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2006.03.01

東京都現代美術館 「日本画から日本画へ」

昨日書いた、 東京都現代美術館 「転換期の作法」.の続き。

東京現代美術館 で行われている二つの企画展のうち の
「日本画から日本画へ」

日本画は基本的には面白いとは余り思わないので、普段は「日本画」と聞いただけで見たいとは思わないのだが、今回はせっかくだから見てみることにした。

会場に入って最初に目に入るのが水の中に入っている(泳いでいる?)象。
たぶん、「切断された長期の実験」というタイトルの絵だと思うのだが、作者の名前(松井冬子)は確認したのに、タイトルは確認を忘れてしまった(^^;

木の生えている池(?)から象が目を出している絵なのだが、どこか不気味な感じのする絵。
絵の設定自体はちっとも不気味じゃないのに、チラッと見ただけではちっとも不気味じゃないのにじっと見ていると次第に不気味に見えてくる。

書き方としてはいかにも昔からある日本画の(と思い込んでいる)スタイル。

この松井冬子さんの描く絵はどれもおどろおどろ下雰囲気があって、日本古来の幽霊(?)のような絵が多かった。

最初は「いかにも日本画」という雰囲気だったのだが、次の篠塚聖哉からは「どこが日本画?」という絵が続く。思わずタイトルを確認するのだが、「いったいどうやってこのタイトルをつけたんだ?」という絵ばかり・・・

さらに町田久美に至ってはごく普通のシュールなイラストという感じがする。
モノトーンのイラストの中に一色だけ血のような赤が入っていてドキッとさせらるような絵がいくつも並んでいるのだ。

これもやっぱり日本画なんだろうか?

どこかで見たことがあるような長沢明の動物。
絵本、それも大人向きの絵本で見たような気もする。
いったいどこで見たんだろう?
(少なくともそれを見たときには「日本画」なんて絶対に思ってないぞ)

このあたりまで来るとさすがに
「日本画じゃなくて、日本画の技法を使って・・・なんだ」と理解し始める。

その瞬間に「日本画」という言葉にとらわれずに楽しみ始めたのだが・・・・

吉田有紀、三瀬夏之介あたりまで来ると再び??という感じ。
絵の中のそこここに「いかにも日本が」という部分が見え隠れするのだ。

そして極めつけは天明屋尚(てんみょうやひさし)。
題材はいかにも日本画らしいもの・・・(だと思う)
描き方も多分日本画らしい描き方のように思われたけれど、どこか「日本画」と思っているものからはかけ離れている。

何よりもすごいと思ったのはトレーシングペーパーに鉛筆で書いた作品。

透明感とはかなさが漂っている曼荼羅の前からはしばし動けなくなってしまった。

これもまた日本画なんだろうけれど、この人の絵はチャンスがあればまた見てみたい。

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