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2007.03.04

キリシタン弾圧の殉教者

カトリックでは聖人の次の聖者にあたる福者に多くの女性や子どもがなるというのもひとつの時代の表れなんだろう。

もちろん女性の聖者が今までいなかったわけではないけれど、牧師とか司祭とかといった人たちだけではなく進行を曲げなかった力を持っていなかった信者たちが認められたということなんだろう。

ただ、福者になっても、そういう名前をもらって資格を認定されるというだけなのかな?
よく分からない・・・

リンク: asahi.com:17世紀の日本人殉教者188人が聖人に次ぐ「福者」に�-�国際.

 在バチカンの外交筋によると、法王庁列聖省の枢機卿会議はこのほど17世紀前半の日本人188人の殉教者を「福者」とすることを了承した。最終的には4月の復活祭の前後にローマ法王ベネディクト16世が裁可を下し、正式決定すると見られる。カトリックでは福者は聖人に次ぐ尊崇の対象。188人は激烈なキリシタン弾圧が行われた江戸時代初期の全国の殉教者で、一般信徒がほとんど。女性や子供も多い。

他の土地でもあるのかどうかは分からないけれど、長崎へ行くと迫害されていた時代の信仰生活の様子が今でも残っている。
信仰のあり方も言葉もすっかり変わって元のキリスト教徒はかなり違っているものになっているのが社会化の授業で習ったのとはまた別の意味で迫害の強さを思わせる。

それだけの迫害に負けずに信仰を守ってきた人たちがいたというのもすごいことだ。
(Cosなんかだったらさっさと踏み絵を踏んで、「これでいい?」とかいいそうだ∥xx;∥☆\(--メ) )

当時、経済進出や政治的な意図も持って伝道されたともいわれるキリスト教がそのキリスト教の部分だけが残されているというのもいろいろなことを考えさせられる。
ある意味ではルートのところから切り離された文化の進化とも言えるし、伴天連がもう一度キリスト教に出会ったときの伝道師たちの思いというのも面白そうだ。

(まあ、宗教というのは迫害されると伸びるという一面もあるのかもしれないけど・・・)

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