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2004.11.26

世間を知らない教員を作る

 高校の段階から教員を目指す人のための学校を作るのだそうだ。

高校に教員養成コース 奈良県立2校で全国初

 奈良県教育委員会は25日、小学校教員を目指す高校生のため、2006年度から県立高校2校に「教育コース」を新設すると発表した。県教委によると、高校に教員養成コースを置くのは公立、私立を通じて全国初という。
 今後、小学校教員の定年退職者の急増が見込まれ、県外からの教員引き抜きにも備え、優秀な人材を確保するのが狙い。県教委は「早くから職業意識を持ってもらうことで、意欲的な先生を育てたい」としている。

教員に対しては「世間を知らない」といわれているのに、そういう教員をさらに増やすつもりらしい。

この高校のコースにいる生徒たちはみんな教員を目指しているわけでそれ以外の目標を持っている生徒、あるいは目標を持たずに高校に入ってきた生徒とは一緒に生活することがない。

学校というところは外の社会との接点が非常に少ないので、教員になってしまうとかなり意識的に外との接点を持っていても、他の人たちとは考え方も違ってきてしまうことが少なくない。

そういう特別な社会に高校生のころから暮らしてしまうと、どんな大人ができるのだろう?
問題を起こす子ども、子どもが学校に対して自分とは違うものを持っていても、それが理屈としてしかわからない教師を生産するわけだ。

技術的な内容であれば、高校から専門教育をすることは悪いことではないかもしれない。
中学を卒業した段階で、自分の進路がはっきり決まっていれば、それにあわせた技能を早いうちから磨くのは決して無駄ではない。

だが、教えることは技能だけではないのだ。
子どもを育てていくのには教えるテクニック以外のものも大切なのだ。

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コメント

同感です。教員になってみて、「自分がこれまでいかにして生きてきたのか」が非常に重要なことを感じました。バックボーンといいますか、勉強してきたのはもちろんですが、それ以外のことも大事だったんだなと。

投稿: komat | 2004.11.26 17:37

komatさん、お久しぶりです。

本当にそう思います。
何かあったときに真価が問われるのは
いかに自分が生きてきたのか、
時には生徒の人生の重みの前には自分の人生の軽さを感じることもあるし・・・

最初から「教員養成」ではなく、
いろいろなところを見てきた人間が一番教師になってもらいたい気がします。

投稿: Cos | 2004.11.26 23:44

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