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2007.01.27

悠久の美 中国の歴史の始まりのとき

中国の歴史の曙である新石器時代から10世紀ごろまでの5000年がここにある。

2007年1月2日(火)~2月25日(日)東京の国立博物館での「悠久の美

中国の歴史というと学校で習ったこともあって結構親しみがある。
日本から見れば中国は歴史的には文化の交流も多く、すごく親しみやすいものがある一方で、中国文化というのはすごいという感じがする。

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紀元前4000年・・・・今から6000年前というと地球の誕生から見るとごく最近のことではあるけれど、日本の歴史の時間の流れからみるとまさに悠久。
この時代の人々はどんな生活をしていたのだろう。

新石器時代・・・文字を持たない文化だったころ・・・残されたものをみていると生活は厳しくてもゆったりとした時間の流れを感じる。

今わかっている中で最古の彫像である玉龍 (ぎょくりゅう)は新石器時代(紅山文化)・前3500~前3000年頃のもの。
この時代のこの龍はどこから来たものなのだろう?

必ずしも繊細ではないけれど、整った美しさがあってこれを作った人が今から6000年近い昔の人だとはとても思えない。

今、町で売り出しても結構売れてしまうのではないかと思えるような美しさがそこにはある。

大きな足のついた肉を煮て神に供える大きな大きななべ(名前を忘れてしまった・・・難しいし・・・)。
「こんなでっかいなべで煮るほどたくさん獲物が取れたんだぞ」
「偉大なる神は大きいのだ」とでも言いたげ。
豊かさを神に供えるためのなべなのだろう。

おそらく技巧的には決して高くないのだろうけれど、祭器などを見ていると、おおらかな雰囲気を感じる。

・・・それにしてこんなに漢字ばかりだと振り仮名なしでは絶対に読めないし覚えられない∥;_;∥・・・・

そして上の犀の形をかたどった酒器・・・犀尊(さいそん)。
「ほぉら、こんなものも作ってみたぞ」と犀が語っているような。
背中からお酒を入れて、ここに見えている口の横のところが継ぎ口になっているのだ。
中国には犀がいたのだろうか?龍と違って犀は実際の姿を見て作ったのかもしれない。

使う側としては「どうやって洗うのだろう?」と思いたくなるが。

そして鏡。
子どものころはこの鏡の展示を見て「どうしてこんなでこぼこしたものを昔の人は鏡として使っていたのだろう?」とすごく疑問だったのだ。
今回の展示ではちゃんと「見えているのは裏側の部分で、実際に使用したのは反対側の滑らかな面」と断りが入っていた。
といってもCosがこの裏側が鏡なのだと知った小学生ときには「何もうつるわけがないじゃないか」とやっぱり不思議だったのだが・・・

少しずつ時代が近づいてくるとどこかなじみのあるものが増えてくる。
銅鐸の見本に違いないと思えるような祭事に使われたらしい銅鐘があったり、唐三彩があったりして、時間の流れとともにおおらかさでななく、丹精さ緻密さが表に出てきて整った形の中国文化が目の前に繰り広げられる。
このころの中国文化が日本に入ってきていたのかな。

副葬品としてのいろいろな像を見ていると権力を持った人々がいて、確かにそこには国家があったことがはっきりとわかる。
このころの人々の生活がいろいろな形で残されている。一番印象的だったのは128人の人が描かれているという祭祀場面貯貝器(立ったように思うけれど自信はない)
いろいろな生活の場面、珍しい動物が出てきたり処刑されている人の像が出てきたり、そこにはいくつもの話が隠されている。

これをみながら遠い昔の中国に思いをはせる・・・遙かなときの流れを体験するひとときだった

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