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2006.11.29

とか書いてた(BlogPet)

そういえば、が

思ったこと、考えたことを書いているという点では変わらないけれど、3年もたつともうすぐもずいぶんと変わってきて知る。
とか書いてた?

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「sagi」が書きました。

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もうすぐ3年

一番最初の記事が2003年の12月4日。

当初は こすもす: weblog・・・やってみようを見てみると

使い方としては雑記帳か数学関係を考えているけれど、どうなるかな?

なんて書いていたのだが、今は数学のblogはココログフリーに移行していて、生徒が見ても仕方がないような内容のものしかここには書いてない。
思ったこと、考えたことを書いているという点では変わらないけれど、3年もたつと内容もずいぶんと変わってきて知る。

なんだかんだと文句はあっても、結局ずっとココログを使い続けてきてしまった。
というわけですご~く久しぶりにトラックバック野郎にトラックバックしてみようっと。

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2006.11.27

猛暑日

 「たいへんだ、たいへんだ」と大騒ぎはしない(もちろん、騒がれていないわけじゃなくて心配している人はたくさんいる)けれどそんなに大変なことだと思っていないのが、この秋の暖かさ。

もちろん気象条件は年によって違うし、ヨーロッパは寒いと聞いているから日本の状況だけですべては判断できるわけじゃないけれど、確実に日本は暑くなってきている。

35度以上は「猛暑日」 気象庁が新用語案

 ところが、1日の最高気温が35度以上の日が90年以降急増。主要都市(東京、名古屋、大阪、福岡)の合計で、この10年(97~06年)で335日と、67~76年の121日の3倍近くになっている。

地球の規模で考えたら10年という時間は誤差の範囲なんだろうけれど、Cosが子どものころには最高気温が30度を越すと聞いただけで「暑い日だなぁ」という印象があったけれど、今は35度を越してはじめて「暑い日」と思っているような気がする。
子どものころはクーラーのないのが当たり前だったけれど、今はとてもクーラーなしじゃやっていけない。
もちろん、クーラーなしの人もいるんだけど・・・

そのくせ、ますます東京が熱帯に近くなっていくのはいやだなぁと思うのだ・・・こんなことを続けていると、人間にはいつか破局が訪れるのかもしれない。

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2006.11.26

アドベント

今年のクリスマスのアドベントカレンダーはこれ。
Img_2352今年のカレンダーはオルゴールつきなのだそうだ。
今日、受け取ったばかりでまだあけてないけれど、あけるのが楽しみ。
今年のアドベントカレンダーはドイツ製・・・ということは中のチョコレートも期待できるからますます楽しみになる。




このアドベントカレンダーを受け取りに銀座の教文館に行ってきた。
ちょうど教文館のウエンライトホールでは本場ドイツのクリスマス市をやっていて、普段はホームセンターの安物のオーナメントしか見ていないCosにとってはいい目の保養だった。

Gomi_9

さすがに「いいなぁと思うものは多かったのだが、値段もあまりに良くてとても手が出ない。しかも、つい先日ドイツで見てきた友達から聞いた値段との落差を思おうととてもとても買う気にはなれない。


で結局買ったのはシンプルな大人用のクリスマスツリー(?)

Gomi2_1

あっさりとしたデザインと値段の安さに引かれてつい買ってしまった。
光を当てるといろいろな色に光ってそれなりに綺麗なのだが・・・もしかしたらCosは光物がすきなのかもしれない。

クリスマスオーナメントもいろいろなものがあって、このツリーと同じような感じの星やハートも良かったし、ガラス風(アクリルだろうと思う)の飾り、ガラスのボールといった、大人用のものもあれば、かわいい木でできたようなサンタさんなどの子ども向きのものもあって、見ているだけで飽きなかった。

中でも薄い壁飾りのなかに童話から題材をとったものがあって、すごく欲しかったのだが、何と言っても値段が2万円以上もするので、とてもとても手が出なかった。
ドイツで買えば1万円以下で買えるんだろうなぁ・・・
何も買わなくても見ているだけで楽しいので、お勧めかな。


この教文館にはナルニア国という児童書専門のフロアがあって、読みふけりたかったのだが、見たいものもたくさんあって結局は本は一冊も読んでこなかったのがちょっと残念。

このフロアでも「絵本の原画展」をやっていたのだが、今回はベリンダ・ダウンズの刺繍絵本の原画。
挿絵(の原画)が布を縫い付けたり、刺繍をして作ってあるのだが、「刺繍しました」といった感じではなく、どこか柔らかい感じの絵と思って近づくと、実は布をステッチで泊めたり刺繍をしたりしてある絵・・・という感じ。

Snow White and the Seven Dwarfs
Snow White and the Seven DwarfsJoan Aiken Belinda Downes

おすすめ平均
stars刺しゅうで白雪姫を描く

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原画は絵本になったものとはかなりイメージが違っていて、ずっと繊細で豪華でやわらかかった。
今回展示してあったのは「しらゆきひめ」だったのだが、他にもいろいろな絵本の挿絵を描いているらしい。
この原書をamazonで買おうと思ったのだが、値段が日本語のものと大差ないので「どうしようかなぁ」状態。

4回にあるのはエインカレムというキリスト教関係の店と、「CAFEきょうぶんかん」。
ここでもまたあれこれとあさって、(おそらく日曜学校用の)シールと携帯用の「キリストの生誕」
Img_2354を買ってきた。

こういうところで時間を過ごすと、普段の忙しい生活の中では感じることのない、アドベントの気分になって、クリスマスだからと言ってどうということもないはずなのにどこかワクワクしてくる。

家に帰って早速クリスマスツリーとアドベントカレンダーを飾って\∥^O^∥/


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2006.11.24

スーパーエッシャー展

子どものころ、それがいくつぐらいのときだったのかははっきり覚えていないけれど、エッシャーの「メタモルフェーゼII」を見たときのショックは忘れられない。

一枚の長い長い絵が連続的に変化をしていろいろなものを、それもそれぞれ二つの形で平面を埋め尽くす(大人になってから平面の正則分割ということを知ったのだが)形で、この世にこんな絵が存在することが驚きだったのだ。

それがCosを数学の道に進ませる事になったのかどうかはわからないけれど、このときにはじめて、「位相幾何」という言葉を聞いたのかもしれない。

というわけで子どものころから好きだったエッシャーだから、平面の正則分割やだまし絵の有名なものは全部知っているはず。
だから、行く前には早々目新しい絵はないものと思っていたのだが、いってみたら、こうした数学的な絵ばかりではなく、初期の作品も展示されていたのだ。

なかでもびっくりしたのはバッハのインベンションを絵で表した作品。音程を円盤の半径で表したもので、ニ声のインベンションだから、二つの円で表すのだ。
これがコンピュータの助けを借りて、音楽に合わせて変化するCGが展示されていたけれど、若いときの作品にもかかわらず、ものすごくエッシャーらしい感じがした。

結局インベンションの1番を5回ぐらい聞いただろうか∥^O^∥
数学的な音楽表現という感じがして、立ち去りがたいものがあった。

また、イタリア時代にかかれた風景画などもいわゆるよく知られているエッシャーらしさではないけれど、どこか数学的なにおいのする版画だったし、夜のローマのシリーズでは彫り方の線を一枚一枚変化させて、数学的な版画の実験という印象もある。

この辺の絵が、絵としては今回の一番の収穫だったかも。

そして、CG・・・

絵の中のエッシャーワールドが目の前に現れてくる。

Depthの魚が実際に空間を埋め尽くしているのを見るのは壮観だった。
この魚の原型になっている「立方体による空間分割」のほうは実際に画面に触れて動かすことができて、面白かった。

さらに、エッシャーノートの中のタイル・・・これは実際に作ってみたい・・・・も幾何学的にはとても面白かった。

そして帰りにはもちろん、ガチャガチャ・・・∥^O^∥
一番欲しかった、Depthのお魚もゲットできたし、Curl Up(でんぐりでんぐり)も手に入ったし\∥^O^∥/

Img_2347

Img_2349

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2006.11.22

それしかいない?

もっと多いとともっていたのだが予想外に少なかったというのが実感かな。

履修漏れ、私立校の22%に 計665校 文科省調べ

 高校の必修科目の履修漏れ問題で、文部科学省は公立と私立の計665校で漏れが見つかった、と22日発表した。私立の履修漏れの割合は全体の21.6%で、9.1%だった公立の倍以上だった。文科省教育課程課は「一部の教育委員会ではまだ調査を継続しているようで、確定値ではない」としている。

 同課によると、今回の数字は20日現在の集計で、最初に発表した1日時点より125増え、すべての国公私立5435校(中等教育学校の後期課程を含む)の12.2%にあたる。うち公立は371校、私立は294校だった。

 生徒数では、いまの3年生約116万人の9.0%にあたる10万4333人。

Cosの受け取っていたイメージだと、私立の場合には進学に力を入れいている学校の中でも進学実績が気になる学校のほとんどがやっていることと思っていたのだが・・・
と言っても私立の5校に1項の割で履修漏れというのはそう大きく外れてはいないかも。

都市部の私立はある程度の学力のある生徒を集めている学校が多いけれど地方へ行くと公立には入れないレベルの生徒が多かったりするから、そういう学校では受験教科に力を入れるということはそんなにやっていないかもしれない。
その辺のところは聞いたことがないのでわからないけれど、学力以前のレベルの学校では指導要領どおりにしない理由はないから、指導要領どおりの時間数で授業を組んでいることだろうと思う。

ただし、その内容については指導要領どおりとは行かないだろうなぁ・・・「教えること」になっているうちのどの程度のことを教えているのか・・・内容についても調べてみると面白いだろうなぁ・・・

数学などは教科書が終わらなければ何がなんだかさっぱりわからない分野が少なくないから、ちょっと調べれば学んだかどうかすぐにわかってしまう。
いわゆる底辺校といわれるところではたとえば小学校の内容が出来なかったりするから、そういう事に時間を使えばどうしたって高校の内容を終わらせることができないのだ。

公立の履修漏れが少ないように見えるのもおそらく同じ理由。

私立と違って公立はある程度の人数が集まらなくても学校が成り立ってしまう上に、定時制もたくさんある。こういうところでは履修漏れまでして進学実績を上げる必要がないから学校数としては大きくなる。
私立はたとえレベル的には低くてもある程度採算が取れなければやっていけないから、極端に人数の少ないところはそう多くないと思うのだが・・・

そんなことを考えると、どの程度の数字なのかはデータがないからわからないけれど、「公立」を一まとめにして考えるのはちょっと違うような気がする。
授業内容に踏み込むと逆転するんだろうけれど、「学力不足」が言われている割には「時間数」だけが問題にされているのはちょっと不思議。

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が書きました(BlogPet)

きょうsagiがレベル講義しなかったよ。


きょうはsagi学に判断したの?
*このエントリは、B l o g P e t(ブログペット)の「s a g i」が書きました。



*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「sagi」が書きました。

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本当のリサイクル

今までのペットボトルのリサイクルは本当にリサイクルなのかどうかかなりの疑問があった。まあ、中国への輸出はそのままの形で再利用するわけだからリサイクルにはなっているのだが、粉々にして他の製品に作り変えたときにはその製品が1回使われるだけで、そのままごみになったり、土の中に埋めてあったりで、何度でもリサイクルすると言うわけにはいかなかったのだ。つまり、一回だけの利用ではなくて、2回だけの利用に変わっただけという形だから、2回で使い捨てという使い捨ての構造自体には何も変化がなかった。もちろんそれでも何もしないよりはましなのだが、「リサイクル」という掛け声の割にはお粗末な使い方でしかない。

結局のところはサイクルが長くなるだけで使い捨ての構図は変わらないのにガラス瓶などのリユースと同じような印象をもたれて、一種の免罪符にもなっているだけような感じも否定できない。

が、こんなやり方なら、本当の意味でもリサイクルになりそうな気がする。

<ペットボトル>電子レンジで高速分解 崇城大助教授ら開発 .

 電子レンジを使い、ペットボトルを元の原料に高速分解する方法を、崇城大(熊本市)の池永和敏助教授(高分子化学)らが開発した。原料に戻して再利用すれば「ごみの山が宝の山になる」といい、21日、財団法人化学技術戦略推進機構(東京都千代田区)の研究発表会で実演した。他の加熱分解方法に比べ、エネルギー使用量も約4分の1で済むという。  実演したのは、ペットボトルの破片に水酸化ナトリウムとアルコール類を加え、レンジで1分半加熱するだけの簡単な方法。すると、ペットボトルの破片は原料のエチレングリコールとテレフタル酸に分解した。  電子レンジのマイクロ波の働きで、ペットボトルの化学物質が分解されるのだという。  池永助教授によると、ペットボトルは約6割が資源ごみとして回収されるが、中国などへの輸出や、洗浄・粉砕してシートや衣類の素材などに使う方法がほとんどで、原料に分解して再利用する割合はまだまだ低い。

この原料に戻しての再利用だったら、100%ではない西tも何度もリサイクルが可能になるわけだ。、まだ、技術として完成されたわけでもなければ実用化もしていないのだろうけれど、地球温暖化の防止にも多少の効果はあるのかな。
そうだとするとありがたいことだ。
何と言ってもガラス瓶のリユースはビンだけでも重いし、持ち運びも不便。水筒を持って歩くのもかなり面倒だし、今のペットボトルの便利さはそのままで、本当のリサイクルになるなら、願ってもないことなのだが・・・どうだろう?

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2006.11.20

教師の仕事?

毎週のように、月曜日は忙しい。
授業自体はそんなにたくさんあるわけじゃないけれど、3クラス分の週末課題のチェックがあるのだ。 そのおかげであっという間に一日が終わってしまうし、職場でもチェック・・・要するに丸付けを必死になっている様子を他の教員が見ている。

そのチェックをしているCosを見ているほかの教科の先生が
「教師の仕事って小テストですよねぇ」とおっしゃった。
激怒して「とんでもない」と怒鳴りつけたかったんだけど、相手は怒らせるわけに行かないお偉いさんなので、「そうかもしれませんねぇ」と答えておいた_| ̄|●

それにしても、こういう教員が職場でえらかったりするからどうにもならないんだよなぁ・・・
そりゃさ、Cosだって小テストみたいなことはしょっちゅうやるけどさ。
これって、「その他」の仕事だと思うんだけどみんなそうは思ってないのかも・・・

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寒い

東京は昨日から雨が降って急に寒くなった。
それなのに外にいる必要があったので、真冬の装備をして出かけた。さすがにそのおかげで寒くはなかったのだが、恥ずかしいほどの重装備をして良かったほどの寒さだった。

考えてみたらもう11月も半ばをすぎて、ふつうだったら「そろそろコートかなぁ」という季節になっているのに、今年に限っては上着は着るものの下は半袖。いや、その上着すらも一日中着るようになったのは今月に入ってからかもしれない。

季節から言えば当たり前の寒さなのかもしれないけれど、急に冬が来たかのような気がしてならない。

本来なら、この暖かさをいぶかしく思わなければいけないはずなのだが、昨夜見たテレビはThe Day After Tomorrow・・・・急激な寒さが(比較にもならないけれど)切実なものに思えてちょっと怖かった。

本当は寒さではなく、この暖かさを心配しなくてはいけないのだが・・・

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2006.11.18

いいなぁ

Cosの職場では情報以外でコンピュータを使っての授業をやれる教員はごくわずかだ。

生徒たちが使うことの出来るコンピュータも決して新しくはない(というよりかなり古い)ので使い勝手が悪かったり、フリーズしたりでなかなか思うように使えないうえにそのこともあって、情報科からはなかなか使わせてもらえない。

仕方がないので、生徒には使わせることなくえっちらおっちらコンピュータとプロジェクタと模造紙をもって教室へ。
いやなに、プロジェクタも授業用のはなくて、他の部署から借りてくるのだが、明るいところでも使えるものではなく部屋を暗くしないと使えないので、スクリーンが必要なのだが、職場にはスクリーンもなければそれを掛けるフックも教室にはついていない。
仕方がないので模造紙を貼って・・・_| ̄|●

そういう現状から見ると

全先生PC操作OK 東京・日野市の公立小中学校.

 東京都日野市の公立小中学校が8月末、島しょ部を除く都内で初めて「コンピューターが操作できる教員100%」を達成した。都全体では平均93%と全国平均の97%を下回っている。早く水準をアップするため、日野市がとった「秘策」とは――。

 10月下旬、日野市立潤徳(じゅんとく)小学校5年の理科の時間。児童がパソコンを使って翌日の天気を調べる方法を、班ごとに話し合っていた。

 授業を進める教職歴2年目の藤森大(だい)教諭(26)のわきでは、同市「メディアコーディネーター」の西沢庸(よう)さん(23)が、手元の書類をスクリーンに映し出す「書画カメラ」をパソコンで操作していた。

いや、世間ではコンピュータを使っての授業ではなくて、コンピュータを使って見せるための授業なんていうのもかなりあることも知っているし、コンピュータさえ使えばいいと思っていたりする人もいるらしいけれど・・・

翌日の天気を調べる方法が班ごとで話し合うような内容かどうかはべつとしてサポーターがついてコンピュータの操作に煩わされることなく授業が出来るだと・・・うらやましい限りだ。

 日野市は今年度以降5年間で約10億円の予算をかけ、公立小中学校のIT化を進める計画を立てている。具体的には、コーディネーターの採用のほか、全教職員1人1台のパソコン配備や小中学校全校への校内LAN設置などを予定している。

そういえば、教職員一人1台という話は何度も出ているけれど、いつの間にか消えているなぁ・・・
校内LAN・・・やれば簡単だろうけれど・・・・

それ以前に授業で使える教員なんて1割もいないなぁ・・・

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あたらなくてもいいから・・・津波警報

15日に出ていた津波警報は結局被害もなく無事に済んでよかった。
避難した人たちは大変だろうけれど、こういう警報はあたらなくていいと思う。10回のうち1回、いや(ちょっといやだけど)100回のうち1回でもあたって、大きな被害を避けられるなら、本来それでいいはずだ。なにしろ、

リンク: 未明の大波、海山の反射で? 択捉島沖の津波.

沿岸に残った津波が海山からの反射波の影響を受け、強まった可能性が高いと分析。「警報などが最大の波の前に解除されたのは予測技術の限界のせい。長時間にわたり津波がどう動くかを速やかに予測する技術開発が必要だ」と指摘している

まだまだ予報技術は十分ではないのだし、警報の出なかった津波でどれほど大きな被害がでたかは記憶にも新しいのだから。

問題は何度もあたらず、大きな被害の記憶も薄れたときかも。

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風邪その後

とりあえず熱は下がった。
昨日の夜おなかを下したのが最後だといいのだが・・・
今朝は具合の悪さはかなり良くなったけれど、体がふらふらするのは体力が落ちているんだろうなぁ・・・

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2006.11.17

聞いたことがないだと?!

文科省というところはいったい何をやっているんだろう?

「聞いたことがない」って、今まで散々問題になっていたのに知らなかったとでもいうのだろうか?

阪大が未履修者に“高校世界史”、一般教養で来春開講.

 高校世界史の必修逃れ問題で、大阪大学が来年度から一般教養課程に、「不完全履修者のための世界史」講義を設けることを決めた。


 世界史の未履修者や規定時間数以下の授業しか受けていない学生のために、高校の教科書を使って授業を行い、単位も認定する。文部科学省大学振興課は「今まで聞いたことがない。世界史は高校で学ぶのが原則なので推奨はしないが、大学側の現実的な対応として注目する」としている。

不完全履修者のための講義はいろいろな大学で行われている。
生物を履修していなくても医学部に入れたり、数学を必修しか履修していなくても入れる経済学部とか・・・こうした大学では未履修者に対する講義をしているではないか。
しかもそれを卒業に必要な単位として認めている・・・つまり本来はやってあることが原則であったはずの教科のレベルが高校レベルにまで下がっているということなのだ。
唯一違うとすれば必修教科であったかどうかの違いだけなのだ。


正直に言えば必修である世界史を履修しているかどうかよりもそこから先の勉強で必要となる教科を履修しているかどうかのほうがずっと大切な問題だし、必要とされる教科のレベルが下がるということはどういうことなのか、それを大学がよしとしているのはどういうことなのか・・・

国家試験のある学部に関しては国家試験のレベルで決まってくるから内容のレベル低下はそんなにない気がするけれど、経済学部のように国家試験がない学部では入学時に何を学んできているかによって、その後の履修内容が変わり、ひいては卒業のレベルも変わってくるのだ。

大学卒業生のレベルなんてどうでもいいのかもしれないけれど、そういう本当は必要なのに、指導要綱の必修教科にないから履修していない学生が存在することのほうが大事だと思うのだが・・・

そういうことについては文科省は問題とせずに「聞いたことがない」だと?


とはいえ、この阪大の「高校世界史」の開講はすごく価値があると思う。
いまさらながらに急に「履修しろ」といわれて、内容ではなく時間数だけで行われる高校での世界史よりも、こっちのほうが学生にとってずっと有意義だと思うのはCosだけだろうか?

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2006.11.16

ぜんぜんわかりません♪

自分が風邪を引いたので、思い出したこと。

以前は風邪(とは限らないけれど)を引いて、熱を出していてすごくだるそうな顔をしながら授業を受ける生徒がたまにいた。

「保健室に行け」とか「早退しろ」とか言っても、授業を受けたがるような生徒がいたのだ。
聞いてみると「数学は授業聞かないとわからないから」というのだが、どう見ても頭は働いてないし、
「で、わかる?」と聞くとやっぱり首を横にふる。
「あとで補習するから保健室へ行け」とようやくのことで追いやる・・・なんていうことが年に1、2度あったのだがいつの間にかこういう生徒が減った。

もちろん、生徒の熱心さがなくなったわけじゃなくて、休んだところはあとから補習をすると言うのが当たり前になってきているのだ(先生によるけど)。

だから休んだ生徒たちは(かなり自発的に)補習をしてもらいに来る。
新しい単元に入ったところだから余計多いかもしれない。
どうせならみんな一度に休んでくれれば、まとめて補習できるのに、一人一人休み方が違うから、一人一人別々に補習(試験前でなくて良かった)。

で、昨日も3日ぶりに出てきた生徒に「わからないでしょう」と聞いたら、本当に楽しそうに「はい、ぜんぜんわかりません」だと。
そうだろうとはわかっていてもそんなにうれしそうにいわなくてもいいじゃないかと思うのだが・・・_| ̄|●

まぁ、そうだろうなぁ・・・来週補習をしないと・・・(今週はCosがダウンしてるから無理なのだ)

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2006.11.15

でた・・・

と言ってもお化けが出たわけではなく、今朝はかなり元気だったので
「風邪は治った」と喜んでいたのに、帰る頃から調子がおかしくなって、体中が痛くなって・・・

あ~あ、熱が出ちゃった_| ̄|●
今日は早く寝よう。

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きょうは私学に判断したの(BlogPet)

きょうは私学に判断したの?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「sagi」が書きました。

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2006.11.14

いじめの多さ

リンク: 学校でいじめ「あった」62% 本社世論調査

 朝日新聞社の世論調査(11、12日実施)で、通学していたころに学校でいじめが「あった」と答えた人は62%にのぼり、「なかった」は35%だった。若年層ほど「あった」が多く、20、30代では8割台半ばを占める。60代以上では5割を切った。

 いまのいじめは深刻になったかどうかを聞くと、「深刻になった」は79%で「そうは思わない」の14%を大きく上回った。「深刻になった」は20代では66%と低めで、40代以上では8割台を占める。.

学校での実感に近い結果が出ている。

ありがたい事にというのかどうなのかわからないけれど、Cosのところでは学校側がいじめと認識しているのはほとんどない。(まるっきりないわけじゃないし、何とかしようとしている教員も少なくないんだけど)いじめっぽいことは日常行われているけれど、双方ともに「遊んでいるだけ」といわれるので、ほとんどの場合何も手出しができない。

実際にものを隠されるとか、手を上げられるとかすれば指導することもできるけれど、そうでない限り「遊び」といわれてしまえばどうにもならない。
その中には本当は遊びじゃないのも入っているかもしれないけれど、本当に遊びということも多いから、見ただけでの判断はできないのが困ったところ。

その上に遊びかいじめかの境界線上のようなことをテレビでも流されているから、「同じ遊び」といわれればどうにもならない。
「それぐらい、平気でいろ」という人も多いし・・・

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2006.11.13

子どもにかかわる自殺

昨日、埼玉県本庄市と大阪府富田林市で中学生が自殺した。さらにいじめを受けていた子どものいじめを隠していたといわれている校長だった人も自殺をした。

中学生がいじめを受けていたかどうかはまだはっきりとはわからないけれど、死ねば楽になると考える子どもたち大人たちが増えてきてはいないだろうか?

実際の統計に当たったわけではないからなんともいえないし、話題性ということでマスコミが特に大きく取り上げているのかもしれないけれど、大きく取り上げれば上げるほど同じような立場の人が同じように考えるということもあるのかもしれない。

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2006.11.12

ふらふらふら

おととい、隣の席の人が風邪で熱を出していた。
足腰が痛くて頭が痛いと言っていた。

今日、Cosは腰から上の節々が痛くて頭もちょっと痛い。
動いて仕事をしようとするとほぉんのちょっとだけど、ふらふらする。

う~ん、まずいなぁ・・・
というわけで今日は比較的おとなしく過ごしていた・・・はず。
明日は熱が出ないといいなぁ

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2006.11.11

私立の独自性

指導要領どおりのカリキュラムを消化(生徒が内容を消化するかどうかではなく授業時間を消化)しないといけないといったような教育であるのならば、「私学には独自性」 必修漏れで東京協会長が文科省批判も説得力がある。

 近藤氏は、指導要領の「標準」としての役割を認めつつも、「自分の学校に当てはめたときに、あまりにも合わないところがあったら現場で調整するのは当たり前だ」と述べた。

 卒業認定についても、「現場の長である校長が決めること。(単位が)足りなければ、受験後に集中的に履修させるのが大正解」と述べ、「文科省が言ったからといって、受験前に補習をやっている学校は、子どもたちのことを一切考えていない」と切り捨てた。

 私立では、完全週5日制や学習内容を減らした「ゆとり教育」、国歌斉唱・国旗掲揚などを実施していない学校が多いことにも触れ、「文科省の言うとおりにやっていないから、今の教育が残っている」と話した。

受験教科を集中的にやってそれ以外の教科はどうでもいいなどとは思わないけれど、時間数をこなせばいいという考え方もおかしいし、この件を離れて考えてみると、最後の一文は非常に説得力を持っている。

そういえば、完全週5日制についてはかつては指導があったのに、今は何も言われなくなっているなぁ・・・
公立でも土曜日に講習などを入れるところも増えているし、週五日制に切り替えなかった私立のほうが一貫性があるともいえるなぁ。

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2006.11.10

なぜ放置するの?

履修逃れの問題は今回補習を受ける事になってしまった人たちにとっては大変になってしまったけれど、誰か特定の個人が傷つけられたり苦しめられたりするといった直接的な被害をこうむる問題ではないのだが、これは許せない。
同級生いじめた動画をネット配信…高校生2人停学処分.

 札幌市の北海道立札幌白陵高1年の男子生徒が同級生からいじめられている様子を撮影した動画が、インターネット上に流されていたことが9日、わかった。


 同校によると、動画は2種類で、昨年秋ごろに撮影されたとみられる。撮影時間は各約30秒で、携帯電話のカメラで撮影されたらしい。同校近くのバス停前で、嫌がる男子生徒を別の男子生徒が小突くなどしている場面と、教室で女子生徒が同じ男子生徒に罵声(ばせい)を浴びせるなどしてからかっている様子が映されていた。

いじめかそうでないかの区別はとても難しい。「いじめるな」といっても「遊んでいるだけだ」と本人が返事をしてしまったらそう簡単には収拾がつかないのに、いじめられている本人もよほどのことがない限りこっちには言ってこない。
「いじめは犯罪だ」ということが徹底していない。

人を笑いものにする風潮が続く限り教室でも、他の場所でも誰かを笑いものにしていじめるという構図は変わらないかもしれない。
学校側が強く出れば陰に回っていじめるし、そうなるといじめ方も陰湿になる。

でも、こんな明らかな人権侵害を許してはならない。

が、ちょっと待て、
「学校の中でやったことじゃないし、学校の外で遊んでいただけなのに学校には関係がないだろう」といわれたとき、どこまで学校は口出しできるのだろう?
今回の件についてだって「問題があるからnetから削除しなさい」といったとしても、その言葉にどれほどの強制力があるんだろう?
できるのは生徒に対して「問題だ」ということと、主催者側に削除要請をすることぐらいじゃないんだろうか?
何ができるんだろう?
明らかないじめでないなら・・・生徒同士が明らかにふざけているだけなら、本人たちがnetに出すことを了承をしているなら何の指導もできないと思うのだが、その境目はどこにあるんだろう?

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2006.11.09

やっぱりね

 どこの学校もこれだけ派手にやっていて誰も気がつかなかったというほうがおかしかったのかも。
何のことはない、大学生にアンケートをとればそれだけで履修不足がはっきりわかっていたのだ。


必修漏れ、文科省が4年前把握 委託の研究会から報告.

 高校必修科目の履修漏れ問題をめぐり、文部科学省が4年前、全国の大学生の16%が世界史を履修していないとする調査報告を、専門家から受けていたことがわかった。同省はこれまで「個別の県での問題だったので、全国調査をしなかった」としており、全国規模での広がりを見過ごしていたことになる。

知っていて放置していたのかどうかについてはわからないけれど、知ろうとすれば簡単にわかるはずのこと。

いや、

 履修漏れは99~02年に熊本、長崎、広島、兵庫で発覚。文科省は02、03年に各教委の担当者に指導したとしていた。

わかっていたけれど見えたところだけに手を入れて、それ以外は放置しておいて・・・・しかも時間さえ使えばそれでいいといわんばかりの対応策(それ以外にないのはわかるけれど)やればいいんだろうとばかりの授業に付き合わされる生徒たち・・・・
と思ったのだが、よく考えてみると普段の授業もそういう姿勢でやっている生徒も先生も多いなぁ・・・

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ばれなきゃ大丈夫

耐震強度の問題にせよ教育の問題にせよ日本の体質なのかもしれないなぁ・・・
でたところだけばれたところだけがたたかれて、表に出なければこっちのものというのが一般的なのかも。

電話だけで「問題なし」と判断 必修漏れ調査で都私学部.

都私学部は「基本的に、学校の言い分を信用するしかない」という。

子どもを育てる学校ではこういう「ばれなきゃいい」というのは一番やめて欲しいところなのに・・・


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2006.11.08

きょうは(BlogPet)

きょうは、タイトルみたいな乖離された!


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「sagi」が書きました。

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履修不足

今の報道を見ていると「時間不足」だけが問題になっているし、履修不足の教科に対しては50時間程度の補習ということも言われている。

これを聞いておかしいと思わないんだろうか?
時間さえ掛ければいいという感じの報道なのだが、内容はどうなんだろう。
今の学校のあり方からすれば、教員が一方的に授業をやって、生徒たちは机に座って他の事をやっていても問題にはならないのだ。

というか、内容を問題にすると学ぶべき内容が学べていない生徒がどれほど多いかが浮き彫りになってきて面白いのだが・・・

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2006.11.07

GRAPES6.50

いつも授業で使わせていただいているGRAPESの新しいバージョンが出た。

今回はいろいろと変更点があって、大きく変わった部分もあるのだが、何と言っても今までよりいろんな色が自由に使えるようになったのがうれしい。
実際にはそんなにいろんな色が使えても教室で、スクリーンは模造紙だったり黒板のままだったりするから、そんなに微妙な色は出せないのだが、それでもいろいろな色を使って遊んでしまった。\∥^O^∥/

と言っても実際にはこの図のピンクの縦線のところだけが新しい色なのだが・・・

Image05


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今日は晴れる

朝7時、今のところまだ曇っているけれど、これから晴れるらしい。
となると出かける前に車を拭かないといけないから・・・・
いやだなぁ

冬になると出る前に車についた露を拭かないといけないので、その分遊ぶ時間が減って悲しい。

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2006.11.06

光の帝国

この日は国立博物館、科学博物館と回った後で、近代美術館にも回ったので西洋美術館に着いたときにはかなり疲れていた。

西洋美術館では2006年12月10日までベルギー王立美術館展をやっている。
国立博物館の仏像展では向き合って厳しさを体験し、科学博物館では化け物の世界に入り込み、結構緊張を強いられることが多かったのだが、このベルギー王立美術館展では混んでいなかったこともあってちょっと疲れはあったけれど、ゆったりと安心して絵を楽しむことができた。
多分、混んでいたら光の帝国だけを見て帰っただろうなぁ・・

今回は以前庭園美術館で見たジェームズ・アンソールとマグリット、特にマグリットの光の帝国が楽しみだった。
アンソールはちょっと現実とは乖離しているような印象の絵があるなぁと思ったらやっぱりアンソールだったという感じ。「燻製ニシンを奪い合う骸骨たち」が良かったかなという程度。

が、マグリットは、やっぱりとてもよかった。
「光の帝国」はもっと小さいイメージを持っていたのだが、思っていたよりも大きくてマグリットのどこか遊離したような水色をした青空と現実を抱え込んだ夜が見事に調和していた。
他の絵は見なくてもいいから、これだけを見るために来ても良かったくらい。
あと2点マグリットはあったのだけれど、「血の声」・・・どうしてこのタイトルになるのかさっぱりわからないけれど、これもかなりよかった。

今回は光の帝国のはがきを買おうと思っていたのに、「売り切れ」。
近日中に入荷するとのことなので、(他を回るついでに)これだけを買いにいってこようかな。

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2006.11.05

情報の授業

情報の授業には教科書はあるけれど、やっていることは学校によってかなり差がある。

情報の教科書は何度も見ているし、いくつかの学校でどんな授業をやっているのかは知っているけれど、その内容は学校によってかなり違う。しかもいくつもの学校で情報の授業の中身が情報単体ではなく他教科の授業になっていたりしているから余計わかりにくいのかもしれないけれど、情報の授業って何を教えているんだろう?

Cosのところでいえば、ワードとエクセルパワーポイントを教えているけれど、それが情報の授業?
教科書は確かにあるし時々使ってはいるけれど、授業のほとんどは特定のメーカーのソフトの使い方の練習になっていないのだろうか?
もちろん、ネチケットを学ぶとか、コンピュータの構造を学ぶとか、考え方を学ぶとかといったソフトにとらわれない普遍的な事項もあるだろうけれど、それが占める割合は決して多くはないような気がする。

まあ、Cosが数学という何を学ぶかがびっしりと決まっている教科を教えていることとも関連しているのだろうけれど、何をやっているのか(見ていても)よくわからない部分がある。

(現国なんかも、教科書を全部やるのではなくて、どこをやるのか学校で決めてやっているけれど、これも言い換えると教科書に書いてあること全部はやらない・・・悪く言えばやりたいことだけやればいいということ?)

そのわからなさが、

新科目「情報」、受験対策にすり替え 入試に出ず.

 高校生の必修科目の履修漏れ問題で、地理歴史と並んで、受験対策の授業の「隠れ蓑(みの)」として各地の高校で使われたのが「情報」だ。03年度に必修となったばかりの歴史が浅い教科である点や、大学入試での重要度が低いという点が背景にあるようだ。今回の事態が発覚する前に学術団体が行ったアンケートでも、「夏休み前までは情報だったが、その後は数学になった」などの「告白」が卒業生から相次いだ。

 今回の履修漏れ問題では、情報の時間が数学などの授業に振り替えられたり、必要な単位分の授業が行われなかったりしたケースが目立った。

を「そうだろうなぁ」としか思えない状態を作っているのかもしれない。


しかもワードで自己紹介文を作るとか自分の関心のあることをパワーポイントを使ったりwebページを作る事によって表現するというのは教育課程の学校じゃなくても、街のパソコンスクールでやっているような内容。
自己紹介や表現することの内容をどう作っていくかを考えることがメインであれば、それはそれでいろいろな意味での情報を学ぶということにはなるけれど、情報ってそういう授業なんだろうか?

 近畿地方のある研究会の会長は「入試に出るか出ないかで左右される。携帯電話を利用した犯罪も相次ぐ中、情報リテラシー(情報を読み解いて活用する力)は高校生にも絶対必要。指導要領通りしっかりやってほしいのだが」と話す。

こういうことは情報の授業の中でどんな風に教えているんだろう?どの程度の割合を持っているんだろう?
情報リテラシーを十分に学んでいるようには見えないのだが・・・
理念ではなく、現実としてはとりあえずいろいろなものを作っておしまい・・・じゃないんだろうか?

今度何を学ぶべき教科なのか、教科書を見てみよう。
もしかすると、Cosがそう思い込んでいるだけかもしれない。


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2006.11.04

すべては化け物だった

東京上野の科学博物館で11月12日まで行われている化け物の文化史展にいってきた。

人魚のミイラ、河童の手などの実物(?)もあり、かつての人々が自然のふしぎに目を向けたときに見えたものどもが紹介されていた。

その真偽を正すことも大切だろうけれど、その一方でなぜその存在がでてきたのかというのも大切。
かつては地面は虚空に浮かんでいるなどといったところで、荒唐無稽な絵空事としてしか受け止められなかった時代があり、その一方で地面は亀の背中(で正しかったかな?)に乗っているなどといえば、「何をバカなこといっている」と一蹴される時代がある。

人魚のミイラが見つかった時代は人魚が存在することが当たり前の時代で、だからこそ、ミイラが見つかったのだ。

江戸時代にはやったといわれる百物語や妖怪たち。
今の子どもたちがポケモンを集めるように、この時代の人たちは妖怪を集めたりもしたかもしれない。
ひとつの見方として、自然界のどんな現象を考える事によって出てきた妖怪なのかを推理するのも面白いだろう。
荒唐無稽な妖怪もあれば、説得力のある妖怪もいる。

なんていうことを考えながら、化け物の世界に生きてきた昔の人たちを思った。
そして、
寺田寅彦などの科学者たちが残した

個人が書き残した化け物の記録は、昔の人たちにふしぎと思われた事実の記録と思われる

化け物がない問い思うのは変えて本当の迷信である。

宇宙は永久に怪異に満ちている。

あらゆる科学の書物は百鬼夜行絵巻物である。それをひも解いてその怪異に戦慄する心持がなくなればもう科学は死んでしまう

といった言葉が印象深かった。そして何より、

(科学は)法律の条文を暗記させるように教え込むべきものではなくて、自然の不思議への憧憬を吹き込むことが一番ではないか

という言葉が今の教育に対する警鐘になっている。
Cosたちは法律の条文を暗記させるような教育にともすれば走りがちなのだ。

でも、「友情出品」として過去に生きる妖怪を現代に表現した(?)岡野玲子の「陰陽師」・・・・いいなぁ・・

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2006.11.03

海の幸が消える?

養殖以外の魚が食べられなくなる日が来るのかもしれない。

海産物、40年後になくなる? 国際研究チームが警鐘.

 海の汚染や乱獲をこのままの状態で放置しておくと、約40年後には食卓から海産物がなくなってしまうかもしれない。そんな調査結果をカナダや米国などの国際研究チームがまとめ、3日発行の米科学誌サイエンスに発表した。ただ、漁獲制限など必要な対策を今すぐに始めれば、こうした事態が避けられる可能性が高いこともわかったとしている。

でも良く考えてみると陸上の動物に関してはとっくに狩猟でまかなうことは不可能になっている。養殖というか、飼育されているのでない肉を食べた記憶はほとんどない。それを考えると海からは飼育するのではなく、狩猟をしたものを食べているのだから、そのことだけでもすごいような気がしてくる。

もしかすると40年後には魚も同じように飼育されたものだけを食べるようになっているのかもしれない。
いま、しかの肉とかウサギの肉とか熊の肉とかを食べることがほとんどないのと同じように「天然もの」の魚もめったに口に入らなくなるとしたら、それはそれでいいような気がする。

飼育されたものだけを食べて、自然は自然のまま、あるがままにしておくのもいいな。

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菩薩半跏像

仏像--一木にこめられた祈り(東京国立博物館)」を見てきた。

仏像にはそんなに関心はないけれど、一本の木から彫り上げた仏像が一堂に会するとあって、これは見なくちゃ・・・と。

もっと混んでいるかと思ったけれど、予想したほどではなく、結構見ることができたので満足。

第1室にあった、小さな仏像たちの造作は平安時代から今まで大事に大事に生き残ってきたというだけでもすごい。
同じ十一面観音でもそれぞれに十一面の顔に特徴があって、生真面目な仏像のはずなのに、後ろに回ってみると笑いほうけている顔もあったりして、Cosなんかはそれを楽しんでいたかも。

この小さな仏像に比べると等身大かそれ以上の大きさの大きな仏像はなんとなくつくりが大まかなような気がしてくる。(模様がそこまで細かくないというだけの子となんだけど)

それぞれ、厳しい顔、怖い顔、恐ろしい顔・・・いろいろな顔の仏像があって、「どれがいいかなぁ」状態で見ていたのだが、菩薩半跏像(伝如意論観音)[京都 宝菩提院願徳寺]を見たと単に目が離せなくなってしまった。

会場の中央に天井を六角に仕切った中央に照明にもちょっと変わった当て方をして置かれていた。

怖いというのでもなければ厳しいというのともちょっと違う、まっすぐ向き合うことを要求しているような表情。おそらく自分にも厳しく、その厳しさを人に要求するのではなく、見つめることを要求しているのかもしれない。
おそらくかなり長い間(人の迷惑を顧みず)前に立って見つめあっていたような気がする。
上から光が当たっていて、見る位置によってはその光がまぶしかったんだけど、その照明のなせる業だったのかもしれない。

これを見るためだけであっても見に行ってよかった。
ただ残念な事に、この菩薩半跏像の展示は11月5日までで、そのあとは展示替えになってしまうから、もう一度見に行ったとしても見ることができない。
いつか、京都のお寺に本来の姿で置かれているところを見たいものだ。

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赤沢森林浴 学術探求路

10月15日に母と木曽の赤沢自然休養林で、学術探求路の探索イベントに参加してきた。

「●学術研究路コースは、例年好評を博している奥千本コース。通常は入れない保護林を散策し、世界でも有数の天然ひのき林を踏破。
新緑のひのき林は爽やかな芳香に包まれ、秋にはひのきの足元に群生する、低木の紅葉が楽しめます。
昼食時間を含めおよそ3時間半。歩きごたえのある本格コースです。」
という言葉に引かれて、忙しい時期だったのだがちょっとがんばって・・・

赤沢森林公園は木曽の上松からもっと奥に入ったところにあって、ヒノキ林の森林浴が楽しめる。年に二回春と秋に普段は入ることのできない奥千本のヒノキを見ることが出来る学術探求路をガイドつきで散策するコースがあって、それに参加してきた。

ガイドの人たちは熊よけの鈴を鳴らしながら、みんなの前と後ろについてくれている。さすがにこの日は出会わなかったけれど、今年はどんぐりが少ないので、くまが里に下りてきているとのこと。
一日歩いて動物には出会わなかったけれど、ここは彼らのホームグランドなのだ。

森林鉄道の終点から線路に沿ってさらに奥へ。
Img_2034
線路はもう森林鉄道も通らずにすっかりさびてしまっている。
管理の森林監察官の人たちが整備をしてはいるものの、やはり他の遊歩道とは違って歩きにくい。
それでもあちこちに(学術探求路のために作られた新しい看板のほかに)古い看板もあり、かつてはここを自由に散策できたのかもしれないが、歩きやすいようにはなっていないので、今にも崩れそう話をわたったり、木の根が地面に露出していて、木の根をまたぎながら歩いたりと自然のままの道を歩いてきた。


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2006.11.02

作図の授業

今は作図を授業の中でやるところはあまりないのかもしれない。

以前は中学で履修するはずだった平面幾何の内容が高校の範囲になって、それまでは必修ではなかった平面幾何が必修になった。
「作図をさせる」というのは教科書などにはないのだけれど、作図なしの平面幾何なんて(それでなくても証明でみんな大変なのに)どこか違うじゃないかという気がするけれど、現実問題としては作図をさせる時間などはほとんどない。

が、何とか1時間ひねり出してCosは作図をやらせる事にしている。
「コンパスをもってくること」と言ってあるのだが、どうしても忘れる生徒もいる。
(コンパスをこっちで用意するとちゃんと作図できない理由をコンパスのせいにするので、こちらでは用意しない事にしている)

以前はあちこちからかき集めて、10個ぐらいはコンパスを用意していて忘れた生徒に貸していたのだが、最近はそれをやめて三角形にきったわら半紙を折らせる事にしている。

紙を折らせるようにしてからは全員が熱心に取り組むようになった。
手を動かす授業は好きな生徒が多いから相談しながらわいわいとやっている。
コンパスを忘れた生徒は(たとえコンパスを貸しても)やる気の少ない生徒が多かったのに、紙を折らせるようにしたらそれなりに熱心に「ああでもない、こうでもない」と忘れたもの同士が相談しながら折っているのだ。

しかも出来上がった紙を重ねると一人一人がそれぞれに考えて折ったはずなのにぴったり折れ線が合わさって重ねたまま綺麗に折曲がる。
一枚でも違う紙があるとその紙が邪魔をして重ねたまま折ることができない。
(コンパスや定規の使い方の勉強にはならないけれど)これはこれでおもしろい。

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2006.11.01

教育改革の目的

表ざたになっただけましなんだろうと思うし、他でもこういうことが横行しているんだろうけれど、

教育改革タウンミーティングでやらせ質問、内閣府作成.

 今年9月2日に青森県八戸市で開かれた政府の「教育改革タウンミーティング」で、内閣府などが教育基本法改正案に賛成の立場で質問するよう参加者に依頼していたことが1日の衆院教育基本法特別委員会で明らかになった。

そしてこの結果が「世論」といわれるわけ。
教育に関連した最近のニュースもこの流れに乗っているという可能性も否定できない。

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って言ってたよ(BlogPet)

昨日、が
必修科目を新潟県立高校が「読み替え」という手法で別の科目の授業に充てていた問題で、新潟県コーネルは30日、中高一貫校を含む26校が、情報や理科総合などの必修科目の授業時間に、数学や化学など大学受験で出題される科目を教えていたと発表した。
って言ってたよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「sagi」が書きました。

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