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2007.07.09

余裕がある?

数学の授業も淡々と教科書を大急ぎでこなしているだけで余計なことをする余裕はない。

しかも、同じ授業を組んでいる相手で分かろうと分かるまいと淡々と教科書をこなす人がいれば、他の人たちはその人に追いつけ、追い越せになるからますます時間が足りない。

それでもいろんなことをやる時間を必死になって捻出しているのだが、それだけの価値があるのかどうか時として疑問になってくる。

もっと悪いことにはそういう人に習ったほうが生徒の成績はよかったりする。
授業が分からなければ自分で勉強するしかないのだ。

というわけで必要だと思っても使える時間がほとんどなくどんどん先へ進まなければならない。


それは他の教科も多分同じ事なんだろう。

高校物理の実験、敬遠しないで…東大教授らが教師に手引書 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

 物理は講義に合わせて実験を行い、結果を確認することで理解が深まる。だが、準備に手間がかかるうえ、受験準備などで十分な時間が取れないことから、授業では省略されることが多い。兵頭教授は「実験は物理の基本。現場の先生方の一助になればうれしい」と話している。

といわれてもその余裕があるんだろうか?

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コメント

 学校現場を離れたNと〜ですが、余裕の無いのに変わりはなく、自分のブログに自分の意見を書き、トラックバックするということが出来ません。本当はコメントを書くよりもそうした方が面白いと思うのですが……。ごめんなさい。今回はコメントのみです。

>>数学の授業も淡々と教科書を大急ぎでこなしているだけで余計なことをする余裕はない。
 Cosさんらしくない(笑)
 Nと〜はCosさんにお会いしたことはおろかCosさんの声を聴いたこともないので、【Cosさんらしい】とか【Cosさんらしくない】とか申し上げるのはおかしいのですが、……流石にこれはCosさんらしからぬ書き間違いだと思います。だって、《余計なこと》は時間が有り余っていてもしないでしょ。Cosさんのなさりたいことはきっと《余計なこと》なんかじゃないと思います。


 さて。
>>しかも、同じ授業を組んでいる相手で分かろうと分かるまいと淡々と教科書をこなす人がいれば、他の人たちはその人に追いつけ、追い越せになるからますます時間が足りない。
 そうなんですよねぇ。数学ってどうしたって複数の担当者で一つの学年を持つことが多くなります。練習問題も教科書や問題集に提示されているので、試験も共通問題にしているところが多いようです。だから他の担当者の進度って気になりますよね。
 地歴・公民科の先生方なんかは、一体どういう考え方をしているのでしょう。ご自身が大切だと考えているところを試験に出すため、共通試験としない学校が少なからずあるようです。[この件については沢山愚痴を言えます!]


>>それでもいろんなことをやる時間を必死になって捻出しているのだが、それだけの価値があるのかどうか時として疑問になってくる。
 Nと〜の前の職場は大変恵まれていました。生徒の学力にも恵まれていましたが、同僚に恵まれていました。あんなことをやりたいこんなことはどうだろうと相談すると、乗ってきて一緒に考えたり過去の経験を元にアドバイスをしてくれたりしました。なので、《それだけの価値があるのかどうか》も、独りで悩まずに仲間と検討できました。
 ある学年では、3人の担当者が足並みを揃えて、全クラスでモンティホールの実験しました。積分の導入に区分求積は絶対に必要だという先輩がいました。よくお話しを聞いて教材の検討をして練習問題やプリントの準備をして授業に臨んだら、みんな生き生きと取り組んでいました。……講義を聴くような形式よりも、作業を取り入れた方が生徒は喜ぶようですね。
 つい最近メールで「先生の授業で、初めて数学がわかるって思いました」と伝えられてかなり嬉しかったです。「わかると思うことと、出来るか出来ないかは別ですが」とも書き添えてありましたが(笑)
 準備に時間をかけ、《実験》のための時間を作るために他の教材も精選したという苦労が報われた感じがします。

>>もっと悪いことにはそういう人に習ったほうが生徒の成績はよかったりする。
 繰り返しパターン練習をすれば定期試験で成績が悪くなるはずがないのです。
 Nと〜の経験では、いわゆる指導困難校ほど詰め込み方の指導が生徒のウケがよいようです。考えることよりも覚えることの方が好きなようです。
 数学に限らず、学問は自分で考えなくてはどうしようもないのにね。
 競争主義・成果主義が学校教育までをゆがめていますね。価値観が多様化しているなんて言っている割には、テストの点や学校の成績にこだわる生徒の人数比は昔よりもずっと高くなっているような気がします。


 う〜ん。これだけ書くんだったら自分のブログにまとめた方がよかったかな?
 時間が出来たときに意欲が残っていたら、再検討した上で自分のブログにUpします。

投稿: Nと〜 | 2007.07.09 21:00

Nと~さんのコメントをいただいて、考え込んでしまいました∥^_^∥

Nと~さんのblogにお書きになったらトラックバックしますね。

「余計なこと」かぁ・・・
Cosにとってというよりも数学を理解するあるいは数学を楽しむのには余計なことでなくても、テストのためには、進度のためには余計なことかも知れないです。

Cosの進度が遅ければ間違いなくそういわれてしまうだろうし・・・

いつも綱渡り状態なのは事実だし・・・

Nと~さんの前の職場の話を伺って、すごくうらやましいです。
そういう話し合いなんてCosはしたことがないですし・・・個人個人で話すことはあっても「時間がないよね」で終わってしまいます。

あるいはちょっとやってみて、期待した成果が出ないとか・・・
直接的な点数という結果が出ないのは実行が難しいです。

> 準備に時間をかけ、《実験》のための時間を作るために他の教材も精選したという苦労が報われた感じがします。

その点ではCosはこんなところで遊んでないでもっと丁寧に準備をすべきなんだと思います_| ̄|●

やっぱり、数学の(愉快という意味ではなく真剣に思考する)おもしろさを伝えたいし・・・

> Nと〜の経験では、いわゆる指導困難校ほど詰め込み方の指導が生徒のウケがよいようです。考えることよりも覚えることの方が好きなようです。

あぁ・・・Cosのところもそうなりつつあるのかもしれない。
そういう指導法を取っている教員が職場の中の主流だからなぁ・・・・


とりとめがなくなってしまいました。

投稿: Cos | 2007.07.09 23:52

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» 数学の教材のこと [Nとーの考えたこと]
 こんなことを書き始めたのは、部屋の片隅に置いてあって埃をかぶっている「空間座標の模型」を捨ててしまいたかったから。再び作ろうと思ったときに、「数学教室の2006年12月号に型紙が載っている」ということを、ここに書いておけば忘れてしまっても大丈夫だろうという発想から。  だから、以下の長い文は、本当はおまけに過ぎない。  のどの渇いていない馬に水を飲ませることが難しいように、好奇心のない者にモノを教えるのも難しい。なんとか興味を持たせようと様々な工夫をする。授業で扱っていることが実社会でどれ... [続きを読む]

受信: 2007.07.27 23:56

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