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2004.02.18

そろばんの復活?

今教えている学校では「そろばんが得意」という生徒にはお目にかからないけれど,一番最初に教え始めたときには商業が強い学校だったこともあってクラスに「そろばんが得意」という生徒が必ずいた.

確かにそろばんができるからといって数学ができるわけではないけれど,Cosが電卓をたたくよりも早く計算してしまうのには羨ましい限りだったことを覚えている.

そのそろばんが復権の兆しを見せているという.
Mainichi INTERACTIVE そろばん:なぜか復活の兆し 計算力アップの切り札にと


このIT(情報技術)の時代に、久しく忘れ去られていたそろばんがなぜか復活の兆しを見せている。学力低下が叫ばれる中、計算力アップの切り札として学校や幼児教育の現場で注目されているのだ。

今の子どもたちの学力低下の一つの要因として計算力のなさがあることは確かだ.教えている生徒たちを見ても,計算の遅さには目を覆いたくなるものすらある.

授業の中で「計算の工夫」なんていう話題を取り入れたりしているけれど,計算の遅い生徒はそこで詰まってしまうために先へ進めず,置いていかれることになりかねない.何しろ高校生にもなって掛け算がすぐにできなかったりするのだ.

そう思うとそろばんの復活というのはうれしいかもと思っていたら,

小学2、3年で習うのが普通だった教室で、未就学児が急増しているのだ。31教室を持つ石戸珠算学園(千葉県印西市)は「未就学児は157人で3年前の約2倍。3歳から小学1年生が生徒全体の3割を占める。今の親にとってそろばんは計算道具ではなく、幼児教育の教材なのでしょう」という。

というのだ.幼児教育の教材としてのそろばん・・・下手をすると数感覚が養われる前に計算だけができるようになるのだとしたら,それはそれで計算しかできないという恐ろしい結果が待っているような気もする.

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コメント

数感覚はそれなりに養われますよ。25が4コあると100になるとか。

四則演算くらい当たり前にこなしてくれないと(意味がわからないとしても)、その先に待っている面白い数学に進めない、と私は思うので「計算だけができるようになるのだとしたら恐い…」という心配はあんまりないですね。そろばんって所詮四則演算しかやりませんから。

ところで話は変わりますが、「計算の速さ」=「数学のでき」って思われることが多いですよね。これの方が心配です。^^;

投稿: komat | 2004.02.18 23:12

なんか、最近はそうとばかりもいえないようになってきているようです。

数を理解しないで1桁同士の足し算を全部暗記してしまった子供が一時期話題になりました。1桁同士の間は他の子供よりずっとよくできたけれど、2桁になったら何をやっているのかさっぱり分からなくなったとも。

>「計算の速さ」=「数学のでき」って思われることが

という以前に今の子供の中には計算さえできない子供が増えてきていて、「せめて計算だけでもできてくれたら救えるのに・・」

と思うことも少なくありません。

計算ができても数学ができるようにはならないけれど、計算すらできなかったらどうにもならないというのがCosのところの現状かも・・・

投稿: Cos | 2004.02.19 00:03

そうなんですか。私の認識が甘いんですね。

>>せめて計算だけでもできてくれたら救えるのに・・
>>計算すらできなかったらどうにもならない
ううう、厳しい現実ですね。

投稿: komat | 2004.02.19 01:01

こんにちは。計算と言えば、ちょっと前に「百ます」の是非が話題になりましたね。実は百ますについて、自分のblogの記事を書いていたんですが、うまく考えがまとまらなかったので、公開はしませんでした。でも言いたかったのは、komatさんが言われたように、計算が遅いより速い方がいいけど、計算一辺倒だと困るなあというようなことでした。

それにしても、計算すらできない子供もいるのですか…。一体、昨今の学力低下の原因はなんなんでせうね?

投稿: Fozy | 2004.02.19 01:53

何度となく繰り返しているような気はするけれど・・・Cosのところは決してできの悪い生徒たちが集まるところでもなければ,できのいい生徒たちが集まるところでもありません。

でも、毎年のように計算ができなくなっています.「計算ができる=数学(算数)ができる」は間違いだというのは正しいけれど、数学的な思考力を養うという名目のもとにいつの間にか計算はできなくてもいい となってしまったのではないかと危惧しています。

たとえば、「たのしく九九の勉強をする」は「覚えなくても楽しく勉強できればいい」にいつの間にかなってしまっていて、該当の学年で九九を覚えることは要求されなくなってしまったり・・・

「計算ができればいい」という教え方は間違っているけれど、「計算はできなくてもいい」というのも間違っていると思う.

百ます計算をすることによって計算力が上がった結果,他の子供たちが計算に費やす時間を問題の理解に費やすことができるのであれば,数学的な能力も高くなるだろうけれど,計算が得意だからと満足していれば,一昔前に批判されていた子供たちと同じになってしまうだけではないだろうか?

投稿: Cos | 2004.02.19 19:19

はじめまして。
極端な話になりますが、「読み書きそろばん」と言うように、せめて普通に生活するためにも、とにかく四則計算だけはできないと、という価値観が日本にはあったと思います。
その観点からも、最近の計算力の低下は本当に深刻だと思う一人です。
私は6歳からそろばんを習いましたが、父と買い物に行くと「ひとつだけお菓子を買っていいよ」ではなく「200円まで買っていいよ」と言われていました。
モノには値段があるということを教えたかったのと、計算の訓練をさせたかったんだと思います。
もう少し学年が進むと今度はレジで答えが出る前におつりの計算をする癖をつけられました(笑)。
塾やお稽古事といった外注が当たり前になって、そういう家庭での教育も最近はなくなってきているのかもしれませんね。

投稿: くわとろ | 2004.02.20 11:38

くわとろさん、こんにちは。Cosです。
そうですね。そういう傾向があるかもしれません。

しかも今は物の値段も単純に100円とか150円ではなくて、128円とか178円といった半端な数が多くなってしまい、暗算も難しいですしね。

子供に限らず大人も計算しなくなっていそうです(^^;

投稿: Cos | 2004.02.20 23:32

そうそう、そろばんも百マスも、あれは計算に「慣れる」、もしくは「効率よくできる」ようになるだけで、あれやったから直接的に算数、数学が出来るようになるわけじゃないんですよね。誤解して熱狂している人がいるみたいだけど。。
重要なのは、答えに行き着くための論理を組み立てられるのか?のほう。時間かかってもそれを自分で考えられる力をなんとか付けさせてやりたい、トラックバックさせていただいたように、他人事でなく(- -;;

投稿: くっきも | 2004.02.21 11:18

そう、この「誤解して熱狂している人」の存在が一番の問題かも・・・

投稿: Cos | 2004.02.22 00:35

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こすもす: そろばんの復活? 長くなるんで、トラックバック。 うちの娘は、そらもう親が頭抱えるほどの算数オチコボレ。小学3年生も終わろうとするのに、いまだに繰り... [続きを読む]

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