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2007.02.12

早春の天徳寺

2月12日に早春の天徳寺に行ってきた。2月といってもまるで春のようにあたたかく、コートなしで外を歩いても寒くないほどの天気。

まだ木々が芽吹いていない樹木葬地はそこここにいろいろな方たちが植えた花があるとはいうものの、やはりさびしい。

早春の樹木葬地のビデオ

それでも近くによって見るとどの木も新しい目をつけている。花こぶしのつぼみもすっかり大きくなって、開き始めるんじゃないかと思うほど。

Img_2846


ざっと眺めただけでは気がつかないけれど、よくみると春の陽気に誘われてそこここに小さなオオイヌノフグリが咲いていたり、まだ2月だというのにスミレの花が咲いていたり・・・
Img_2844 Img_2851

もちろん、タンポポも水仙も咲いていて、よく見るともうそこまで春が近づいてきているのが見える。きっと次にここにくるときには樹木葬地はすっかり春なんだろうなぁ


地面にはモグラが掘った後の土のふくらみがあって、土の中で父とモグラが仲良くしている(のか父のお得意のけんかをしているのかはわからないけれど)様子が伺える。

最初の年にはたくさんの白い花をつけていたのに、去年は花をつけなかった父の木は今年は花をつけるだろうか。

もしかしたら、肥料をやったほうがいいのかもしれないけれど、モグラもミミズもコオロギも・・・ほかの動物たちも父の木のところに遊びにこれるように化学肥料は避けたほうがいいかもしれない・・・・などと思いながら父の木に花を供えた。

寺の裏の広場の向こうには杉山がある。夏には草が生い茂っていて、蚊もいそうだしなかなか上る勇気は出ないのだが、冬にはすっかり枯れているから上までたやすく登ることができるのだ。

「子どもと何とかは高いところが好き」という言葉どおり、高いところに上るのが好きなCosはもちろん上まで登ることにした。

母たちが待っているからそう長くは登っていられないけれど、一番上の尾根線までなんとしても登りたかった。

もちろん、手入れのために人が入っていないわけではないから、それなりに登れそうなところはある。一歩一歩登っていくと突然視界が開けて、遠くまで見渡すことができる。

森の中を歩いていて突然視界が開けるとそれだけでなんだか満足な気分になる。

森の中からの展望のビデオ

檀家さんの家の小山の上に作られた展望台も眼下に見下ろしながら時を過ごした。森の中で向こうの山の向こうまで見ながらいろいろなことを思う時間はとても貴重。一人になれるのを喜んでいいのか、他の人を待たせているのを気にすればいいのかはよくわからなかったけれど、どうしても急いでは戻りたくなかった。

もっと奥まで行こうと思えばいけるのだが、他の人たちが待っていることを考えるとそんなに長居はできない。いつか、この尾根線をたどってずっと向こうまで行ってみたい・・・・
そう思いながら上を見上げると尾根の向こう側の木は杉ではなかった。

確認はできなかったけれど、もしかしたらヒノキかもしれない。
もしそうなら、父にとっても母にとっても楽しく眠れることだろう。
手の届くところに葉があれば、ヒノキかどうかを確かめるためにとりたかったのだが、手の届くところには葉っぱがひとつもなかったのが残念。

Cosはいつか、この山の中に眠りたい。

今のままでも父と一緒に眠ることができるけれど、きっと父と同じところにいたりしたら、子どものころと同じようにことあるごとにぶつかるんだろうな。
それはそれで、腹が立つけれど面白いかもしれない・・・・・
すくなくとも、いくらなんでも、もう議論に負けたからといって物理的な力の行使はしないだろうし・・・

そんなことを考えながら山を降りていった。

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