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2005.04.14

動物の想い

人間に飼われている動物たちはどんな想いで一生を過ごすのだろう。

野生の動物は死ぬときには群から離れて自分だけになって死期を迎えるのだろうか?
どこかで象はそうだと読んだ覚えがある。

昔幼い頃飼っていた犬も病気になってもう持たないだろうという頃になると人間をほとんど寄せ付けなくなった。唯一の例外がCosで、たぶん犬にしてみれば子どものCosはまだ保護する対象だったのかもしれないけれど、Cosだけには歯をむかず、されるがままになっていたのだ。
何も食べようともしないし、母が無理にえさを食べさせようとしても口をつけないどころか歯をむき出して威嚇していたのに、Cosが口の中に食べ物を押し込むと嫌がりながらも食べていた。
「いいこだねぇ」とほめるともう起き上がれなくなっているのに尻尾を振って答えようとした。

このときにCosはこの犬から信頼の重さを習ったような気がする。

この犬が死んだのは夜、みんなが寝ている間で朝起きたら冷たくなっていた。そしてCosが学校に行っている間に犬は庭に埋められた。

子どものころのCosは一人ぼっちで死ぬのはさびしかったんじゃないだろうかと、付いていてやらなかったことを悔やんだけれど、人を寄せ付けなかった犬は一人で死ねて満足だったのかもしれない。

今日、さっきまでえさを食べていたウサギが突然息苦しそうにしたかと思ったらそのままケージの中で暴れはじめた。
思わず抱き上げてやるとおとなしくなり、そのまま目を閉じていってしまった。

抱き上げた当初はこちらを見たり顔を突っ込んだりしていたのでまだ生きていたのだが、そのまま静かに動かなくなって、からだもくたっとしてきた。
いったんは閉じた目が少し開くともう水晶体がにごり始めていた。

ウサギはCosに抱かれているときにどう思ったのだろう。

もちろんCosにはよくなついていて、抱かれるのはすごく好きなウサギだから抱かれること自体はいやでなかっただろうけれど、死ぬときには一人になりたかったのはないだろうか。

自分の家のウサギでなければ、「そんなことはないよ。抱かれてどれほどうれしかったことか」と慰めるのだろうけれど、本当のところ、ウサギはどう思ったのだろう。

ただし、Cosにとっては(特に見ていたわけではないけれど)そばについていたし、最後のときにそばについていてやれたことで悔いが残らないのがありがたい。

去年の暮れぐらいから身体のあちこちに麻痺が出て冬を越せるかどうか心配していたのだが、そんな心配をよそに、ここしばらくはすっかり元気で庭で土を掘って喜んでいたりもしていたのに、このところの寒さが悪かったのかもしれないな。

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» 小笠原日記その8 [「札幌タイムス」北国支局]
4月17日  インフルエンザに違いないのである。  昨日の夕方、地下鉄駅のホームで一瞬背中がぞくっとしたのである。もしや、と思ったのである。気にせずに帰って一杯やっていたら、どうも身体がだるいのである。... [続きを読む]

受信: 2005.04.20 21:37

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