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2008.02.05

奥谷博展

本当は束芋も出ている横浜美術館の「GOTH展」を見に行きたかったんだけど、横浜に着いたらもう5時。
いくら6時までやっているとはいえ、横浜駅から電車に乗って桜木町へ行き、そこから10分歩いたら見る時間はほとんどなくなる。

束芋の作品はチラッと見るだけではなくてじっくり見てこないといけないからどう見ても時間的に無理。

かといって横浜に出てきたのは6時半に人と会う(飲むともいう)ためなので、それまでぶらぶらしようかと思ってそごうに向かってみると「奥谷博展」のポスター。しかもそこには「描くことは生きること」とあって「霧り渡る」(絵の名前は後から知ったのだが)の真っ赤な鳥居から覗いた厳島神社の絵。

この絵にひかれてついふらふらとそごう美術館に入ってしまった。

ヨドバシカメラかそごう美術館かと言ういい加減な選択で入ってしまったのであまり期待していなかったのだが、どうしてどうして、予想に反していい絵がいくつもあった。

現代の洋画壇を代表する画家の一人である奥谷博(1934-)。高知県宿毛市に生まれた奥谷は東京藝術大学で林武に師事し、抽象画全盛であった風潮に反し、一貫して具象画を描きつづけてきました。フレスコ画の技法で模写した経験を通じ、初期の厚塗りから薄塗りの技法へと転換して以来、鮮明な色遣いによる作品は多くの人を魅了してやみません。

とは文章にあるけれど、決して具象の範囲にとどまらず、自由な連想と思いがそこには描かれていた。

一見すると具象なのだがよく見ると必ずしもそうではない、あるいはどこか誇張されている絵が多かったように思える。

最初にこれだと思ったのは足摺遠雷。波の強さと祈るかのような女性(?)と笹のは。
どう考えてもこんな風に波が近くにあるのはおかしいのだけれど、その強さがすごく自然だったりもする。
祈るような人物の肌の色は(彼の作品の特徴でもあるんだろうけれど)かなり不気味で憂いを秘めているというか、悲しみを抱えているかのような感じ。

そしてインパクトが一番強かったのは観空。
鳥居の赤い柱のうちの一本が画面の半分を占めるという大胆な構図で、緑がかった皮膚をした人物とリアルな遠吠えをしているような犬、鳥居の向こう側ではたこが揚がっているらしい。

鳥が向こうのほうの空を舞い、お日様が小さく小さくなって地平線のほうにかかっている問い上なのだろうか?

真っ赤な鳥居の太い柱には何箇所かさびが浮き上がっているかのように絵の具が盛られている。この柱のイメージは写真では絶対に伝わらないだろう。

なんとしてでも見に行きたいと言うほどではないけれど、とても面白い絵だった。
つまらない展覧会だとあっという間に見終わってしまうのに予想外に時間がかかって、美術館を出たときには待ち合わせの時間までにはあまり余裕がなくなっていた。


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