっこに出てきてくれた。

来年の集いのときまでいてくれるかどうか・・・Cosを含めこの子のファンはたくさんいるんだけどなぁ

その日が予定日と言う住職の奥さんとあれやこれやとおしゃべり。
お寺を空けられないのでお母さんに来てもらってこっちにいるのだと言う。
元気だけどやっぱりおなかが大変そうで、秋の集いを中止して正解と言う感じかな。
元気な子が生まれますようにm∥_ _∥m

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.11

いまさら何を・・・部活が消える・・・

なにをいまさら・・・としか言いようがない。

消える部活、学校側都合で毎年200も休廃部…都内公立中(読売新聞) - Yahoo!ニュース.

 東京都内の公立中学校約640校で行われている部活動のうち、運動部を中心に毎年200部以上が、顧問の教諭の異動など学校側の事情が理由で休部や廃部していることが、都教育委員会の初めての調査でわかった。

 生徒の意思にかかわらず、部活動が休廃部に追い込まれていることになる。都教委は「非常に深刻な事態」と憂慮しており、校外指導員の活用など対策の検討に乗り出した。

何年も前から、学校の生徒数の減少に伴って教員の数も減少したためにそれまではこどもたちが「やりたい」という部活をさせることが出来たのに、出来る教員の数が減ったために希望者が多くとも実施することが出来ない部活が増えてきている。

特に運動部では指導する教員が対外試合の審判もしなくてはならないために、その資格を持っていないと対外試合などが不可能になる。

その資格を取るための講習などの費用は行政は出してくれない。

対外試合の交通費も出るときと出ないときがある。
いや、それどころか土日を返上して練習や試合に行ったとしても手当てはごくごくわずか。下手をすると1日1000円、交通費持ち出しだったりもする。

たとえ、休日出勤の形で代休が取れたとしても・・・・授業の遅れが間違いなく生じる。

週末の試合の引率などを負担に感じ、顧問を引き受けたがらない教諭が、若手を中心に増えていることも、一因とみられている。

そりゃそうだろう。
どう考えたって顧問をやっても割が合わない。

休みがない、
手当てがない、
資格がない

運動部の顧問をやらなければ普通の土日は休める(ことが多い)のだ。
それでも今まで続いている事のほうがすごいのだ。

それが分かっていっているのだろうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.10

学力低下の歯止め

このニュースだけでは内容についてまったく分からないからどうとも判断できないけれど、とりあえず効果があったということなんだろうな。

現実の子供達の姿から内容を考えると必ずしも安心できると言うわけではなさそうに思うけれど・・・

時事ドットコム:日本の理数、3~5位=小中の学力低下に歯止め-「意欲で課題」・07年国際調査.

小学4年と中学2年を対象にした2007年の国際数学・理科教育動向調査の結果を公表した。03年の前回調査に比べ日本の平均得点はおおむね上昇。参加国が増える中、各教科の国際順位は3~5位で上位を維持した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.09

おん ゆあ ぼでぃ

私の体、そしてあなたの体、同じようでもあり、異なっているようでもあり・・・

東京都写真美術館 > 日本の新進作家展vol.7「オン・ユア・ボディ」.東京都写真美術館で2008年12月7日まで(終了間際に行ってきました)

〈身体〉にまつわる問題は、仮想的空間が強まる現代にあって、逆にますます現代人を捉えて放さないテーマです。

言われなければ気がつかずに通り過ぎてしまいそうな澤田知子のセルフポートレート。
ミスコンテストに出場している大勢の女性はすべて澤田知子自身なのだけど、下手をするとそのことに気づかずに済ませてしまいそう。

自己と他者の区別がつきにくくなっている時代なのかもしれない。
(今に限ったことではないかもしれないけれど・・・)

志賀理江子は写真を加工しておどろおどろ下雰囲気を出しているのだし、そのシュールさの趣味は悪くないと思うのだけれど、Cosが期待するものとはちょっと違っているようにも感じるけれどなかなか面白かった。

いいなぁと思ったのは横溝 静のビデオ作品。
部屋の隣り合った2面の壁に一方ではピアノを弾く年老いた女性。その隣の壁では彼女から見えている、あるいは普段見ている景色。

特に窓の外の景色は動いていないようでいて、風が吹くと木の葉がゆれて自然な感じ。

次から次へとピアノを弾く人や場所が変わる。

ピアノを聴きながら外の景色を眺めている雰囲気?

その引き方を見ていると、「この人はどんな風にピアノとかかわって人生を送ってきたのだろう」と知りたくもなる。
美術館の中でここだけは静かな時間が流れる感じでよかった。

高橋ジュンコはひとり都市のなかに超然として立つ女性、そしてその周りの光景だけがどんどん動いていくという映像。
前に見た部屋の3つか4つの壁に世界の各地へ行ってただひたすらたっているのを映し出しているビデオ作品と共通のものを感じるけれど、どこか違う感じ・・・

以前見た作品には迫力があったけれど、これはずっとおとなしい感じ。

「オン ユア ボディ」・・・からだにまつわる問題
体というよりは自己と他者や時間とのかかわりが映し出されていたような感じかな。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.08

見るだけの富士山

富士山はすごく空きと言うわけではないんだよなぁ・・・
やっぱり見るだけの富士山じゃつまらないし・・・

なんて思っていても実際にきれいな富士山を見ると思わず
「やっぱり富士山はいいなぁ・・」となる。

01gomi01

こういうのを見るといいカメラが欲しくなるけれど、毎日持って歩くのは今のカメラでも重いからなぁ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.07

明日の神話

東京都現代美術館に展示されていたときにも何回か見たけれど、やっぱり壁画と言うのはこうやって人が行き交うような場所にあるほうがふさわしいような気がする。

Img_0655

さすがに無粋なガードマンがちゃんと張り付いているけど・・・

写真を撮っている人はCosを含めて何人もいたので中には
「何でみんな写真を撮ってるの?なにかあるの?」とおっしゃる人もいて、そういう人も、まったく気がつかない人も、当たり前の光景になっているのがいいな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ここでなら・・・

死んだ後のことなんてどうでもいいし、Cosを焼いた灰などゴミ箱に捨ててくれればいいという気もするのだが、この地に来ると「ここでならどんなしに方をしても受け入れてもらえる」と言う不思議な安心感がある。
Img_0785

間違っても父と一緒にいたいわけではないし、死後の世界などあってもなくてもいいと思っているのだが、ここでなら・・・

そんな想いが浮かんできたのは、父の木がつぼみをつけていたからかもしれない。

父が亡くなった翌年にはあふれんばかりに花をつけていたのに、それからずっと花をつけずにみんなをがっかりさせてきた父の木。

その木がやっとつぼみをつけた。

もちろんまだ死ぬ予定はないし、
たとえそうなっても自分でやるのは難しいだろうし、
誰かが頼めばやってくれるとしても犯罪者を作ってしまうとしたら知っている人はもちろんたとえ見ず知らずの人であってもそれはそれでいやだし・・・
どう思おうとあるがままに生きていくしかないんだろうなぁ・・・

でもいつかはそういう日が来るのだし、そのときにCosがどうなっていてもここならばつまらぬことには惑わされずにいられるような気がする・・・・

つぼみを見ながらそんなことを考えたのは、カズオ・イシグロの「私を離さないで」を読んだからだろうか、それとも・・・Cosも疲れているのかもしれない。

4151200517わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
カズオ・イシグロ 土屋政雄
早川書房 2008-08-22

by G-Tools

彼らの人生はCosの人生などよりずっと有意義だし・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

VERNACULAR(石川直樹2)

石川直樹のMt.Fujiの翌日、新宿御苑のPLACE MでやっているVERNACULARへ。

会期が2008年12月7日までなのにじっくり見る時間がなくてそそくさと見てきてしまったのがちょっと悔しいけれど、たとえオフに遅れようとも見ることが出来ただけで満足。

昨日見たMt.Fujiが自然を映し出しているのに比べると、このVERNACULARは人の暮らしの厳しさを映し出している。

ニュージーランドの原住民の住まい、フランスの張り出した岸壁の下に作られた家、北極圏で暮らす人達の住まい、そして日本の(たぶん)雪の白川郷。

そのどれもが自然の厳しさを感じさせる。
Mt.FujiやPOLARに比べると迫力がないかもしれないけれど、より身近な厳しさがそこにはあって、暮らしている人々のことをいろいろと考えてしまう。

もっと時間をとってじっくり見たかったことが心残り。

4898152252POLAR ポーラー
石川 直樹
リトル・モア 2007-11-16

by G-Tools
4903545180NEW DIMENSION
石川 直樹
赤々舎 2007-10-01

by G-Tools
4931407609THE VOID
石川 直樹
ニーハイメディア・ジャパン 2005-09

by G-Tools

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008.12.06

冒険者の富士山(石川直樹1)

富士山の絵や写真は北斎をはじめとしてたくさん見てきた。
人様に見せるような代物ではないけれど、Cosですら写真を撮っている。

だがそれらはみな「富士を見る」と言う視点から描かれたもの。

本人いわく

作者自身の登山の出発点である“登る山”としての富士山をとらえてみたい、それが撮影をはじめた理由だった。

銀座ニコンサロンの案内より

という言葉の通り、それがたとえ空から取った写真であっても、見る富士の美しさではなく、あたかも挑戦すべきものとして立ちはだかる山というイメージが浮かび上がってくる。

それも大勢の人がご来光を見ようと登る富士山が時として人を寄せ付けない山であることを思い知らせるような写真。
もちろん、大勢の人が行き来する富士山であることを映し出しているものもあるけれど、登っている人たちのところからは見えない裏の顔も見え隠れしているのだ。

石川直樹の写真は見る人の背筋をピンと伸ばさせるような自然と対峙することを要求している。それがたぶん、冒険者の視点であり、Cosをとらえて離さないのだろう。

石川 直樹展
[Mt. Fuji]
銀座ニコンサロン
2008.11/26 (水)~12/9 (火)


4898152562石川直樹 写真集 Mt.Fuji
石川 直樹
リトル・モア 2008-12-22

by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

三日続き

普段のCosは週に一回もアルコールを摂取すれば多いほうなのだが、この3日間は毎晩アルコール。

木曜日の夜は新橋と言うか銀座で気心の知れた仲間とのオフ。
美術系の仲間たちなのであまり理系が買った話題は出ないけれど、物の見方考え方に共通している部分もあって一番気楽で楽しい。

Img_0648

こんなお店・・・
どうやらこのネコは「トラネコ」らしいのだが、この後姿・・・なんとなく哀愁が漂っていていい。
こんなネコに背を向けられながらみんなでおしゃべり・・

ここを出た後は(みんなそれぞれに遠いのに)楽しい時間をもっと続けたくてそのままビアホールでワイン!

結局店を出たのは11時で家に着いたのはもちろん日付が変わった後。
この日が一番ヘビーだった∥^O^∥
当然、ところどころ記憶が抜けている・・・
「歴史上の人物の誰に会いたい?」とみんなに問いかけがあって面食らったのは覚えいてるのだが・・・
後は楽しい時間だったことしか覚えてないような気がする・・・

家に帰ってからやる仕事も残っていたのだが、やるべき事を見つめただけで手を出さずにそのままダウン。

 本来はうちでおとなしくしようっと思っていた昨日は突然北海道から人が出てくることになって(なかなか会える人じゃなかったので)急遽新宿へ。

初対面の人ばかりで最初のうちこそちょっと緊張したけど、やっぱり楽しい時間。
山陰のお酒とサカナをいただいてきた。
こんど鳥取のお酒や島根のお酒でおいしいのは何か聞いておこう。

初対面ということもあったし、さすがに次の日も(一応)仕事だし、と言うわけでCosはちょっと早めに失礼して家に帰ったのが11ごろ。だけど、その後やった仕事の出来は怪しいかも・・・


 最終回が今日・・・食事はそこそこおいしかったし、いたたまれないほどつまらなかったわけでもない。
それなりに楽しんだし、話をしたほうがいい人とは話が出来たからそれでよしとしよう。

もっといいことがあればもっとよかったんだけど・・・・・どうあがいてもCosには手が届かない・・・女神は微笑んでくれないのだ。

帰りはまっすぐ上司に送られて・・・まぁいいか。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.04

仕事が遅くなっている・・

このところ仕事の段取りが余りよくなかったり、なかなか取り掛からなかったり、やり始めたと思ってもすぐに手を止めたりして仕事が遅い。

職場では気の散るものがそんなにないからまだましなのだが、うちにいると仕事をしなきゃいけないのに他の事に手を出しがち・・・

そのおかげでますます睡眠時間が短くなるのだ・・・

もう少してきぱきと仕事をこなさないとなぁ・・・
ろくでもないことばかり考えてないで・・・_| ̄|●

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.03

子どもを生みやすい環境を・・・

今は専業主婦も少なくなってきて仕事をしながら子どもを生み育てる人が多くなっている。

それはまた家にいて母体保護を優先して生活するのとは違ういろいろなリスクを負いながら妊娠生活をしていることでもある。

そうした親が頼りにするのは産婦人科なのだけど・・・

産科減少傾向に歯止めかからず、90年の6割近くに : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

 全国の産科・産婦人科のある病院数は2007年、前年よりも37か所少ない1539か所で、産科・産婦人科の減少傾向に歯止めがかからない実態が2日、厚生労働省がまとめた「医療施設調査」でわかった。 Click here to find out more!

 1990年(2459か所)と比較すると6割に近い水準にまで減っており、同省は「過酷勤務や訴訟リスクを回避したい医師の産科離れは深刻。産科施設の集約化も進んでいる」と分析している。

救急車の搬送の際の受け入れ先が見つからなかったりする問題は早々あることではないけれど、何かあったときに気軽に病院に行って見てもらえる体制が産婦人科医の減少でますます難しくなっている。

1990年の6割・・・近所に病院があって仕事帰りでも簡単に見てもらえて、何か問題があればすぐに手を打ってもらえるような状況からは程遠い。

子どもがどうしても欲しいと思うなら別だけど、いなくてもいいと思う人が増えても不思議のない環境になってきているような気がするのだが・・

少子化を問題にするのであれば、それでいいはずはないのに・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.02

睡魔との闘い

日曜日は母のお供でオーチャードホールへ。

モーツアルトの証聖者の荘厳な晩祷K.339とマーラーの交響曲第4番。

もともとCosは声楽曲が好きではなかったのでこういう曲を聞くチャンスは少なかったこともあって、モーツアルトは始めて。

なかなかきれいでよかった。

困ったのはマーラー・・・

マーラーにしては陽気な曲だし、曲の出だしの軽やかなすすのテーマが繰り返されて楽しいのだが・・・・
静かな気持ちのよい音を聞いていると次第に目がふさがって・・・・
あまり(比較の問題だけど)派手でない第3楽章になるとあっちでもこっちでも下を向いていらっしゃる方が増えてきた。
聞いていると本当に気持ちがいい。

この曲は細かいところまでは知らないけれど何回かは聞いたことがある曲なのに・・・
といっても長い曲なのでうちにいるときなどは途中で音が耳に入らなくなっていることも少なくないから、そういうところに差し掛かると眠くなるんだろうか?

普段でも睡魔との戦いに負けることは少なくない。
やらなければならないことがまだたくさんあるのに、ふと気がつくと机に突っ伏していたり、キーボードの上におでこが乗っかっていたり・・・

でも今日はもったいないよなぁ・・・・

とがんばってほとんど・・・(あくまで「ほとんど」である)・・・睡魔との闘いに負けずに済んだ。

その結果・・・・頭の中では鈴の音とフルートのテーマが事あるごとに鳴り響いている・・・

シャン、シャン、シャン・・・・_| ̄|●

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »