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2007.03.16

信じてしまうことの怖さ

一つ一つの物事の根拠を考えて、それが正しいかどうか、信頼するに値するかどうかを判断しながら生きていくのは確かに厳しい道かもしれない。


理系白書’07:第1部・科学と非科学 私の提言/上 池内了・総合研究大学院大教授-科学:MSN毎日インタラクティブ.

 第1部「科学と非科学」では、科学的な雰囲気をまとう「ニセ科学」の実態などを描きながら、信じてしまうからくりや、科学との違い、見極め方について考えてきた。社会はどう向き合えばいいのだろうか。識者に聞く。

 被害は、だまされて金銭的に損をしたというだけにとどまらない。明確でない科学的効能を人々がどんどん信じていくことにより、いろいろなことを吟味せずに受け入れ、無条件で信じることに慣れてしまう。疑うことを知らない人は政治的な主張も無条件で受け入れるようになるのではないか。悪くするとファシズムを生む土壌になりかねない。

 「疑う」ことにはエネルギーがいる。信じて受け入れる方が楽だ。だが、この「しんどさ」が一番大切だと思う。与えられた情報に簡単に同意せず、批判的に考えてみることが、正しい判断や選択につながる。

これは科学的効用にとどまらず、すべてのことにいえると思うのだが・・・
正しいかどうかを判断しているのではなく、人の意見、人の考え方を根拠が正しいかどうかではなく染められていってしまう人たちは少なくない。

話術の巧みさ、論理の巧みさのほうが怖い気もする。

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