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2006.11.04

すべては化け物だった

東京上野の科学博物館で11月12日まで行われている化け物の文化史展にいってきた。

人魚のミイラ、河童の手などの実物(?)もあり、かつての人々が自然のふしぎに目を向けたときに見えたものどもが紹介されていた。

その真偽を正すことも大切だろうけれど、その一方でなぜその存在がでてきたのかというのも大切。
かつては地面は虚空に浮かんでいるなどといったところで、荒唐無稽な絵空事としてしか受け止められなかった時代があり、その一方で地面は亀の背中(で正しかったかな?)に乗っているなどといえば、「何をバカなこといっている」と一蹴される時代がある。

人魚のミイラが見つかった時代は人魚が存在することが当たり前の時代で、だからこそ、ミイラが見つかったのだ。

江戸時代にはやったといわれる百物語や妖怪たち。
今の子どもたちがポケモンを集めるように、この時代の人たちは妖怪を集めたりもしたかもしれない。
ひとつの見方として、自然界のどんな現象を考える事によって出てきた妖怪なのかを推理するのも面白いだろう。
荒唐無稽な妖怪もあれば、説得力のある妖怪もいる。

なんていうことを考えながら、化け物の世界に生きてきた昔の人たちを思った。
そして、
寺田寅彦などの科学者たちが残した

個人が書き残した化け物の記録は、昔の人たちにふしぎと思われた事実の記録と思われる

化け物がない問い思うのは変えて本当の迷信である。

宇宙は永久に怪異に満ちている。

あらゆる科学の書物は百鬼夜行絵巻物である。それをひも解いてその怪異に戦慄する心持がなくなればもう科学は死んでしまう

といった言葉が印象深かった。そして何より、

(科学は)法律の条文を暗記させるように教え込むべきものではなくて、自然の不思議への憧憬を吹き込むことが一番ではないか

という言葉が今の教育に対する警鐘になっている。
Cosたちは法律の条文を暗記させるような教育にともすれば走りがちなのだ。

でも、「友情出品」として過去に生きる妖怪を現代に表現した(?)岡野玲子の「陰陽師」・・・・いいなぁ・・

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