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2004.11.18

木を決める(樹木葬(10))

 (樹木葬関係の記事はこちらからどうぞ)

 お寺が決まったら、次はどんな木を植えるかが大問題。

墓所に植える木は花木。
墓石となる花木にある木の中から選ぶのだが、これがなかなか大変だった。

まず、あっさり決まったのが、以前野鳥の会に入っていた両親にとってはやっぱり「鳥が来る木」が一番。
なるべく鳥が食べたくなるような実をつける木がいい。

この天徳寺では他の人も同じところに埋葬することができる。(余分の費用はかかるけれど)
それが気に入った母は、ここに父と遺書に埋葬してもらうことに決めている。
だから、父の木を決めるということは自動的に母の木を決めることにもつながっている。

たくさん実をつける木としてまず候補に挙がったのが、ムラサキシキブとガマズミ。
が、ここで母が「私が死んだら、一緒に埋めて私の分としてムラサキシキブを植えてくれ」と言い出したのだ。
内心、「木は一本だけじゃないかなぁ」と思ったけれど、とりあえず住職さんに相談。

するとあっさり「本当はだめですけれど」という断りつきで許可をいただけた。
となると、「ムラサキシキブは私のときに植えるから、他の木を」・・・・・

「それなら、ガマズミだね」ということで、決まったかのように思われたのだが、母と一緒に遊びに行った先で、虫食いだらけのガマズミを見てしまったのだ。

「あんなに虫に食われるんじゃかわいそう」というわけでほとんど決まっていたガマズミは却下。
で、候補に上がったのがまっすぐにすっと伸びるヤマボウシ。
気功をやっていた父にはいいんじゃないだろうか。
お寺のwebページには「実のなる木」としてはでていないけれど、やまぼうしの実も鳥は食べるんじゃないか?

ということで、最終的にはヤマボウシに決まった。

墓所は木の大きさによってある程度の場所が決まっている。
入り口から見たときに、どの木も見えるようにしたいということから低い木は入り口の近く、高くなる木は奥のほうに植えることになっている。

確かにそうやってどの木も見ることができたら、楽しそうな気がする。

ヤマボウシは大きくなる木なので、一番奥のほうに植えられることになる。
いずれそのそばにムラサキシキブ。
両親にふさわしいかもしれない。

同じところに埋葬なさった凶区さんの「死んで花実を咲かせましょう!」より

だから、「死んで花実になる」。埋葬された場所が、将来的には里山になり、雑木林となり、ついては森になっていくかもしれないと考えることは、巷間に流布されたことわざから考えても、画期的なことだと思う。ましてや、権力者以外は墳墓などというものはもたなかったこの国では、そうして野や山に骨は還され、土になり、木や草木に吸収されて輪廻すると考えることこそが、永遠や不変的なものへの(すくなくとも地上、地球上における)帰還だと思うのだが、どうだろうか?

亡くなった父が木になって、花実を咲かせるんだと思うとなんだかすごく楽しくなる。自然を切り開いて人工的に作られた都市に生活したけれど、最後には自然のふところに帰っていく・・・
自然に還る・・・・いろんな意味で・・・・というのがやっぱりいいなぁ

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