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2005.11.17

教育の成果はこんなもの

 Cosのいる高校だけではなく、(当然といえば当然だけど)大学での学力不足が真剣な問題になりつつある。高校というところから見ると受験生の確保ということで受験科目を減らせば減らすほど受験科目以外の教科の学力は目を覆わんばかりのものがあるのはわかっているはずだけど、どうやらそれだけではすまないらしい。

大学生の学力低下 教員の6割問題視.

 「大学生の学習意欲と学力低下」のテーマで、柳井晴夫・大学入試センター教授らの研究グループが全国調査した結果、大学教員のうち10人中6人が学生の学力低下を問題視していることがわかった。工学部や経済学部の教員が多いのに比べ、医学部では少ないなど学部間でかなり開きがある。公私立でも国公立に比べて私立が深刻な実態が浮き彫りになった。

 対象は約400校、600学部の教授、助教授で、一昨年から昨年にかけて調査し、計1万1400人(国立5000人、私立5300人、公立1100人)が答えた。

 所属学部で学力低下がどれだけ問題になっているか、との質問に対し、全体の8%の教員が「授業が成り立たないなど深刻な問題になっている」と答えた。「やや問題」は53%だった。10人中6人が問題視している計算だ。

(中略)

 学力低下の内容では、多い順に(1)自主的に課題に取り組む意欲が低い(2)論理的に考え表現する力が弱い(3)日本語力、基礎科目の理解が不十分、などが明らかになった。

 さらに、大学の専門の勉強に備えて高校で学習する必要が高い教科として、外国語と並んで国語が突出している点が目立った。


「(1)自主的に課題に取り組む意欲が低い(2)論理的に考え表現する力が弱い(3)日本語力、基礎科目の理解が不十分」というのが大学の教員側の考える学力不足の問題点なのだが、これって今の学生たちの小学校からのカリキュラムはこの(1)と(2)の力をつけるためのものじゃなかったんだっけ?
もともとのゆとりの時間は学力だけではなく、こうした力をつけるためのもの、
総合学習の時間というのはこうしたところに力をつけるはずのものじゃなかったっけ?
その結果として基礎学力・・・たとえば計算力などは「考え方ができればいい」とされたんじゃなかったけ?

この3つのどれもが受験教科が減ったために履修していない教科があるといった単純な問題では済まされない。


さらに、ここでは「高校での国語を学習」と言っているけれど、実際のところは「高校」の問題ではない。高校に入ってくる生徒たちの国語力も惨憺たるもんだ。

数学ですら、基本的な問題を数式ではなく文章で書いただけで、最初からやろうともせずに捨ててしまう生徒がかなりいる。あるいは文章題になると解いている生徒の正答率もかなり低くなる。
教科の中で「数学以前の問題」としてみているけれど、数学としてどうやって国語力をつけるのかを考えていかなければならないのだろうか?

もちろん、数学以前の算数レベルの計算力のなさも大きな問題だ。それこそ
   320-195
なんていう計算ですらミスをする生徒が一割以上いる現状を見ると冗談抜きに計算ドリルをやらせようかという話が出てくる。
でも、できるのかというと現実には授業時数を考えると物理的にその時間をとるのはほとんど不可能・・・
家庭学習の習慣があればまた別なのだが・・・・それでなくても親には「宿題が多すぎる」と苦情を言っているし・・・

それでも、少しずつ何とかすることは不可能ではない。

でも国語力は・・・・実際にここで数学の人たちが言う国語力は教科の中で培われたはずのものではなく、それ以前の生活の中や読書などを通じて自然に培われるべきもの。

これまでの教育の成果が
基礎学力もなく、日本語力もなく、さらには自発性もなく、考える力もない学生たちというわけなのか・・・・

それなら、受験に対応できるカリキュラムを組みながらそうでない生徒を作るにはどうすればいいのだろう?

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