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2005.09.11

一年・・・

父が亡くなって1年がすぎた。

目の悪い父をかばいつつ生活していた母にとっては激動の一年だっただろうと思う。
いまだにことあるごとに「父が生きていれば・・・」と言っているところを見ると、まだまだ父のいない生活に離れていないのだろう。

夏の終わりに父の一周忌をかねて親戚のかたがたに来ていただいて、父の眠る天徳寺で「慰霊の会」をした。
Fruit of tree

親戚の方たちが来る前に根元に父が眠るやまぼうしの木に花をお供えに行ったら、この前は緑色の実がついていたのだが、今回はちょっと色がついてきているし、木の高さも一回り大きくなっていて、まるで父がこの地で新しい命をはぐくんでいるかのような気がした。

亡くなった父から生まれ出る新しい命・・・・・なんだかとてもうれしい。

父の木に花を供えてから遠方から来てくださる親戚の方を迎えて、天徳寺で慰霊の会を行わせていただいた。

本来「坊主は嫌いだ」という父の遺志を汲んで、無宗教のはずなのだがやはりみんなで父のために祈りたいということで、住職さんにお願いして、父の木の元で般若心経を上げることにしたのだが、残念ながら雨が降ってきたために本堂でのおまいりとなった。

Omairi

本堂で般若心経をみんなで唱和しておまいりをした。住職さんはおしゃか様が亡くなったときのこと、骨はガンジス川に流して欲しいとおっしゃったことなどを話してくださった。自然に帰すこと、本来は普通のお墓に埋葬しても33年(だったかどうか覚えてないのだが・・)たつと、骨壷の骨を土に返すものだったのだそうだ。それをちょっと早く土に返すのが樹木葬というお話・・・・「土に還る」・・・・キリスト教でもそういったことは言うから、人が亡くなったときにはそれが一番自然なのかも。

その後みんなで精進料理の会食。

このときには住職の二神さんにも参加していただいた。
「お坊さん」というと、普段のCosたちの生活からはずっと遠いところにいて、権威の象徴・・・みたいな感じがしていて近寄りがたいのだけれど、こうやって一緒に食事をしたり、樹木葬地の手入れをしていたりするのを見ると、遠い存在ではなく、おんなじなんだなぁと親しみを覚える。

それもまた、樹木葬のおかげかも。

それにしても、葬儀の時には本堂でお経を上げてもらうか、墓所でお経を上げてもらうかで金額が違っていたので、それにあわせてお礼を包んだのだが・・・・良かったのかなぁ・・・


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★今回ご紹介させていただきます屏風は『般若心経屏風』です。 日本で一番ポピュラーなお経といえば、おそらく『般若心経』ではないでしょうか。 あの耳なし芳一が亡霊と相対した時に、全身に般若心経を書いたことでも湯名です。 お経の意味はいろんな解釈がありますが、ザクっとした内容は “悟り”にこだわればこだわるほど、その気持ちが“執着心”が芽生えてしまいかえって悟れない。 何もかも捨ててしまう『空』の境地をもちいて、真の“悟り”を築くことを説いている。 といった内容です。 ■般若心経屏風... [続きを読む]

受信: 2005.09.15 18:00

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