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2004.10.30

無鉄砲な若者

 いつの時代にも無鉄砲な若者はいたし、これからもたくさんいることだろう。

Cosが知っている限りでも、同じように危険な地域へ出かけていって、危険な思いをして帰ってきた人もいれば、
Cosの目には留まることがないけれど、そうした危険なところで命を失った若者も少なくないだろう。
はっきりとした記憶はないけれど、治安のよくないところに遊びに行って、殺されてしまった女子大生もいたような気がする。
この女子大生にせよ、今回人質となった香田さんにせよ、
危険に対する認識が甘かったことが悲劇を招いている。

<イラク邦人人質>香田さん、23日以降足取り途絶える で、見た限りにおいては確固たる目的を持ってイラクに入って行ったのではなさそうだ。

 目撃者の証言やアンマンの現地対策本部によると、イスラエルから18日にヨルダン入りした香田さんがアンマンのクリフホテルに到着したのは19日午後5時ごろ。白いTシャツに半ズボン、小さなリュックという軽装だった。
 「イスラエルから来た」と話し、すぐに自室に引っ込んだ。「何も話さず横になっていた」とホテル従業員のハッサンさん(27)は言う。香田さんが姿を見せたのは20日午前10時ごろ。チェックアウト後もホテルのテラスで繁華街の人の流れを眺めていたという。
 香田さんから「イラクに入りサマワに行く」と聞かされたホテルのマネジャーのサーメル・アルハミリさん(31)は、同泊していた映画監督の四之宮浩さん(46)と「やめたほうがいい」と説得。香田さんは「旅行者として、あの国で何が起きているのか知りたい」と話した。

(中略)

 香田さんは、100ドル札1枚でイラク行きが十分か尋ねるなど所持金は不十分で、イラクのビザも取得していなかったとみられる。「宿が見つからなければ路上で寝る」とも語り、あてのない旅だった。
 バグダッドに21日午前11時半に到着した香田さんは、3カ所以上の安宿を訪れたが、宿泊を断られた。ホテル側は「外国人が宿泊すると狙われる。汚い格好で金がないとも思った」と話す。22日にも安宿探しを続けた模様だ。あちこちさまよい歩く軽装の日本人青年の姿は目立ったようだ。
 23日午前11時45分ごろ、イラク中央駅前のバスターミナルを訪れ、アンマン行きの公営バスを探した。しかし25日の便しかなかった。ラマダン(断食月)のためバスの便数は減っていた。職員がタクシーを勧めたが「20ドルしか金がない」と断り、金を貸すという申し出も拒んだ。

この記事を読んだ限りでは、危険があるとわかっている国に行くのに対して十分な下調べをして安全を確保してからの行動とはとても見えない。

今回は人質になってしまったために脚光を浴びたけれど、
そうしたことがなかったとしても、何らかの形で危害をこうむる可能性は少なくなかったようにも見える。

だが、本当にそうだろうか?

「ここが変」というわけではないのだが、なんとなく腑に落ちない・・・・
どこか違っているような気がするのだが・・・


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