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2007.05.10

灰は雪になる

2007年6月24日まで
お台場の東京テレポート駅前の特設会場ノマディック美術館で開催されている
グレゴリー・コルベール「ashes and snow」展。Image030
コンテナと紙パイプで作られた美術館。

中に入ると人の歩くところは普通の材木を並べて作ったかのようなウッドデッキの上を人が歩き、通路以外はまるで線路に敷き詰めてあるかのような砂利と言うのにはちょっと大きい砕石。
ある意味都市の殺伐とした風景の中に似つかわしいつくりでもある。

この外壁にある写真はひざまずいた象の前で本を読む少年の写真。
あたかも少年が読んでいる本を象が聞き入っているかのように見える。

中に入ると動物と人間が一体になったかのような写真が出迎える。
その高い天井から和紙でできた2.4m×5mの大きな写真が吊り下げてある。
外で風が吹くとこの写真も一緒に微妙に揺れているようにもみえる。
まるで外の呼吸を感じ取っているかのように。
和紙にプリントされた写真はやわらかいセピア色。
普段見ている写真とは感じ方がずいぶん違う。
どこか懐かしくどこか敬虔な気持ちにさせられる写真たち。
場内では静かな音楽・・・・現代の宗教音楽とも言えるかもしれない・・・が流れていて
写真と、音楽と、そして証明や床がひとつになって何かを語りかけてくる。

こんな感じの写真がずっと奥までウッドデッキの通路の置くまで並んでいる。
そして一番奥では映像が流れている。

この映像を見ているうちにどこが懐かしいのかが見えてきた。
ここにあるのは野生のエルザの芸術版と言う感じ。
野生動物(象やわしは飼育されているのだろうけれど)の中に入った人間が容認されているのではなく、排除されていないだけのような感じ。

象やチンパンジーやわしの前では動きが激しいけれど、野生のままのひょうやマナティの前では静かな相手を刺激しないような動きをきちんと取っている。
そうすることで相手の動物に受け入れてもらっているのかもしれない。

その中の主題は
「愛と死と死の優しい兄弟である眠」りかもしれないと思えるほど映像の多くで人間は目を閉じて動かない。
Cosもこの映像を大切な人のことを考えながら見ていたような気がする。

今回展示されている写真はこの映像から切り出したようなものばかりなのだが、なぜか映像よりも写真のほうがずっといい。なぜだろう?

Image037

どの写真も、どの映像もすべてセピア色。
たった一度だけ長編の映像の中で人の腕が自然の色だったような気がするけれど、確認したわけではないので自信はない。

「血は骨となり
骨は髄になり
髄は灰になり
灰は雪になる」

長編のなかで語られていた一説。
なんだかわかるようなわからないような・・・・

写真はこちらからも見ることができますが、やはりwebにあるものは現実に見るのとはずいぶん雰囲気が違う感じ・・・

象やマナティと一緒に泳いでいるのはコルベールさん自身だとか。
これからも進化していくノマディック美術館を育て続けるんだろうなぁ・・・

それにしても、何もかもが高すぎ!!
結局3時間以上も中にいたから1900円の入場料はべらぼうな値段ではないかもしれないけれど、ミュージアムショップでは何もかもがいい物を使っているからだとしても余りに高すぎ。
これじゃCosには何も買えない

阿波和紙の新聞記事
グレゴリーペーパーを作る

紙漉き徒然: Gregory Colbert Opning
この写真をプリントしてある紙を作った方のblog。
なんとなく和紙という日本の技術がこんなところで生きているのを見るのは不思議な感じもするけれど、あの写真のやわらかさ、やさしさの原点はここなんだろうなぁ・・

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