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2007.06.05

アジサイの天徳寺

今回の天徳寺はいつお手伝いしている人たちが「たまにはのんびりと」と言うことで、お手伝いなしにのんびり天徳寺に遊びに行ってきたもの。
普段はみんながそろっても、仕事の打ち合わせや準備などで大忙しだし、終わったあともみんなそれぞれに帰らなくちゃならないから、のんびりとおしゃべりする時間もない。

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今回も集まったのは夕方だったけれど、夏至も近くあじさいの花が咲き始めた樹木葬地は普段の忙しさの中で見るのや、昼間に見るのと違ったどこかしっとりとした雰囲気があった(かな?)。

会があって前日から泊り込んで準備をするときには寺についてちょっとお墓を見に行くと食事をしながら翌日の打ち合わせでなかなかのんびりする時間がないので、こんな時間帯にゆっくりお参りできてうれしかった。


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そのままのんびりと寺のおもてなしの料理をいただきながらおしゃべり。
なんと言っても野菜がおいしい。
お寺の話や樹木葬の話などをうかがう。

あの広い樹木葬地に雑草が伸びてくると、住職は一人で草刈をする。
Cosたちから見るとすごい重労働なのだが、「自分でできる範囲で」と言う住職のお考えもあるのだろうけれど、その大変さは見てみないと分からないだろう。

あるがままの雑草でもいいのではないかとも思うのだが、やはり会員の方から雑草が茂っているのはよくないと言われてしまうと草刈をしないわけにはいかないのだとか・・・・
まあ、この地にはいろいろな野生動物・・・夕方や夜にはマムシもいるそうなので、ある程度の草刈はしておいたほうが安全なことに違いはないけれど、これだけのことをやるのは本当に大変。

Cosは見ていないのだが、草刈をしていた住職は刈り取った小さな草のかけらが汗をかいた皮膚にべっとりと張り付いていて、すごく大変そうだったとのこと。

ここにも草刈十字軍が必要なのかもしれない・・・・

食事が済むとほたるを見に行って、帰ってくるとまたおしゃべり。

無心論者のCosたちに仏教の考え方を教えていただいたのだが・・・・どうも今まで聞いたことのある仏教の話とはちょっと違うような気がする・・・・型にはまらず、自由を尊ぶ住職の考え方には「宗教」の枠を超えて共感を覚えた。
いかにも、無着成恭の弟子らしい考え方・・・・無着成恭の考え方自体もかなり変わっていると思うのだが・・・

すべてを受け入れてすべてを容認する・・・と言うところだろうか。

お寺と言うものの存在について、Cosはその内側に入ってみたことはないけれど、お寺が人々の心のよりどころとなっていた時代があったこと(今もあるのかな?)がすごく納得できる話だった。

Img_4100
いつものように本堂に泊めていただいたけれど、いつもと違ったのは朝起きてものんびりしていたこと。
ここでこんなにのんびりしたことはなかったかもしれない。

食後にもまた住職を囲んでおしゃべり。
こんなにたくさん、取り留めのないことも大切なことも話したことはなかったかもしれない。人の生き死にについて考えさせられた一夜だった。

初夏の天徳寺のビデオ

これ以外の写真は重くなるので「続きを読む」にあります。
なかなか思うようには取れないのですが、先日教えてもらったことなどを実験してみていたりします。


Img_4000_1あじさい。
日曜日にはあじさい屋敷へ行ってみたのだが、そこでのあじさいよりもこっちのほうがずっときれいだった。
この写真は実験してみたもの。
何枚も撮ったけれど、これが一番まし∥^O^∥
なかなか難しい。

Img_4079
今年初のトンボ。
じっくり止まってこんな写真を撮らせてくれた。トンボの写真はなかなか(Cosのカメラでは)取れないので、かなりうれしかった\∥^O^∥/



Img_4082トンボに焦点をあわせたかったのだが失敗。
あじさいに焦点が合ってしまった・・・_| ̄|●

Img_4071
朝の樹木葬地。
さわやかですがすがしい

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