2020.03.11

3.11安藤栄作展

先日、樹木葬仲間が教えてくれた、安藤栄作展に行ってきました。

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このウィンドーがなければ、ごくふつうのお宅のようにも見えたギャラリー。

祖師ヶ谷大蔵駅から(世田谷美術館とは)反対側にちょっと行ったところにある小さなギャラリー「GALLERY TAGA2」。小さなギャラリーだし、時間が余ったら、ちょっと頑張って世田谷美術館にも行こうかと考えていたけれど、予想以上に引き込まれて、ここだけで満足してしまった。

 

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手斧で木を細かくたたいていく手法がエネルギーを見せるのか、それとも彼の持っているものなのかはよくわからないけれど、彼の作品からは力強さというかエネルギーというかが伝わってくる。細かくたたかれて出てきた形?なのかもしれない。
ギャラリーの一階には男女のペアと手のような造形。

しかし、写真にしてしまうとあの細かく刻まれた気持ちが伝わってこない気がする。

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こちらに押し付けるようなエネルギーではなくて、見ているだけでそれが伝わってくるかのようなエネルギーとでもいえばいいのか、いくらでも見ていられるような気がする。壁には山のようなドローイング。

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 二階への階段を上ると左側の一段高くなったフロアには走り回っているような犬。さすがにこれが今回見た中で一番良かった。

きっと今でも絵の中でここを走り回っているのだろう。

 

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右側には山かな?一点だけ青く塗られた作品があった。二階にもドローイング。なんだか一階とはずいぶん雰囲気が違う。
そんなことを思いながら見ていたら、ギャラリーの方が「奥にも作品があります。ご覧になりますか?」と。

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今まで見てきた細かく細かく刻まれた作品と違って、ざっくり作られたかのような小さな家々。3.11で流された家々だという。

 

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そしてさっき見た青いものは「津波」。津波の高さはこの家々よりも高いのだという。


ドローイングも一階から続いている3.11の情景だという(違うのもあったけれど)。確かに一階は(どちらかというと穏やかにも見える)山の絵、二階の津波の向こうには避難している人々、そして、犬の向こうには「ふくいち」があった。

 

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2020.03.06

画家が見たこども展

2020年2月15日~6月7日まで三菱一号館美術館の「画家が見たこども展」の内覧会に行ってきました。(写真はすべてこの内覧会で特別な許可を頂いて撮影したものです)

コロナウイルスの感染予防、拡散防止のためこの直後の2月28日から3月16日までは臨時休館となってしまった。

だからというわけではないが、硬い表情のこどもの絵からのスタート。その子どもの姿を見たとたんにドキッとした。P1090759

モンヴェルのブレのヴェルナールとロジェ。この写真から伝わるかどうかわからないけれど、この二人の子どもの表情は硬く、何をするでもなくただ立っているだけ。二人とも同じ服装をして、野原にたっている。

 ヨーロッパ中世ではこどもは人間扱いもされなかったともいうけれど、そんな雰囲気が伝わってくるような絵。景色の柔らかさと比べるとこどもの固さが響いてくる。

アリエスの「子供の誕生」という本の題名が即座に脳裏にひらめいた。(あっ、「子供の誕生」は一度は読んでみたいと思いつつ、いまだに題名しか知らないのだが、こどもに対する教育の必読の書という印象を持ち続けている)

 奥にあるのはマティの「室内の子どもと女性」。こっちのほうがまだ感情を感じられるので、見ただけでドキッとするようなことはない。

 そして、このゴッホの「マルセル・ルーランの肖像」(写真左側)も子どもなのに大人のような表情を浮かべている。P1090769 

子どもに対する見方が今と全く違っていたんだろうなぁと想像がつく。

しかし、実際にはそうした絵は多くはなく、ほとんどは子供らしい描き方をしている。写真の右側のハーンの「ミミの横顔のある静物」では「食べたいんだろうなぁ」というごく普通の印象を受けた。

三菱一号館美術館所蔵のヴァロットンの「女の子たち」まで来ると女の子たちの会話が聞こえてきそうなほどである。(このコーナーは誰でも写真撮影可)

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そして、次第に子どもたちの表情が豊かになってくる。必ずしもかわいらしく、こどもらしく描くわけではないけれど、情景が思い浮かび、こどものいる風景の中の子どもが生き生きしてくる。

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(ガラスに映ってしまって、かなり見づらい写真になってしまったのはとても残念だが、どうやってもうまく取れなかったのだ…)

ドニの「赤いエプロンを着た子ども」と向こう側がボナールの「ル・グラン=ランスの家族」。ドニの「赤いエプロンを着た子ども」の表情ははっきり書き込まれているわけではないのに、素直さ、やわらかさ、あどけなさが伝わってくるし、ボナールの方も、どんな情景だったのかが伝わってくる。表情などは全く分からないのに。

 そして今回はコロナウイルスの感染予防のため、予定されていた高橋館長とTakさんのギャラリートークは中止だったけれど、高橋館長とTakさんのお話は多少うかがうことができた。 

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そこでは、三菱一号館美術館とフランスのボナール美術館の主催で今回の展覧会ができたこと。ただ単純に「こども」を展示したのではなく、こどもの描き方の変化などについての話などを伺うことができた。その視点から今回の展示を見ると表情の違い、描き方の違いがはっきりと見えてきて面白い。

そして、高橋館長にとっても非常に思い入れのある美術展になったことなどを伺った。

この四月で三菱一号館美術館は10周年を迎える。あっという間だった気がするのは私の年かな。

 

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2020.02.03

アーティゾン美術館

2015年5月から休館中だったブリヂストン美術館が2020年1月18日、アーティゾン美術館(ARTIZON MUSEUM )としてリニューアルオープンした。

前のブリヂストン美術館はとても好きな美術館の一つだったので、オープンを楽しみにしていたのだが、行った人からは「良かった」という話ばかりが聞こえてきたので、さっそく友達と一緒に行ってみることにした。

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新しくなってからは予約制なので、日時を決めていかなければいけないのがちょっと面倒だけど、その分「混まない」のかもしれない。

そう考えると、見る人がより見やすいようにするための工夫の一つかもしれない。何重にも人が作品を取り囲み、下手をすると「止まらないでください。」と言われるのとは正反対の方向性だ。

 実際に館内に入ると人の動線も、展示の仕方も、見る人のための工夫が随所にみられるような気がした。

例えば、多くの作品はすぐそばまで寄ってみることができる。流石に試してみたりはしなかったけれど、手が触れんばかりに近寄ってもたぶん大丈夫なんだろう。

立ち入り禁止の柵やラインなどのない作品をよく見ると作品にはガラスがかけられている。ただし、とてもいいガラスで正面から見ると全くガラスが見えない。かなり横の斜めから透かして見て初めてガラスがあることがわかるほどなのだ。

だから写真を撮っても映り込みの心配は全くない。間にあるガラスの存在を全く感じずに絵と対面することができるのだ。

 また、絵を描けてある高さも、以前に比べると低いように感じた。4階から6階までがすべて美術館というスペースの広さもあって、一つ一つの絵が余裕をwもって展示してある。一枚の絵の周りに人が集まっても、隣の絵を見る邪魔になることはとても少ないようになっているのだ。

 もちろん、ガラスもかかってなくて、前にロープの貼ってある作品もあれば、絵の前のガラスがそこまでいいものではなく、今までと同じように映り込んでしまうものもあったけれど、「これぞ」という絵にはいいガラスを使っていて、絵をじっくり楽しむことができた。

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これはラトゥールの「静物」(新収蔵作品)。絵の前にはガラスがあるのだが、全く映り込んでいないし、そばに寄ってみるとガラスが全くメイズに直接絵のタッチなどを見ることができる(あっ、絵のタッチについて何かを知っているわけではないのであしからず)

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私の好きなカイユポットの「ピアノを弾く若い男」。右の方はなんとなくガラスを感じることはできるけれど、左側は全く分からない。直接見ているような気がしてならない。

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メアリー カサットの「日光浴」(新収蔵作品)。

 

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モネの「黄昏 ヴェネツィア」。これも以前から好きな作品。

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そして、赤ではないマーク・ロスコ「無題」。川村記念美術館のマークロスコの赤は見事だけれど、このピンクもなかなかいい。壁画と同じような描き方をしているけれど、赤じゃない不思議さが神泉かもしれない。

 

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カンディンスキーの「自らが輝く」(新収蔵作品)。「さぁ、行こう」と言われているかのような作品。

 

見ても見ても終わらないんじゃないかと思えるほどたくさんの作品、それも一つ一つが標準(何をもって標準とするかは別として)以上のものばかりなので、1点ずつ見ていくのも時間がかかる。

圧巻だったのは「洛中洛外図屏風」写真が禁止されているわけではないけれど、思わず取り損ねてしまった。

江戸時代の作品のはずなのにとても状態が良くて、補修もかなりされているんだろうと思うけれど、これはじっくりと時間をかけてみたい一枚だった。

もしかすると、ここは一度に全部を見るのではなく、その時々で一番見たいものを楽しむ美術館かもしれない。

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出口にあったチームラボの作品・・というか・・チームラボによる美術品案内。今回展示されていない作品もあったし、、ここで遊んでいるだけで充分かもしれないと思えるほど。また今度行って遊んでこよう。

 

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2020.01.03

夜の東博

 「博物館で初もうで」というキャッチコピーにつられるからだろうか、お正月の東博はとても混んでいる。確かにお正月ならではのイベントがあったりもするし、いいものをあれこれ展示もしている。あそこまで混んでいなければ、ぜひ行きたいと思うのだが、あの混雑の中に身を置くのはごめんだ。

 ところが、今年は1月3日が金曜日。「夜間開館だからそんなに混んでないかも」という友達の言葉に乗せられて、ついふらふらと東博の夜間開館へ。

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 それなりに人はいるけれど、昼間の混雑に比べたらたいしたことはない。当然だけど、獅子舞も、和太鼓もないけれど、いい雰囲気。

 本館の中に入ると突然「今なら待ち時間はありません」の声。あれ?なんか特別展をやってたかなぁと思いながら言われるがままになかに入ってみると・・・中にはこんなものが。


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どこか見覚えがある。世事に疎いCosでもたぶんニュースで見たものだろう。特別公開の「高御座と御帳台」展。そういえばどこかで一般公開されると聞いた気がする。わざわざ見に行きたいとは思わないし、Cosには縁のない世界の話だから気にもしていなかったそれが目の前にド~ンと現れたのだ。せっかく目の前にあるのに見ないのはもったいないし、何よりも歴史と日本の工芸の極意が集まっている(のかもしれない)と思ったので、ちょっとじっくり見ることにした。

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 高御座のてっぺんについている鳥のようなもの。鳳凰だろうか?正面から見ると結構かわいいイメージ。と言っても会場では高さもあるしはっきり見えるほどは近くない。(パンフレットを見たら、大鳳(たいほう)とあった。 御帳台の上にあるのは鸞(らん)という瑞鳥だそうだ)

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御帳台の中の椅子の両側にある机のようなもの。ひじ掛けではなさそうだけど、カバーがかかっているのかこういう作りなのか??と思って、もらってきたパンフレットを見ると、剣璽(けんじ)と国璽および御璽を置く案(台)ということだった。 

  なんとなく今回の即位に合わせて作られたような気がしていたのだが、大正天皇のときに作られたもので、普段は京都御所に置いてあるのだそうだ。見た限りではきれいに磨きこまれていて、大正時代の作品とはとても思えなかった。とはいうものの、今の時代に作ろうとすればまた違ったイメージになるんだろうな。

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こんな衣装を身に着けていたらしいけれど、一瞬、クレージュかと思ってしまいそうな柄。よく見るともっとずっと凝った柄で、作るのも大変だったろうと思われる。

 ということで、予定外だった特別展は終わらせて、本館のお散歩。

最初の仏像のところでは室生寺の仏像が何体も来ていて、写真不可。

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なんとなくユーモラスな顔をした不動明王立像。11世紀の作品だそうだけど、目元が気になってじっくり眺めてみると 

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なんとウインクしているではないか。今にも語りだしそうで楽しい。

 

 そして今日の最大の目的の一つ、がこれ。

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ネズミ年なので、ネズミを楽しんだり、今まで何度も見てきたもの、初めて見るものを楽しんだ夜でした。

 

 

 

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年の初めの近代美術館

近代美術館工芸館の後は本館へ。

タダなのは常設展だけなので、そちらへ。

企画展にはゾロゾロと人が入っていくけど、常設展はもともと空間も広いし、いつもと変わらず、のんびりと鑑賞。

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中村正義の源平海戦絵巻。5枚全部が展示されているのは初めて見たかも。

好きなのかどうかと聞かれると好きじゃないんだけどじっくりと見てしまう一枚。

 

じっくりと見て回った後、来年のように出会った友とはお昼を食べてお別れ。相変わらず忙しい人だった。

 

 

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年の初めに

 今年も元日は例年のごとく墓参りならぬ墓掃除。

去年の後半は、雨が多かったり、土日が毎週のように忙しかったりでほとんど掃除に来ていなかったこともあって、草ぼうぼう・・・

今年こそはもう少し手入れをしようと思ったけれど、1月もほとんど週末は埋まっている・・・困ったなぁ

 

2日も例年のように国立近代美術館と工芸館からスタート。この2館は1月2日は常設が無料なのだ。

工芸館は現在の「パッション20」(2019.12.20~2020.3.8)を最後に石川県に移転してしまうからか、いいものが多かった。工芸館は建物は古いけれど、人は多くなく、のんびりと作品を楽しむことのできるオアシスだったけれど、金沢に引っ越してしまえばそんなに遊びに行くことができなくなる。期間中にもう一度行ってきたい。

 

香川勝弘 銀製彫刻 美濃亀の彫刻

お正月だからまず私たちを出迎えるのはこの亀と鶴の壺(こっちは写真を撮らなかった)。藻のようなしっぽが付いたカメはそれだけで年齢を感じさせる。静かに時を過ごしてきたカメがそこの静かな空間を作っている。

 




この2枚は同じ作者が作ったもので、左が工芸館にあったもの、右が本館にあった作品。どちらも同じ手法で作られているのだろうけれど、どちらも表面にはたくさんのひびというよりは模様が入っていて、不思議な感じがする。

蜜のようなというガラスの作品。固い硝子だとわかっていてもねっとりとした滑らかさが伝わってくる。

側面の木の色と上側に描かれた木の幹の色は微妙に違っている。違っているからこそ、一体感があっておもしろい。

小名木陽一 赤い手袋

写真を見る遠くの方の人の大きさを見るとどれほどこの手袋が巨大かがわかってくる。これだけ大きいのに、恐怖を感じさせたり、違和感を感じさせたりはしない。

12の鷹。1893年の作品。鷹の生き生きとした姿が今にも羽ばたきそうな印象を与える。

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四谷シモン。先日彼の個展があったらしいが、見そこねてしまった。残念。

 

見ていると時間の流れも少し変わってくるような気がする。時間も場所も超越した作品たちが並んでいる。

これが身近な場所から消えてしまうのはとても残念だけれど、伝統工芸ということになると東京よりは金沢のほうがふさわしい気もしてくる。

あちらに引っ越したらいつか見に行こう。

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2019.08.19

伝統の朝顔の20周年

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 夏になると、変化朝顔を見に佐倉の歴博に行きたくなる。

でも、歴博は行くには時間はかかるし、暑いしでなかなか行く勇気が出ない場所でもある。しかも、朝顔は朝早い植物だから、昼頃にはしぼんでしまう品種も少なくない(ただし、変化朝顔は遅くまで開いている品種も結構ある)から、向こうに10時ぐらいには着きたい。

 伝統の朝顔展をやっているくらしの植物苑までは京成佐倉の駅から歩いて25分、バスを使っても待ち時間があるからそんなに時間は変わらない。JR佐倉からではもっと距離があるからバスを使うしかない。

 そんなこんなで結局行かずじまいになる年も少なくないのだ。

 でも今年は歴博が朝顔を初めて20年ということで本館でもミニ企画展をやっているから何とか行く時間を作ろうとは思っていたところに、友人から、「8月17日に行かないか?」という誘いを受けた。この日は歴博フォーラムとして「伝統の朝顔20年の歩み」という講演会もあるとのことで、「東京36度」という予報の中早起きをしていってきた。

10時半前にはくらしの植物苑についたけれど、ひたすら「暑い!」。パッと見たところ、「これは新しい!」というものも見えなかったけれど、パネルから見て回る。

 


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ふむふむ・・・新しい朝顔・・・歴博で見つかった新たな品種や過去にはあったけれど、消滅してしまっていたものの復元などが出ているらしい。

そういわれてじっくり見て見ると、

 

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青い牡丹咲きの朝顔なんだけれど、花弁の色が折りたたまれているところは濃い色というように、場所に合わせて違う色をしている。名前が419系統(整理番号?)の出物で「黄/抱/常葉(ここまで葉っぱ)紫/丸咲/牡丹(ここまで花)」。

この花は419系統のこの花と同じ遺伝子を持っているのだ。ただし、どちらも種を付けない花(めしべやおしべがないが花弁に変わってしまっている)なので、牡丹咲きにもなっていない普通の朝顔(親木)からとった種をまくことによって、ごくわずかな確率のもとで現れてくる希少花なのだ。

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 実際に種を買ったりもらったりして家で育ててみても、こうした出物になることはまずない・・・というか私は一度もないし、他の友達に聞いても「出た」という話は聞かない。

 出物から種を取ることができない以上、何百本も育てて、その中から見つけることしかできていないらしい。しかも一年草だから秋(または冬)には枯れてしまう。何とも儚い。

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これも朝顔。渦小人。今回は花の咲いたものはなかったけれど、こんなのを見ていると奇形だということがよくわかる。

もう少し暑さがましだったら、もっとじっくり見たかもしれないけれど、私たちは暑さに負けて本館に退避。

本館で少し展示を見てからレストランに。11時半だというのにもう満員でしばし待たされたが、無事に12時前に食事にありつけた。

 午後からは第111回歴博フォーラム「伝統の朝顔20年の歩み」

辻誠一郎先生(東京大学名誉教授)による「伝統の朝顔前夜」の話。どれほどの急展開だったか捧腹絶倒のおもしろさ。1999年8月に開催するために、1999年4月に九州大学の仁田坂先生のところへ行って、種を分けてもらったとか・・・

それを受けて立つ仁田坂英二先生(九州大学准教授)。「変化朝顔」と言えば、この人。「余談ですが」から始まって、余談がかなり長かったけれど、歴博で出している「伝統の朝顔」の3冊の図録の話など、裏話に終始していたような気もする。家に帰ってからいただいたリーフレットを読んだ限りでは「聞いてない」話ばかりだった気も・・・

国立生物学研究所の星野敦先生、生物学の話かと思ったら、必ずしもそうではなくて、「歴博」ということで意識して話されたのだと思うけれど、江戸時代の文献などを調べ、変化朝顔のルーツ、朝顔のルーツが松山アサガオなのか黒白江南花(こくびゃくこうなんか)なのかということをDNA解析を通じて調べた話。この話の中で「最近の高校の生物の教科書にも出ている「トランスポゾン」」という言葉に引っかかった。

「トランスポゾン」という言葉はどこかで聞いたことがある程度には知っていたけれど、どんなものかはよく知らなかったのだ。もちろん、Cosが高校にいたのは最近ではないから、最近の高校の教科書も見たことがない。しかし、そんなメジャーなものがよくわからなかったのはkn後の宿題だなぁ・・・

 この後夜の予定があったので、残念ながら太田記念美術館の日野原健司先生の話や台東区中央図書館の平野恵先生の話を聞かずに帰らなければならなかった。(まあ、Cosの苦手な歴史だし…)

歴博から京成佐倉までの道は暑く、心地よい講演会の後では厳しいものがあったし、帰りの京成線は成田からの大きな荷物を持った人たちがたくさんいて、お盆の終わりを感じさせられた。

 

 

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2019.01.26

絵画の行方2019

 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で20191月12日~2月17日まで行われている「絵画のゆくえ2019 FACE受賞作家展」の内覧会に行ってきた。

FACEは損保ジャパン日本興亜美術館で2013年から行われている公募コンクールで、審査をした本江邦衛先生から、審査員の方たちは名前、性別、年齢などは一切知らされないまま、絵だけを見て判断するとのお話を伺った。

 それが実感できたのは2017年の優秀賞を取った石橋暢之さんの作品を見た時だったかもしれない。

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 これが優秀賞を取った「ジオラマのような風景」、緻密に緻密にボールペンで描かれたこの絵は確かに今風の描き方とはちょっと違っているようにも見える。
 彼は1944年生まれ、そして最初にとった賞が2014年国展での入選。70歳になるまで描き続けたのだろうけれど、この絵のどこにも年齢を感じさせるものはない。強いて言えばさっきも書いたように描き方が今風ではない感じはするけれど、彼のち密さはまた、Cosの好きな佐藤学と共通したものを持っている。

 正直なところ、彼があと30年描き続けることができるかどうかはかなりの疑問だし、審査員が彼の経歴などを知っていたらまた違う結果が出てきた可能性もありそうな気がする。
 

 もともとこうした「今」の絵を見るのは「これから」がどうなっていくのか、今の時代にどんな景色が広がっているのかを見るのが楽しみだったけれど、今回は正に「今」あるいは「昨日」を見たような気がした。
 2016年から2018年までのグランプリと優秀賞の受賞者の作品がそれぞれ何点かずつ展示されていて、受賞作だけでなく、いろいろな作品を見ることで全部が同じような印象しか受けないものや、一つ一つの絵の中にいくつもの方向性が見えるものなどがあって、その人の人となりが垣間見えたり、揺れ動く気持ちが見えたりしてとても面白かった。

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                  遠藤美香 「宙返り」

 中に入ってまず目につくのがこの大きな白黒の絵・・・と思っていたのだが、実はこれは木版画なのだ。あまりの大きさと鮮明さにてっきり絵だと思ったのだが、そういわれて蕎麦によってじっくり見ると確かに黒が柔らかい。その柔らかさがこの絵の雰囲気になっていて、きりっと描いているようでいながらどこか柔らかい感じがする。グランプリをとった作品は「水仙」という作品でこれとは違っているのだけれど、私にはこっちのほうが広がりがあって好きかもしれない。

 そしてその奥に入ると、

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 この写真からはわからないけれど、かなり暗くされた部屋にまず目につくのがこの顔たち。

 唐仁原希さんの「ママの声が聞こえる」(写真の方が唐仁原さん。絵のイメージとは違って明るい方)。

 彼女の描く絵はもう一種類違った感じのたとえば「ここにいたいから」

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といった種類のものもある。ちょっと見ると何の変哲もないかのように見えるけれど、じっくり見るとどこか不気味なのが共通しているかな。

 ご本人からお話を伺うことができたのだけれど、彼女の展示スペースを暗くして、どちらかというと上のほうに絵を展示することで、昔のヨーロッパでの展示の雰囲気を出したかったとのこと。たしかに不思議などこかミスマッチしているかのような空間だった。


 そして、どこがいいのか自分でもよくわからないけれど、目が離せなくなったのが、

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FACE2018グランプリの仙石裕美の「それが来るたびに跳ぶ、降り立つ地面は飛ぶ前のそれとは異なっている」。

どこがいいのかよくわからないけれど、見たとたんに目が離せなくなった一枚。少女を描いた赤の色にひかれてしまうのかもしれない。同じような色遣いの

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「水の国の入り口」。水着の無機質さがとてもいい。このまま上がってこないかもしれない世界が描かれている気がした。

ほかの作品ももちろん賞を取るだけのことはあって、面白いものが多かった。「今」そして「これから」を垣間見てきた気がする。





 



 


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2018.12.25

この一年

 ことしは年の初めに予想もしなかった一年だった。

おととし、今まで時間がなくて学ぶことのできなかったもろもろのことを学ぼうと放送大学に入り、始めたコーラスで3月にはNHKホールで学位授与式で学歌を歌い、9月にはなんとウィーンの教会でシューベルトのドイツミサ曲を歌うという生まれて初めての経験、いや、人と一緒に歌うこと自体この年になるまで考えたこともなかったのだから歌に関するすべてが生まれて初めての経験に違いないのだが…

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ちょっとピンボケだけれどこの教会の祭壇の前で歌った。

 そして今、第九(の一部)を練習中。第九は嫌いではないけれど歌いたいと思うような曲でもないけれど、「コーラスやってます」というなら一度は歌っておいた方がいい曲であることに間違いないから、というわけで練習しているわけだ。一応来年3月の学位授与式でうたう予定。

 来年も歌を続けるのは間違いないだろうけれど、今年ほど集中して取り組むかどうかはまだわからない。

 やりたいことはほかにもたくさんあるし、財政的にももう少し考えないとまずいかもしれない状況だし・・・

 でも、とても楽しくいろいろな体験のできた一年だった。来年もまたいろいろな面白い体験を積み重ねたいなぁ・・

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2018.10.01

日本画の挑戦者たち

先日、山種美術館の「[企画展]日本画の挑戦者たち-大観・春草・古径・御舟- 」の内覧会に行ってきました。この記事の写真は全て許可を受けて撮影したものです。

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1898年、横山大観らを率いて岡倉天心が設立した日本美術院ができてから今年で120年。この日本美術院で画家たちが自分自身の中から、西洋に触れることで、新しい日本画に挑戦し続けた結果をつぶさに見ることができる。さっと見過ごしてしまえば、それまでではあるけれど、どんな挑戦をしているのか、そこに注目することでまた違った日本画の楽しみ方ができる。

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                         「猫」小林古径 山種美術館

 真っ先に目に付くのがこの猫。いまひとつ上手く撮れていないけれど、きりっとした猫の姿お出迎えはうれしい。
 このような姿勢や耳の形はエジプトのバステト神とも共通した描かれ方なのだだそうだ。

 そして、

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                      「不老門・長生殿」 橋本雅邦 山種美術館

 この橋本雅邦の不老門と長生殿。文学や謡曲などに引用されていて、吉祥のモチーフとして知られるのだそうだけれど、(たぶん)中国の里からは離れた山にあるのだろう、静かな空気が伝わってくる。

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                       「不動明王」 下村観山 山種美術館

 不動明王は艱難を焼き尽くし、衆生を救うのだそうだが、この写真を見る限り雲に乗っているだけに見える。だが、そばによって見るとこの不動明王、実は筋肉がついた立派な体をしているのである。その上、よく見ると乗っている雲も直線的。直線的な雲を描いた日本画もあるだろうけれど、この構図あんまり日本画にはなさそうな・・・と思って画面の左下の部分をじっくりと見るとそこにはローマ字で「Kanzan」・・・Cosに読み取れたのは最初のKanだけなのでzanなのかどうかは分からないんだけど・・・
 この絵は観山が英国留学中に描いたものではないかと言うことだが、西洋画の影響がはっきりと出ているようにも見える。
 ぜひ、実物をじっくり見てもらいたいなぁ。

 

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                      「清姫 寝所」 小林古径 山種美術館

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                     「清姫 鐘巻」 小林古径 山種美術館

 上の2枚は小林古径の描いた清姫(全8枚)の中の2枚。
紀州の道成寺伝説の安珍清姫の物語を描いたもの。雅の世界を垣間見るような高貴さのある絵。 古径が自分の手元においたと言うだけの事はある気がする。

 この絵の清姫はいたいけな少女のようでもあり、決して人をうらんだり憎んだりはしないようにも見えるのに、安珍のうそやごまかしが彼女を蛇の姿にして焼き殺そうとまでする。古径の絵を見ていると恨みや憎しみよりも悲しみが勝るようなこの清姫の気持が伝わってくるような気もしてくる。
リンク先のウィキペディアの記事を読むと印象がまったく違うのだ。

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                       「柿」 速水御舟 山種美術館

 この柿の絵も挑戦的な日本画。柿の立体感を見事に描いている。この絵を見たとたんに筆柿が食べたくなるのは当然だろう。さすが御舟。

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                      「牡丹花(墨牡丹)」速水御舟 山種美術館

 普通ならば色をつけて描くであろう花を墨で描き、逆に葉を色をつけて描いたと言う御舟の挑戦。見ていると色が見えてくるから不思議だ。

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                     「春昼」 速水御舟 山種美術館 (10月14日までの展示)

 これも御舟。のどかなわらぶき屋根の家とも見えるけれど、黒い戸口がどことなく不安を感じさせる。この戸口の中にははしごが描かれているのだそうだけれど、実際に見た限りでは分からなかった。そして、家に帰ってから拡大してじっくり見たら・・・見えた・・・なんだか不気味。
 もちろん会場が決して明るくないこともあるだろうけれど、解説をしてくださった明治学院大学教授の山下祐二氏によれば、このはしごの位置も怖いものがあるとか。何を思って御舟はこの絵を描いたのだろう?

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                      「春庭」 小茂田 青樹 山種美術館

 ちょっと季節はずれているけれど、生き生きとした春の庭。青樹がこの絵によってそれまでの作風から脱却して精密描写や質感表現より写実性を追及するようになっていく。
 確かに西洋的な風景画にかなり共通した印象があるような気がする。

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                      「水花火(螺)」 宮廻 正明 山種美術館

 これは今回の展示の中で一番新しい2012年の作品。背景の水は点描のように描かれている。薄い和紙に裏彩色を用いた独自の作風を確立したのだそうだ。これがそうなのかどうか・・・よく分からない。
 しかし、日本画の世界の広がりを確実に感じさせる一枚。この人のほかの絵も見てみたい。

 

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 最後はお約束の和菓子。私が一番美味しいと思ったのは・・・阿蘭陀菊図をモチーフにしたもの。どれだと思いますか?
 正解は会場で。











 



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