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2008.03.31

建築の記憶

建てられたものはそのままの姿で長い間存在しているはずだから、いつ見ても同じように見えるはず。

建築物に対してはそんな風に感じることが多いのだけど、実際には

東京都庭園美術館「建築の記憶」では

 建てられた地から動かすことのできない建築は、実際にそこを訪れない限り見ることはできません。また様々な理由により形を変えられてしまったり、時代の変化とともに失われてしまうこともあります。したがってわたしたちの建築体験の多くは写真によるものなのです。建築家の意図を的確に反映し、表現してくれる写真により、建築は多くの人々に共有され、歴史の中で普遍化されていきます。そして写真は、時として建築家自身も気づかなかった建築の新たな魅力を引き出してくれることもあります。

なのだそうだ。

建築物を見る、写真を見る、どっちかが主体ではなくその時代その時代に合わせた人の目をとらえていると言うことになるのかな。

どちらもCosにはよくわかっていない分野かもしれない。

「面白いのだろうか?」と疑問に思いながら会場に入ってショックを受けたのは明治初期に撮影された熊本城の写真。

お城の写真と言うと時代の違いはあっても立派な存在感のあるしっかりと立てられている感じのする写真しか見たことがなかったのだが、この熊本城は(記憶違いでなければ最初に撮られたお城の写真だと思うけれど)よく見ると荒れている。

かわらが外れていたり、窓がちゃんとなってなかったり・・・

きれいなもの、立派なもの(人)を撮っておこうというのがほとんどの中で、こんなお城の写真をとっていることがびっくりした。

これをとった人は何を考えてとったのだろう。
「立派なお城をとった」のだろうか。
それとも熊本城に思い入れがあったのだろうか。

たぶん、展示されていたのは最古の写真スタジオ冨重写真所ここに小さく出ている写真が展示されていたのではないかと思うけれど・・・

確かに立派に整備されたお城ではないけれど、その写真を見ているだけで逆にいろいろなことを考えさせられる。

そう思いながら他の写真を見ていると、今はきれいに整備されているところがかつてはどんな風に見えていたのかということも気になってくる。
知らない建築物はもちろんだけれど、知っている建築物を見るときにも自分の見たものとの違いを考えたり、親近感を覚えたり。

最後に見た鈴木理策の撮った「青森県立美術館」の写真。
厚く積もった雪の中の真っ白な建物の印象は強烈。
建築について | 青森県立美術館.

青森県立美術館は、隣の「三内丸山縄文遺跡」の発掘現場から着想を得て、設計されました。

なのだそうだ。

いつか必ず行きたいと思い続けている「三内丸山遺跡」、そのときには合わせてここも行ってみよう。

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