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2007.01.28

楽園の神々

ニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワ名品展
マーオリ—楽園の神々—

東京上野の国立博物館で2007年1月23日(火)~3月18日(日)

日本初のマーオリ美術の展覧会。ニュージーランドの昔から住んでいた人という程度の認識しかなかったマオリ人(正しいのはマーオリという表記なんだろうけれど)という程度の認識しかなかったし、南の島ということもあってあんまり関心がなかったのだが、「悠久の美」を見に行くと、「これからマーオリの歌とダンスのパフォーマンスがあります」というのでせっかくのチャンスと30分ほどの公演を見てきた。

残念だったのはカメラを持って行かなかったこと。美術展へ行くというのでおいてきてしまったのが悔やまれる。

展示と違って歌も踊りも撮影禁止ではなかったのだ。
周りの人たちは写真をとったりビデオを回したり・・・携帯のカメラで撮ればよかったかと思うのだが、携帯の音が出るのがなんとなく失礼なことに思えて取り出せなかったのだ。

このダンスですごく不思議な表情だったのが「ハカ(?)」という「かっ」と目を白目まで見開いて、舌を思いっきり出すポーズ。
何のためにどんな理由があってこのポーズをとるのか。

NZ代表のラグビーチーム「オールブラックス」が、試合前に行う踊りとしても有名です
ということで相手を威嚇するための表情なんだと思うけれど、どうしてこんな表情が出てきたのか・・・ちょっとだけは調べてみたけれど、どこから出てきたのかはよくわからなかった。

そして、鼻を2回つける挨拶(調べてみているときには「3回」とも書いてあったのだが、パフォーマンスでは確かに2回だった)。
イヌイットの人たちの挨拶とも似ている。こんな挨拶をする人たちはほかにもいるんだろうけれど、思い出せなかった。

同時に見た中国の「悠久の美」の6000年前から比べるとマーオリの歴史はたった1000年しかない。中国の歴史の重々しさ精巧さに比べるとおおらかでのびやかなあっけらかんとした文化に見えるのはそのせいなのかも知れない。

ポウナムと呼ばれる石を加工してできたさまざまな装身具などの美術品。
200701maori_top200
これはヘイ・ツィキというペンダント グリーンストーンを加工して作られている。
実際に会場には触ってみることのできるマオリ石とも呼ばれるポウナム(の原石?)がおいてあったけれど、色だけではなく触ってみると石の持つ冷たさではないものも感じられるような気がしてくる。
この石には神が宿っているというのだが、どうだろう?

あたたかく優しい感じのするマーオリの文化。その中でただひとつ生理的に受け付けなかったのが刺青。

体はもとより、顔にも細い線の刺青を入れて模様をつけている。刺青の中にはその彫りの深さが針が隠れるほどたというものもあった。

刺青を彫るための鑿!!
はれ上がった顔を動かさずに物を飲むための吸い飲み・・・
それだけの苦痛と痛みに耐えた証でもある刺青。

苦痛に耐えることでも痛みに対してでもなく、自分の体を傷つけることに対してはどうしても嫌悪感が先にたってしまう。
が、見ているうちに結局のところこれも今と変わらないのかもしれないと思い始めた。
顔にいろいろなものを塗り、毛をそりあるいは抜き、脱色し、皮膚に穴を開ける・・・
痛みと苦痛はほとんどなしに同じ効果を得ようとしているわけだ。

まぁ、1000年しか違わないのだから同じであっても不思議はない。

そして、裏に隠された歴史の意味を考えさせられたのが
「今のマーオリ人のしめる割合は人口の15%。これは増えつつある」
出生率以上の増え方をしているということは自分がマーオリ人であるという自覚をする人が増えてきているということ。
その裏側にはマーオリの文化を否定してマーオリ人であることを忘れ去ろうとしていた歴史があるのだ。
そして、今、マーオリ人として生きていくことを選択する人々が増えているということなのだろう。
消える方向に向かっていたひとつの文化が息を吹き返しつつある。

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