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2006.11.05

情報の授業

情報の授業には教科書はあるけれど、やっていることは学校によってかなり差がある。

情報の教科書は何度も見ているし、いくつかの学校でどんな授業をやっているのかは知っているけれど、その内容は学校によってかなり違う。しかもいくつもの学校で情報の授業の中身が情報単体ではなく他教科の授業になっていたりしているから余計わかりにくいのかもしれないけれど、情報の授業って何を教えているんだろう?

Cosのところでいえば、ワードとエクセルパワーポイントを教えているけれど、それが情報の授業?
教科書は確かにあるし時々使ってはいるけれど、授業のほとんどは特定のメーカーのソフトの使い方の練習になっていないのだろうか?
もちろん、ネチケットを学ぶとか、コンピュータの構造を学ぶとか、考え方を学ぶとかといったソフトにとらわれない普遍的な事項もあるだろうけれど、それが占める割合は決して多くはないような気がする。

まあ、Cosが数学という何を学ぶかがびっしりと決まっている教科を教えていることとも関連しているのだろうけれど、何をやっているのか(見ていても)よくわからない部分がある。

(現国なんかも、教科書を全部やるのではなくて、どこをやるのか学校で決めてやっているけれど、これも言い換えると教科書に書いてあること全部はやらない・・・悪く言えばやりたいことだけやればいいということ?)

そのわからなさが、

新科目「情報」、受験対策にすり替え 入試に出ず.

 高校生の必修科目の履修漏れ問題で、地理歴史と並んで、受験対策の授業の「隠れ蓑(みの)」として各地の高校で使われたのが「情報」だ。03年度に必修となったばかりの歴史が浅い教科である点や、大学入試での重要度が低いという点が背景にあるようだ。今回の事態が発覚する前に学術団体が行ったアンケートでも、「夏休み前までは情報だったが、その後は数学になった」などの「告白」が卒業生から相次いだ。

 今回の履修漏れ問題では、情報の時間が数学などの授業に振り替えられたり、必要な単位分の授業が行われなかったりしたケースが目立った。

を「そうだろうなぁ」としか思えない状態を作っているのかもしれない。


しかもワードで自己紹介文を作るとか自分の関心のあることをパワーポイントを使ったりwebページを作る事によって表現するというのは教育課程の学校じゃなくても、街のパソコンスクールでやっているような内容。
自己紹介や表現することの内容をどう作っていくかを考えることがメインであれば、それはそれでいろいろな意味での情報を学ぶということにはなるけれど、情報ってそういう授業なんだろうか?

 近畿地方のある研究会の会長は「入試に出るか出ないかで左右される。携帯電話を利用した犯罪も相次ぐ中、情報リテラシー(情報を読み解いて活用する力)は高校生にも絶対必要。指導要領通りしっかりやってほしいのだが」と話す。

こういうことは情報の授業の中でどんな風に教えているんだろう?どの程度の割合を持っているんだろう?
情報リテラシーを十分に学んでいるようには見えないのだが・・・
理念ではなく、現実としてはとりあえずいろいろなものを作っておしまい・・・じゃないんだろうか?

今度何を学ぶべき教科なのか、教科書を見てみよう。
もしかすると、Cosがそう思い込んでいるだけかもしれない。


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